41. 最後通告の優雅
「美しさだけでは人は殺せない。……だが、“それでも殺してくる者”がいるとしたら――そいつは悪魔じゃない。……神だ。」
まるで、俺がまだ……息をしていることに気づいたかのように――
月華様は、手にしていた木製の扇を……ふわりと宙へと放った。
扇は――空中で五つに分かれ、
それぞれが……静かに、しかし確実に彼女の周囲を回り始める。
それは、“戦闘技術”と呼ぶには……あまりにも優雅だった。
だが、“致死性を持つ意図”が――織り込まれていなければ、あそこまでの精度には至らない。
五つの扇。
五つの方向。
五つの――見えない番人。
まるで、俺という存在が……“帰る場所”を失うためだけに設計されたかのように。
そのひとつひとつが放つ光は、……決して、救済の輝きではなかった。
もちろん、そんな――ぬるいものではない。
それは、“死のトンネルの先”に見える――希望の光ではなく、
むしろ、“闇ですら近づけない”ほどに……研ぎ澄まされた、――絶対の光だった。
……現実そのものが震え始める。
まるで、次の心臓の鼓動が――訪れる保証すら失われてしまったかのように。
彼女の攻撃は、より強く。
より正確に。
そして何より、腹立たしいほどに――優雅だった。
もし誰かが、“あなたを殺しながら、美しく微笑む”ことができるとしたら――
その人間は、どんな悪魔よりも……危険だ。
俺にできることは……ただ――避けることだけだった。
《桂影の光月》。
その発動と同時に、俺は……次元と次元の狭間へと――跳び込む。
……世界は舞台。
俺はその上で踊らされる、“ダンサー”。
望んでいるわけじゃない。
ただ――生き延びるために。
俺の足が――地を踏むたび、
この“現実”が……小さく軋む。
一歩ごとに交わされるのは、
“ここに在り続ける”か――
それとも、“過去の欠片になる”か――その選択。
……ふと、俺は――振り返った。
数秒前まで、俺が立っていた場所。
そこには……もう――何もなかった。
大地も。
木々も。
痕跡すら……存在していなかった。
ただ、静かにざわめく――“虚無”だけが、そこにあった。
まるで囁きのように。
耳元で、こう告げるだけ。
「……あと一秒遅れてたら、ここにいなかったよ。」
「やれやれ、逃げ足だけは一人前ね。
もうちょっと頑張ってくれればいいのに~」
その声は、頭上から降ってきた。
軽やかで、まるで――人生の選択肢を間違えた友人をからかうような、くすくす笑い。
……ただし、状況的には、全然笑えなかった。
「残念だけど、そんな“愛の形”を受け取ったら――たぶん、即死すると思う。」
それは、ふと口をついた言葉だった。
……わざとじゃない。
でも、“完全な偶然”ってわけでもない。
「あらあら、師匠のことを“殺人乙女”扱いだなんて――ひどいわね~」
そう言いながら、彼女は人差し指をそっと唇に当てる。
あまりにも、“悪女”という言葉が似合いすぎる、その仕草だった。
「私はただ……愛を込めて、あなたを導いているだけなのに?」
心臓が跳ねた。
……べつに照れたわけじゃない。
ただ、俺の脳みそが――
現実逃避とトラウマに染まりすぎたこの脳みそが、
“愛”という単語を、
「美しく装った機能不全型の脅迫」
として、自動翻訳しただけだ。
「ふふっ、三河ちゃんってば……
私が優しくすると、いつも距離を取るのよね?」
そう言いながら、彼女は宙に舞う扇のひとつから、“破壊の光”を放ってきた。
「ほんと、手のかかる生徒……
でも、そういう子が一番楽しいのよ? ふふふ~♪」
俺は一歩、後ろに退く。
「それって……教育的指導? それとも――自白系の犯罪告白?」
その言葉には、半分の警戒と、半分の自分を誤魔化すためのユーモアが混じっていた。
「両方、かしら?」
首をかしげながら、彼女はごく自然にそう答える。
そして――なぜかこの戦場のど真ん中でも、
彼女は相変わらず……
まるで、磁器人形のようだった。
美しく、謎めいていて、
――そして落としたら最後、破滅を招く危険な存在。
「でも、安心してね~」
彼女は、こともなげに続けた。
「殺すつもりはないわ。少なくとも……今日のレッスンが終わるまでは。」
再び、彼女は微笑んだ。
その笑みには、愛しさも、狂気も、そして確かな“実行力”すらも含まれていた。
安心させるためのはずのその笑みが――
なぜか俺の首筋に、ひやりとした寒気を走らせた。
怖かったからじゃない。
……ただ、今夜になって初めて――
俺は、本当にわからなくなっていた。
彼女が俺を見て、
一体“何を見ているのか”。
……降参するのを待っているのか?
それとも――
「どこまで耐えられるか」を観察しているのか?
そして、砕ける瞬間を……
楽しみにしているのか。
わからない。
でも、だからこそ――
彼女は、俺がこれまで生み出してきた、どんな“魔”よりも、
ずっと恐ろしかった。
「……まだ、やれるでしょう?」
その言葉。
文脈だけを切り取れば、
変わり者の教師が、生徒を励ましているようにも聞こえるかもしれない。
だが――この場所で。
この空気の中で、それを耳にした俺にとっては。
それは、ただの“最後通告”に他ならなかった。
……その視線を、感じる。
重く、鋭く、逃げ道を与えない。
もし、これが“愛”なら――
完全に、方向を間違えた愛だ。
もし、これが“試練”なら――
俺は、申し込んだ覚えはない。
それでも。
それでも俺は、止まりたくなかった。
……強いからじゃない。
ただ――知りたかった。
俺が、
彼女の前で、
どこまで“自分”のままでいられるのかを。
そして、気づけば。
一つの問いが、静かに、心に忍び込んでいた。
滑らかに。
……けれど、無視できないほどには、はっきりと。
もしここで、俺が崩れ落ちたら――
彼女は、俺を抱きしめてくれるのか?
それとも、
さらに深く。
……静かに、容赦なく。
踏みつけてくるのか?
もう一ヶ月以上、新しいチャプターを投稿し続けていますが、
やはり「固定読者を得る」というのは、こんなにも難しいことなんですね。
でも、諦めるつもりはありません。書くことが、心から好きだからです。
それに、自分でも分かっています。
私は今、流行とは少し違う道を選んでしまった。
だからこそ、難しさはきっと“二倍”になるはずです。
でも、それが逆に、僕のやる気をさらに燃やしてくれています。




