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5. 局地的破壊芸術

「……芸術とは、時に風景を壊すことで完成するものだ。」


その言葉が、再び――脳裏に響いた。

月華様が訓練場の中央へと足を踏み入れた、その瞬間だった。

彼女は……ただの“師”ではない。

そして、俺たちが「稽古」と呼んでいるこの時間も――

本当は、“稽古”なんかじゃない。

それをそう呼ぶのは……ただの現実逃避にすぎない。

目の前で展開されているのは、純粋かつ精密に計算された――破壊の芸術。

もしくは……月の女神が自ら演出した“局地的崩壊フェスティバル”とでも言うべきか。

毎朝、姿を変える謎めいた森の中心に――

彼女は、静かに立っていた。

その軽やかな一歩だけで……世界が、震える。

(……また始まる)

俺は、深く……静かに息を吸い込んだ。

左腰の刀の柄に手を添え、――覚悟を決める。

戦うためではない。

いや……戦う気など、初めからなかった。

ただ、知りたいのだ。

俺は――本当に、彼女の隣に立つ“資格”があるのか。

(月華様はかつて、こう言った。

「私に届かぬ者に、世界の秘密を背負う資格はない」と)

俺は、刀を抜いた。

朝の光が刀身に反射し……

紫の輝きが、かすかに――揺れた。

それは、血の色でも……空の色でもなかった。

まるで、絶望の中に差し込んだ一滴の希望のような、静かな光。

「……始めます。」

空気が――変わった。

月華様が、扇を高く掲げ、静かに――ひと振りする。

布と骨と光が、その意志に応えるように変化し……

一振りの長大な薙刀となった。

まるで、それは“神のためだけに鍛えられた――神具”。

そして、彼女の――第一歩。

あまりに静かで……目では捉えきれぬ動き。

けれど、その一歩に込められた“圧”は……絶対だった。

「――速い!」

次の瞬間。

俺の刀と、彼女の薙刀が――交差する。

金属がぶつかり合う鋭い音が……森に響き渡り、

大地が、――震える。

キィィィン!

「……まだ甘いわね。」

その声は、冷たい。

だが――唇の端に浮かぶわずかな微笑み……

それが、何よりも“恐ろしかった”。

(これは試練。技のためではない……心の。)

俺は――何のために剣を振るうのか?

なぜ、毎朝この刃を……握るのか?

……迷いは、死を招く。



あの夜の夢を……俺は今でも時折、見る。

あの時、選択肢は――あった。

逃げなければ……戦いに戻っていれば、まだ間に合ったかもしれない。

だが、俺は“恐れた”。

自分の介入が、事態をさらに――悪化させるのではないかと。

ほんの一歩の距離だったのに。

守れるはずの命を……守れなかった。

焼け落ちる村の前で、俺はただ――剣を握りしめていた。

空気は焦げた匂いに包まれ……遠ざかる泣き声が耳を打つ。

それでも、俺の足は――一歩も動かなかった。

俺はただの……“弱い影”だったから。

(……このままでは、何も変えられない。)

だから今――俺は進む。

あの日の臆病な自分を責めるためじゃない。

……昨日の自分を乗り越えるために。



月華様の薙刀が――風を裂く。

その一閃が……俺の肩をかすめた。

受け流し、斬り返す。

再び――刃と刃が交差する。

紫と白の火花が……空中に舞った。

「……まだ、伸びしろはあるはずよ。」

その言葉には、ほんのわずかな――期待が込められていた。

そして、俺も。

一歩――踏み込む。

全力で。

後悔のない――一撃を。

(……今度こそ本気で。)

彼女の動きは――舞のようにしなやかで、そして致命的だった。

殺意はない。……だが、手加減もない。

俺の斬撃は空を切り裂き、

月華様の薙刀が、その軌道を変えるように――舞い、

上段から……美しく斬り下ろされた。

俺は――それを、受け止めた。

刃がぶつかる瞬間――衝撃が炸裂する。

荒風が森を吹き抜け……

紫と白の光が、交錯する。

「……もっとやれるはずよ、三河。」

その声は、さっきよりも――少しだけ優しかった。

まるで、彼女が“待っている”かのようだった。

(……俺が、彼女と並んで立てる日を?)

