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教えない勇者に育てられた俺たち、命令がない世界で最強になる  作者: 慈架太子


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21話「使われる」

石畳の照り返しが、目に刺さる。

辿り着いた街は、昨日までの村とは何もかもが違っていた。

溢れかえる人の波、絶え間なく響く荷馬車の轍の音、客を呼び込む怒声。無機質な活気が街全体を覆っている。

その喧騒の中を、一行は一列になって進む。森で培った陣形は、人混みの中でも崩れることはない。肩が触れそうな距離で歩く彼らの姿は、周囲の住人からは異様な集団に見えただろう。

向けられる視線は鋭く、そしてすぐに無関心を装って逸らされる。


「……あれだ」

トーマスが足を止める。

視線の先には、高く積み上げられた木箱の山があった。数が多い。それを取り囲むように、一人の男が立っていた。

贅沢な生地の服に身を包んだ商人が、彼らを見て卑屈な、それでいて値踏みするような笑みを浮かべる。

「助かるよ、若い衆」

軽い声だった。その響きに、敬意も感謝も含まれていない。ただの道具を眺めるような響き。

「運べるかい? 急ぎなんだ。港の裏倉庫まで頼むよ」


カイルが男を正面から見据える。

頷きはしなかった。だが、余計な問答をする時間も惜しい。

彼は無言で動き出した。

木箱に手をかける。

「……重いな」

ずっしりとした手応え。中身は建材か、あるいは金属の加工品か。

ロイドとガイルが、その巨体を生かして巨大な箱を軽々と持ち上げる。他の者たちも手分けして箱を抱えた。

往復を繰り返す。

街の坂道は険しく、日差しが体力を削る。

誰も文句は言わない。ただ、指示された場所へ、指示された通りに荷を運ぶ。

数刻が過ぎ、ようやく最後の荷が倉庫の隅に積み上げられた。


「ご苦労」

商人が懐から革袋を取り出し、中身を放り出す。

石畳の上に転がったのは、数枚の金貨。

あまりに、少ない。

ダリルがそれを無表情で拾い上げた。

「……これだけか?」

「相場だよ」

商人は、からかうように肩をすねめる。

「ガキの使いにしちゃ、上出来だろ?」

トーマスが商人の目を覗き込むが、そこにはただ、底の知れない欲の深さだけが透けて見えた。言い返そうとして、言葉が喉の奥でつかえる。

エリシアが、積み上げられた箱の一角を凝視していた。

封蝋の印影が、先ほど運んでいたものと微妙に異なっている。

だが、彼女も何も言わなかった。確証がない。それに、今の自分たちが何を言ったところで、この街の「理」が聞き入れるはずもなかった。


「次も頼むよ。そっちの箱だ」

商人の指示は、どこまでも軽い。

再び動き出す。繰り返される往復。体力の消耗以上に、心の奥に澱のような疲労が溜まっていく。

夕刻。

最後の一つとなった、小さな木箱。

持ち上げたロイドが、眉をひそめた。

「軽い……」

音が違う。中身が詰まっていない、乾いた音がした。

ミオが鋭く声を上げる。

「……開けるな」

警告は一瞬、遅かった。

ロイドが持ち上げた瞬間、箱の底が腐ったように抜け落ちた。

中からこぼれ落ちたのは、麻の袋。

石畳に叩きつけられた衝撃で袋が破れ、中から白い粉が爆発するように広がった。

独特の、鼻を突く甘ったるい匂いが辺りに満ちる。

「……違う。これ、香料じゃない」

ナナが顔を背ける。


静寂が訪れた。

周囲を歩いていた通行人の足が止まる。

「何してるんだ、お前ら」

誰かが叫んだ。

その声に呼応するように、路地から衛兵が現れる。

あまりに、早い。まるで、そこで待っていたかのような早さだった。

「それは何だ。答えろ」

答える言葉を持たなかった。そもそも、自分たちが何を運ばされていたのかさえ、知らされていなかったのだ。

「押収する。貴様ら、ついてこい」

強引に木箱が奪われる。

逃げようとしたわけではない。だが、有無を言わさぬ力でカイルの腕が掴まれた。


「待て」

カイルが低く制止する。

だが、言葉は通じない。衛兵の目は、最初から彼らを「犯人」と決めつけていた。

「違う。俺たちは運べと言われただけで……」

トーマスが必死に弁明する。

「知らない。中身なんて、知らされていなかったんだ!」

エリシアの声も、重なる言葉も、街の喧騒の中に飲み込まれて消える。

「問答無用だ。連れて行け」

押され、外へと引きずり出される。


ふと、視線の先に、先ほどの商人が立っているのが見えた。

男は少し離れた日陰から、こちらを見ていた。

その口角は、確かに上がっている。

目が合った。

男は逸らさない。嘲笑を隠そうともせず、ただ、哀れな獲物を眺める冷たい目を向けていた。

理解したときには、全てが終わっていた。


「……使われたな」

ダリルが吐き捨てるように言った。

誰も否定しない。否定できる余地など、どこにもなかった。

自分たちの「力」が、自分たちの「連携」が、ここでは単なる「便利な道具」として、悪意の中に組み込まれていた。

セレスティアが、自分の手を見つめる。

指先には、あの白い粉が薄く付着していた。

サラが無言で布を差し出し、その汚れを拭き取る。慰めの言葉も、同情の声もない。ただ、静かな事実だけがそこにある。


ミレイナが顔を上げた。

街の住人たちが、遠巻きに彼らを見ている。

昨日の村で向けられた、感謝と希望に満ちた目とは正反対の目。

そこにあるのは、疑い、蔑み、そして自分たちとは無関係な存在を排除しようとする冷徹な視線だ。


「……どうする」

フェリクスが、掠れた声で漏らす。

誰も答えない。

ここには、進むべき道を示すユリウスはいない。

突き放し、見守っていたはずの背中はどこにもない。

風が吹き抜ける。

その風は驚くほど軽いが、彼らの肩には、言いようのない重みがのしかかっていた。


奪われていく。

苦労して運んだ箱も、自分たちが積み上げてきたはずの評価も。

残されたのは、掌に残ったわずかな金貨の感触と、何も言い返せなかった惨めな沈黙だけ。


歩き出す。

来た道を戻る方向に。

隊列は、まだ揃っている。

だが、その歩調は噛み合っていない。

森の中では通用した。仲間内では完成した。

だが、一歩外の世界へ出れば、彼らの「連携」など、悪意ある大人たちの掌の上で転がされる程度の、未熟な力に過ぎなかった。


世界は、彼らが思っていたよりもずっと、濁っていて、重い。

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