冒険者四方山話~冒険者ギルドは必要ですか?~
昔連載していた話に挟むつもりで挟めなかった小噺です。
「先輩は何でギルドに所属してるんスか?」
とある酒場で、つい最近卵の殻が取れそうなひよっこ冒険者の少年が、同郷で何かと世話を焼いてくれている先輩冒険者にふと疑問を口にする。
先輩は後輩の言葉に片眉を上げ、飲みかけのエールを干してから口を開いた。
「何だ、いきなり?」
「いきなりっていうか、今日コイツをもらって改めて思ったことなんスけど……」
後輩は首に紐で下げられた黒鉄製のドッグタグを掲げた。それはギルドに登録した冒険者の資格を表すものであり、黒鉄のタグはE級──六段階で下から二番目のランクを意味する。今日は彼の昇格祝いの場でもあった。
「俺みたいな新米はこうやってギルドに身元を保証してもらえんのはありがたいっスよ。ランクが上がれば仕事も受けやすくなるし報酬も上がる。でも先輩はB級で、指名依頼もバンバン入ってるわけじゃないっスか。別にギルド抜けても普通に仕事はあるだろうし、ギルドに中抜きされない分、儲かるんじゃないかな~って」
「ははぁ。将来お前も独立したいと考えてるわけか?」
後輩の言いたいことを察して先輩はニヤリと笑う。
「……ま、そっスね。俺も今回昇格して、バイト辞めても最低限暮らしていける目途は立ちましたけど、D級以上に上がるにゃ何年もかかるって聞くんで。それならギルドの査定を気にするより、外部とコネ作って直接依頼貰えるように頑張った方がいいのかな~って」
「なるほどな」
後輩の考えに先輩は否定することなく理解を示した。
冒険者になって今日まで我武者羅にやってきて、やっと一つ形として見える成果が得られたことで、改めて自分の今後を考える余裕ができたということなのだろう。
そこそこ目端の利く者なら一度は考えることであり、相談を受けた彼も通ってきた道だ。
「独立したい理由は金だけか?」
「そりゃ……もちろん一番は金っスけど、他にも色々あるっスよ」
「例えば?」
後輩は少し考えこみ今まで受けた仕事を思い出しながら答える。
「とにかくギルドの依頼って条件が細かくて面倒くさいんスよね。薬草採取の依頼一つとってみても採取場所から上限量までキッチリ指定されてるし、この依頼はここ、あの依頼はあっちって依頼ごとに活動場所も変わるでしょ。どうせ同じ薬草なんだから、どこで採ってこようと同じじゃないっスか」
「ふんふん。他には?」
「討伐依頼も面倒くさいっス。魔物倒せって言っときながら必要以上に殺すなってどういうことっスか? 監視員がついて面倒くさいし、素材を売ろうにも討伐場所の証明ができないと買い取れないとか言い出すし、魔物倒してんだから一々文句言わないで欲しいっス」
「確かになぁ」
後輩の不満は先輩にも覚えのあるものだった。
「そもそも仕事の仲介とランク査定、素材買い取りぐらいしか仕事してないのに、ギルドって人が多すぎるんスよ。仲介も査定もあんなに人は要らないし、素材買い取りだって民間に委託すればもっと安く済むっス。どんだけ依頼料中抜きしてんだか……いやまぁ、実際中抜きされてんのは俺みたいな新米じゃなくて、先輩らみたいな単価の高い依頼だろうから俺が文句言うのもおかしな話なんスけど……」
「そんなことはねぇさ」
実際、新米向けの単価の安い依頼はギルドも経費を差し引けばほぼ赤字なわけだが、ベテランと呼ばれる者たちも皆その恩恵を受けてきた。金は取れるところから取って若手を育てようというギルドの方針に否はない。
同時にそんな若手が将来自分が搾取される側に回ることに危機感を持つのも、自然な発想だと思う。
──その上で。
「だがお前は少し勘違いしてるな。ギルドの仕事ってのはそんな単純なもんじゃねぇし、俺にしたってギルドに搾取されてるって認識はねぇ。というか、個人で依頼なんざ受けてたら、リスクが高くてとてもじゃねぇがやってけねぇよ」
「……どういう意味っスか?」
後輩は反発するでもなく、純粋に意味が分からないと眉をひそめた。
「そうさなぁ。どっから伝えたらいいか……」
先輩はそんな後輩の様子に若かりし頃の自分を投影し、かつて自分が教わった説明を思い出しながら続ける。
「まずお前さん、さっき薬草の採取場所が指定されてるのがめんどいとか、魔物の素材も討伐場所が証明できないと買い取りしてもらえないとか言ってたが──そもそも土地所有者の許可なく薬草を採取したり魔物を狩るのは違法だぞ」
