第11話 配信台の怪物
日曜日。StarLive Fighting Festival本戦当日。予選参加者二千三百四十六名から勝ち残った八名だけが立てる舞台。ここから先は全試合が公式配信台で行われる。朝から会場周辺には多くの観客が集まり、配信開始前にもかかわらず公式チャンネルの同時接続数は九万人を突破していた。格闘ゲームファンはもちろん、VTuber視聴者、配信者ファン、プロシーンを追う競技勢まで集結し、StarLive史上最大規模の注目が本戦へ向けられている。
「みんなー! おはようございまーす! ついにやってきましたStarLive Fighting Festival本戦です!」
配信画面へ元気よく飛び出したのは主催者の星乃ルナ。その隣には実況担当の黒田誠。そして解説席には、一際目立つ男が座っていた。
「本日の解説はこの方です!」
ルナが紹介する。
「元世界大会準優勝! 元日本ランキング一位! そして格闘ゲーム界最強の理論派プレイヤー! 鬼塚剣司さんです!」
会場から拍手が起きる。
コメント欄も反応した。
『うわ鬼塚だ』
『来た』
『理論おじさん』
『また難しい話始まるぞ』
『解説長そう』
鬼塚剣司。
かつて世界トップクラスで戦っていたレジェンドプレイヤーであり、現在は現役を引退して解説者として活動している人物だった。
しかし有名なのは実績だけではない。
異常な分析能力。
そして異常な記憶力。
試合を一度見ればフレーム単位で内容を覚えていると言われており、過去には配信中に「今の攻防は三か月前の大会で同じ状況がありましたね」と言いながら実際に試合映像を引っ張り出して周囲をドン引きさせたこともある。
選手の癖。
行動頻度。
選択傾向。
全て数字で記憶する変人として知られていた。
「いやあ楽しみですね」
鬼塚は眼鏡を押し上げながら落ち着いた声で言う。
「今回の大会は特に面白い。既存のトッププレイヤーだけでなく未知数の選手も残っていますから」
「やっぱり気になります?」
ルナが聞く。
鬼塚は少し笑った。
「もちろんです」
それだけでコメント欄が盛り上がる。
『LETHAL』
『言うと思った』
『全員気になってる』
「正直な話をするとですね」
鬼塚が続ける。
「私は予選の全試合を見返しました」
「全部ですか!?」
「はい」
黒田が苦笑する。
「相変わらずですね」
「その上で言いますが、LETHAL選手は本当に分かりません」
会場が少しざわついた。
鬼塚は現役時代から分析の鬼として有名だった。
そんな人間が分からないと言う。
それだけで異常だった。
「普通なら分かるんですよ。プロならプロ特有の癖がある。配信者なら配信者特有の癖がある。ランカーにも特徴がある。でもLETHAL選手はどれにも当てはまらない」
「サブアカウント説もありますけど」
「私も考えました」
鬼塚は頷く。
「国内外の有名Kai使いを片っ端から比較しました。でも一致しない」
「そこまでやったんですか」
「気になるので」
コメント欄が笑いで埋まる。
『暇人』
『やりすぎ』
『流石鬼塚』
そんなやり取りの後、本戦第一試合の選手紹介が始まった。
大型モニターへ最初に映し出されたのは登録者七十八万人を誇る人気配信者。
天城レオ。
派手なリアクションと高いトーク力で人気を集めながら、実力面でも大会上位常連として知られる実力者だった。
「出ました天城レオ選手」
黒田が紹介する。
「配信者としての知名度が大きい選手ですが、競技シーンでも結果を出しています」
「強いですよ」
鬼塚が即答する。
「この選手は世間から少し過小評価されています」
「と言いますと?」
「配信者だからです」
鬼塚は断言した。
「もし無名だったら純粋な競技プレイヤーとして評価されていたと思います。それくらい強い」
コメント欄も納得の反応を見せる。
『それはある』
『普通に強い』
『レオはガチ』
そして次の画面が表示される。
使用キャラクター紹介。
そこに現れたのは巨大な鉄仮面を被った異形の男。
キャラクター名。
グラヴィオン。
「出ましたね」
鬼塚の目が少しだけ輝く。
「Chronos Strike屈指の問題児です」
グラヴィオンは全キャラクターの中でも極端な性能を持つ特殊キャラクターだった。
歩行速度は最低クラス。
ダッシュなし。
ジャンプ性能も劣悪。
空中戦も弱い。
普通なら格闘ゲームでは致命的な欠点ばかり抱えている。
だが代わりに与えられた能力が異常だった。
特殊リソース『重力炉』。
時間経過や特定行動で蓄積されるエネルギーを使い、相手との距離そのものを操作する。
引力拘束で相手を引き寄せる。
重力圧縮で移動速度を低下させる。
重力反転でジャンプ軌道を変える。
斥力爆発で相手を吹き飛ばす。
つまり普通のキャラクターが前後移動や飛び道具で行う距離管理を、システムレベルで破壊するキャラクターだった。
「このキャラを簡単に説明するとですね」
鬼塚が言う。
「相手に格闘ゲームをやらせないキャラです」
コメント欄が爆笑する。
『最低』
『分かりやすい』
『本当にそれ』
「普通は相手との間合いを考えながら戦います。でもグラヴィオンはその間合いを勝手に変える。つまり経験が通用しないんです」
「だから対策が難しいんですね」
「はい。しかも天城選手はこのキャラを五年以上使っています。おそらく世界で一番研究しているプレイヤーでしょう」
会場から拍手が起こる。
レオの紹介映像が終了する。
そして空気が変わった。
コメント欄の流れも変化する。
誰もが次の名前を待っていた。
鬼塚もモニターへ視線を向ける。
ルナがゆっくりと息を吸った。
「そして対戦相手――」
会場が静まる。
コメント欄だけが猛烈な速度で流れていく。
『きた』
『怪物』
『LETHAL』
『正体不明』
大型モニター中央に表示される一つの名前。
――LETHAL。
歓声が爆発した。
鬼塚はその名前を見ながら小さく呟く。
「さて……本当に何者なんでしょうね」
その言葉に、配信を見ていた誰もが同じことを思っていた。
本戦第一試合。
人気配信者・天城レオ。
正体不明の怪物・LETHAL。
数十万人が見守る中、運命の試合開始まで残りわずかだった。