歯を――食いしばる。

一歩……踏み込む。

力を込めた、迷いのない――水平の一閃。

空気が……裂けた。

だが――

薙刀が滑らかに回転し、俺の力を……逸らすように受け流す。

再び――刃と刃が交差した。

影と影が……舞い踊る。

そして――世界が止まった。

生きていたのは……あの瞳だけ。

黄金に輝く眼差しが、俺のすべてを――見透かしていた。

「……今のは悪くないわ。」

彼女は、くるりと一回転。

そのまま……自ら作り出した俺の隙を、

薙刀の穂先が――鋭く貫いた。

体が宙を舞い……背中から地面に叩きつけられる。

……痛い。

けれど、それ以上に痛いのは――続いていく現実だった。

朝の光の中、ただひとり佇む……月華様。

世界の崩壊の中から生まれた――女神の彫像のように。

(……俺はまだ届いていない。)

(だが、いつか必ず――彼女の隣に立つ。)

俺は再び立ち上がり、剣を構えた。

彼女は――満面の笑みで、それを迎えてくれた。



その頃――遥か離れた場所では

京都の南東。

切り立った崖の裂け目の奥に広がる、巨大な洞窟の口元。

そこに……冷たい霧が沈むように垂れ込めていた。

その霧の中に、崩れかけた古寺が――静かに眠っている。

柱には深いひびが入り、仏像は所々……欠け落ち、

祭壇には長年の埃が――積もっていた。

だが、その場所は……まだ死に絶えてはいなかった。

黒衣をまとった男たちが、祭壇の前に――静かに立っていた。

彼らは僧侶でも……農民でもない。

“黒曜”。

政府と霊界の狭間で暗躍する、異端の陰陽師集団。

その一人、顔に長く刻まれた傷を持つ男が、

封印紙の貼られた石に――近づく。

「……これを外せば、奴が目覚めるらしい。」

男たちは護符を手にし、静かに円陣を描きながら――呪文を唱え始める。

その中にいた一人の浪人が、不安げな顔で……口を開いた。

「で、約束の米と金品は?」

男の一人が無言で頷き、仲間が米袋と干物をいくつか――手渡す。

浪人はそれを素早く受け取り……懐へとしまい込んだ。

だが――次の瞬間、黒曜の男たちが彼を取り囲む。

「最後の頼みだ。……これをやってくれれば、もっと渡す。」

浪人の目に……欲望の光が灯る。

他の浪人との争いもなく、利益だけが転がり込む――絶好の機会。

「……何をすれば?」

「この場所に他の浪人が近づかないよう……見張っていてくれ。一週間後、報酬を渡す。」

「了解だ。」

「もう行っていい。」

浪人がその場を去ると、男たちは――再び静かに準備を始める。

その指導者が、真紅の結晶を懐から――取り出す。

「……これを供物として捧げれば儀式は始められるはずだ。

人間もそうだろ? 餌を与えれば……従う。」

その言葉と共に、洞窟の奥に――不気味な笑い声がこだました。

だが、彼らはまだ……知らなかった。

その封印の向こうに待つのは、

飢えなど超越した――“何か”であることを。



その頃……もう一方では――

霊機大将から派遣された数名の陰陽師たちが、

寂れた交易路沿いの、小さな村へと――たどり着いていた。

空は鈍く曇り……重たい空気が、肺にのしかかる。

まるで――この土地そのものが、呼吸さえ拒んでいるかのように。

彼らは、一人ずつ……馬から降り、静かに周囲を見渡す。

壊れかけた家々。

泥に沈んだ細道。

扉の隙間から……怯えた目でこちらを覗く子供たち。

「……この村、既に浪人たちに乗っ取られているようだな。」

年老いた陰陽師が――張り詰めた声で呟いた。

その声は……耳元で刃を滑らせるような、冷たさを含んでいた。

「だが、さらに問題なのは……連中の振る舞いが、もはや盗賊と変わらぬということだ。

そして……村人たちは、一体どこへ消えたのか。」

言葉の終わりと共に――その場を包む空気が、微かに揺らいだ。

風が……吹く。

だがそれは、爽やかな涼風ではなかった。

運ばれてきたのは――血と灰の混ざった、戦国の残り火の匂い。

そしてその時――誰にも気づかれぬまま、

“何か”が……地の下で、静かに蠢き始めていた。


実は、今すごくやる気に満ちています。この気持ちが長く続くといいなと思っています。

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