「………………へ?」
先輩の言葉に後輩は目を点にする。
「え、でも……俺ら村にいた時とか普通に近所の山に入って薬草や山菜採ってきたり、獲物狩ってきたりしたじゃないっスか」
あれも違法だったのか、と言外に問う後輩に、先輩はかぶりを横に振って否定した。
「あの辺の土地は村の共有財産だからな。村人が採る分にゃ、やり過ぎなけりゃ問題ねぇよ。その為に村人で分担して山の管理やら何やらしてたわけだしな。だが冒険者は違うだろ?」
「それは……確かに」
故郷では山が荒れないように村人が分担して伐採や草刈りなど手入れをしていた。そうした管理の労力を払っていない外部の冒険者が突然現れて山から資源を持ち去って行ったら、間違いなく地元住民から文句が出るだろう。それはもう、泥棒だ。
「あと薬草ならまだしも、魔物を考え無しに狩るのは法的な問題を抜きにしてもアウトだな」
「魔物を倒したら駄目なんスか!?」
魔物を倒すのは褒められることだという常識を持っていた後輩は先輩の指摘に目を丸くする。
「というか魔物に限らず狩り過ぎはマズい。昔、俺らの村でも村長とこのバカ息子が山の主をうっかり倒しちまって、鹿やら猪やらが増えて畑が荒らされたことがあっただろう?」
「あ~……俺、畑仕事中に猪に追っかけられて死ぬかと思ったっス」
「普段はそうならないように狩人のダンさんが狩る獲物の種類と量を考えててくれたんだけどな。その辺の事情が分からない冒険者が勝手にやってきて、好き勝手魔物を狩ったら何が起こるか簡単に予想がつくだろ」
「……確かに」
後輩は生態系のバランスが崩れて荒れ果てた故郷の山を想像し、思わずげんなりした表情になった。
「俺、そんなこと全然考えたことなかったっスよ」
「そりゃそうだ。普通に暮らしてく分にゃ考える必要がねぇからな。つーか、お前に限らず冒険者になる奴なんてのは食い詰めたならず者同然の連中が大半だ。法律だの権利だの生態系への影響だのに頭が回る奴はまずいねぇよ」
貴族や商人などの富裕層を除けば平民の一般的な知識レベルなどたかが知れている。基礎的な共通語の読み書きと計算ができれば御の字。法律など「殺すな」「盗むな」「犯すな」あとは「貴族に逆らうな」で大体片が付く。
そんな腕っぷしだけは達者なならず者たちに好き勝手に依頼を受けさせたらどうなるか?
各地で冒険者と地元住民とのトラブルが頻発し、しかも住民は冒険者の報復を恐れてろくに抗議もできず泣き寝入り。実際に彼らが生まれる前はそうした状況を問題視した為政者により冒険者の活動が全面的に禁止されていた時代もある。
「ギルドってのはただ仕事を右から左に回してるだけじゃなくて、そういう法律面の確認やら地権者との交渉なんかを代行してるんだよ。素材の採取にしたって、どこでどれだけ採っていいか割り振って裏でちゃんと地権者にも代金を払ってるし、討伐場所の証明ができない魔物素材を買い取れないってのもその一環だな」
勘違いしてはいけないのは別に冒険者がギルドを通さず活動することが禁じられているわけではない、ということ。
「あ~……そういう面倒くさい手続きを自分でやる手間やらリスクを考えれば、多少依頼料を中抜きされて面倒くさいこと言われてもギルドを通して仕事受けた方がお得だってことっスか」
「だな。王都のトップクランなんかは独自に法務担当者を抱えてるらしいが、それも実際はただの見栄だろ。ギルドに任せとけばトラブルが起きてもギルドが全部責任取ってくれるからな。コスト面でもリスク管理の面でも、ギルドを離れるメリットはほとんどねぇんだよ」
「なるほど」
餅は餅屋。法律やら権利の確認、地元住民との交渉はギルドに任せた方が効率が良いわけだ、と後輩は納得する。
勿論、冒険者にもそうした知識や交渉力があるに越したことはないが、どうしたって専門家には敵わないし、そこにリソースを割くぐらいなら実務面の能力向上を図る方が合理的だ。
また依頼する側としてもギルドを介した方が何かあった時安心だろう。ギルドを介さず直接冒険者に依頼した方が若干なりと依頼料は安く済むかもしれないが、そうした小金を惜しむ依頼主が果たして信頼できるのか。
「……結局、大仰な組織があって、わざわざ皆それを利用してるからには、それなりの理由があるってことなんスね」
「そういうこった」
どこか気の抜けた様子の後輩に、先輩は何も疑問に思わずただ組織に使われているより見込みがあると後輩の背を叩き、新しい酒を注文してやった。