五 関係者の関係
「警察官……ですか?」
捜査会議の席上、遺体の身元について資料が配られた。
聞き込みの翌日、港の遺体が大澤だと判明した。
遺族諸々の関係者の証言から数日で、遺体の身元——職業、プロフィールが判明した。
「五名全員が本県の警察官と判明した。所属は県警の警備部、その他の階級、年齢等のプロフィールは資料に記載の通りだ」
本部長の署長が、やや苦々しげに続けた。
「警備部警備一課所属だ」
公安かよ……。
会議室がざわめく。
東京警視庁と違い、ウチのような地方警察は『公安』と直接的な表現はせずに、『警備』と呼称する。
県警本部に属してはいるが、実質的には警察庁の警備部に指揮されている。
したがって、そこに誰がいるか? なにをしているか? なんかは、さっぱり分からない。
はっきり言って、よそ者だ。
「捜査については、今後も協力を求めて行くが……」
署長の言葉も、歯切れが悪かった。まあ悪くもなるよね。
「可能な限り。質問には答えるとのことなので、各自関係者に聞き込みに行ってもらいたい」
署長の顔に、苛立ちが見てとれた。
どこでもそうだけど、ウチの公安もひどい秘密主義だ。おそらく、捜査情報の一つも流してこないだろう。
そのことを考えると、あたしも署長同様に、眉をしかめた。
明希はどうなんだろう? そっとその顔を見ると、意外なことにうっすらと笑っていた。
相手にとって不足なし。多分、公安を出し抜くことでも考えていたのだろう。
「各自、関係者の聞き込みを進める事。以上、解散」
解散した後も。捜査員たちはぶつくさ文句を言っていた。
「あいつら、とっくの昔に身元の事なんか知ってたんじゃね?」
「迷宮入りかもよ」
公安の二字が関わるだけで、テンションがだだ下がりだ。
「公安ね……」
明希だけは、一人いつもの通り皮肉そうに呟いた。
「た……関根君、聴き込み行こう」
「はい、警部」
ようやく、いつもの調子に戻って来たようで。
でも、まだ許す気はなかった。第一、まだ謝ってもらってないし。
ご協力頂ける範囲とやらに、県警の産業医の名前があった。
大島輝医師、警備部専門のカウンセリングも行っていたようだ。
「一応、アポとってきます」
あたしは、明希にそう告げると会議室を出た。
会議室を出ると、後輩の刑事に声をかけられた。
「関根先輩。ちょっと、いいっすか?」
「岩尾君? どうかした?」
岩尾君は、刑事課に最近配属された新人刑事だ。見るからに体育会系男子にありがちな、デリカシーに欠けるところがある。
「楡松警部と、なんかあったっすか?」
「え? どうして」
「最近の二人空気悪いって評判っすよ」
あちゃー、あたしは内心頭を抱えた。
刑事課の中でも話題になってるかー。あたしは動揺が伝わらないように、笑顔で答えた。
「なんでもないよ。また、捜査方針で喧嘩しただけ」
「だったら、いいっすけど」
岩尾君はそういうと、ほっとしたように戻って行った。
なんとかしないと。でも、あたしが気を使うことなの?
