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2. 朝が終わらない

これが僕の処女作になります。

少しでも楽しんでもらえたなら、それだけで報われます


「“平和な日常”というのは、たいてい――優雅な崩壊の“序章”に過ぎない。」


……静寂の中で、世界がきしむ音がした。

都市が……燃えていた。

鉄と光で編まれた、見知らぬ未来の街。

空は裂け、ビルの残骸は――夕焼けのように赤く染まり、

その中心で――

長い黒髪、沈んだ瞳を持つ少女が、ひとり……佇んでいた。

彼女は何も言わず、

ただ、まっすぐにこちらを見ていた。

その瞳には……言葉ではない“何か”が宿っていた。

……予感。

それは、夢だと理解しているのに――

なぜか心の奥に、焼きつくような感覚だった。

「君は誰なんだ……?」

問いかけた声は、霧の中へと溶け……返事はなかった。

ただ――胸の奥で、鼓動だけがやけに強く響いていた。

……まだ、この夢が現実を焼き尽くす“序章”にすぎないことを知らずに。

――1606年。

戦国の火種がようやく鎮まり、江戸という新たな秩序が芽吹き始めたころ。

名もなき山の中腹、苔むした古寺のふもと。

そこに、ひっそりと……小さな家があった。

そこが、俺の暮らす場所だ。

母と祖母、そして――月華様ツキハナさまと共に。

かつては修行僧がいたというこの古寺も、今では祈る者すらいない。

残されているのは、風に揺れる杉の葉音と……石段に根を張った苔だけ。

まるで、過去の信仰の残響が、そのまま風景に――染み込んだかのようだった。

ここを選んだ理由は……いたって単純だ。

静かだから? 田舎だから? ――違う。

“生き延びるために”、もうここしか……残っていなかったからだ。

外の世界には、もはや「ただ息をするだけの余白」すら……残っていなかった。

だからこそ――ここで生きるしか、なかった。

そして朝は……またいつも通り巡ってくるはず、だった。

だが、その朝は……何かが違った。

世界そのものが、かすかに軋むような音を……立てている気がした。

(――その理由を、俺はまだ知らなかった。)

目覚ましは、ニワトリの声じゃない。

そもそも、この山にそんな気の利いた存在は……もういない。

鶏たちは、とうの昔に「おかず」か「焼き鳥の記憶」へと転生してしまった。

生きた姿を拝みたければ、向こうの里まで……山をひとつ越えるしかない。

聞こえてくるのは――

木々のささやき、風の通り抜ける音、そして……

やけに自己主張の強い、俺の心の声だけだった。

……心臓が、まるで“人生”という脚本にツッコミを入れてくるような朝。

いつもなら、「まあ、そんなもんだろ」と……流せていた。

けれど今日は――何かが違った。

「三河、起きなさい」

バサッという音と共に、布団が遠慮なくめくられる。

「ふぁっ、さむっ!?!?」

鏡に映るのは、寝癖がひどい黒髪と、赤い瞳。

時代が違えば「イケメン」なんて言われていたかもしれない顔立ちの青年が、ひとり。

……まあ、自覚なんて、ないけど。

これが――俺、三河。

寝ぼけ眼をこすった次の瞬間、顔面に……冷水が直撃した。

「ぶわっ!? な、なにすんですか月華様!!」

「ふふ……風呂にも入ってないくせに、相変わらず“絵になる”わね」

「ほんと、理不尽なまでに顔がいいわ……」

「いや、それって……褒めてるんですか、皮肉なんですか」

「月っていうのは、真実だけを映すものよ」

――いつものように、銀色の扇子が俺の眉間をコツンと叩いてきた。

「朝とは、怠惰な魂を鍛える“修行の場”なのよ」

……来たな。毎朝定刻で現れる、“朝のラスボス”。

そう、彼女もこの家の住人。というより、

“俺にしか見えない存在”。

――月の光を司る神、月華様。

それが彼女の正体だった。

布団の中で最後の抵抗を試みるも、むなしく……左足が床につく。

冷えきった板張りの感触が、足の裏から骨の芯まで突き刺さるように冷たい。

……だが、俺は負けない。

これもまた、俺にとっての“朝の試練”なのだから。

「ちょっと、外の空気吸ってきます」

そう言いながら襖を開けた瞬間――俺の動きは、止まった。

薄暗い林の端に、いくつもの影が……うごめいていた。

狐? 猿? それとも猫のような、何か?

