1-1 処刑場の誓い
547日。
公開処刑が始まって547日目だった。
魔力を操り世界に君臨する上位種族エルフ。
そのエルフに対する、短命種・人間の反乱。
古の王の血族を戴き、人間の国を再興する。
あまりにも無謀な試みは数日で決着した。
エルフにとって人間は単なる脆弱な野生動物。
生き残った反乱兵の大半は食用に回された。
そして反乱の首謀者と目された人々……
人間の最後の希望とされた古の王族の末裔。
エルフの目を逃れて人間の隠れ里を作り、
世界の片隅で独自の文化を築いてきた一族。
彼らは長命に飽いたエルフの娯楽となった。
処刑ショーのためだけに闘技場が立てられた。
【27号】
「ハァ、ハァ…」
粗末な軽装と金のボディチェーンだけを纏い、
右手に長剣、肩に「27」の焼印を背負う女戦士。
短い銀髪の下の紫の瞳に疲労を滲ませ、
迫るウォーライオンと間合いを取り続ける。
【9号】
「クロセ…」
戦士の長身に庇われながら不安な声を漏らす、
長い銀髪に碧眼の小柄な少女。
身に着けているのは薄着とボディチェーンだけ、
肩の後ろにはやはり「9」の焼印。
同族での殺し合いや猛獣との戦いを強要され、
死んでいった王の末裔一族の最後の生き残り…
19歳と15歳、血の繋がりは少し遠いながら、
同じ銀髪で姉妹のように面立ちが似た二人。
彼女達は今まで戦ってきたライオンとは違う、
凶暴なウォーライオンに追われていた。
【ウォーライオン】
「ウォーッ」
【エルフの聖者】
「今日も頼むでゲスよヒトカスのお姫様ーー!!
蜂の踊りを見せてくれでゲスーーー!!!」
陽光照りつける円形闘技場に逃げ場はない。
客席からは悪意に満ちた怒声が降りかかる。
【エルフの司祭】
「ゲーッヒャッヒャッ! 逃げてばかり!!!
戦士を気取っても人間は臆病だねェーー!!」
【27号】
(うるさい…)
【自然派エルフ】
「ヒトカスの~ちょっと良いとこ見てみたい!!
はい自害ィ! 自害ィ! 自害ィ! 自害ィ!」
【27号】
(黙っててくれ…)
毎日の過酷な連戦、出口のない状況…
張り詰めた精神は限界を迎えようとしていた。
【エルフの少女】
「…………」
【27号】
「…ッ」
観客席にいた金髪の少女のようなエルフを、
囚人27号は思わず睨みつけた。
哀れむような視線が無性に苛立たしかった。
見世物に来ておきながら何のつもりだ?
【9号】
「あのね、クロセ。
戦うのが辛かったら、無理しなくていいわ」
【27号】
「ネーヴェ様…」
【9号】
「どのみち殺される運命だってわかってる。
私だってもうとっくに覚悟はできてるから」
【27号】
「しかし姫様!
連中は我々が5年間耐えきれば解放すると…!」
【9号】
「クロセだって分かってるでしょ。
奴らはそうやって私達で遊んでるだけだって」
【27号】
「……」
【9号】
「クロセは今日までずっと頑張ってきたわ。
死んでいった皆にだって恥じることは何もない」
【9号】
「来る日も来る日も私を守ってくれて…
痛みにも、孤独にも、絶望にも耐え続けた…」
【9号】
「連中がどんなに馬鹿にしたって、クロセは…
この世でたった一人の、私の最高の守護者よ」
【27号】
「…………
…私は守ります。ネーヴェ様を」
【27号】
「生き残ってみせます…二人で。
こんなところで終わりたくないですから」
【9号】
「クロセ…」
【モヒカンエルフ】
「ギェーーーッヒャッヒャッヒャッヒャ!
茶番が盛り上がってきたなァーーーー!!」
【女賢人エルフ】
「間に挟まったら楽しそうよねェーー!??
