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55. 恋も戦も、油断すれば即爆発

「この戦い……敵は、外にも内にもいる。」


壁から視線を戻したその時――どこからともなく、見覚えのある一羽の烏が現れた。

それは――八咫烏ノやたがらすのやみ

「やれやれ、そっちは随分と滅茶苦茶になってるみたいだねぇ。」

その声は……西郷 穂津子さいごう・ほつこ

私たちと同じ、もう一人の霊機大将だった。

「今どこにいるの、ほつこ?」

蒼希も比楼も、私と同じように八咫烏を見上げた。

「まだ鞍馬の外だけど……もうすぐ着くよ。

 で、君たちはどうだい? あ、服のボロボロ具合で――だいたい察したけど。」

蒼希は顔をしかめながら、噛みつくように返す。

「さっさと来なさいよ!

 Aランク妖怪率いる千の魔軍を……たった二人で止めろって? 冗談でしょ!」

「了解了解。けど、私の力じゃ――あまり期待しないでよね。

 それに私、見ちゃったし。

 最終妖怪阿倍比楼が、そっちにいるの。」

その時――烏が比楼を見つめ、次に私と蒼希を交互に見た。

そして、その背後から響いてきたのは……ほつこの含み笑いだった。

「な、何がおかしいのよ!」

蒼希が、苛立ちを隠さず言う。

「ふふ……さっきから騒がしいと思ったらさ。

 あれって、結局――破談になった結婚式の後みたいな空気だったから。

 無理やり引きずられて戻ってきた花嫁ふたり、って感じ?」

私たちは……同時にそちらを向いた。

蒼希は、即座に立ち上がる。

「見てたの!? 全部!?」

「もちろん。」

ほつこの声は――やけに朗らかだった。

「紙人形みたいに吹き飛ばされてるとこ、ちゃんと最後まで観てたわよ。」

そして――

「それにしても比楼、あんたって本当……

 数ヶ月も行方くらましておいて、

 女の子ふたりを――死にかけるまで戦わせた挙句、

 戻ってきたら団子と間抜けな笑顔で出迎えるとか……

 羞恥心って、知ってる?」

比楼はというと……まるで何事もなかったかのように、お茶をひと口すする。

「……もし、ふたりが疲れる前に呼び戻したらさ。」

彼は――静かに答えた。

「“お前は俺たちを信用してないのか”って……言われるのがオチだろ?

 そんなベタな展開、さすがに――避けたいよ。」

「あらあら、じゃあこれは“信頼”の話なのね?

 へぇ……比楼ちゃんって案外ロマンチストだったのね。」

八咫烏ノ闇の瞳が、私と蒼希を――じっと見据えた。

「でも本当は……どっちが先にあんたに心折れるか、見てみたかっただけなんじゃない?」

私は……目を細めた。

蒼希は拳を握りしめ、立ち上がりかけた。

「ど、どういう意味よ、それ――!?」

「ふふ。だってさ、彼が現れた瞬間……ふたりとも一気に気合い入って突っ込んだでしょ?

 命がけで戦って、何の迷いもなく。

 それなのに顔見た瞬間、怒るの忘れてるの、面白すぎて。」

私は……ほんの少しだけ、顔が熱くなるのを感じた。

蒼希は……もう爆発寸前だった。

「か、勘違いしないでよっ!?

 あいつが勝手に札で無理やり引き戻しただけ!

 感情とか――そういうの、一切関係ないから!!」

「ふ〜ん?」

八咫烏は、首をかしげるように羽を動かし……くすくす笑う。

「でもさ、ふたりがさっき見せたあの目。

 ずぶ濡れの猫が、助けてくれた人を見上げる時みたいだったよ。

 感謝と怒りがごちゃまぜの――あの感じ。」

「この部屋ごと――吹き飛ばしてやろうか!!」

蒼希が、壁に向かって怒鳴る。

「もし私が茜だったら――」

ほつこは、ゆっくりとこちらを見て……言葉を続けた。

「きっと、あいつをひっぱたいてから、こう言うわ。

 “あんたはウザすぎて嫌いにもなれないし、

  大事すぎて手放せない”って。」

「……そんな馬鹿なこと、言うわけないでしょ。」

私は……顔を背けながら返す。

だが――否定はしなかった。

そして――比楼は?

