22. 沈黙の家系図
「……言葉でつながる家族もいれば、
沈黙でつながる家族もいる。
でも――どちらも、呪いみたいに重たい。」
沈黙すら……落ち着かずに身じろぎしていた。
祖母・濃姫が、重たい――溜息をひとつ。
その音が、静まり返った空間に――波紋のように広がっていく。
「……そのまま黙ってたら、いつまで経っても話は進まないわよ?」
鋭い視線で僕たちを順に見回しながら、――冷ややかに告げる。
一拍置いて、肩をすくめるような口調で――続けた。
「……本当に、撃たないとダメ?」
反射的に顔を上げた僕の視界に映ったのは――
両手にピストルを構え、天井へと銃口を向けた祖母の姿だった。
その所作は……まるで朝の紅茶でも楽しむかのように自然で、
引き金に添えた指が、軽やかに――動いていた。
まるで、「天井に穴を開けること」が、
この家系における――伝統芸であるかのように。
僕は思わず――片手で顔を覆い、
頭の中に聞こえてきた月華様の声に――耳を傾ける。
『……ふふっ、やっぱり面白すぎるわね。この家族。神話より破天荒よ。』
『……お願いだから、せめて屋根だけは勘弁してばあちゃん。』
廃れた寺とはいえ……
今さら新しい穴を開けるのは、さすがに気が引ける。
そして――何より、
祖母の顔は……本気そのものだった。
このまま数秒間、誰も口を開かなければ――
木の柱に銃声が響くのは、時間の問題だ。
僕は――静かに息を吸い、
どうにかしてこの空間を救う言葉を探し始める。
その間に、父・家康は――わざとらしく息を吐き、
眉をわずかに上げたかと思えば、何もせず、何も言わず――
いつもの姿勢を貫いていた。
まるで「壊れるものは壊れればいい」という、
運命任せの哲学を――実行しているかのように。
……本当に、扱いづらい人だ。
親としては、僕よりずっと――手に負えない。
視界の端で、月華様が肩をすくめるように――微笑む。
“世界”を外側から眺めている神のように……
あるいは、崩壊すら含めて愉しむ観客のように。
そして――家康が、低く鼻を鳴らした。
「……さすが、織田の血筋ってやつか。」
誰に言うでもなく、――呟くように。
「……話すために、まず爆発音から始めるとは」
祖母は、くいっと――片眉を上げた。
「……会話が進むなら、大砲でも持ってくるけど?」
その瞬間――父の顔がわずかに引きつった。
「……それだけはお控えください、濃姫様。」
僕が口を挟むよりも早く、
まるで休戦交渉に追い詰められた外交官のような顔で、――父がそう言った。
その声は平静を装っていたが……
膝の上に置かれた手が、ごくわずかに――震えているのを、
僕は――見逃さなかった。
「……それでは、誤解を招きかねません。」
祖母は「ふん」と鼻を鳴らし、
銃を――ゆっくりと下ろす。
「……じゃあ、何がしたいの?」
その声は、研ぎ澄まされた刃のように……空気を――切り裂いた。
「三河は普段は無職だけどさ。」
祖母・濃姫は、僕に一瞥を送りながら――
その瞳に微かな優しさを宿して、言葉を続けた。
「……少なくとも、こんな汚れた世界に興味を持つような子じゃないのよ。」
僕は――小さく笑った。
優しさの裏にあったのは……否定しようのない現実。
確かに、僕は“権力の遊戯”に足を踏み入れるような人間じゃない。
だが、僕の中を流れる――血と、
僕が生まれたこの世界は……
僕の意志なんて、最初から一度も――考慮してくれなかった。
祖母のその言葉は……ある種の“覚悟”だったのかもしれない。
いずれにせよ――僕は、飲み込まれる。
望んでも、望まなくても。
「……分かった。」
父・家康が、ようやく――口を開いた。
長く押し込めていた何かを、静かに――吐き出すように。
そして――沈黙。
空気が、わずかに……重くなる。
