三 お悩み相談所(ではない)
「聞いたわよ、あんたたち喧嘩してるんだって?」
港の事件から数日後、気晴らしに出かけたバーで、注文するより早く言われたのがこれだ。
「なに? 喧嘩しちゃ悪いの?」
「別に? オフィスラブは大変ね」
そう言うと、彼女は注文をしないうちから、ジントニックを出した。
彼女は七海このバー『プラム』の店主兼バーテンで、あたしと明希の関係を知る数少ない一人だ。
「注文してないんですけど」
「あら、違うの?」
「違わないけどさ」
あたしは、いつものジントニックを一息で飲み干した。
「おかわり」
「あらあら、明希ちゃんみたいに酔い潰れないでね」
「明希、酔い潰れたの?」
「落ち込んでるわよ、あの子」
何やら含むところがある口調で、七海は二杯目のジントニックを置いた。
「自業自得よ」
そういえば今日の明希は、心なしかお酒の匂いがしたような、しなかったような。
「あれで、あんたのこと大切にしてるのよ」
「だったら、態度で示してほしいわけ!」
数人程度しか入れないカウンターだけの店に、あたしの声が響いた。
「おお。こわい、こわい」
長い髪を二つのお団子に結った七海の頭が、愉快げに左右に揺れる。彼女の身長は百七十センチぐらいだが、その上に、ボンタンぐらいあるお団子のおかげで頭一つ、二つ背が高く見えた。
その反面、彼女の見た目はくりっとした目の童顔なので実際の年齢より若く見える。というか年齢不詳だ。
「他のお客さんが迷惑してるの」
「あたし以外いないじゃん」
「明希ちゃんのことよ」
「そんなに?」
そうねー、七海は三杯目のジントニックを作りながら小首を傾げた。
「絡むのよ。『どこが悪かったんだー』って」
「ええ……」
軽く引きながら、そう言うところだよ……と心の中でツッコミを入れてしまった。
「まあ、ウチはビアンのお客しかいないし、それに一応警官でしょ? あんた達?」
「一応刑事ですけど」
あたしは、四杯目のジントニックを注文する。
「害はないけど、ウチは相談所じゃないですからね」
「あたしに言わないでよ」
「じゃ言っといて」
喧嘩中なんですけど、と言いかけたところに、七海が古めかしいボトルを取り出した。
「これ、仲直りのアイテム」
「なにこれ?」
「レミーマルタン、好きでしょブランデー」
「明希はね」
酒瓶持って仲直りとか、おっさんじゃあるまいし。
「安くしとくわよ」
七海はコロコロ笑いながら、骨董品のコインみたいな瓶を差し出した。
「いらない」
あたしは、『まだ』と言う言葉をやけに薄味のジントニックで流し込んだ。