ねェーーーお前らよォーーーー!!」
【観客エルフ達】
「ウヒェオオオオオーーーーッッッ!!!」
上位種族の歓声がぐるりと闘技場を囲む。
ボロボロの二人は今更ながらに身震いした。
短命種との圧倒的な力の差に裏打ちされた、
底知れぬ…そして無邪気な悪意。
悠久の時を生きる上位存在の価値観は独特だ。
世界の退屈さに飽き、禁忌の破壊を是とする。
【老賢者エルフ】
「でもさァー正直さァー、
そろそろ飽きが来てねェかァーーー???」
【お嬢様エルフ】
「言えてますわ!
似たような茶番を123日前にも見ましたわ!」
【ガラの悪いエルフ】
「確かにヒトカス弄りも最近つまんねェなー、
マンネリ化って言うの?」
【刑吏エルフ】
「じゃあそろそろさァーーーーー、
お開きにしちゃおっかァーーーー!???」
【観客エルフ達】
「しちゃおしちゃおーーーーッッッ!!!」
【27号】
「え…」
【刑吏エルフ】
「チミらの愛らしい命の輝きは忘れません、
今までありがとう囚人9号に27号!!!!」
【9号】
「ちょっと待…あああァッ!!」
二人には青ざめる暇もなかった。
肩の後ろに刻まれた「9」と「27」の焼印…
エルフが刻んだ魔力印の発する赤い光が、
激痛に持っていた武器を取り落とさせる。
肩を押さえて地べたにくずおれた囚人達に、
牙を光らせたウォーライオンがにじり寄る。
【ウォーライオン】
「ウォーッ」
【9号】
「こんな…ことって…」
【刑吏エルフ】
「安心して? お前らの役目が終わっても
折角作った闘技場の役目は終わらねェから」
【刑吏エルフ】
「食用や愛玩用の人間を見世物用へ新たに回す。
今後のスケジュールはもうできてンだわ」
【27号】
「貴様…ら…」
【モヒカンエルフ】
「あれあれーー?? 騎士気取りちゃん??
姫を守って生き残るんじゃないのォーー??」
【熱血指導エルフ】
「頑張れ! 頑張ればなんだってできンだよ!
人間だって魔力印に勝てるかもしンないだろ!」
【27号】
「黙れ…黙れ…!」
【9号】
「なんで…どうして…
どうしてあなた達はそこまでするの…?」
【9号】
「私達が何をしたの…
なんでそうまでして苦しむ人間が見たいの…?」
【お嬢様エルフ】
「退屈だからですわ」
【インテリエルフ】
「能無しの君達に道具という存在価値を与えた。
むしろ感謝するのが当然ではないのかな?」
【詩人エルフ】
「俺らの玩具だけがお前らの居場所♡
魔力使えねェ、肉体脆弱、寿命も短い劣等種♡」
【グルメエルフ】
「あの引き締まったモモ肉、塩で食いたいなァ。
ライオンさんオレらの分残してくンないかなァ」
【ウォーライオン】
「ウォーッ」
【27号】
(これで…終わり…?)
【27号】
(姫様も守れず…最後まで連中に弄ばれたまま…
嫌だ…こんなところで終わりたくない…)
【27号】
(辛いこと、苦しいことばかりだったけど…
生きるためにずっとずっと耐えてきたのに…)
【27号】
(何より奴らが、エルフが憎い…!
奴らに何の復讐もできずに終わるなんて…!)
【27号】
(神様でも悪魔でもいい…誰か助けて…
この悪夢を絶って…エルフを皆殺しにして…!)
