1. プロローグ:望まれなかった時代の瀬戸際で
「夜の海風は、まるで世界の終わりを祝福するかのように……静かだった。」
房総半島の先端、富津岬の夜空は――
まるで星の光を浴びた、漆黒のキャンバスだった。
静かで……あまりにも静かで――
何かが崩れ落ちる、その直前の“最後の呼吸”のような……そんな空気だった。
俺は、そこでひとり江戸の方角を見つめていた。
この場所から見下ろす江戸は――小さい。
あまりにも……小さすぎる。
何百年もの歴史と、それに付随する“嘘”の重みを背負わせるには、あまりにも――。
背後には、十四人の少女たちが……沈黙のまま佇んでいた。
誰一人として、口を開かない。
今宵紡がれる言葉が、千年の未来を左右することを――
彼女たちは、知っているかのように。
あるいは、“理想”という美名のもとに、大罪を正当化しようとする誰かの時間を……
ただ静かに、赦しているだけなのかもしれない。
「……我が君。すべては、ご計画どおりに――
日本にユートピアを創造するという理想は、まもなく現実のものとなります」
そう口にしたのは、プラチナブロンドの少女だった。
感情を抑えた、平坦な声音だったが……
その語尾には、ほんのかすかに“誇り”の色が滲んでいた。
俺はただ、静かに頷いた。
……追加すべき言葉は、もうなかった。
この世界は――とっくに“理”を失っていたのだから。
俺がしているのは、ただ――
その散らばった破片を“整え直している”だけだ。
「徳川幕府の喉元も、日本全土も……すでに我らの手中にあります。
あと一歩で、貴方の“願い”が――」
そう告げたのは、今度は金髪の少女だった。
現実を……事実として突きつける声。
だが、本当にそれが……俺の“願い”だったのだろうか?
「……もし、俺がそれを成すとすれば――
それは、血と涙で築かれた時代を……終わらせることになるのか?」
問いは、答えなき闇へと投げかけられた。
返事は――ない。
けれど、少女たちは……微笑んでいた。
それはまるで……風に吹かれる直前の蝋燭のように、儚く、そして危うい笑みだった。
そのとき――
ひとつのぬくもりが、俺の手を包んだ。
“月光の女神”。
俺をまるで、解けない謎でも見るような目で見つめながら――
彼女は、静かに言った。
「……この時代を形づくったのは、あなたでしょう?
ならば最後まで――責任を取りなさい」
俺は……思わず小さく笑った。
それは可笑しさではなかった。
ただ、“責任”という言葉が……海風よりも冷たいものだと、初めて知っただけ。
「……ありがとう」
そう言って、俺はもう一度――江戸を見つめた。
すぐ目の前にある、“舞台”。
この国の運命を覆す劇が……静かに、その幕を開けようとしていた。
「ここで未来は、再構築される。
俺の我儘に、最後まで付き合ってくれて……ありがとう」
背後では、十四人の少女たちが――膝をついた。
その声はまるで……時を越えて届いた“祈り”のようだった。
「命も……すべても……貴方に捧げます。我らが創造主よ」
そして、あの“月光の女神”。
皮肉と慈愛を等しく宿した存在――ツキハナ様が、俺の赤い装束をそっと整える。
まるで……無茶をしに行く夫を知り尽くした妻のように。
「……まるで、明治維新を早回ししたみたいね。
貴方のバージョンは、ずっと恐ろしいけど」
彼女は、冗談めかして――笑った。
俺は……笑わなかった。
「……それが俺の“存在理由”だ。
この時が来た――未来を、運命の呪縛から解き放つ時だ。
終わらせよう。すべてを、“今”――!」
そして、俺たちは夜空へと飛び立った。
風を裂き、重力すら断ち切りながら――
ただ一つの“終末”へと向かって。
この後の歴史において――
“影 大御所ノ神”という名は、
「解放者」として語り継がれることになるだろう。
だが……俺にとってはただの――
始めたことを途中でやめられない、傲慢な臆病者にすぎなかった。
「これは、“始まり”じゃない。
……ただ、“終わり”が――
形を変えて、現れただけだ」