九 仲直りのアイテム
更新が遅れて申し訳ありません。
本日の18時にエピローグを公開します。
「ん……」
ぼんやりとした意識が、だんだんと形を得て来た。
誰かが、いる。
離れていく。
「行かないで! 明希!」
思わず大声が出た。その声で、あたしはハッと気がついた。
「痛っつ……」
体を動かそうともがくと、ロープが腕に食い込んだ。
よく見れば、ロープで椅子に縛り付けられていた。縛られたままで意識を失っていたせいか、ひどく腰と腕が痛んだ。
「お目覚めかな?」
まだ重い頭をなんとか動かして、声の方を見る。
思った通り、そこには見覚えのあるツーブロックゴリラ——大島医師が立っていた。
「キモ」
よく見れば、空の倉庫の真ん中にあたしはいるようだった。そんな虚ろな空間に、キザったらしいダブルのスーツを来て、大島医師が偉そうにしていた。
「キモ、なんなの?」
思わず、本音がダダ漏れた。
誰に見せるんだよ、そのスーツ。
「礼儀がなってないな、関根巡査長」
「人を縛っといて、礼儀とか無いでしょ?」
「はは、手厳しいな」
キモ。なんなの、この会話。
「このロープ、外しなさい。どうせ逮捕されるんだから」
「楡松警部かね? 彼女も始末するよ。君と仲良くね」
うわー、自分に酔ってる悪役みたい。
「何をしたんだか知らないけど、普通に逮捕されんだから。馬鹿じゃないの? 仲良くとかキモいわ」
大島の芝居がかった表情に、少しの怒りが入り込んだ。
「君が信頼する『明希』がかね?」
「楡松警部のことを呼び捨てにしないでください、キモいんで」
どうしても、返答に『キモい』が混入する。本当にそうだから仕方がなかった。
「君と楡松の関係が仕事上だけでないことは、君たちが訪ねて来た時に分かっていた」
「はあ? だから何?」
実際のところ、あたしたちの関係を大っぴらにすることには抵抗はない。
どっちかと言うと、一応上司と部下だし、そっちの方がまずいよね、と思ってるぐらいだ。
とはいえ、大島みたいになにかの切り札になると思い込む馬鹿もいるので、これからは気をつけねば。
いらぬところで、言動の反省を強いられた。
「勘違いするなよ! お前たちの関係が一線を超えている事こと、心理学的に言動が見られることでお見通しだ!」
いや勘違いしているのは、そっちだろ。
「それがどうかしたの? 誰かと誰かがつきあってるとか、中学生かよ」
あたしもキレ気味に答えた。自分から言うかもしれないけど、人から言われるのは嫌だ。
嫌に決まってるだろ。
デリカシーがない。
キモ。
「キモいんですけど、その態度、マジでそれでカウンセリングできてたんですか?」
あたしにキモい、キモいと連発されて大島はたじろいだ。
「うるさい! 自分の立場がわかっているのか?」
「縛ったぐらいで優位に立ったとか、恋人の名前を知ってるから偉いとか、バッカじゃないの?」
キモさと怒りで、あたしは完全にキレた。
「ロクにカウンセリングできてないから、五人は心中したんでしょ?」
「あれは心中では無い! 私が殺したんだ」
おいおい、自分から言うか普通。
「教えてやろう、君は教養が無さそうだからな」
「狡兎死して、走狗煮らるる」
あたしは先んじて、大島の言いたいことを言ってやった。
「韓信の股潜り、とか言えばいいの?」
「口の減らない女だ」
大島は忌々しげに答えた。
「お前のような女に何がわかる?」
「意味わかんないし、邪魔になったから始末するとか意味わかんないし」
ふん、とあたしの答えに鼻を鳴らすと、余裕を取り戻したように大島は言った。
「いいかね、彼ら——オレンジャーは最強の戦士だ。秘密結社『赤い石団』を壊滅に追いやった最強の戦士だ」
あの秘密結社、そんな名前だったんだ。
「彼らは悩んでいた、悪の秘密結社とはいえ改造人間を殺し、壊滅に追いやる。司法警察官の矩を超えているのでは無いかと」
「超えてるでしょ、普通に」
「なにがわかる!」
あたしのツッコミに、大島は激昂した。いや警官が、悪人を自由に殺しちゃダメだろ。
「この国の、世界の安然のために必要な犠牲だ!」
これはまた、世界とは大きく出たな。
「いいか、その犠牲を許容できねば世界は滅ぶ! そして世界は守られた」
興奮がおさまらないのか、大島はあたしに近寄ると鼻先に指を突きつけた。
「彼らには悪かったが、どうにも悩みが解決できなくてね。新しい訓練と偽って、ビニールドームの中で心中してもらったよ」
「無駄に手がこんでないですか?」
「身元を知られるわけには行かなかった、ドームから足がつく可能性もあったしな、死体遺棄事件として処理するのはワケもないはずだった」
得意げに大島は言った。
「失敗しましたね」
あたしは、冷静に指摘した。
結局身元も割れてるし、こうしてあたしに追求されていた。
「天網恢恢疎にして漏らさずって言いますよ」
「ふん、楡松が県警内部を嗅ぎ回っていたが、こうやって恋人を餌にすれば後はどうにでもなる」
「雑な計画ですね、警部はそんなことで動揺する人じゃありません」
本当は簡単に色々動揺することは、黙っておこう。