【オボロ】
「その言葉に偽りはないね」
【27号】
「!?」
脳を刺すような一瞬の鈍い痛みと共に、
囚人27号の視界が歪んだ。
どこからか聞こえてきた男の声の直後、
世界が姿を変え、魔力印の痛みも薄らぎ…
・
・
・
気付けば辺り一面を白い光が包む空間の中、
見たことない狐面の男と向かい合っていた。
【27号】
「これは…一体…」
【オボロ】
「ここはキミの精神世界。
キミの声がボクを呼んだ」
【オボロ】
「ボクのことはオボロと呼んでくれたまえ。
よろしくねクロセ・ライトハート」
白の狐面を被り、黄色い九の尻尾を持ち、
エルフとは異なる文化の装束を纏った青年…
その所作は妖しい自信と余裕たっぷりで、
その声にはどこか冷たさが漂っていた。
【27号】
「私が、あなたを…?」
【オボロ】
「そうさ。ボクはキミと契約しに来たんだ。
古代種族・ニンジャとして人間のキミとね」
【27号】
「ニンジャ……!?」
その種族の名は聞いたことがあった。
古代に生きていたとされる伝説の上位存在…
ライトハート一族が集住していた隠れ里も、
かつてニンジャが開拓した里だったらしい。
【オボロ】
「キミの一族が代々エルフの目を逃れてきたのも
ニンジャが残した古代術式の残り香の賜物…」
【オボロ】
「ま、そんなことはどうでもいいんだ。
所詮ニンジャなんてボク以外滅んだ種族さ」
【オボロ】
「ボクが興味あるのはキミだよクロセ。
人間のキミが世界をどう変えるか見たいんだ」
【27号】
「世界を…変える?」
【オボロ】
「そうさ。エルフは見てて退屈だからね。
千年以上も地上を支配して何も変わらない」
【27号】
「……」
【オボロ】
「だからね。キミには…」
【27号】
「…ッ!」
オボロが手をかざした瞬間に白い稲光が走り、
女戦士の全身を巡ってオーラを形成し…
【オボロ】
「人間に上位存在の力を与えるボクの術式。
エクセッションで契約して欲しいんだ」
オーラの一部が黒鉄の刀となり、
彼女の右手に握られた。
【オボロ】
「キミが心から大切に思う人間を一人、
ニンジャの力と引き換えの生贄とすることでね」
【27号】
「…………」
【27号】
「今……なんと?」
【オボロ】
「えっ? 聞こえなかったのかい?
愛する者を一人、生贄にしろと言ったのさ」
【オボロ】
「ま、要するにその手で殺せってことだね。
現実世界でキミのそばにいる大切な人を」
【オボロ】
「それが契約の代償。誓約と覚悟の証だ。
何のリスクもなく力が得られると思ったかい?」
【27号】
「ふざけるな…」
【オボロ】
「心外だなぁ。ふざけてなんかいないさ。
いるだろ? 条件を満たす女の子がキミには」
【オボロ】
「ネーヴェ・ライトハート。
同じ王族でありながらキミが姫様と呼んでる子さ」
【27号】
「ふざけるなと言っている!」
黒鉄の刀を眼前に突きつけられても、
白い狐面のニンジャは身じろぎ一つしない。
【27号】
「私はずっと姫様を守るために生きてきた。
姫様を生贄になんて、できるわけがない…!」
【オボロ】
「そうだね。王族の末裔と言ってもキミは庶流。
ライトハートの里での地位は低かった」
【オボロ】
「両親が早死にし、人付き合いも得意でなく、
人間だけの里の中でさえキミは孤立していた」
【オボロ】
「そんなキミを唯一気にかけてくれたのが、
ライトハート嫡流の末妹のネーヴェだった」
【27号】
「お前に…私達の何がわかる…!」
【オボロ】
「わかるよ? キミ達よりずっと長く生きて
人間という生き物を観察してきたからね」
【オボロ】
「そう…エルフの支配から逃れた人間の社会でも、
その中で常に人間同士の序列や争いがある」
【オボロ】
「ライトハート嫡流の中にも幾つか対立があった。
いざって時にネーヴェを守りたいとキミは願った」
【オボロ】
「だから同じライトハートの女同士でありながら、
キミは『姫の護衛』を買って出たんだ」
【オボロ】
「それだけの愛と献身があれば十分さ。
エクセッションの生贄の条件を満たすのにはね」
【27号】
「そこまで知るならお前にはわかるはずだ…
私に姫様を殺せるわけがないだろう…!」
【オボロ】
「キミこそ本当はわかってるんじゃないかな?
