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61. 静寂を裂く、手刀鬼の一閃

「笑い声の裏には、いつだって……死が潜んでいる。」


僕の意識が一瞬でも逸れたその隙に――足元から突如現れた〈槍吹雪やりふぶき〉の魔陣が、無数の殺気を孕んだ武器を……僕めがけて放ってきた。

そしてその上空――嵐の中を、ひときわ鋭く切り裂いて飛来する一人の女性。

特徴的な茶色い髪が風に舞い……彼女は八咫烏に乗って、疾風のごとく舞い降りた。

「式・風槍百陣ふうそうひゃくじん!」

宣言と同時に――無数の風の槍が解き放たれ、敵の攻撃と……真っ向からぶつかり合う。

だが僕の身体は……無傷だ。茜の「火衣」が、まだ僕を包んでいたからだ。

――ひとまず距離を取り、状況を把握するために……後方へと飛び退く。

だが、〈槍吹雪〉はなおも……執拗に僕を狙ってくる。

「式・風陣封渦ふうじんふうか!」

続けざまに少女が詠唱を口にすると――巨大な風の竜巻が生まれ、〈槍吹雪〉を一時的に……巻き上げて吹き飛ばす。

そして彼女は、風を裂きながら――僕の元へと近づいてきた。

蜂蜜色の瞳と……どこか懐かしい微笑み。

「よくもまあ、こんな戦場でボーッとしてられるわね、比楼。」

彼女の名は――西郷穂津子。

あのとき、烏を通じて僕に話しかけていた〈霊気大将〉だ。

「だってさ、茜と蒼希があれだけ張り切ってると……僕の出番なんて無くなるじゃない?」

「わざわざ様子を見に来たっていうのに――でもまあ、このぶつかり合ってる嵐、君の仕業でしょ?」

「うん、もちろん。」

「やれやれ……ほんと、壊すのだけは天下一品ね。で、私は何すればいいの?」

「……逆に僕に聞く?」

僕は笑いながら、軽く肩をすくめて……彼女をからかってみせた。

「僕はね、あのふたりみたいに過保護じゃないよ。それに――さっきまで疲れてたって聞いたけど、あの力……まだ信じられないくらい凄い。」

僕と穂津子の視線は、茜と蒼希に向けられていた。

空の高みで繰り広げられる戦い――

アシグモとジンバロウを相手に、ふたりは今まさに……色とりどりの術式が交差する空を背景に、踊るように戦っていた。

「ほんと……ふたりとも、ただの“すごい”じゃ足りないくらい、凄まじいわね。」

僕の言葉の意味を察したのか――穂津子はやわらかく微笑んだ。

そして、僕の肩にかかる茜の〈火衣〉を……軽く整えるようにして、

そのままそっと――僕の腕に抱きついてきた。

八咫烏の背に座ったまま、寄り添うようにして。

「ふふ……こうして戦いを眺めながらのんびりできるなんて――なかなか悪くない時間よね、比楼?」

その甘やかな声に釣られたように……空の上で戦っていたふたりが、こちらを一瞬見た。

――その刹那。

空が……割れた。

雲が……悲鳴を上げた。

ふたつの〈高位陰陽術〉が――同時に発動される。

ひとつは、大地から天を貫くように伸びる……黄金の炎柱。

すべてを裁くかのごとき……威圧と輝き。

もうひとつは――天を割って降り注ぐ雷の竜。

天の意志そのもののような轟音と光が……空気を裂き、大地を穿つ。

――地面が、大きく揺れた。

裁きの火は……触れるすべてを消し去り、罪と意志を……灰に変え。

神雷は広範囲にわたり炸裂し、巨大なクレーターを残して……地形を塗り替えていく。

火と光の嵐が……すべてを包み込んだ。

穂津子はその光景に……しばし言葉を失ったあと、ぽつりと呟いた。

「ほんとに、さっきまで疲れてたのよね、あの子たち?」

「穂津子、君“女の子の嫉妬”っていう力、知らないの?」

「……そんな力、あるわけないじゃない。」

「さっき、君自身が体験したばかりだよ。」

僕がそう言うや否や――ふたりはすぐさま、こちらに飛んできた。

穂津子は……さすがに気まずそうに、僕の腕から手を離す。

やがて――茜と蒼希が目の前に降り立った。

「……穂津子。」

ふたりの視線は、まるで凍てつくように……鋭く彼女を射抜いていた。

「え、えへへ……ほら、ちょっとした冗談よ? それに、比楼はまだ誰のものでもないし?」

「だからって……ピンチに乗じるのは、どうかと思うわ。」

珍しく――茜が、はっきりと反論した。

「そうよ。私たちは……平等と公正を大切にすべきでしょ?」

珍しく――蒼希が、正論を言っている。

このままだと……場の空気がますます悪くなる。

僕はそっと、刀を鞘に収め……手を一回だけ叩いた。

「はいはい、そこまで。続きは――また今度ってことで。」

当然、三人は一斉に僕に文句を言いそうな顔をしていたが……

そのとき、僕は指をある方向へ向けた。

全員の視線が……そちらへ向く。

三体の妖怪が――再びこちらに向かって、飛来していた。

しかも……どこにも傷ひとつない。

「冗談でしょ……あの気配、まさか……もうAクラス並じゃない?」

蒼希の声が……震えていた。

「なにが起きてるの? どうしてあいつら……前より強くなってる?」

茜も、困惑の色を……隠せなかった。

「この状況……何かおかしい。けど、力の増幅って……こんな短時間で起きるものなの?」

穂津子の表情にも、珍しく……不安が浮かんでいた。

だがその時――ほんの一瞬の静寂を裂くように、音が聞こえた。

まるで……空間そのものを断ち切るような、鋭い一閃。

――空でぶつかり合っていたふたつの嵐が、突如として……止まる。

そして、その直後――

……動いた。

鬼のような巨躯、片目の巨人が……鋼の鉈のような腕を振りかぶり、

僕たち四人をまとめて――切り裂こうとしていた。

手刀鬼てがたなおに

すでに……斬撃の体勢に入っていた。

僕は即座に――刀を抜き、反射的にその攻撃を受け止める。

金属同士がぶつかる衝撃音。

――そして、空間が……爆ぜた。

二つの力の激突が……爆発的な衝撃を生み出す。

「比楼ッ!」

茜、蒼希、穂津子……三人がようやく事態を把握した頃には、

すでに爆風は……周囲を駆け巡っていた。

遠く、結界の内側にいる陰陽師たちでさえ……

この衝突の余波で――大地が震えるのを感じ取っていたに違いない。

僕は、顔の半分を覆う布の下から……静かに微笑んだ。

「……そろそろ、遊びは終わりだな。」

――再び、交差した刃と刃。

その衝突が生む閃光は……美しく、そして――恐ろしくもあった。


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