「さて、君の信じる恋人がどうなるか。あの世で見ていたまえ」
そう嘯く大島の手には、拳銃が握られていた。
「とりあえず自首か自決されては? 警官の刑務所暮らしは辛いらしいですよ」
あたしは精一杯の強勢を張った。
もうダメか、ダメだな。
最後に明希に会いたかったな。
ごめんね、明希。
「その減らず口、塞いでやる!」
キモい中年に殺されるの、キモい中年に襲われる次に嫌だな。
こんな奴のせいで泣きたくはなかった。
いつの間にか流れた涙をそのままに、あたしは目をつむった。
バーン、と銃声がしてそれから大島が呻き声を上げ、そしてあたしが椅子ごと倒れた。
「環、環!」
死んだ! と思ったけど、頬に明希の冷たい手の感触があった。間違えるものか、明希の手の感触を。
「明希!」
目を開くと涙で滲んだ明希が、心配そうにあたしを見ていた。
「遅れてすまなかった、大丈夫か」
「うん、大丈夫、ごめん……」
その後は言葉にならなかった。涙が溢れてもう、自分ではどうにもならなかった。
「感動の対面で悪いが、手間が省けた、二人とも片付けてやる」
声のする方を見ると、大島が立ちあがろうとしていた。
「お前程度にぶつかられたぐらいでは、なんともない」
とは言うものの、大島の髪は乱れて顔には擦傷が出来ていた。ついでに言えば、拳銃もあたしたちとの間に落としていた。
「舐めるなよ」
ドスの効いた声で、大島が言った。
「ちょっと待て、ロープを切るから」
明希はそう言うと、大島を無視してポケットからカッターを出した。
「痛いだろうに」
どう言うと、明希はロープを切り始めた。
結構丈夫なロープだったので、カッター程度ではなかなか切れなかった。
「話を聞け!」
無視された大島が、大声で喚いた。
「お前の話を聞いたところで、結論は変わらない。お前は逮捕されて、刑務所送りだ」
明希はロープに苦戦しながら答えた。
「遺体運搬の手間を省くためにビニールドームを使ったのは、なるほど合理的だ被害者が進んで殺されに行くのだからな」
どうにかロープを半分ほど切りながら、明希は続ける。
「だが、ビニールドームを扱う会社は多くない。アシがつくのを気にするなら、偽名で購入する事だ」
その言葉を聞いて、大島は明らかに狼狽したようだ。拳銃に近づこうとする、彼の足が止まった。
「納入先をあたれば、簡単に犯人の所属組織が割れた」
ロープを切りながら、明希は横目で拳銃を見る、どちらを優先すべきか悩んでいるようだった。
「しかも、環の地道な捜査が功を奏して、被害者を特定に成功した。被害者と犯人が同じ組織にいるとしたら? 後は関係者を洗うだけでいい」
あたしは涙目で、拳銃を見た。
あっちを先に、あたしはいいから。
「あちこち嗅ぎ回って、どういうワケか大島、君が被害者の上司のように振る舞っていた事実を掴んだ。だが、まだ決定打にならない」
明希はあたしから離れて、大島に向き直る。
「そこで登場したのが、秘密結社の元構成員だ、環が指示した通り無関係の何人かの写真に君の写真を紛れ込ませた所、君がオレンジャーの司令官だと件の男が証言したよ」
「なるほど、そこまでお見通しか」
大島は観念したように呟いた。
「私の環を罠にかけて、餌にしたかったようだが、そうは簡単にはいかないぞ」
「どうかな?」
そう言うと、大島は猛然と拳銃に向かって走り出した。
明希もほぼ同時に走った。が、大島の方がはるかに早く拳銃に辿り着く。
「お前達も道連れにしてやる!」
走ってきた明希をいとも簡単に突き飛ばすと、大島は拳銃を拾いあげる。
「明希!」
「イタタ、大丈夫だ」
声しか聞こえないが、大丈夫そうには思えない。
「明希! 逃げて、応援を呼んで!」
「動くな!」
再び銃声が鳴り響き、大島が叫んだ。
「どいつも大義を理解しない! 国の安全を理解しない」
「行政組織が勝手な事をするのは、法的に許されないがね」
明希が冷静に答えた。
「君は警察の仕事に、向いていない」
「うるさい! その口塞いでやる」
あたしは懸命に身を捩ると、どうにか明希の姿を捉えられた。
大島と対峙した明希は、大きな怪我はしていなさそうだ。
でも、懐に手を入れてた。
もしかしたら、怪我しているのかもしれない。
あたしは不安に駆られた。
「明希!」
「大丈夫だ、環、もう終わる」
そう言うと、明希は正面から大島を見据えた。
「口を塞ぐ? できるかね?」
そう言うと、明希は大胆に大島に向かって歩き始めた。
「動くな」
「嫌だね」
明希はそう言うと、大島のすぐそばで立ち止まった。
明希の眼光に気おされたのか、大島の銃を持つ手が震えた。
突然、明希は懐から何かを取り出すと、無造作に大島の頭に振り下ろした。
ガッ! と鈍い音がして大島が倒れる。
「丈夫だな、割れない」
明希の手には、ブランデー——レミーマルタンの瓶が握られていた。
「七海の所に寄ったせいで、少し遅くなった」
少し、困ったような明希の顔がまた涙で滲む。
遠くから、パトカーのサイレンが聞こえてきた。
安心したあたしは、もう一度意識を失った。