契約を蹴ったところで二人とも犬死にだってさ」
【27号】
「……!」
【オボロ】
「生贄なくしてニンジャの力は得られない。
このまま契約なしで現実に戻ってもいいよ?」
【オボロ】
「キミ自身もキミが守りたかった大切なお姫様も、
エルフに嘲笑われながら獣の餌になるだけだがね」
【27号】
「そ……れは……」
【オボロ】
「もう一度言う。キミの声がボクを呼んだんだよ。
エルフが憎い、殺したい、復讐したいって声がね」
【オボロ】
「だからボクはチャンスを与えに来たんだ。
キミがエルフを滅ぼし世界を変えるチャンスをね」
【27号】
「………………」
今までのことが走馬灯のように駆け巡る。
隠れ里で親が病死してからの孤独な日々、
ネーヴェに声を掛けられ、変わっていった日常…
ネーヴェの護衛になると決めてからの日々、
それが一瞬にして崩壊したエルフへの反乱失敗…
主従揃って焼印を押され、闘技場で晒し物にされ、
過酷で屈辱的な戦いを強要された絶望的な日々…
その最後となる筈の瞬間に確かに抱いた感情……
このままで終わるなんて嫌だという、その念…!
【オボロ】
「エルフの玩具の囚人27号と9号で終わるか、
ライトハート一族のクロセとネーヴェで終わるか」
【オボロ】
「キミ達の存在に意味があったかどうか。
これから決められるのはキミ自身だよ」
【27号】
「……ッ!」
脳が揺らぎ、世界が暗転した。
・
・
・
【???】
「…セ! クロセ!」
辺りを包む白い光は失せ、
狐面の男も姿を消し…
【ネーヴェ】
「クロセ! 大丈夫なの?」
クロセ・ライトハートは佇んでいた。
白いオーラに包まれ、右手には黒鉄の刀…
観客席のエルフ達に囲まれた円形闘技場で、
前方からは迫り来るウォーライオン…
エルフが刻んだ魔力印の激痛はクロセにはなく、
傍らには痛みと憔悴でくずおれたままの少女…
【ネーヴェ】
「クロセ! 立てるの? どうして?
でも良かったわ、お願い逃げて!」
【クロセ】
「………………」
【ネーヴェ】
「クロセ! クロ…………え?」
長い銀髪の少女の小さな口が血を吐き出し、
短髪の女戦士の右手を赤く染めた。
クロセの右手が握ったニンジャの黒鉄刀が、
ネーヴェ・ライトハートの胸を正確に貫いていた。
【ネーヴェ】
「どう……して…………」
【クロセ】
「………………」
【ネーヴェ】
「クロ……セ……」
「ネーヴェ様」「申し訳ありません」…
そう言おうとして、声が喉から出てこなかった。
最後の言葉すら交わすことができないままに、
心臓を貫かれた少女の瞳が光を失っていった。
【オボロ】
「フフ…生贄の成立を確認。術式起動開始。
たった今、エクセッション契約は結ばれた」
【オボロ】
「上位存在の世界へようこそ。
歓迎するよクロセ・ライトハート」
九尾のニンジャの声が頭の中に直接響き…
崩れ落ちたネーヴェの身体が光に変換され…
【クロセ】
「……ッ」
光の一部がクロセの右の眼に入り、
紫の虹彩をネーヴェと同じ青色に変える。
【クロセ】
「こ……れ……」
【オボロ】
「ニンジャの力は生贄を源に形作られる。
雪の如く儚い少女の血がキミの暴力に変わる」
【クロセ】
「……姫……様……」
【オボロ】
「これでキミはもう止まることを許されない。
その『雪女』の力が世界を変えろと叫び続ける」
光がそのままクロセの身体全体を包み…
客席のエルフにはその姿が視認できなくなり…
【エルフの聖者】
「何がどうなっているでゲスーーー???
これも見世物の続きでゲスかァーー!??」
【刑吏エルフ】
「いや、こんなものは予定には…」
光がかき消えた時…そこには立っていた。
短い銀髪の下に青と紫のオッドアイ、
長身を包む寒色と黒基調の異文化装束…
自らの周囲に氷の結晶を纏う雪女人間となり、
虚ろな瞳で遠くを見るクロセ・ライトハートが。
【クロセ】
「…………」
【インテリエルフ】
「お、おい……なんだよあれ……
なんかヤバくね? 放っといていいの?」
【モヒカンエルフ】
「フッヒッハァーーーー!!!!!!
