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新訳 曽我物語 〜 復讐系なろうの原点、父を殺された兄弟の二十年の復讐譚〜  作者: 条文小説


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1-2 始まりの呪いと、狂気の遺言

挿絵(By みてみん)


 曽我物語そがものがたりは、鎌倉時代に富士野で起きた曾我兄弟の仇討ちを題材にした軍記物風の英雄伝記物語。作者・成立年ともに不詳。後年、能や歌舞伎などの演劇や物語・小説の題材となり人気を博し、文芸界に「曽我物」と呼ばれるジャンルを築いた。「日本三大仇討ちもの」の一つとされる 出典:Wikipedia

 源頼朝という巨大な権力者が構える陣中で、堂々と親の仇を討ち取り、その名を歴史に刻んだ二人の若者。兄・曾我十郎 祐成すけなりと、弟・曾我五郎 時致ときむね


 彼らがなぜ、死を賭してまで復讐に走ったのか。その発端を辿れば、一族のドロドロした領地争い――そして、「一人の老人の執念が引き起こした禁断の呪術」に突き当たる。すべては、伊豆の広大な領地「久須美庄くすみのしょう」を巡る、歪んだ相続から始まった。


 舞台は平安末期。伊豆の国を治めていたのは、工藤大夫 祐隆すけたかという男だった。出家して「寂心じゃくしん」と名乗った彼は、悩みの中にいた。


「……息子たちが皆、先に逝ってしまった。このままでは家が絶える。」


 そこで寂心は、ある「禁じ手」を使う。自分の後妻が連れてきた連れ子の子(義理の孫)を養子に迎え、「工藤 祐継すけつぐ」と名乗らせ、本拠地である伊東の地を譲ってしまった。


 これにブチ切れたのが、寂心の「実の孫」である伊東二郎 祐親すけちかだった。


「おいおいっ、冗談じゃねえぞっ。」


祐親は内心、腑が煮えくり返るような思いだった。おのれこそが正当な血筋なのに、なぜどこの馬の骨とも知れない「連れ子の子」が本家を継ぎ、自分は脇の河津の地へ追いやられなきゃならないのか。


「あんな奴、他人だろ。俺こそが嫡流だろっ!」


しかし、周囲の意見は冷ややかだった。


「いや結構そこは微妙で⋯祐継すけつぐ様は寂心様が内々に通って作った実子だって噂ですよ? つまり実質 祐親すけちか様の叔父(あるいは兄)じゃないですか。親が決めた譲り状があるんだから、諦めた方が宜しいかと⋯。」


しかし、プライドの高い祐親にそんな理屈は通用しない。


 祐親は何度も裁判を起こすが、公的な「譲り状」という最強のアイテムを持つ祐継には勝てず、訴訟は連戦連敗。祐親は表向きはニコニコしながらも、その腹の内にはドス黒い殺意が渦巻いていった。


「……殺す。どうしても殺してやる。表がダメなら、裏の力で消す。」


 祐親が目をつけたのは、信仰の山・箱根のトップである「箱根の別当べっとう」だった。祐親は別当を呼び出すと、贅を尽くした豪奢な酒宴でもてなした。そして、酒が回っていい気分になった頃合いを見計らい、にじり寄って耳打ちした。


「別当様。……折り入ってお願いがございます。」


「おや、祐親殿。改まって何ですかな?」


「あの伊東祐継を……呪い殺してほしいのです。 立ったまま命を失うような、えげつないやつを。今すぐに!」


 その言葉を聞いた瞬間、別当の顔から酔いが消えました。別当はしばらく沈黙した後、諭すように言った。


「祐親殿。よく聞きなさい。……あなた方は血の繋がった兄弟のようなもの。親が決めたことに背き、害心を抱くのは神仏の心に背く行為です。それに、私は幼い頃から仏門に入り、殺生を禁じられ、五戒を守って修行してきた身。人の命を奪うなど、三世の諸仏を殺すも同義。そんな不届きな祈祷、口にすることさえ恐ろしい。お断りします。」


 別当はピシャリと拒絶し、そのまま袖を翻し箱根の山へ帰っていった。


 普通ならここで諦めるが、祐親の執念はレベルが違う。祐親は何度も何度も手紙を送り、ついには祐親が自ら箱根の山へ登って、別当にすがりついた。


「別当様! 我ら一族とあなた様は、先祖代々、師弟の関係ではありませんか! 私の一生のお願いです。もしこれが祐継にバレたら、今度は私が消される。もう後がないんです……!」


これには別当も困り果てた。


 (うわぁ⋯面倒な奴だな……。でも、こいつはうちの太客だし、ここまで言われて無視して、逆恨みされるのも怖いし……)


 ついに、高潔な僧侶は「大人の事情」に負けた。


「……分かりました。今回だけですよ。」


 別当が準備したのは、慈悲深い仏の顔をした呪いの儀式だった。箱根の山奥で、前代未聞の調伏の儀が始まる。本尊に据えられたのは、阿弥陀三尊と地蔵菩薩。一見、死者の冥福を祈るような組み合わせだが、その祈祷の内容は恐るべきものだ。


