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 広大な海にぽつんと浮かぶ孤島、ブリアナイト王国。世界の果てと呼ばれるこの島では、太古の昔に封じられた邪神復活の兆しが現れ、滅亡の危機に瀕していた。だが2年ほど前、とある勇者一行が死闘の末に邪神を倒して再封印に成功したことで、王国は平和を取り戻したのだ。

 因みに勇者一行というのは、特別名のある英雄だった訳ではない。騎士団内で落ちこぼれだった熱血怪力双剣士を筆頭に、魔術士、盗賊、狩人といったごくごく平凡な顔触れだ。稀に姫君や一組織を束ねる首領といった肩書きの仲間も存在したが、あくまで一時加入のサブメンバーである。

──僧侶? 治癒術? 回復薬? そんなものは存在しない。傷を負えばなるようにしかならない、デッドオアアライブがこの世の理だ。


 ある日、女王に呼び出されるなり無茶振りされた一行は、

『邪神復活を掲げるクソゴミ害虫共を殲滅してください』

((ブラック女王……!?))

 敵対勢力に属する因縁の相手と衝突したり、

『俺と共に来い。貴様にはその資格がある』

『ならば、ここで死んでもらうっ!』

 仲間との絆を深めたり、時には恋をしたりと、

『だって、ずっと好きだったんだから!』

『テメーにそんな資格は無ぇっ!』

 波瀾万丈な旅を続けた果てに知らされた運命を、

『神の血を引く王族が贄となることで、この国は平穏を保ってきたのです』

『……サヨナラだ』

 強引に切り拓いた新たなルートへ突き進むことで、

『絶対、掴んでみせるっ!』

『今度こそ護るって、約束したから』

 1人の“人生”と引き換えに、王国の未来を変えたのだった。


 とはいえ勇者一行は、特に英雄として祭り上げられることもなく、国を救った功績は殆ど女王にお株を奪われた形で国民には伝えられている。当人達の総意でもあるそれは、国家機密や個人情報その他諸々の事情により、幾つかの真実を伏せておくための最善策だと判断した結果だった。

「事実は御伽話フェアリーテイルより奇也、ってね」

 戦いを終えた後、長い眠りについた“相棒”を眺めながら、勇者は静かにそう呟いたという。

 



 密かに存在した救国の英雄達がさり気なく日常に戻ってから、2年半が経過した頃。

 王都トワライトでは戦禍の爪痕も殆ど目立たなくなり、治安も火事場泥棒の多発していた以前に比べれば、大分落ち着いてきていた。

 復興作業に追われていた王国騎士団の仕事も先月からは都市警備中心の通常業務となり、残業や休日出勤だらけのブラック勤務状態もようやく脱した所だ。

「っそこ! 脇が甘いっ!」

「あだっ!?」

「そんな及び腰じゃ、攻める気無いって見え見えよ!」

「ひぃっ、すみません!」

 寒空の下、屋外修錬場で白い息を吐きながら、平騎士達懸命に鍛錬用木剣を振るっている。訓練中の部下達を見て回っていた第3部隊長のヒナ・ブレイズは、手元の懐中時計を確認すると声を張り上げた。

「そこまで! 各自道具を片付けたら昼休憩よ、午後の演習に備えてしっかり食べときなさい!」

「「はいっ!」」

 ビシリと敬礼する面々に頷くと、ヒナは踵を返す。そのまま塀の向こうへと曲がった途端、緊張を解いた部下達の愚痴が聞こえてきた。

「はぁー、ブレイズ部隊長の日はキッツー!」

「やーでも目の保養ってか、本当いい身体してるよなー!」

「美人に叱られるのも、むしろご褒美だし?」

「うっわドMかよ! 引くわー!」

(全く、こっちこそドン引きよ……!)

 下品な笑い声は腹立たしいが、騎士団内で少数派の女性騎士かつ新米部隊長の自分は、まず部下に舐められないことが最優先だ。ある程度の信頼を勝ち取るまで、下手に反応して一度見下されたら、今後が非常にやりにくくなるのは目に見えている。

「けどあんな迫力美女なのに、男の影は全然だよな」

「性格キツそうだもんなー。いっつも顰めっ面でザ・仕事人間って感じ!」

「プライベートとか全く想像付かねぇー!」

(ふふっ。脳筋やら熱血やら言われてた頃が懐かしいわ……)

 男達の雑談を地獄耳で盗み聞きしつつ、密かに鼻で笑っていたヒナだったが。

「そうだお前、酒場のエミちゃんと上手くいったんだって?」

「いやぁ、実は相思相愛だったみたいで……」

(チッ。惚気てるんじゃないわよ)

 彼らの話が恋バナに突入したことで、思わず舌打ちする。その心境は周囲のモテない男達も同様だったらしく。

「んだと羨ましい奴め! 女友達いたらオレにも紹介しろよ!」

「いいなー俺も彼女欲しいー!」

「くっそ……来月サザン侯爵邸の大衆向け舞踏会で、絶対可愛い子をゲットして──」

 今度こそ場を離れたヒナは、そっと金色の懐中時計を見やる。

 決して高価ではないもののチープ感はなく、造りの良いそれを見る度、耳元に蘇る声。

『ゴメン、安物だけど。初給金で買ってみた』

 のんびりとした穏やかで優しい口調。

 指が長く白い綺麗な手が、目の前に差し出される。

『確かこの前、金色が好きって言ってたよな?』

 小さく嘆息しつつ、文字盤を撫でたヒナはこっそり微笑んだ。

(ふーんだ、あたし達だって相思相愛だもんね!)

