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64. その名はイグツカ

「真実は……語られなかったわけではない。

ただ――聞こうとしなかっただけだ。」


私は……正直に答えた。

何も知らないふりをする方が、何十年もの間――この世界が私に真実を隠していたことを認めるよりも、遥かに……愚かに見えるからだ。

「最初は……信じがたかった。

でも、ここまで見せられては……もう否定はできない。」

志深川命たいおんみょう・渋川雅友は……微笑んだ。

それは、不快でもなければ――心地よいわけでもない、……不思議な笑みだった。

まるで「ようやく気づいたか」と――言わんばかりに。

自分が権力の中心にいると思っていた舞台が……

実は単なる見世物小屋にすぎなかったと知らされた観客のような、そんな……表情だった。

「その通りです」――と、彼はあっさりと口にした。

「あなたも……そして、特別な力を持たない大多数の人間も……妖怪を見ることはできません。

だからこそ――かつて我々が虐殺されたときも、それはあまりにも簡単で……一方的だったのです。」

その言葉は……宙に浮いたまま、消えなかった。

重いからではない。

むしろ、あまりにも自然に語られたその歴史が……

謝罪一つでは贖えない、何代にも渡る……罪のように響いたからだ。

そして、私は――その歴史の象徴の一つにすぎなかった。

私は……沈黙を貫いた。

あまりにも荒唐無稽な現実を前にしては、下手に言葉を発するほど……愚かさが際立ってしまう。

だが――その沈黙を破ったのは、やはり……あの老いた男だった。

まるで……自分が書いてきた歴史が、実は「半分の真実」にすぎなかったと知った生徒を……面白がるように。

「そして、こうなったわけです」――と、志深川はまるで……他人事のように言った。

「ずっと追われ続けてきた者たちが――ついに反撃を選んだ。

それが……この結果です。」

赤い糸が、頭の中で――一気につながった。

あまりにも一瞬で……むしろ、自分の思考速度を疑うほどだった。

「……つまり、これらすべては――幕府を憎む陰陽師たちの仕業か?」

私は……小さく尋ねた。

なぜか――否定の答えを……期待していた。

だが、そんな期待は――童話の中だけに許されるものだ。

「ええ、そうです。」

志深川命たいおんみょう・渋川雅友は、肩の力を抜いたような……微笑みを浮かべて答えた。

「さすがは――大御所。日本をまとめ上げたお方にふさわしい……洞察力ですね。」

私は――ため息をついた。

……私は賞賛など求めていない。

特にこの破滅的な状況を、まるで宇宙の悪戯のように……楽しむ者からの賛辞など。

「では……なぜ事態がここまで複雑化したのだ?」

渋川は、軽く手を挙げると――ツルツルの頭をくすぐるように掻いた。

その仕草はどこか……子どもじみていて、妙に気が抜けた。

「本来、普通の人間に――妖怪は見えないはずなんですよ。

でも……今はすべてが狂ってしまった。

恐怖が……巨大な力と結びついたんです。」

巨大な力――その言葉が、死の鐘のように……脳裏に響いた。

京都を一瞬で隔離し、幕府が動く間も与えなかった――圧倒的な“何か”。

まるで……戦場の只中で、突然、視界を奪われたような錯覚に陥る。

私は、やや声を潜めて――尋ねた。

「……まさか、帝の御所に、それほどの力を持つ者が?」

「いいえ。」

渋川は――即答した。

間を置かず、無駄もなく、そして……一切の希望もなかった。

「……では、これは――異端の陰陽師組織によるものか?」

形式だけの問いだった。

本当は……内心ではもう答えが出ていた。

それでも――口にすることで、ようやくその現実と向き合える気がしたのだ。

そして、案の定――あの老人は再び私に微笑みかけた。

それは、まるで……自分の子どもがようやく歩けるようになったその歩みが――崖に向かっているとも知らずに。

「ついに……本当の敵の名前を口にされましたね。」

満足げな声音で、志深川命たいおんみょう・渋川雅友は言った。

「我々の調査によれば……その組織の名は《黒陽こくよう》といいます。」

黒陽――聞いたこともない名前だった。

だが……口にした瞬間、まるで墨汁をこぼしたように――権力の地図全体を汚していく感覚があった。

その音の響きすら、口の中に……苦く曖昧な後味を残す。

「……彼らが、恐怖を拡散させて――一般市民にも妖怪が見えるようになった、ということか?」

私は――理屈を探るように問いかけた。

……この狂った世界にも、わずかでも論理が残っているのならと願って。

しかし、彼は――いつものように笑った。

その笑いが……喜びなのか、嘲りなのか、それとも――ただ知識の優位を楽しんでいるだけなのか……未だに私には、判断できなかった。

「それは……半分だけ正解です。」

彼は膝を軽く叩きながら、そう言った。

「あなたが先ほど見た“四体の怪”は……“百鬼夜行”の一部ではありません。」

私は……目を細めた。

「あれらは……《深界妖怪しんかいようかい》です。

通常の妖怪とは一線を画す、――Sクラスの存在。

千の妖怪が京都を襲っているとしても……あの四体の方が、遥かに危険です。」

――待て。

このまま考え続ければ……私はいずれ気づくことになる。

それは――歴史の登場人物ではなく、伝説に飲み込まれる……ただの兵士の一人である、という現実に。

まさか。

京都には、妖怪を“制御する”力が……あるというのか?

もしそれが事実ならば……これは単なる霊的な混乱などではない。

幕府の安全保障を――根底から脅かす、極めて“現実的な”脅威だ。

いや……それ以上に、あまりにも――“現実的”すぎる。

「……では、実際の状況はどうなっている?」

私は、声を抑えつつも――鋭く尋ねた。

「なぜ……攻撃側の方が、守備側よりも明らかに劣勢なのか?

クラスSの怪異を抱えていながら……なぜ彼らは、数でも戦略でも劣っているように見える?」

志深川命たいおんみょう・渋川雅友は……しばらく私を見つめていた。

その目には――“真実を語るべきか、それとも適度な嘘で包むべきか”という……迷いが滲んでいた。

「私も……正直に言って、驚いていますよ。

ですが――大御所様。……現実というのは、往々にして……理屈に従わないものです。」

彼は深く、そして重く……息を吐いた。

まるで――その吐息で世界の構造をもう一度……組み直そうとしているかのように。

「黒陽という組織……長年、我々が監視してきたその連中が、どうやら――古の封印の一つを見つけ出したようなのです。

そこに封じられていたのは……《転生級妖怪てんせいきゅうようかい》、

――『雷斧の鬼神・イグツカ』。」

私は……思考が止まった。

その名は、ただ古いだけではない。

まるで“忘れられた神”が――祭壇から追放され、今また蘇りを求めて……這い出してきたかのような……死の気配を孕んだ名前だった。

「イグツカは、……京都の南東部から進軍しています。

そして――現時点で、犠牲者数の正確な把握はできていません。」

……頭がズキリと痛む。

私がこれまで築いてきた――平穏。

同盟で、統制で……時には血によって守り抜いた秩序は、たった一体の“人間の枠組みに収まらぬ存在”の前では……あまりにも脆かった。

クソッ……。

私はまだ――脳内で政治地図の再編を終える暇もないというのに……

すでに、次の問いが……口の中にせり上がってきていた。


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