69. 剣戟と偽りの封印
「決着をつける理由に、英雄的な意味なんていらない。
――ただ、大切な誰かが倒れる前に、それだけで十分だ。」
空の上、俺とテーガタナ鬼との戦いは、いまだ終わる気配を見せなかった。
武器がぶつかり合うたび、轟音が鳴り響き、もしこれが地上で起きていたら――街ひとつ吹き飛んでいただろう。
俺はというと、なぜか今ひとつ乗り気になれず、ただ淡々と奴の攻撃を受け流していた。
――退屈だ。
パターンが読める。動きも硬いし、繰り返しが多すぎる。
俺は無意識のうちに、牽制の意味も込めて蹴りを一発くれてやった。
少しでも流れを崩せればと思ったが――
……結果は逆だった。
一方その頃、俺と一緒にいた三人の少女たちは、それぞれ自分の敵と対峙していた。
茜 vs 槍吹雪
蒼希 vs 足蜘蛛
穂津子 vs 陣馬狼
彼女たちの戦いは、俺のものとはまるで別物だった。
高度な陰陽術が飛び交い、その一つひとつが美しく、まるで舞台のようですらあった。
――それに比べて俺は、ただの剣の打ち合いに縛られている。
……本当に、つまらない。
だが、問題はそこじゃない。
テーガタナ鬼が、明らかに攻撃の手を緩めてきたのだ。
慎重になったのか、あるいは何かを狙っているのか――とにかく、その殺意は徐々に輪郭を曖昧にしていく。
俺は空中で静止し、深く息を吸い込む。
そして――まっすぐに、イグツカの瞳を見据えた。
その視線は鋭かった。
まるでこう告げるかのように――「いつまでも逃げ続けられると思うなよ」と。
俺はそっと、遠くで戦っている茜の方へと目をやった。
「……茜。」
小さく呼びかける。
「もう、俺への防御術は解除した方がいい。」
だが彼女は、槍吹雪に無数の炎の矢を放ちながら、首を横に振った。
「ダメよ。もし解除したら、あなたが酷い怪我を負うわ。」
「でも、そのままだと……お前のスタミナがもたない。」
「それでもいいの。大切な人が傷つくのを見てるくらいなら、ずっとマシだから。」
――ほんと、こういう時の茜は昔から頑固だ。
だけど、いつの間にかその頑固さには、不思議な重みが宿るようになっていた。
ただの感情じゃない。そこには、彼女なりの責任と覚悟があった。
……だからこそ、俺は思ったんだ。
これ以上、こんな状況を続けさせちゃいけない。
だったら――
誰かが倒れる前に、俺が終わらせるしかない。
両手で刀の柄を強く握りしめた、その瞬間――
すべてが、動き出した。
まぶたを閉じた瞬間、世界が変わった。
すべての音が遠のき、すべての動きが遅くなる。
まるで時間そのものが、張りつめた呼吸のように、静かに――そして重たく流れ出す。
その中で、俺は“それ”をはっきりと見た。
テーガタナ鬼の体に浮かび上がる、いくつもの弱点の点。
まるで「ここを狙え」と言わんばかりに、導くように光を放っている。
俺は静かに息を整え――そして、切り札のひとつである術式を発動する。
次元転移。
一秒にも満たない刹那。
気づけば俺は、テーガタナ鬼の巨体の真後ろに立っていた。
迷いはなかった。
霊力の流れを遮るための急所へ、立て続けに数本の刺突を浴びせる。
それだけで、奴の動きは鈍った。
俺は跳躍し、そのまま軽やかに肩へと着地する。
そして――一切の無駄を省き、刀を振りかぶった。
狙いは、首の付け根。
深く、一直線に突き立てる。
テーガタナ鬼の体がガクンと前に倒れこむ。
空中でそのまま硬直し、もはや動くことすらできない。
……とはいえ、空中に留まることだけは、まだできている。
あえて足の急所だけは外した。墜落させるのは、まだ早い。
そして俺は、あくまで余裕を崩さず――
のんびりと、陰陽術を使う“フリ”を始めた。
偽の封印術式を展開。
黒い符がふわりと宙を舞い、いかにも本物らしく封印の結界を演出する。
俺は静かに手のひらを空へと押し当て――
次の瞬間、まるでテーガタナ鬼が巻物の中へと吸い込まれたような幻想が広がった。
その光景を目にした他の三体の妖怪将軍たちは、思わず息を呑む。
完全に虚を突かれたようで、その場に立ち尽くしていた。
――その一瞬の隙。
霊気大将たちは迷うことなく、そのチャンスを利用し、一斉に攻撃を仕掛ける!
しかし――
その攻撃が届く前に。
空間を裂くように、巨大な手が突如現れた。
――イグツカ。
ただ一振り。
それだけで、すべての攻撃が無に帰した。
三体の妖怪将軍は即座に後退し、イグツカの側へと集まり、再び守りの陣形を整える。
その様子を見て、俺の味方である三人の少女たちが空を駆け、俺のもとへと飛んできた。
「……チッ。やっぱり、親玉が出てきたか。」
蒼希が顔をしかめながら呟く。
「ま、でもさ」穂津子が肩をすくめながら笑う。「少なくとも、あいつらを京都から少しは後退させられたんだし。」
「それでも……」茜は空に立つイグツカを見つめた。
まるで動く山のようなその姿に、わずかに眉をひそめながら続ける。
「今の問題は――私たちが、どうやってあいつらに立ち向かうかよ。」
その目には、確かな不安が宿っていた。
そしてその視線の先――ゆっくりと暗く染まり始める空。
まるで、何かの“前触れ”のように。