「……阿弥陀如来様、地蔵菩薩様。どうか伊東祐継の命を今すぐ回収して下さい。その代わり、死んだ後は速やかに極楽浄土へ連れて行ってあげて。地獄に落とさなくて良いから、とりあえず今は死なせて。 お願い、今すぐ!」


という、慈悲の皮をかぶったデス・タイマー。


さらに後半、別当はついに本性を現す。五大明王を四方に掲げ、紫の袈裟をまとい、不眠不休で汗を流しながら、鬼のような形相で祈りを揉み(もみ)始めた。


烏蒭沙摩金剛うすさまこんごう! 五大明王! 奴の息の根を止めろ! 貫け! 焼き尽くせ!」


そして、七日目の満願。午前三時半頃。


――パァァァンッ!


 凄まじい音と共に、別当の視界に信じられない光景が映し出された。祭壇の上に、伊東祐継の、働き盛りで血色の良い首が、明王の剣に突き刺さった状態で転がってきた。


「……成し遂げた。呪いは成就した。」


 壇を下りる別当の背中は、もはや聖職者のそれではなく、一人の殺し屋だった。


 こうして、祐親の執念は実り、ライバルであった祐継はこの世を去った。


 しかし、もちろん物語はここで終わらない。


 呪い殺された祐継の息子、工藤 祐経すけつね。彼もまた、父の不審な死と奪われた領地の恨みを募らせる。


 この遺恨が、後に曾我兄弟の父を殺し、そして兄弟による歴史的な仇討ちへと繋がっていく。一人の老人の「領地欲」から始まった呪いが、三代にわたる殺し合いの連鎖を生む。伊豆の山々に響く読経の音は、悲劇の始まりの合図に過ぎなかった。




曾我物語 巻第一 (明治四十四年刊 國民文庫本)




