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心中戦隊  作者: nasuda
5/10

五 関係者の関係

「警察官……ですか?」

 捜査会議の席上、遺体の身元について資料が配られた。

 聞き込みの翌日、港の遺体が大澤だと判明した。

 遺族諸々の関係者の証言から数日で、遺体の身元——職業、プロフィールが判明した。

「五名全員が本県の警察官と判明した。所属は県警の警備部、その他の階級、年齢等のプロフィールは資料に記載の通りだ」

 本部長の署長が、やや苦々しげに続けた。

「警備部警備一課所属だ」

 公安かよ……。

 会議室がざわめく。

 東京警視庁と違い、ウチのような地方警察は『公安』と直接的な表現はせずに、『警備』と呼称する。

 県警本部に属してはいるが、実質的には警察庁の警備部に指揮されている。

 したがって、そこに誰がいるか? なにをしているか? なんかは、さっぱり分からない。

 はっきり言って、よそ者だ。

「捜査については、今後も協力を求めて行くが……」

 署長の言葉も、歯切れが悪かった。まあ悪くもなるよね。

「可能な限り。質問には答えるとのことなので、各自関係者に聞き込みに行ってもらいたい」

 署長の顔に、苛立ちが見てとれた。

 どこでもそうだけど、ウチの公安もひどい秘密主義だ。おそらく、捜査情報の一つも流してこないだろう。

 そのことを考えると、あたしも署長同様に、眉をしかめた。

 明希はどうなんだろう? そっとその顔を見ると、意外なことにうっすらと笑っていた。

 相手にとって不足なし。多分、公安を出し抜くことでも考えていたのだろう。

「各自、関係者の聞き込みを進める事。以上、解散」

 解散した後も。捜査員たちはぶつくさ文句を言っていた。

「あいつら、とっくの昔に身元の事なんか知ってたんじゃね?」

迷宮入り(おみやいり)かもよ」

 公安の二字が関わるだけで、テンションがだだ下がりだ。

「公安ね……」

 明希だけは、一人いつもの通り皮肉そうに呟いた。

「た……関根君、聴き込み行こう」

「はい、警部」

 ようやく、いつもの調子に戻って来たようで。

 でも、まだ許す気はなかった。第一、まだ謝ってもらってないし。

 ご協力頂ける範囲とやらに、県警の産業医の名前があった。

 大島輝医師、警備部専門のカウンセリングも行っていたようだ。

「一応、アポとってきます」

 あたしは、明希にそう告げると会議室を出た。

 会議室を出ると、後輩の刑事に声をかけられた。

「関根先輩。ちょっと、いいっすか?」

「岩尾君? どうかした?」

 岩尾君は、刑事課に最近配属された新人刑事ルーキー・ボーイだ。見るからに体育会系男子にありがちな、デリカシーに欠けるところがある。

「楡松警部と、なんかあったっすか?」

「え? どうして」

「最近の二人空気悪いって評判っすよ」

 あちゃー、あたしは内心頭を抱えた。

 刑事課の中でも話題になってるかー。あたしは動揺が伝わらないように、笑顔で答えた。

「なんでもないよ。また、捜査方針で喧嘩しただけ」

「だったら、いいっすけど」

 岩尾君はそういうと、ほっとしたように戻って行った。

 なんとかしないと。でも、あたしが気を使うことなの?