 時計を仕舞って意気揚々と歩き出しながら、しかし再度溜め息。

(……相棒として、だけど)

 

 

 

 定時ダッシュで大通りを南下し、王都郊外の雑木林を抜けた先にある自宅へと急ぐ。本格的な森が広がる手前にある2階建ての小さな家は元々両親が建てたものだが、父は亡くなり母も王都へと引っ越したため、今は自分“達”だけで住んでいる。

(今日のメニューは何かなぁ?)

 煙突から立ち上る煙を見上げたヒナは、満面の笑みで勢いよくドアを開けた。

「たっだいまー!」

 キッチンまで聞こえるよう声を張り上げれば、奥の部屋からひょいと金髪頭が覗いた。

「おかえり、姉御。お疲れサマ」

 手を洗って玄関先まで来てくれたエプロン姿のゆるふわ美青年を、ヒナは靴も脱がずにうっとりと鑑賞する。

(あー本っ当綺麗、美人、可愛い! やっぱこの“金色”が一番大好き!)

 柔らかく細められた蜂蜜色の瞳を覗き込めば、彼は不思議そうに小首を傾げる。

「? 顔、なんか付いてる?」

「う、ううん。半日ぶりだなぁって」

「あの2年間に比べりゃ一瞬じゃん」

 鞄をさり気なく持ってくれながら苦笑する彼。そんな表情も愛しくて堪らず、ヒナは思わず抱き付いた。

「っ……?」

「! ごめんコハク、驚かせちゃった?」

 彼──コハクは軽く肩を跳ねさせたものの、大人しくヒナの腕に抱かれたまま、首を横に振る。

「……大丈夫。姉御のお陰で、大分慣れたし」

「そう? なら良かった!」

「で、どーかした? 仕事のストレス?」

 だが続けられた言葉に、ヒナはがくっと肩を落とした。照れるどころか気遣わしげな視線まで向けられ、彼にとっては大真面目の質問だと分かるからこそ尚更だ。

(あたしって女の魅力、あるわよね? 自信無くしそう……)

「……ううん。あんたが元気かなって、心配してただけ」

 ひとまず無難に返せば、同じ目線の高さにある彼の顔が、優しく微笑む。

「そっか、ありがとな。大分調子も戻ってきたし、大丈夫」

(うわぁぁ信頼度MAXスマイルの破壊力ぅぅ!)

「腹減ったろ。もーすぐ飯できるから、あと少し待っててな」

 ぽん、とこちらの頭を一撫でし、コハクはキッチンに戻っていく。背中で揺れるエプロン紐を呆然と見送っていたヒナは、彼が視界から消えると同時にその場へしゃがみ込んだ。

(あぁもう憎っくき歳の差めぇぇっ!)

 ヒナが20歳、コハクは17歳。年齢だけ見れば何ら違和感は無いのだが、問題はコハクの抱える“事情”にあった。

(記憶喪失分が5年、で邪神倒した後に2年間眠ってたから……)

 自分がコハクと出会ったのは3年前。記憶を失っていた彼はひどく世間知らずで、しかし恐ろしく冷静でしっかり者の少年だった。それが心と体にひずみを抱える故のポーカーフェイスだったのだと気付いたのは、情けないことに旅も終盤に差し掛かった頃だったのだが。

(マイナス7歳、つまり精神年齢10歳でしょ。成人まであと5年……うぅ、耐え抜ける気がしない……!)

 相棒目線でも恋愛目線でも大事にしたいからこそ、彼の心が大人になるまで待ってあげたい。だがあまりに魅力的すぎる想い人との同棲生活は、ヒナにとって幸せである反面、かなりの苦行でもあった。

 見た目は大人、頭脳もかなり大人びている。何でも器用にこなすため、能力的にも申し分ない。ただし精神だけは未成熟な、勇者一行の“メインヒロイン”。

(邪神討伐も大変だったけど、“贄王子”の攻略も苦戦は必至ね……)

「姉御ー、飯出来たぞー?」

「あ、はーい! 今行くわ!」

 旅を通して心も胃袋もすっかり掴まれてしまったヒナは、気を取り直してキッチンへと向かう。

「っ美味しーい! あんたやっぱ天才!」

「姉御はいつも美味そうに食うから、作り甲斐あるよ」

 素朴な家庭料理を囲む幸せな食卓。いつも通り食欲旺盛な自分へと向けられる、温かな蜂蜜色。ふと彼に出会った頃の無気力な表情や、贄となる寸前に死を受け入れた虚ろな眼が脳裏をよぎり、ヒナは改めて現状を噛み締めた。

(今の生活もすっごく幸せよ。あの頃を思えば、本当に奇跡みたい──だけど)

「?」

(こうして側で愛でるだけでも至福のひととき、だけど!)

 目が合うなりにっこり笑ってみせれば、コハクは首を傾げつつも微笑む。その可愛らしさにヒナは内心悶えつつ頷き返し、食事を再開する。

(あたしは欲張りだし、諦めも悪いの)

 女王の婚外子で、彼女の身代わりに邪神の贄となるはずだった彼。ヒナが死に物狂いでその手を掴み、死の命運から引っ張り上げた彼。

(あの時──もう2度と離さないって、誓ったから)

 情熱的を通り越し、独占欲丸出しで執念深すぎるという自覚はある。だがもう自分は他の男と並び立つなど一生考えられないほど、彼の総てに惚れ込んでしまったから。

(コハクは誰にも渡さない──絶対、あたしのよ!)

 “ヒーロー”ポジションの元勇者ヒナ・ブレイズは、旅を終えた今も己と闘い、周囲と闘い続けている。

 然るべき時が来るまで、愛しの君を自身の煩悩から護り、数多の外敵から護るために。

 そして“ヒロイン”を確実にオトし、自分がずっと求めてきた真のハッピーエンドを迎えるために……!

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