変わらず、静かにお茶を淹れていた。

「君たちさ……こんな状況で感情の話してる余裕ある?」

比楼が――話題を変えようとした。

「外では妖怪が京都を包囲しようとしてるんだよ。何百って数だ。……まだ終わってないんだよ?」

「そもそも休めって言ったのは、あんたでしょ!」

蒼希が――ピシャリと返す。

「休めとは言ったけど、“恋バナ”しろとは言ってないよ。」

ほつこが――くすりと笑う。

「おかしいわね……京都は今にも崩壊しそうなのに、

 人間の恋心のほうが――よっぽど騒がしいんだもの。」

その時、八咫烏ノ闇が――比楼の肩にひょいと飛び乗った。

「ふふ……こんな調子が続くなら、脚本でも書こうかしら。」

鋭い笑みを浮かべながら、鳥が続ける。

「タイトルは――

《妖怪、お茶、そして“間違った男”に恋した二人の愚かな少女

 だが最終的に奪うのは、より美しい第三の女》」

蒼希は、即座に――噴火寸前だった。

私は、ただ静かに……息を吐いた。

……簡単な言葉。

でも、ひどく――傷つく内容だった。

ガタンッ――椅子が乱暴に引かれる音が響いた。

蒼希が立ち上がる。

雷鳴のような速さで。

「なに、言った、今――!?」

握りしめた拳からは、微細な霊電が空気を震わせる。

髪がふわりと浮かび、瞳は――撃鉄が引かれた銃弾のように光る。

「誰が“愚か”よ――!?」

一歩、前へ。

その姿は、まさに――雷を纏った弾丸。

暴発寸前の、完全なる殺意。

「“奪う”って誰のこと!? さっき何て言ったのよ……もう一回言ってみなさい!!」

その間、私は――ただ、深く、静かに、息を吸い込んだ。

そして、ほんの少しだけ……俯いた。

心が張り裂けそうなとき、

ため息をつくのが――きっと、最も穏やかな選択肢なのだろう。

「茜!? なんであんたまで――黙ってんのよ!」

蒼希が怒鳴る。

その怒りは……孤独を否定したいがための感情。

私は、彼女を一瞬だけ見つめ……それから視線をほつこへ移した。

「引っかいてくる猫に、いちいち反応してたら、

 こっちの手が――傷だらけになるだけ。」

八咫烏ノ闇の主は、肩をすくめて見せた。

「あら、ごめんなさい。てっきり、もう少し大人かと思ってたから。」

「……大人?」

私は静かに返す。

声は穏やかだが、その奥には――明確な冷気があった。

「それとも……

 “自分が一番になれないから”、せめて挑発して――優位を狙おうとしてるだけじゃない?」

その瞬間――ほつこの笑顔が、わずかに引きつった。

だが次の瞬間、彼女はまた……平然と微笑む。

「一番かどうかなんて、どうでもいいのよ。

 最後に“隣にいる”のが誰か――それだけが本当の意味で重要でしょ?」

それはまるで……

指の間に差し込まれるナイフのような言葉だった。

小さく、鋭く、そして妙に柔らかいからこそ……痛い。

「……やる気?」

蒼希が――再び前へと一歩踏み出した。

「戦うつもりなんてないわ。

 ただ――言いたいの。

 “想い”だけじゃ足りないのよ。

 “欲しいなら、取りに来なさい”ってこと。」

蒼希は、歯を食いしばる。

その顔には――“あと一言で爆発する”と書いてあった。

「やめて。」

私の言葉は静かだったが、

その場の空気を――鋭く断ち切った。

「もう充分。

 私たちは皆……まだ癒えてない。

 なのにどうして“本当の敵”よりも、

 身内を先に殴ろうとするの?」

その時――コトン。

静かに置かれた湯呑みの音が、

全員の意識を――引き戻す。

比楼だった。

「で、誰が一番美人?」

こちらを振り返りながら、

相変わらずの調子で――問いかけてきた。

「……バカじゃないの!?」

蒼希は、近くの空っぽの茶碗を掴んで――思い切り投げた。

「ぶっ飛ばすぞ、この色ボケ男!!」

ほつこが、肩を揺らして――笑う。

「まったく……感情的な嵐に囲まれて、幸せ者ね、あの人は。」

私は、そっと窓の外を見つめながら――呟いた。

「でも、私たちも……同じぐらいバカよ。

 だって、こんな人を――本気で置いていけるわけがない。」

その瞬間――蒼希が比楼に殴りかかろうと動き出すと同時に、

私は気づいた。

京の結界の外――

巨大な軍勢が、着実に……こちらへ向かってきていた。


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