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第4回 天神さんとたこ焼き

「わ!ハルくん、あれ!」


舞子が指さした先の店の台にはたこ焼き鉄板があった。

黒光りする重そうなその鉄板は、並んだ品々の中でもひと際の存在感を持っていた。


この日、僕達はお昼ごはんに例の上七軒のラーメン屋に来ていた。


「冷やし中華はじめました」


店先に張り紙が出たのを今朝のバイトの帰りに見つけた僕は、翌日早速舞子と一緒にあの『イタリアン中華』とでも言うべき冷やし中華を食べに来たのだ。

去年は八月に入ってから気付いたのだが、どうやら六の末から始まっていたらしい。

日曜日はバイト先の店が休みの舞子は二つ返事で着いてきて、二人であの至高の冷やし中華に舌鼓を打った。


「あー、美味しかったねえ」


そう言って店から出てきた僕達は、今出川通の人波がやけに多いことに気付いた。

流れの先を見ると、北野天満宮の鳥居に西からも東からも、南北いずれの方向からも人が集まってきては吸い込まれていく。

風に乗ってソースや焼きイカ、バターとバニラの混ざった甘い香り、なんとも美味しそうな匂いが漂っていた。


「ああ、今日、二十五日か」


「え?二十五日って何かあるの?」


「うん。北野天満宮の天神市」


北野天満宮では、菅原道真公の祥月命日にちなんで毎月二十五日に市が立つ。

東寺の弘法市と並んで京都の二大縁日と言われ、早朝から日没頃まで境内にたくさんの露店が出て、多くの人で賑わうのだ。

食べ物の屋台だけではなく、骨董品や古道具、古着なんかのお店もたくさん並び、掘り出し物も多いと聞く。

中でもこの六月二十五日は道真公の誕生日でもあるらしく、より一層の規模になるらしい。


「へー、ちょっと歩いてみようよ」


参道は、前に進むのもゆっくりになるくらい人でいっぱいだった。

焼きとうもろこし、カステラ焼き、焼きそば、たこ焼き、いか焼き。

色とりどりのテントの露天が左右に並び、絶対に一等の出ないくじ引きや、景品の棚が斜めになっていて当たっても景品が落ちない射的屋なんかの姿も見える。

お腹はいっぱいなので、香りの洪水に溺れることはなかったが、やはりこういうお祭り独特の食べ物の匂いは心が沸き立つ。

僕ははぐれないように舞子の手を引きながら人混みをかき分けて、奥に進んだ。

中門のあたりまで進むと、茶道具、陶磁器、掛け軸なんかの骨董品や日用品のエリア。

中古や業務用の厨房道具まである店が並ぶ。


その中で舞子が目ざとく見つけたのがたこ焼き鉄板だった。

去年の舞子の誕生日プレゼントに大阪の道具屋筋で買ってあげた鉄板と同じくらいの厚みがあり、その光沢からは、もう何年も使い込まれて油が馴染んだ逸品であることが分かる。