モヤモヤしながら、あたしは大島医師に連絡をとった。
明希が悪い。
あたしは悪くない。
大島医師はすぐに会えるとのことだったので、あたしと明希は、大島医師の勤める警察病院まで車で向かった。
「署内でも喧嘩してると、噂になっている」
車中で、明希がボソリと言った。
「それで?」
「それで、その……」
「噂になってるから、仲直りするの? あなたは?」
あたしがつっけんどんに答えると、明希は言葉に詰まったのか黙ってしまった。
嫌な空気が車の中を覆っていく。
このままだと、息苦しくて死んじゃいそう。
本当に息が詰まって、死んじゃいそうな気分の中でようやく車は病院に着いた。
「環、あの……」
「着きました」
「あ、ああ」
明希が何か言いかけたところで、あたしは言った。
「後にして下さい」
「はい」
また、しおしおになりながら明希が答えた。
本当に、タイミングが悪いし、今じゃないだろ。
あたしはイライラしながら、車を降りる。こうやって、イライラしている自分も嫌なのに。
受付で来意を伝えると、あたしたちは、大島医師の診察室に案内された。
「大島です。さあ、どうぞおかけ下さい」
押し付けがましい笑顔で、大島医師はあたしたちを迎えた。
大島医師は、あたしの一番嫌いなタイプの男性だった。自信満々のテカテカした、ツーブロックで無駄に体を鍛えている中年。不動産屋に良くいるタイプの、自分に酔ってるタイプの男だ。
診察室には空いてる椅子が一脚しかなかった。さっさと明希は診察用のベットに腰掛け、足をぶらぶらさせた。
あたしはイヤイヤながら、大島医師の正面に座ると自己紹介をした。
「関根です、こっちは楡松警部」
「楡松だ」
握手のつもりか大島医師は手を差し出してきたが、あたしたちは揃って無視して質問を始めた。
「率直に聞こう、彼らは何者だ?」
仕事用の顔に戻した明希は言った。
彼らと言うのは、港で死んだ五人のことだろう。大島医師にも意味は通じたようで、言い辛そうに口を開いた。
「私の患者でした……。しかし、警部さんの聞きたいのは、そういうことではないでしょう?」
大島医師の答えに、明希が無言で頷く。
「彼らは、公安で特殊な任務に当たっていました。それが原因で、私の患者になったようなものです」
言葉の端々に、大島の悔恨がにじんでいた。
「特殊な任務?」
「詳細は申し上げられません、ただ仕事の中で、彼らの中での倫理と任務が乖離していたことは確かです」
「それでカウンセリングを?」
あたしの問いに大島は頷いた。
「患者の……元患者の病状を話すのは医師としての倫理に反するので、申しあげにくいですが、仕事のことで悩んでいた……とご理解下さい」
「行政用語ですな、医師。仕事のことで悩む警察官は少なくはない。しかし、同じ職場の人間が一度に五人も診察を受けるのは、パワハラかなにかぐらいしか思いつきませんが」
明希は皮肉な口調で続けた。
「パワハラなら、簡単に答えて頂けるのでは?」
「公安の仕事なら、心理的な負担は通常の警察官以上です」
明希の指摘に、大島は渋面で返した。
「それに、警察の風土を考えれば……ご経験がおありでしょう? 女性の警官なら、その色々とご体験が」
大島医師は意味ありげに微笑んだ。
なんでも知ってますよ、俺的な笑顔。イヤだな。
「私の部下はそんな体験をさせませんし、許しませんがね」
明希はにべもなく答えた。
「それは、あなたたちが女性同士だからでは?」
「女性同士なら、特殊だと? 心外ですな」
明希が怒りを含んだ口調で答えた。
「し、失礼、その、パワハラではないです。それは私が保証します」
大島は、傍目にも狼狽していた。
「つまりその、仕事の悩みと言うのは、その上と相談してから回答します……」
つまり今は答えられない、と言うことだ。
「では、お答えをお待ちしています」
ぴょん、と明希はベットから飛び降りると診察室をスタスタと後にした。
「また、お伺いしますから」
あたしも、そう言い残してその場を去ろうとした。
「あ、あの。失礼しました」
「いえ、別に」
これだから、男は。
あたしはモヤモヤっとしながら、席を立った。
立とうとした所に、大島医師の手が肩に伸びた。
「先ほどは、申し訳ありません。もし、お悩みがありましたらどうぞ。私で良ければお話を聞きますよ」
何を突然言ってやがる。
「ご親切に、どうも」
大島医師の手を、振り払いながら立ち上がった。
あたしはどうにか頑張って、笑顔で答えた。もっとも、内心はキモっと思ってたけど。
車に戻ると、明希は何やら考え込んでいるふうであった。
「ありがとう、言ってくれて」
エンジンをかけると、あたしは言った。
「いや、その、まあうん」
明希の顔が、急に明るくなった。
「でも、まだ許してませんから」
あたしの一言で、明希はまた、しおしおに戻った。