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●世界観
人間と人外が入り交じって生活をしている世界。基本共存しているが、中には魔力が強すぎて馴染めず虚空で過ごしたり、人間が嫌いな人外、逆に人外が嫌いな人間がいたりもする。魔法が使える分、危険視されていたりもするが程度は人によってマチマチ。
人間の割合の方が高く、人間が人外と契約して護衛して貰っている者もそれなりにいる。
●契約
人間と人外の間で結ぶもの。基本的に護衛だったり非人道的なものをお願いする為だったり様々。魔導書を参考に魔法陣を使って儀式を行い、人外の血を飲む事で契約は成立する。役目を終えれば人外は人間から代償を受け取って帰る。それは死に至るものかもしれないし、人生に支障が出ない程小さなものかもしれない。それは契約した人外次第。
契約関係上、人間が上の立場として主となるので人外は役目が終えるまで、主となる人間に対し命を脅かすような魔法は使えない。使った途端自身の身体に痛みが走る。人外はこれを“躾”と呼ぶ。
人間の精神を壊すのが好きだ。
いつから好きだったのか、なんてもう覚えていない。物心がついた時から、と言えばそうだったかもしれないし、最近好きになったと言えばそうかもしれない。いつの間にか好きになっていた。それがきっと正しい。
そこに至った経緯なんて何一つ興味は無いのだ。しかし皆もそうでは無いだろうか?結局過程では無く、結果に目を向けるのだ。単純明快で一本道を歩く存在にしか過ぎない。俺も、お前も。
だが、好きな理由は語れるものだ。俺と目が合った瞬間に震える口から紡がれる音色と言ったら、どんな宝石よりも価値があるし、正気を無くしたアホ面は何度見たって笑えて悩みが吹っ飛ぶ。訳も分からず精神を壊した張本人に縋り付き「助けてくれ」なんて涎を垂れ流しながら言われた日は、その顔を切り落として酒のツマミにしたものだ。
人間が好きだ。…いや、それは少し語弊がある。人間の事は好きでも嫌いでも無い、“狂った人間”が好きなのだ。
そこら辺を歩き、日常に溶け込む人間には興味が無い。精神力が強い人間は特に嫌悪感を覚える。その強い精神力を揺さぶり、元に戻れない所まで連れて行くのも乙ではあるが、手っ取り早く人間を壊したい俺にとって、その行動は鉄より重い腰を上げる事になる。そんなの勘弁だ。
だからこそ、この世の中に蔓延る“魔導書”なんてものは、精神が弱い人間達を見付けるに最適だった。所謂オカルト好き。そういう奴らは何故か分からないが、精神の弱っている者が多い。大方、全てに絶望して最後に悪魔を召喚して願いを叶えてもらおう…という狙いなのだろう。魔導書の存在に気付いた時、コレだと思った。俺の好きな事はコレを通して出来ると思い、ソレに記される程の実力を付けて今まで生きてきた。
今夜は妙に落ち着かない。この感覚は何度も体験してきた。
_あと数分も経たずして、俺は人間に召喚される。
心が踊る。柄にも無く鼻歌を歌いながら、バレリーナのように爪先でターンをして、開け放たれている窓に張り付いているかのような満月を見てほくそ笑む。
(…最近狂う顔もワンパターンで興が冷めそうだ。涙と鼻水と涎出せば良いってモンじゃねぇんだぞ)
その笑みの下でこんな事を考えているなんて、誰が想像出来るだろうか。笑みを浮かべるには何とも醜い心情だ。それこそが至高だと人外は微笑むのだが。
(──そろそろだ)
身体が光に包まれる。眩しさから逃れるようにゆっくりと目を瞑る。
何かに引っ張られるような感覚に喜びが隠せない。人間を壊す事が一番に楽しいのなら、召喚される瞬間は二番目に楽しい事と言っても過言では無いだろう。
けれど、一番を早く感じたい。人外にとってこの欲望は、何よりも人間らしいものであった。
一瞬の浮遊感、嗅ぎなれない匂いに冷えた風。もう待ちきれない、余韻を感じるのも嫌いでは無いが、過程よりも結果。目の前のそれを目に焼き付けたいのだ。ゆっくりと、しかし早急に目を開ける。
さぁ、お前はどんな顔を俺に見せてくれる?
視界がクリアになった時、まず初めに感じたのは痛みだった。
───何だ?額が痛い。狭い場所に召喚でもしたのだろうか。痛い、だけどこの痛みはぶつけたような広がる痛みでは無い。
「初めまして、人ならざるもの様」
ぬるり。瞼に何かが垂れる。痛い、感じた事の無い痛みに呻きも息の音も忘れてしまって、ソレが、血が目の中に入ってしまうのも気にせずに声の主に視線を向ける。
「私の名はロデリック。貴方を召喚した者であり、貴方の主です」
佇んでいたのは、赤薔薇が良く似合う黒髪の青年であった。
文句や呼吸よりも先に、俺は彼に釘付けになってしまって、上手く動く事が出来なかった。何よりも目を惹くのは、黄金比で形作られたと言っても納得出来る顔だった。
目元の黒子が何とも言えぬ艶めかしさを露出し、赤の反射する睫毛の一本一本が波打つように揃えられている。鼻筋も綺麗に通っており、唇の筋一本を見てもキメ細かく舌舐りをしてしまう程で。
陳腐な言葉で敢えて飾ろう。彼の美貌を超える者は、世界中ひっくり返したって、過去を漁ったって存在しないだろう。それだけ美しいのだ。美しい、なんて言葉で表現するのが烏滸がましい程に。
「いやはや…魔導書で一目見た時から思っていたのです。貴方はとても美しいと」
ヒールの音がやけに生々しく耳に届く。痛みに崩れ落ちている俺と視線を合わせ、ロデリックと名乗る男はこれまた聖母の如き美しさでその口の形を変える。
これでは、何方が精神を狂わせに来たのか分からないでは無いか。そうそう、時に美貌と言うのは人を狂わせる力があるとか無いとか…
「貴方の名前を教えて下さいませんか、私が勝手に作品名を付けたって構いませんが…それは気乗り致しません。これから共に過ごす相手としてそれは相応しくない」
とんだ自論だ。何を持って相応しくないのか分からない。一緒に過ごすのだから、一方的な関係はいけない、とでも言いたいのだろうか?
…ツノをもがれた時点で、その理論は効かないと思ったのは俺だけなのだろうか。狂人の放つ言葉は何も分からない。
気が滅入る、今まで壊してきた人間もこんな感じだったのだろうか。これさえも味合わないで壊れたのなら、十分幸せかもしれない。
「…………炎。ほのお、と書いて、ほむら」
早くこの時間が過ぎて、痛みが消えれば良いと思った。だから答えた。痛みに屈したと言われるのは何ともむず痒く、恥がこみ上げる。だからただ俺は、聞かれたから答えたスタンスを貫いた。それが男に通じたかは分からないが、彼は一言「炎」と口内でその文字を転がして咀嚼して飲み込んだ。
「初めまして炎。ようこそ、私の元へ。歓迎しましょう」
何も歓迎されてない。
そんな言葉は口角がヒク、と吊り上がる事だけに出力されたようで。彼は一際美しい笑みを浮かべ、額に口付けを落とした。