四×四で十六個の穴が凹んでいる。


「あれ欲しいの?」


「うん…でも、千五百円て書いてるね。中古にしてはちょっと高いかなーって」


と、僕達の会話を聞いていたのだろうか、


「おニイちゃん!それ、千円でどうや?値札千五百円付けてるけどな、お嬢ちゃん可愛いから大サービスや!」


とハンチングを被った店のおじさんが声をかけてきた。

やはりこういうところではこういうところの流儀でいくのがいいだろう。


「ん~…五百円になりません?」


「いやおニイちゃん、それはいくらなんでも安すぎるで!」


「ほな、六百円!」


「う~ん…八百円でどうや!?」


「ヨシ買うた!」


「もうカナンなあ、お嬢ちゃん、しっかりした彼氏さんやでぇ」


ハンチングのおじさんは笑いながら鉄板を新聞紙に包んで手渡してくれた。

手に取ると、見た目よりも更にずっしりと重く、思った以上にいい品だと分かる。

持っている間にも新聞紙に油が沁みてきた。


「ありがとうございます」


笑顔でペコリと頭を下げる舞子におじさんは


「おおきにえ~。しっかりもんの彼氏さん、大事にしぃや、可愛らしいお嬢ちゃん!」


とまだ言っている。

僕は片手に重いたこ焼き鉄板を持ち、反対側で舞子の手を引いて更に人の増えた参道を流れに逆らって通りに出た。

自転車の前かごに鉄板を入れ、ホクホク顔の舞子とアパートに向かってペダルを漕ぐ。


◇    ◇    ◇    ◇


「ハルくんハルくん、今日は早めに銭湯行って、帰りに商店街でお買い物ね!タコと刻み紅生姜と青のりとおネギ、あ、卵と小麦粉とソースはまだあったよね?」


「うん。卵も小麦粉もソースも冷蔵庫にあるわ。ほな、まだ明るいけど銭湯行こか」


そう言って石鹸・シャンプー・タオルを入れた洗面器と着替えのトートバッグを前かごに積んで出発。

今日は鴨川デルタへの散歩はなし。

そのまま商店街に行って店を回る。

八百屋さん、魚屋さん、乾物屋さん。

相変わらずこの商店街は活気に溢れている。

スーパーに入ると、ソースが並んだ棚も見るが、オタフクにイカリの見慣れたお好みソースしか並んでいなかった。

たこ焼き専用ソースとか出てきても良さそうなものだが。


半透明のレジ袋をガサガサ言わせながら部屋に戻ると、舞子はさっそく台所に立った。

手鍋で昆布と鰹節の出汁を手早く取り、レジ袋の中から発泡トレイに小分けされたゆでダコを取り出して、まな板の上で切り分けていく。


「なんか手伝う?」


「いいよ、ハルくんはテレビでも見てて」


「はーい」


テレビを付けると、ちょうどサザエさんが袋からお菓子を放り投げて口で受け止め、「ふんがふぐふぐ」と喉につまらせているところだった。


台所からはカチャカチャと小麦粉をお出汁で溶いている音がしてきた。

テレビでは東芝のCMが終わり、キテレツ大百科がはじまる。


「アブラカタブラ~♪」


歌いながら台所の方に様子をうかがいに行くと、舞子はボウルからお玉で生地をすくって器用に鉄板の穴に注ぎ、タコとネギと紅生姜を穴に放り込んでいた。

しばらくすると、お箸を使って焼けた生地をひっくり返して丸い形を整えていく。


次の十一月の誕生日にはまた道具屋筋に行って、生地をちょんちょんと絞り出すあいつと、ひっくり返す専用の千枚通しみたいなやつ、あと、ソースを塗る刷毛を買ってやろう。

そんなことを思いながら、器用にたこ焼きができていく様子を間近でシゲシゲと見ていたら、


「テレビ観て待ってって!」


と怒られた。


コロ助を観てるとなんだかイラつくから、チャンネルを変える。

プロ野球、クイズ、紀行番組、どれも今ひとつ興味を惹かれない。

仕方ないからKBS京都のローカルなイベント紹介番組を見るともなく流しておいた。


「お待たせ~できたよ~」


舞子が皿に山に盛ったたこ焼きを、ソファの前のローテーブルに置く。

舞子のソファベッドを折りたたんでソファにし、そこに並んで座ってローテーブルでごはんを食べる。

そんな形が、早くも僕達の間で定着していた。

ローテーブルは、また滋賀県まで買いに行こうかと思っていたのだが、その話をした広研の二回生がちょうど引っ越しするのに模様替えもしたいから余っていて譲ってくれるというのでありがたく受け取った。