次の瞬間――
家康は、ゆっくりと顔を上げ、
入室以来、初めて――まっすぐに僕を見た。
「……三河。」
その声は低く――
まるで、普通の父親のようだった。
「……最近、元気にしていたか?」
僕は――思わず喉の奥で笑いそうになる。
やっぱり、これだよな。
これが、“徳川家康”という男が……僕に会うたびに使う、
いつもの――テンプレート。
父親としての、“演技”。
歴史に巻き込まれた者同士であることを……
一瞬でも忘れたがっている、そんな――声。
僕は肩をすくめ、淡々と返す。
「……相変わらずです。」
「できるだけ面倒から離れて、生きてます。」
その瞬間、月華様が――小さく息を呑んだ気配があった。
笑いを堪えているような……どこか場違いな微笑み。
父は、深く息を吐いた。
先ほどよりも、長く、重たく――
そして、わずかに“諦め”の色を帯びて。
そこに怒りはなかった。
ただ一つだけ。
息子が“この世界には向いていないほど鋭すぎる”という現実と、
それ故に――“制御不能な存在になりかねない”という、淡い予感。
視線の隅で、祖母が腕を組みながら父を睨む。
何も言わずとも、その目が――語っていた。
……それ、全部あんたのせいでしょう。
たぶん、本当にその通りなんだ。
僕は、自分からこの血を選んだわけじゃない。
この部屋に来たかったわけでも……ない。
でも、今――ここにいる。
それはつまり、いずれ“選ばなきゃいけない”ということだ。
敷かれた道を――歩くか。
それとも……道ごと、燃やすか。
僕は、まっすぐ前を――見据えた。
次に来る言葉が、「元気か?」なんて軽さで終わるはずがないと……分かっていながら。
沈黙の奥で、
歯車が――静かに音を立てて回り出す音が、確かに聞こえた気がした。
「……まだ、その決断を覆す気はないのか?」
父の声は低く――
静かな水面に、重たい石を落としたような……そんな波紋を空間に広げた。
「……幕府は、すでに安定している。
これ以上、“直す”必要があるのか?」
僕は顔を上げ、
視線を逸らさず、家康の目を――まっすぐに見つめ返した。
「……それに御所様は、今でも幕政を裏から操っていらっしゃるでしょう?」
言葉は、ごく自然に……
まるで天気の話でもするかのように、――軽く落とした。
けれど、それは……
針のように小さく、
だが確実に――父の誇りに刺さった。
部屋の隅では、
月華様が、黙ってこちらを――見つめていた。
その微笑は、ごくわずか。
けれど、すべてを見通しているような――静けさがあった。
けれど……
その微笑に込められた“意味”を、
正確に読み取れたのは――僕だけだった。
父は、深く息を吐き、
右手でこめかみを――軽く押さえる。
たったそれだけの仕草で……
僕の言葉が、彼に頭痛をもたらしたのだと、十分に伝わる。
僕は――江戸の政に関わっていない。
城下の力学にも、表立って触れてはいない。
それでも……皆、知っている。
“将軍職を退いた”という建前の裏で――
徳川幕府のすべてが、今なおこの男の意のままに動いているということを。
ただ……
声に出すほど、皆、臆病だっただけだ。
それが、今の日本の――「平和」という名の現実。
そして、次の瞬間。
家康の膝に置かれていた右手が――
ほんのわずかに、しかし確かに……動いた。
それはまるで、
戦の始まりを告げる――“印”のように。
こんにちは、読者の皆さま。
お元気でお過ごしでしょうか。
今日は少しだけお話しさせてください。
皆さんは、お父さんと話すときに、どこか気まずさを感じたことはありませんか?
もしそうなら、きっと三河も同じ気持ちだったと思います。
でも、どんな状況の中にあっても
「家族」というつながりは、不思議と自然に生まれてくるものなのかもしれませんね。