けれど、どれもがどこか“異様”だった。

輪郭が曖昧で、目が合った気がするのに……焦点が合わない。

まるで、妖怪……。

「え、は? なんでこんなに?」

驚きに足が一歩出た、その瞬間――

影たちが、一斉に動き出す。

ザザザバサッ! バサッ!

草をかき分ける音。枝が揺れる音。

屋根の上から……何かが飛び降りる音。

そして――

俺は、すぐにその理由を察した。

「気づいたのか、月華様に」

「“気づいた”というより……虫けらが逃げてるだけよ」

背後から響く声。振り返れば――そこにはすでに月華様。

黒の着物。銀の扇。無表情の瞳。

ただそこに“在る”だけで、空気が凍るほどの……緊張感。

その姿は、まさに――月光の裁定者。

さっきまで屋根の上からこちらを覗いていた小妖怪が、

月華様と目が合った、その瞬間……

何の音も立てることなく、気絶してそのまま落下した。

俺は、静かに手を合わせ、合掌。

この“夢月の森”に封じられた存在たちの中で、

まだ“人間”と呼べるのは、もしかすると……俺だけかもしれない。

そう思った、その時だった。

――ヒューン

空を裂くような、鋭い風の音。

見上げれば、一羽の黒い影が……旋回していた。

やがて、その影は石灯籠の上にふわりと舞い降りる。

「鷹……?」

漆黒の鷹。その足には、細い紙片が……結びつけられていた。

俺は慎重に手を伸ばし、

鷹は静かに頭を垂れて……手紙を差し出してきた。

礼を言って、紙を受け取る。

中には、ほんの数行の文。

そして、読み終えたその瞬間――

パッ、と青い炎が立ち上がり、

紙は一瞬にして……燃え尽きた。

背後から、月華様の声がする。

「内容は?」

「……ただの風の噂です。」

――嘘だった。

でも、本当のことは……今はまだ、言えない。

屋根の上から覗いていたあの小妖怪は、

やっぱり気絶したまま、静かに庭に転がっていた。

俺は、もう一度……手を合わせた。

“夢月の森”に封印された怪異たちの中で、

まだ“日常”を演じているのは、俺だけかもしれない。

そのとき、月華様が――ふとこちらを向いた。

その声は、いつも通り……軽やかだった。

だが言葉の裏に潜む“重さ”は、隠しきれなかった。

「人の戦はね、人だけのものじゃないのよ……」

その目は、何百年も昔の記憶をなぞるように――遠くを見ていた。

「戦国の時代……

あれは、ただの武家同士の争いじゃない。

血に染まった怨霊、目覚めた妖、忘れられるべき術。

あの時代には、“闇”が……蠢いていたの」

「それって……今も?」

俺の問いに、月華様は――わずかにうなずいた。

「江戸の世は、秩序を整えようとしている。

でも無理に押し込めた“安定”は、いつかどこかに……ひびが入る」

彼女は森の奥を見つめながら、ぽつりと続ける。

「古の陰陽師たちは、もういない。

殺された者、力に呑まれた者……

今も残っている者たちでさえ、自分の“道”を――見失いかけている」

俺は、小さく……息を吐いた。

「だからあいつらが、“戻ってきてる”のか」

月華様は――うっすらと笑った。

それが、答えだった。

だが次の瞬間――

「朝ごはん、できてるわよ〜!」

母の明るい声が、すべての緊張感を――あっさり打ち砕く。

冷えきっていた“パン生地状態”の体も、

人間レベルにまで回復し、本能的に……家の中へと向かった。

……うん。やっぱり、飯の力ってすごい。

(この日常が、いつまで続くかはわからないけれど。)

そして――

すべては、すでに“用意”されていた。

だが最終的な決断は――

三河、お前の手に……委ねられている。


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