表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/81

75. 罪より生まれし、我が映し

「誇りとは、裏返せば欲望の名である。」


***

京都の街――帝の御所から遠くもあり、近くもある静かな路地裏に、俺はひとり立っていた。

誰にも気づかれぬような場所。だがここからなら、父・徳川家康が幕府の軍勢を率い、自ら混乱の鎮圧にあたっている様子がよく見える。

「……少しは、あの苛立ちも晴らせた、かな」

小さく呟いたその瞬間――まるで俺の心を見透かしたように、ひとりの女が背後から現れた。

その足取りは驚くほど静かで、まるで風のようだった。それでも彼女が放つ気配は、周囲の空気を一変させるほどに鮮烈だった。

振り向くと、目に飛び込んできたのは、誰もが一瞬で心を奪われるほどの美貌。

だが、俺は知っている。彼女はただ美しいだけの存在ではない――それ以上に、遥かに危険な“何か”だということを。

「今回はずいぶんと荒っぽく遊んだみたいね、我が君?」

その声音には、どこか愉しげなからかいが混じっていた。

「……焔羅か。やっぱり、お前の目からは逃れられないらしいな」

そう応じて振り返れば、彼女――神崎 焔羅は、漆黒の長髪をなびかせながら、静かに頭を下げた。

「我が君のために、場所を整えてございます。どうか、こちらへ」

「……監視役としての務めは、もう果たした。あとは、お前に任せるよ」

言い終えた俺は、焔羅のあとに続いて歩き出す。

だが、その足がふと止まる。

道の左右に、数多の少女たちが整列し、無言で頭を垂れていることに気づいたのだ。

――まさか、彼女たち全員が焔羅の庇護下に?

俺の知らぬうちに……そこまでの影響力を?

驚きと共に、胸の奥に微かな戦慄が走る。

そして、たどり着いたのは一軒の堂々たる建物だった。

玄関先に掲げられた木札には、こう記されていた。

『神崎旅館』

京都という都市においても、この建物の広さは群を抜いていた。

「どうぞ、お入りくださいませ。我が君」

焔羅の柔らかな声に頷き、俺は一歩、建物の中へと足を踏み入れる。

――そして、言葉を失った。

あまりにも美しい。あまりにも完璧だ。

俺たちは無言のまま、静かに廊下を進んでいく。曲がりくねったその先、ようやくたどり着いたのは、とある“特別な部屋”だった。

扉が開き、足を踏み入れた瞬間――その光景に、思わず息を呑む。

この部屋は……もはや一つの芸術だ。

温かさと豪奢さ、そして親しみすら感じさせる空間。

「どうぞ、お座りください。我が君」

焔羅は深々と頭を下げ、どこか誇らしげな声音で告げた。

俺は静かに頷き、安倍比楼としての戦闘服を解除する。

代わりに身に纏ったのは、深紅の外套と黒の装束、それに長ズボンを合わせた正装。そして頭には、織田の家紋をあしらった帽子。

――そして。

月輪の燈華を再びその手に呼び戻す。灯火の下、その刃は美しく輝いていた。

ふた振りの剣を、そっと座席の脇に置く。

まるで彼らもまた、長き戦いの後の休息を求めているかのように。

そのとき――

パチン。

焔羅が指をひとつ鳴らした。

すると、その黒髪がゆるやかに色を変え、やがて月光のように淡く輝くプラチナブロンドへと変化していく。

そのまま、ひざをつき、再び俺の前に頭を垂れた。気品を一切失うことなく。

「……我が君。こうして、長き時を経て、あなたが再び京都を訪れてくださったこと……心より嬉しく思います」

――神崎 焔羅。

一見すれば、神崎旅館を営む若き女将にすぎない。

だが、その正体は――まったく別のもの。

彼女は、俺が創り出した存在。

月輪の燈華、桂城の煌月、そして……俺自身の魂の奥底に眠る“感情”の欠片から生まれた、唯一無二の女性。

焔羅は――俺の“プライド”という罪の化身だ。

俺が誇りとしてきたすべての要素――

その知性、その力、その正直すぎる性格すらも――いま、俺の前に跪くこの少女の中にすべて宿っている。

いや、それ以上だ。まさに人間の姿を借りた、最も美しく、最も手放し難い存在。

「……もう、戻ってから何ヶ月も経ってるのにな」

ふと呟きながら、室内を見回す。

「それにしても……京都の変化は、驚くほど早いな」

焔羅は微笑んだ。

だがそれは、ただの愛想笑いではない。

己の価値を誰よりも理解している者の、誇り高き微笑。

「十三人いる姉妹たちの中で……最初にお迎えする役目をいただけたこと、それがどれほどの光栄か……我が君にはお分かりいただけますでしょうか」

彼女は静かに背筋を伸ばし、空を仰ぐような姿勢で続けた。

「だからこそ――私は、常に一番であり続けます」

「あなたにとって、唯一無二の存在として」

俺は少しだけ笑って返す。

「それ、他の子たちに聞かれたら……嫉妬で暴走されるかもしれないな」

焔羅はにっこりと笑う。

だがその言葉には、絶対的な自信が込められていた。

「だからこそ、私は“頂点”を目指すのです」

「他の誰よりも上ではなく、あなたの“心”そのものの頂に立つために」

「あなたのすべてを知る、たった一人の存在として――」

……まったく、この女は本当にすべてお見通しだな。

俺は肩をすくめながら、素直に言う。

「わかったよ、降参だ。もともと……お前は、俺が最初に創り出した女性だったからな」

その瞬間、焔羅の瞳が静かに輝いた。

「それこそが、私にとって最高の誉れなのです」

「そして今回、私たちの願いのひとつをお聞き入れくださった……“あなたの心”を、何の隔たりもなく、迷いもなく、真正面から受け取ってくださった。その事実こそが――この上なく贅沢な贈り物です。我が君」

そう語る彼女の言葉は熱を帯びながらも、姿勢は崩さない。

膝をついたまま、まるで神に祈るかのように、誠実に、そして深く頭を垂れていた。

俺は、ひとつため息をつく。

「……焔羅。まずは、座ってくれないか」

「――承知いたしました。我が君」

焔羅は静かに立ち上がり、隣の椅子に腰を下ろす。

その所作ひとつひとつに、品と誇りと――そして、確かな愛が込められていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