 〔伊東いとう調伏てうぶくすること


 此処ここに、伊豆いづくに住人ぢゆうにん伊東いとう二郎じらう祐親すけちかまご曾我そが十郎じふらう祐成すけなりおなじく五郎ごらう時致ときむねものりて、将軍しやうぐん陣内ぢんないはばからず、おやかたきり、げい戦場せんぢやうほどこし、後代こうたいとどめけり。由来ゆらいくはしくたづぬれば、すなは一家ともがら工藤くどう左衛門さゑもん祐経すけつねなり。たとへば、伊豆いづくに伊東いとう河津かはづ宇佐美うさみの三ケしよをふさねて、久須美庄くすみのしやうかうするの本主ほんじゆは、久須美くすみ入道にふだう寂心じやくしんにてぞりける。在国ざいこくときは、工藤くどう大夫たいふ祐隆すけたかひけり。男子なんし数多あまたちたりしが、みな早世さうせいして、遺跡ゆいせきすでえんとす。しかあひだ継女ままむすめだし、嫡子ちやくしてて、伊東いとうゆづり、武者所むしやどころまゐらせ、工藤くどう武者むしや祐継すけつぐかうす。また嫡孫ちやくそんり、次男じなんてて、河津かはづゆづり、河津かはづ二郎じらう名乗なのらせ、しかあひだ寂心じやくしん他界たかいのち祐親すけちかおもひけるは、われこそ、嫡々なれば、嫡子ちやくしに、異姓いしやう他人たにん継女ままむすめの子、いへりて、相続さうぞくするこそ、やすからねとおもこころきにけり。これまこと神慮しんりよにもそむき、子孫しそんえぬべき悪事あくじなるをや。仮令たとひ他人たにんなりとふとも、おややうじてゆづうえは、違乱いらんるべからず。まして、これは、寂心じやくしん、内々 継女ままむすめのもとにかよひて、まうけたるなりまことにはあになり。ゆづりたるうへあらそこと無益むやくよし余所よそ余所よそにもまうひけり。れども、祐親すけちかとどまらで、対決たいけつ度々におよぶといへども、譲状ゆづりぢやうささぐるあひだ伊東いとう所領しよりやうりて、河津かはづけてぞくだりける。のちうへしたしみながら、内々安からぬことにぞおもひける。れども、ちからにはかなはで、年月としつきおくり、とき祐親すけちか箱根はこね別当べつたうひそかにくだたてまつり、種々にもてなし、酒宴しゆえんぎしかば、ちかり、かしこまりてまうしけるは、「かねてよりろしされてさうらごとく、伊東いとうをば、嫡々にて、祐親すけちかあひさうらふべきを、おもはずの継女ままむすめ子来たりて、ちち墓所はかどころ先祖せんぞ重代ぢゆうだい所領しよりやう横領わうりやうつかまつこと余所よそにてさうらふが、あまりに口惜くちをしくさうらあひだ御心おんこころをもはばからず、まうだしさうらふ。しかるべくは、伊東いとう武者むしやふたいのちを、立所たちどころうしなさうらやうに、調伏てうぶくりてたまへ」とまうしければ、別当べつたうたまひて、しばらもののたまはず、ややりて、「こと、よくよくたまへ。一腹いつぷく一生いつしやうにてこそしまさね、兄弟きやうだいなること眼前がんぜんなり公方くばうまでもこしひらかれ、すで御下知げぢをなさるる上は、へだてのおんうらみは、ことにてさうらへども、たちまちに害心がいしんこし、おやおきてそむたまはんことしかるべからず。神明しんめいは、正直しやうじきかうべ宿やどたまことなれば、さだめて天の加護かごるべからず、みやう照覧せうらんおそろし。うへ愚僧ぐそうは、幼少えうせうより、父母ちちはは塵欲ぢんよくはなれ、師匠ししやうのかんしんにりて、所説しよせつ教法けうぼふがくし、円頓ゑんどん止観しくわんもんをのぞみ、一ねんまいに、稼穡かしよく艱難かんなんおもひ、一度ひとたびとき紡績ばうせき辛苦しんくしのぶ。三衣すみめ、鬢髪びんぱつをまろめ、ほとけ遺願ゆいぐわんまかせ、五戒ごかいたもちしよりかたものいのちころことほとけこといましたまふ。れば、衆生しゆじやうの中には、三身さんじん仏性ぶつしやうとて、三体さんたいほとけします。しかるに、人のいのちうばはんこと三世さんぜ諸仏しよぶつうしなたてまつるにおなじ。諸々 もつて、おもらざることなり」とて、箱根はこねのぼたまひけり。河津かはづは、なまじひなることまうだして、別当べつたう承引しよういんかりければ、のち消息せうそくもつて、かさがさまうしけれども、なほもちたまはず。如何いかがせんとて、ひそかに箱根はこねのぼり、別当べつたう見参げんざんして、ちかりて、ささやきけるは、「ものにてはさうらはねども、むかしより師檀しだん契約けいやくあさからで、たのたのまれたてまつりぬ。祐親すけちかにおきて、一生いつしやう大事だいじ、子々孫々までも、これにしくべからずさうらふ。再往さいわうに、まうさうらでうまことおそすくなからずさうらへども、かたかへこえなば、かさねたる難儀なんぎたりさうらふべし。ればにや、浮沈ふちんおよさうらふ」と、くれぐれまうしければ、はじめは、別当べつたうおほきに辞退じたいりけるが、まこと檀那だんななさけもさりがたくして、おろおろ領状りやうじやうりければ、河津かはづさとへぞくだりける。別当べつたう、そきことながら、檀那だんなたのむとまうしければ、だんて、荘厳しやうごんして、伊東いとう調伏てうぶくせられけるこそ、おそろしけれ。はじめ三日の本尊ほんぞんには、来迎らいかう阿弥陀あみだ三尊ぞん六道能化のうけ地蔵ぢざう菩薩ぼさつ檀那だんな河津かはづ次郎じらう所願しよぐわん成就じやうじゆため伊東いとう武者むしやふたき命をり、来世らいせにては、観音くわんおん勢至せいし蓮台れんだいかたぶけ、安養あんやう浄刹じやうせつ引接いんぜうたまへ、片時へんしも、地獄ぢごくとしたまふなと、他念たねんいのられけり。のち七日の本尊ほんぞんには、烏蒭沙摩金剛うすさまこんがうとかう童子どうじ五大明王みやうわう威験いげん殊勝しゆせうなるを、四方しはうけて、むらさき袈裟けさたいし、種々にだんかざり、肝胆かんたんくだき、あせをものごはず、おもてをもふらず、余念よねんくこそいのられけれ。むかしよりいまいたるまで、仏法ぶつぽふ護持ごぢ御力ちからいまはじめざることなれば、七日にまんずるとらなかばに、伊藤いとう武者むしやがさかんなるくびを、明王みやうわうけんさきつらぬき、壇上だんじやうつるとて、さては威験いげんあらはれたりとて、別当べつたうだんたまふ、おそろしかりしことどもなり

〜参考記事〜

国民文庫「曾我物語」明治44年 / 菊池眞一研究室

https://share.google/uMQE6XFcSP1zbLr1W


〜舞台背景〜

 この作品では原典を併記していますが、これがなかなか厄介で、原文の体裁を、ストーリーを考える数倍の手間を掛けて整えています。

 せっかくなので、小説と原文を見比べながら、原典の迫力や雰囲気を感じてもらえたらと思います。この原文併記という形式は教科書はまだしも小説ではあまり見ない試みです。もし面白い試みだなと思って頂けたら☆5とは申しませんが、☆3〜4くらい頂けると嬉しいです。

 逆に「ウ~ン」と思われた方は、遠慮なく☆1で意思表示して頂ければ率直なご意見として謹んで承りたいと思います。

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