銀色の角パイプのフレームに透明なガラストップという、いささか時代遅れな代物ではあったが。


「私、次の回焼いてくるからそれ、ハルくん先に食べ始めて」


ではさっそく。


「うわっち!!!」


「え!?ハルくん!大丈夫!?」


「あつあつあつ!」


「また一口で食べたの?熱いの当たり前じゃん!何回おんなじ事したら気が済むの!?」


「いや、はふ、ちまちまと食へても、はふ、やっぱりおいひいものは、はふ…」


「喋らなくていいから!はい、冷たい麦茶!」


生き返った。

口の中はべろべろだけど。


「は~…死ぬかと思た…でもこれ、めちゃめちゃ美味いな!」


「味分かるの?ヤケドした口で?」


「分かるて!外側プルンとして、中身トロトロで、お出汁効いてて、タコ大きくて、焼き加減もソースの加減も最高や!」


それはお世辞ではなく、今まで食べたどのたこ焼きよりも美味しかった。

口の中がどれだけベロベロになろうとも、次から次へと放り込む勢いが止まらない。

餃子の時と同じく、舞子が2皿目を持ってきてソファに座ったときには、第一陣の十六個は跡形もなく消えていた。


「わ。確かに我ながらこれ美味しい!」


舞子はいつものように爪楊枝で四分割して慎重にフゥフゥと冷ましてからたこ焼きを食べていく。

最後のひと塊の生地と一緒に大きなタコを刺してパクリ。


「美味しいね~」


そう言いながら僕もまだ一緒に食べ続けたもんだから、二皿目もあっという間になくなった。


「な、まだあるん?」


「あるよ~。でもまだ食べるの?入る?」


「もちろん!無限に食える!」


「無限って!」


「ほな次は僕が作ってみるから、舞子教えて!」


「いいよー」


しかし、舞子に教えてもらいながら作ったたこ焼きは、全然うまくいかなかった。

まず、お玉で生地をうまく穴に入れられない。

ひっくり返す時に生地がベロンと剥がれてぼろぼろになる。

これはきっと、ちゃんとした道具がないせいだ。

よし。

舞子の誕生日を待たずに、道具屋筋だ。


「でも味は美味しいよ」


舞子に慰められながら、三回目の十六個も二人で全部なくなった。


「よし、四回目!次こそ上手いことできるはずや!」


「えー、まだ食べるの? 確かに生地もタコもあるけど」


「やる!作る!意地や!ほんで食べる!」


お。今度はそれなりに上手くできる。

道具屋筋はやっぱり先でもいいかも知れない。


「できたで。僕、天才かもしれんわ」


「うん。できてるね。うん。美味しい。でも、こんなに食べられるの?私もうお腹いっぱいだよー?」


「食べる!」


舞子が笑った時、ふとテレビが目に入った。

ブラウン管には、神社の境内らしきところに、青々とした草で作られた大きな輪が設えられていた。

そこを、参拝客がゆっくりとくぐっていく。


『――京都では、今月三十日の夏越大祓なごしのおおはらえを前に、各地の神社で茅のちのわの準備が進められています。半年間の罪やけがれを祓い清め、残る半年の無病息災を祈る神事です』


『この“茅の輪くぐり”は古くから伝わる風習で、厄除けや健康を祈願するとされています。』


浴衣姿の子供が母親に手を引かれながら輪をくぐり、笑顔で手を合わせる様子が映っていた。


『六月中旬から設置された茅の輪は、しばらくの間、参拝客が自由にくぐることができます。茅の輪を八の字に三度くぐることで厄除けになるとされ、夏の風物詩として親しまれています』


「ね、ハルくん!」

「な、舞子!」


舞子と僕が声を出したのは同時だった。

同じことを考えていたのは言うまでもない。


「今度の金曜日やんな。金曜はゼミもないし、空いてるわ」


「私は夕方からバイトだから、昼間だね」


「よし、決まり!」


『――またこの日、京都では三角形に切った外郎ういろうに小豆をのせた和菓子“水無月”を食べて、邪気を祓い、夏を元気に過ごそうとする習わしがあります』


テレビでは、涼しげな白い水無月が映っていた。


「水無月も食べたいね」


「それは絶対いるやろ」


たこ焼きの匂いがまだ残る部屋で、僕達の次の行き先がひとつ決まった。

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