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幻友カット  作者: 庵途
1/2

前編

 今でも夢に見る。

「ずっと立夏のことが大ッ嫌いだった! あんたなんか友達じゃない!」

 夕焼けに染まる帰り道で、唐突に振り返った彼女が私にそう叫んだ。

 叫んでいる雪乃は両目に涙を溜めていて、私を親の仇のように睨みつけていた。

「……んで、なんで? 私たちずっと友達だったじゃん!」

 彼女に拒絶された私は戸惑いながら、彼女に問いかける。

 しかし、彼女はそんな私すら戸惑いすらも怒りで燃やしつくそうとする勢いで口を開いた。

「違う! 私はあんたのこと友達なんて思ってない!」

「嘘だ! だってずっとに一緒にいたじゃん!」

 雪乃は幼馴染だった。

 私が物心つくころには一緒にいて、出会いもろくに覚えていないほど、ずっと一緒にいる親しい間柄だったはずだ。

 なのに、今の雪乃は私の知らない顔をしている。

 それが雪乃の本心だということを、私はすぐに理解した。

「立夏は変だよ! 一緒にいるとみんなから笑われる! もう関わらないでよ!」

 彼女は手に持っていた学生鞄をアスファルトの道に叩きつけた。

 学生鞄は私の足元まで転がってきて、私の靴に軽く当たる。

「へ、変って……」

「変だよ、立夏はおかしい! その腕が……、立夏がおかしいことを証明してるでしょ!?」

 彼女は私の左腕を睨みつける。

 夏だというのに長袖のセーラ服を着ている私は、咄嗟に右手で左腕を抑えつける。

「ち、ちが、これは違う……」

「違うってなに!? リスカしてるんでしょ?」

「……ッ!」

 彼女にそう言われて、私はぼやけていく視界で自分の左腕を見つめる。

 そして、ゆっくりと袖をまくり、その素肌を露わにする。

 私の左腕には一定間隔に赤い線が無数に入っていた。一本一本はとても短いが、無数にあるせいで、肘から手までがピンク色に染まっていた。

「ほら! なんでリスカするの? 頭おかしいんじゃないの?」

 私の左腕を見た雪乃は好き勝手言う。

 私の気持ちを考えずに。

 私の苦しみを知らないで。

 そう考えたら彼女のことが許せなくなり、私は肺に酸素を溜めて叫んだ。

「黙ってよ!」

 私の声が閑散としていた住宅街に響き渡る。

 幸いなことに周囲に人影は存在せず、孤独な彼女は目を丸くして私の顔を見つめる。

「ない……、私はおかしくない……」

 私は正常だ。

 私はおかしくない。

 そう、何度も心に言い聞かせて、私は髪をかきむしる。

 油のこびりついた髪は指に絡みつくが、それさえ気にせず力任せにかきむしり、頭からは白いフケが雪のように落ちて行った。

「……ひっ!」

 そんな私の様子を見た彼女は、怯えた表情で一歩、私から遠ざかっていく。

「どこ行くのっ!?」

 私から離れていく彼女を怒鳴りつけ、私は足を大きく動かして彼女との距離を詰める。

 彼女はさらに私から距離を取ろうとしたが、小鹿のように震える彼女の両足はもつれてしまい、彼女は地面に尻もちをついてしまう。

「……私はおかしくない……、私はおかしくない……。私は」

「立夏……ちゃん?」

 彼女は涙で歪む瞳で私を見つめる。

 その姿がとても苛つき、同時にとても愛おしかった。

 私は不自然に上がっていく口角を、無理して抑えつけながら、スカートのポケットを探る。

 そして、私はポケットの中から使い慣れている黄色のカッターナイフを取り出した。

「……ひぃっ!?」

 それが目に入った瞬間、彼女は声を裏返して短く悲痛な叫ぶ声を上げた。

 その歪に歪む顔に私はカッターナイフを向ける。

「や、やめてよ。立夏ちゃん……」

 彼女が何かを言うが私の耳には届かなかった。

 私は血によって錆びついたカッターナイフの刃を押し出し、彼女を安心させるように笑いかける。

 しかし、なぜだか彼女はまた体を震わせた。

「……みんながおかしいんだ」

「え?」

 そうだ。

 どうして今まで気が付かなかったのだろうか。

 私がおかしいわけじゃない。

 私をおかしいという人がおかしいんだ。

「……ねぇ、雪乃」

「……な、なに?」

 私は彼女の瞳を見つめながら、いつものように彼女の名前を呼ぶ。

 そして、彼女もいつものようにそう問いかけなおしてくれた。

 だから、私は手に持っているカッターナイフを強く握りしめた。

「私が……雪乃を救ってあげるから」

 そう告げた後、私は彼女が何かを言う前に、彼女の左手めがけてカッターナイフを振り下ろした。

 一瞬の間。

「ぎゃぁああぁあああああ!」

 彼女の絶叫が響き渡る。

「うるっさいな!」

 近くにいた私の鼓膜は彼女の声で震える。

 それがあまりにも不快で、私は思わず彼女のお腹を蹴り飛ばす。

 彼女は小さなうめき声を上げて左手でお腹を庇おうとする。

 しかし、その左手からは見慣れた赤黒い粘液質な液体が零れ落ちていて、彼女はそれを見てさらにパニックになってしまう。

