52. 霊気大将、炎雷の絶唱
「強さじゃない。
……“譲れないもの”があるだけ。」
「クソッ……。」
蒼希は、息を荒げながら呟いた。
「私たち……戦場の中心にされてる。」
「いや、違う。」
朱雀の背で体勢を整えながら、私は否定した。
「――これは、処刑場だ。」
もう……私たちは、ただの障害じゃない。
もう……脅威ですらない。
私たちは、敵の“中核”として――認識された。
それはつまり――
「……やったな。」私は小さく呟いた。
「奴らの計画を、ここまでかき乱せたってことだ。」
蒼希は、苦笑を浮かべた。
「皮肉なもんね。
……生きてるのが、その証拠だなんて。」
それでも、私たちは――一歩も引かなかった。
いや、引けるはずがなかった。
私たちは“霊機大将”……
最後の防衛線が崩れたその先に立つ、抵抗の象徴だった。
私は、扇子を広げた。
蒼希は片手を上げ、その身に……雷の気をまとわせる。
額から流れる汗を拭おうともせず、
彼女の瞳は……ただ前だけを見ていた。
激情家で、頑固で、すぐ突っ走る子。
だけど――だからこそ、誰よりもしぶとく生き残ってきた。
「これからは……」私は深く息を吐いた。
「出し惜しみなしね。」
蒼希が、即座に返す。
「……私も、もう抑えないから。」
その瞬間――
私たちは、持てるすべての力を……解放した。
「式・天輪結界六門封陣ノ型っ!!」
空が割れ、六つの光輪が……天より降り注ぐ。
それぞれが“封印”、“浄化”、“献身”の象徴。
朱雀の炎は金色に変わり、
私の霊力のすべてを燃やして……純化の火へと昇華する。
――だが、それでいい。
もう、迷いは……なかった。
蒼希が叫ぶ。
「式・雷遁昇光電撃極限龍神っ!!」
彼女の周囲で雷が渦巻き、
やがてそれは――一匹の龍となって、形を成した。
それは、もはや“術”ではなかった。
純粋な……電磁の奔流。
目に見えるすべてを切り裂く、神罰のような波動だった。
私たちは――
双星のごとく、戦場を貫いて……飛び出した。
止めることなど……誰にもできない。
炎と雷――
祈りと怒り――
すべてが、いま……解き放たれる。
百メートル単位で悪鬼たちが爆ぜ、地面がえぐれ、空が割れ、雲が引き裂かれる。
だが――それでもなお、奴らは止まらなかった。
その数は……まだ、あまりにも多すぎた。
「茜、まだいける?」
蒼希の声が、思念越しに届く。
「生きてるよ……」私は短く返す。
「私、もし途中で気絶したらさ……髪、燃やさないでね?」
「そんなの――させるわけない。君を死なせない……それが私の役目だ。」
私たちは、微笑みを交わした。
たぶん――これが、最後の笑顔になるかもしれない。
かつて私がぶち壊した窓枠の傍。
今では仮設の祭壇めいた姿になった、陰陽寮中央の会議室で――私は静かに立っていた。
隣には――月華様。
まるで……三百年も遅れてやってきた客を待つ茶人のように、静かに空気を味わっている。
遥か彼方の空の色が、絶えず揺れていた。
燃え立つ赤……刺すような青……脅す紫。
だが――あの戦場から音は届かない。
聞こえてくるのは……張り詰めた沈黙だけだった。
けれど、私たちは――すべてを“見て”いた。
私は“桂木の弧月”を通して。
月華様は――神代の言葉すら存在しなかった時代の、二つの三日月のような“神の瞳”で。
私たちの視界は、常人の空間を超え――同時に、二つの世界に立っていた。
現実の京都と……その霊的境界にある戦場の狭間に。
燃え盛る空の下、茜と蒼希は――まるで“最後の絵”が燃え尽きると知りながらも、
それでも筆を止めない芸術家のように……戦っていた。
「まあまあね……霊機大将にしては。」
月華様の声が、乾ききった皮肉のように空気を撫でた。
「人間の尺度では……かなり強い部類だよ。」
私は素っ気なく返す。
「それでも――やはり」
彼女は扇子を開いた。
「少し無謀すぎるわね。あれは何?
愛する男の前で……格好つけてるつもりかしら?」
私は何も言わなかった。
言葉が見つからなかったわけじゃない。
――言っても、意味がないと知っていたからだ。
月華様は、私を一瞥する。
いつものように。
まるで……私の内側を覗き込み、そこに沈んでいた罪悪感の泡を、静かに浮かび上がらせるように。
「残念だけど……長くは保たないわ。」
その声音は、優しさと冷酷さが――絶妙に混じったものだった。
私は……沈黙を守った。
「いっそ、新妖怪大臣のひとりでも出せば?
たとえば……ナマハゲとか、アマノジャクとか。」
「それはしない。」
即答だった。
「あら?」
彼女は扇子を顔半分に当てながら、愉しげに目を細めた。
「やれやれ……悪い子ね。
京都市民に新たな集団トラウマでも与えたいの?
それとも――ただ、怒りのはけ口が欲しいだけ?」
それは、皮肉ではなかった。
――ただの事実。誰にも否定できない、事実。
「それだけじゃない……」
私の声は短く、そして静かだった。
その瞬間、視界が――切り替わった。