なんだか知らんが楽しくなってきたジャン!!」
【詩人エルフ】
「ヒトカスの隠し芸ごとき高が知れてるだろ♡
皆で火炎魔法かけてステーキにしてやろうぜ♡」
【理論派エルフ】
「賛成さんせェーーーーーイイイ!!!!」
客席から数人のエルフが勝手に立ち上がり、
魔力で練った炎弾をクロセに放つ。
それらがクロセの身に到達することはなく、
周囲に漂う氷の障壁が炎弾を悉く弾いた。
二人に迫っていたはずのウォーライオンも、
いつの間にか凍りつき、砕けてバラバラになった。
【刑吏エルフ】
「な、なんだよ……
何が起きてるって言うンだ……」
【グルメエルフ】
「つーかどこに消えた? 小さいメスの方。
プリッとしたお尻の肉が美味そうだったのに」
【クロセ】
「………………
…………う」
少しの沈黙の後……抑えてきた感情が、
咳を切ったように口から溢れ出した。
【クロセ】
「うあああああああああああああッ!!!」
空にまで響くほどの叫喚の直後、クロセは…
右の掌を地面に押し当て、怒気を込めて叫んだ。
【クロセ】
「“クリスタルスレッド”!!」
クロセを中心に混沌力が蜘蛛の巣状に地面を走り、
観客席を含んだ円形闘技場全体を瞬く間に包み…
蜘蛛の巣を描いた混沌力の流れに沿って、
辺り一帯の地面から氷柱と氷塊が一斉に噴き出た。
客席のエルフ達に逃げる暇はなかった。
氷柱に貫かれ、氷塊に呑まれ、凍りついて砕ける。
そこかしこで上がった散発的な悲鳴も、
すぐに消えて辺り一帯が沈黙に包まれた。
闘技場に来たエルフは一瞬にして全滅した。
そこは冷気と沈黙が支配する闘技場跡地となった。
クロセはその中心で一人立ち尽くしていた。
自らの両の掌を茫然と見つめながら…
【オボロ】
「初戦にしては混沌力を使いこなせてるね。
元護衛だけあって戦闘センスがあるようだ」
不意に姿を現した九尾のニンジャが、
愉快そうな声をクロセの背後から掛ける。
【クロセ】
「…………」
【オボロ】
「契約は完了、ニンジャの力の確認も済んだ。
ボクがキミの面倒見てやるのはここまでさ」
【オボロ】
「今後はキミが一人で世界を変えていくんだ。
エルフのように退屈させないでくれたまえよ」
【オボロ】
「きっともう顔を合わせることはないだろうね。
ああ、でも最後に…」
そう言いオボロは瞬間移動でクロセの前に現れ、
【オボロ】
「これはボクからキミへのサービスさ。
困った時に道を切り開いてくれるだろうよ」
血のように赤黒い石を手の中から出して、
指を鳴らしクロセの装束の装飾品に変換した。
【オボロ】
「もっとも…その石が指し示す存在をキミが、
いや、キミ達人間が使いこなせればの話だがね」
最後に不気味な一言を残し、
狐を思わせるニンジャはフッと姿を消した。
クロセはオボロが去ってからも暫くその場に佇み…
やがて足を引きずるように歩を進め始めた。
跡地を去り何処かへ向かおうとする中で、
何者かの気配を感じ、目が合った。
【エルフの少女】
「…………」
【クロセ】
(生き残りがいたのか…)
崩壊した客席の中にまだ生きていたのは、
狩人風の服を着た金髪のエルフだった。
【エルフの少女】
「………」
【クロセ】
「……」
先程も気になる視線を向けてきた若いエルフ。
その無表情からは感情が読み取れなかった。
ただ、微かな恐怖心と関心を宿した翠の瞳で、
無防備にじっとクロセを見つめ続けていた。
同族が全滅し、自らも命の瀬戸際なのになぜ?
クロセは反射的に混沌力を練り、手をかざし…
【クロセ】
「…………」
【エルフの少女】
「…………」
【クロセ】
「……ふぅ」
軽く息を吐いて手を下ろし、
エルフの少女を無視してその場を後にした。
どこへ向かえばいいか、どう動くべきか…
あては何もなく、道を示してくれる人もいない。
その寂しげな背中が完全に見えなくなるまで、
少女は無言でクロセを見つめ続けていた。