「いや! いや! いやァ!」

 彼女はそう叫びながら左手を右腕で押さえつける。

 しかし、左手からあふれ出る血はその程度で止まることはなく、彼女の右腕とセーラ服を赤に染め上げて行く。

 その様子がどこか面白くって、私は乾いた笑みを彼女に向けた。

「おかしい! おかしいよ!」

 しかし、その笑みは彼女の言葉のせいですぐに消えることになった。

 その言葉を聞いた瞬間、私は彼女に失望した。

「雪乃。私は雪乃のことを想ってやってるの。雪乃も同じように傷つけば、きっと自分がおかしかったって分かるから」

「意味わかんないよ! 早く救急車を! 助けて、助けて!」

 彼女は全力で叫ぶ。

 しかし、助けは来なかった。

 私たちが通う公立の中学校では携帯を持つことが許されていないので、彼女は自身の力で救急車を呼ぶこともできない。

「助けてぇ……!」

 ここにいても助からない。

 そう悟った雪乃は私に背を向けて走り出した。

「ふざけないで!」

 這った姿のまま逃げようとする彼女を、私は馬乗りにして捕まえる。

「うっ……」

 彼女は小さなうめき声をあげながら、顔だけ後ろに向けて私の顔を見つめる。

「や、やめてよ! 私、死にたくない……!」

 死にたくない。

 そう口にする彼女の瞳からは大粒の涙が流れていて、私は冷めた目を彼女に向ける。

 彼女の涙に反射する私はまるで怪物のようで、彼女からお前は間違っていると言われているように感じた。

「……りっ、か……ちゃん?」

 彼女は震える声で私を呼ぶ。

 その声には私に対する恐怖、畏怖、拒絶。それらの感情が混ざり合っていた。

 その感情は決して友達に向けるものではなかった。

「……んで?」

「……ぇ」

「なんで、なんで、なんで!?」

 ふざけるな。

 ふざけるな。

 ふざけるな!

 私にはあなたしかいないのに。

 あなたが私を拒絶したら私は一人ぼっちになるのに!

「……一緒にしないと……」

 そうだ。一緒にすればいい。

 私と同じ傷をつければ、きっと雪乃も目を覚ましてくれるはずだ。

「……や、やめ……!」

 彼女は涙を流しながら、そう懇願する。

 私はそう叫ぶ彼女の薄い背中を睨みつけながら、カッターナイフを握りしめた。

 そして、私は彼女の背中にカッターナイフを突き刺した。

「ぁぁあああああああああああ!」

 叫び声が夕焼けと飽和してやけに鮮明に聞こえる。

 しかし、私にとってそれは些細なことだった。

 私はすぐに彼女からカッターナイフを引き抜き、次は右肩に突き刺す。

「ひぃっぐぅ!」

 声を裏返しながら今度はうめき声を上げた。

 私はそれを聞きながら今度は左肩をカッターナイフに突き刺す。

 右腕を

 右手を

 頬を

 髪を

 色々な場所を突き刺したり、切ったりして、彼女を私と同じように傷だらけにする。

 そのたびに彼女は声を上げ、私に許しを請う。

 友達が傷つくのは私とて苦しかったが、それでも雪乃が私と同じになってくれるのが嬉しかった。

 やがてどれだけの時間が経っただろうか。

 いつしか彼女は叫び声をあげなくなっていた。

 私は血が滴るカッターナイフをポケットにしまい、ゆっくりと彼女から立ち上がる。

「……雪乃?」

 私は彼女の名前を呼ぶ。

 赤い水たまりの中で眠る彼女は何も答えてくれなかった。

 それはつまりそういうことだった。

「……ぁ」

 私は小さくそう声を漏らし、彼女の顔を見つめる。

 彼女は恐怖によって表情を歪ませたまま、アスファルトで眠っていた。

「……違ッ! ぁああ!」

 正気を取り戻した私は思わず、彼女から距離を取り手で顔を覆う。

 殺してしまった。

 自責の念に駆られた私は辺りを見回す。

 周囲には人影なんて1つも存在しなかった。

それを理解した私は、その事実が受け入れられなくって、落ちて行く太陽の方に走り出した。

「……悪くない、私は悪くない」

 何度も、何度もそう口にする。

 私の単純な心はそう口にするだけで、軽くなっていく。

 その心に合わせて私は血で穢れた体のまま走り続けた。

 それからのことはよく覚えていなかった。

 いつの間にか私は自分の家に帰ってきていた。

 それからの日々は地獄だった。

 いつ自分が雪乃を殺したことがバレてしまうのか、いつ自分は警察に捕まってしまうのか。

 そんな不安が私の心を蝕んでいき、私の日常は壊れて行った。

 だけどそれらはすべて杞憂だった。

 学校では雪乃の話をする人なんておらず、最初から雪乃がいなかったように日々は過ぎていった。

 私は警察に捕まることも、誰かに雪乃のことを聞かれることもなかった。

 そして、いつの間にか10年の時が経っていた。


最後までお読みいただきありがとうございます!

後編は金曜日投稿予定です

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