53. 京都の守り神、団子中
「歴史が口を閉ざしたとき……お茶と団子が、真実を語り始める。」
京都の北方。
私の結界が展開され……霊的な霧が薄れていく中、騎馬の一団が静かに前進していた。
その先頭を行くのは――大御所・徳川家康。
馬上にて、彼はただ前を見据えていた。
まるで……現実というものがすべての戦略を嘲笑ってきたことを、誰よりも深く理解している智者のように。
その隣には――本多忠勝。
鋼のごとき体躯を誇り、伝説の槍“蜻蛉切”を背負っている。
その表情は張り詰めていた。だが、それは恐れではない。
――この敵は、人の理では討てぬと知っている者の……覚悟だった。
そして、陰に潜むのは服部正成(二代目)。
彼は、ただの護衛ではない。
最後の瞬間にのみ声を発する、沈黙の危機探知機……影の番犬。
そのとき――遥か上空が、震えた。
ひときわ輝く朱雀が……彼方で燃え上がる。
別の空では、青龍が舞い踊っている。
そして、何万もの光が霊的な嵐となって……山間を駆け抜けていた。
「あれは、悪霊か……?」
一人の随行者が、震える声で問いかける。
家康は――答えなかった。
だが、その手は……静かに衣の端を握りしめる。
「これは……人の戦ではないな。何が起きている?」
忠勝が、唸るように呟く。
「京都は……一体どうなっている?」
冷え切った声で、正成が口を挟んだ。
騎馬の進みが……徐々に鈍くなる。
そして彼らの前に、誰一人として見たことのない“何か”の影が――現れた。
ついに、家康が口を開く。
「なるほど……これが、これまで我らに隠されてきた“世界”というわけか。」
その瞬間……時が凍るような恐怖が、全員の胸を締めつけた。
そして再び――空が、吠えた。
私は……まだ立ち尽くしていた。
遠くの戦場を見据えながら。
月華様は、そっと目を閉じる。
「あなたの待っていた一団が……ナマハゲを視認したようね。」
「ええ……」私は静かに頷いた。
「それで?」
私も目を閉じる。
短く、深く。
「そろそろ……見せてやる頃でしょう。
人間だって――鬼を震わせることができると。」
そう言って、私は右手を掲げた。
“葛城の光月 ”から紙札が二枚……空に舞い上がる。
それは霊力の光を帯びて――一直線に南東へと、飛んでいった。
***
茜と蒼希は……なおも戦い続けていた。
力のほとんどが尽きかけていても――希望だけを武器に。
だが――転生雷腐の鬼神・イグツカ。
その憤怒とともに、配下の魔将たちが……次々と押し寄せていた。
私たちは……必死に避け続けた。
限界は……近かった。
そのとき――背後から、二筋の雷が閃いた。
刹那、札が……私たちの身体に張り付く。
そして――次の瞬間。
私たちは……何かに引きずられるように、高速で後方へと飛ばされた。
戦場を離れ……再び、京都の霊結界の中へと引き戻された。
そこは……濃い霊霧に包まれていて、最初は何も見えなかった。
だが、結界の内部へ踏み込んだそのとき……私は気づく。
そこにいたのは……転生雷腐の鬼神・イグツカにも劣らぬ存在だった。
その圧倒的な気配に……蒼希が、息を呑む。
「な、なんで……なんで京都の中にS級妖怪が!?」
蒼希は……まだ文句を言い続けていた。
「しかも四体もいるって……どうなってんのよこれ!」
驚いていたのは、彼女だけじゃなかった。
私も……だ。
いや、むしろ私は――もっと信じがたい光景を目にしていた。
十八メートルはあるだろう巨人が……私たちに向かって、手を振っていた。
それだけじゃない……。
まるで……山のような足が二本、地を踏みしめていて、
その上の身体は……霧の向こうに隠れて見えない。
この異様な光景の数々を前にして、
私の脳裏に浮かんだのは――たった一つの名前だった。
「……ぜったい、ヒロウの仕業だわ。」
やがて、霧が――完全に晴れていく。
そして私たちは……再び、結界の内側へと引き戻されていった。
そこはかつて、私たちが“最後の作戦会議”をした――中央会議室。
だが今は……火と呪詛に塗れた、悪夢の始まりとなったあの場所である。
次の瞬間、奇妙な“気”が――室内を包み込んだ。
そして……その中心にいたのは、彼だった。
安倍の比楼。
木柱にもたれかかりながら、片肘をついて座っている。
片手は顎を支え……もう一方の手には団子。
傍らには、湯気の立つ急須と茶器。
その団子を噛み砕く音が……
これまで聞いた中で最も神経を逆撫でする“旋律”に聞こえた。
「ふたりとも、よく頑張ったね。
そろそろ……少し休んだらどう?
座ってさ。今ぐらい、ゆっくりしなよ。」
……静寂。
ここは、本来なら霊的警報と緊張感で――張り詰めているはずの場所だった。
なのに今は……まるで夏休みに祖母の家に来たような、
あまりにも穏やかな空気が流れていた。
私は――茜は、部屋の入口で立ち尽くしていた。
戦闘服はあちこち破れ……
手にした朱雀の扇は、小さく震えている。
その震えが……疲労によるものなのか、
それとも――目の前にいる男の顔面に、全力で扇を投げつけたい衝動によるものなのか……
私自身にも、もう分からなかった。