 モヤモヤしながら、あたしは大島医師に連絡をとった。

 明希が悪い。

 あたしは悪くない。

 大島医師はすぐに会えるとのことだったので、あたしと明希は、大島医師の勤める警察病院まで車で向かった。

「署内でも喧嘩してると、噂になっている」

 車中で、明希がボソリと言った。

「それで?」

「それで、その……」

「噂になってるから、仲直りするの? あなたは?」

 あたしがつっけんどんに答えると、明希は言葉に詰まったのか黙ってしまった。

 嫌な空気が車の中を覆っていく。

 このままだと、息苦しくて死んじゃいそう。

 本当に息が詰まって、死んじゃいそうな気分の中でようやく車は病院に着いた。

「環、あの……」

「着きました」

「あ、ああ」

 明希が何か言いかけたところで、あたしは言った。

「後にして下さい」

「はい」

 また、しおしおになりながら明希が答えた。

 本当に、タイミングが悪いし、今じゃないだろ。

 あたしはイライラしながら、車を降りる。こうやって、イライラしている自分も嫌なのに。

 受付で来意を伝えると、あたしたちは、大島医師の診察室に案内された。

「大島です。さあ、どうぞおかけ下さい」

 押し付けがましい笑顔で、大島医師はあたしたちを迎えた。

 大島医師は、あたしの一番嫌いなタイプの男性だった。自信満々のテカテカした、ツーブロックで無駄に体を鍛えている中年。不動産屋に良くいるタイプの、自分に酔ってるタイプの男だ。

 診察室には空いてる椅子が一脚しかなかった。さっさと明希は診察用のベットに腰掛け、足をぶらぶらさせた。

 あたしはイヤイヤながら、大島医師の正面に座ると自己紹介をした。

「関根です、こっちは楡松警部」

「楡松だ」

 握手のつもりか大島医師は手を差し出してきたが、あたしたちは揃って無視して質問を始めた。

「率直に聞こう、彼らは何者だ?」

 仕事用の顔に戻した明希は言った。

 彼らと言うのは、港で死んだ五人のことだろう。大島医師にも意味は通じたようで、言い辛そうに口を開いた。

「私の患者でした……。しかし、警部さんの聞きたいのは、そういうことではないでしょう?」

 大島医師の答えに、明希が無言で頷く。

「彼らは、公安で特殊な任務に当たっていました。それが原因で、私の患者になったようなものです」

 言葉の端々に、大島の悔恨がにじんでいた。

「特殊な任務?」

「詳細は申し上げられません、ただ仕事の中で、彼らの中での倫理と任務が乖離していたことは確かです」

「それでカウンセリングを?」

 あたしの問いに大島は頷いた。

「患者の……元患者の病状を話すのは医師としての倫理に反するので、申しあげにくいですが、仕事のことで悩んでいた……とご理解下さい」

「行政用語ですな、医師センセイ。仕事のことで悩む警察官は少なくはない。しかし、同じ職場の人間が一度に五人も診察を受けるのは、パワハラかなにかぐらいしか思いつきませんが」

 明希は皮肉な口調で続けた。

「パワハラなら、簡単に答えて頂けるのでは?」

「公安の仕事なら、心理的な負担は通常の警察官以上です」

 明希の指摘に、大島は渋面で返した。

「それに、警察の風土を考えれば……ご経験がおありでしょう? 女性の警官なら、その色々とご体験が」

 大島医師は意味ありげに微笑んだ。

 なんでも知ってますよ、俺的な笑顔。イヤだな。

「私の部下はそんな体験をさせませんし、許しませんがね」

 明希はにべもなく答えた。

「それは、あなたたちが女性同士だからでは?」

「女性同士なら、特殊だと? 心外ですな」

 明希が怒りを含んだ口調で答えた。

「し、失礼、その、パワハラではないです。それは私が保証します」

 大島は、傍目にも狼狽していた。

「つまりその、仕事の悩みと言うのは、その上と相談してから回答します……」

 つまり今は答えられない、と言うことだ。

「では、お答えをお待ちしています」

 ぴょん、と明希はベットから飛び降りると診察室をスタスタと後にした。

「また、お伺いしますから」

 あたしも、そう言い残してその場を去ろうとした。

「あ、あの。失礼しました」

「いえ、別に」

 これだから、男は。

 あたしはモヤモヤっとしながら、席を立った。

 立とうとした所に、大島医師の手が肩に伸びた。

「先ほどは、申し訳ありません。もし、お悩みがありましたらどうぞ。私で良ければお話を聞きますよ」

 何を突然言ってやがる。

「ご親切に、どうも」

 大島医師の手を、振り払いながら立ち上がった。

 あたしはどうにか頑張って、笑顔で答えた。もっとも、内心はキモっと思ってたけど。

 車に戻ると、明希は何やら考え込んでいるふうであった。

「ありがとう、言ってくれて」

 エンジンをかけると、あたしは言った。

「いや、その、まあうん」

 明希の顔が、急に明るくなった。

「でも、まだ許してませんから」

 あたしの一言で、明希はまた、しおしおに戻った。

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