表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/47

5 勇者トラ、御前試合に挑む

 勇者トラは、全身に防具を身につけた。

 手には肘までを覆う手甲をつけ、脚のすね当ては足の甲まで覆っている。

 胴体には魔獣の革を鞣した鎧を身につけ、腕と股周りは丈夫な木綿の服で隠した。


 弱点も多いが、勇者トラにそんな知識はない。

 鎧を着せてもらった自分の胴体をぽんぽんと叩いた。


「似合っているでござるよ」


 鎧を着せてくれたデボネーが、親指を見せてたたえた。


「温かい」

「鎧を身につけた感想が、それでござるか」

「勇者トラだもの」


 侍女メイが笑った。侍女メイに下着を始めて履かせてもらった時にも、勇者トラは同じ感想を言ったのだ。


「最後に、これでござる」


 デボネーが剣を握り、鞘に入ったままずいと突き出した。

 勇者トラは、じっと見つめた。


「わ、業物かニャ?」


 勇者トラが人間ではなかったことを、人間たちに悟られてはならない。女神からそう言われている。ルフと名前をもらった元最高位天使であるケットシーは、横から鞘を掴んだ。


「いや。ただの銅剣でござる。御前試合であれば、それで十分でござる」

「ありがとう」


 なにかをもらったと感じた勇者トラは、しっかりとお礼を言った。


「構わぬ。勇者がしっかりと勇者の力を果たしてくれれば、拙者らも大助かりなのでな」


 デボネーの意図がわからなかったのか、勇者トラは首を傾げた。

 ルフは手袋をした手で、トラの腰に剣を設える。


「さて……ちょうどいい具合に、時間でござるよ」

「はい」

「良い返事でござる。待て。どうして、ひだまりに行くのでござる?」

「温かい」


 勇者トラは、鎧をぽんぽんと叩いた。


「う、うむ。それはわかったが……どうして、丸くなるのでござる? ね、寝てはいかん。これから御前試合でござるぞ」

「……デボネー」


 ルフが諦めた声を出した。


「なんだ魔物」

「ひどいニャ」

「勇者の従魔であろうと、魔物は魔物でござろう」

「あの女神め……せめて、獣人にならなかったのかい」

「なにか言ったか?」


 デボネーは、大きな体を折ってルフに顔を近づけた。


「なんでもないニャ。それより、勇者トラは起きないニャ」

「それは困るでござる。拙者は、侍女メイに呼ばれなくとも、勇者トラを連れて行く役目を仰せつかっておるのだ」

「運ぶニャ」

「致し方なし」


 デボネーは、ひだまりでまどろむ勇者トラを担ぎ上げた。

 デボネーは全身を装備に包まれた勇者トラを、軽々と担ぎ上げた。

 勇者トラは抱き上げられ、デボネーの腕の中で伸びをした。伸びをしたまま、再び寝入ってしまった。


「まるで……」

「ネコじゃないニャ。ネコは私だニャ」

「言われなくともわかる。魔物が」

「ひどい言い方だニャー」

「起こさなくていいの?」


 侍女メイだけが心配したが、ルフが笑って答えた。


「従魔は、主人の体調はわかるニャ。勇者トラは、1日に20時間は寝ると思うニャ」

「ネコじゃ……」

「違うニャ」


 デボネーと侍女メイが、明らかに勇者トラをネコと結びつけようとしているのを、ルフは必死でごまかし続けた。


 ※


 再び謁見の間に立った時、すでに魔法陣は片付けられ、すっかり闘技場のような飾り付けが行われていた。

 先程は玉座とその周辺に人が固まっていたが、現在は玉座の周辺に人はいない。

 代わりに、玉座の前に丸が描かれ、丸の外側に人垣ができていた。


 鎧を着た兵士もいれば、侍女メイと同じような服を着た男女もいる。侍女メイとは全く異なる、派手な衣装を着た人間もいた。

 デボネーが強引に人垣を割り、勇者トラを丸の中に立たせる。さすがに目覚めていた。

 デボネーは丸から出て行った。


 前回は全裸で座っていた勇者トラは、全身に防具を身につけ、玉座の前に立った。

 ただし、まだ眠いのだ。大きな欠伸をした。

 勇者トラが謁見の間に立つと、居並ぶ兵士たちの中から、引き締まった肉体を持つ精悍な兵士が進み出た。


 勇者トラよりも、使い込まれた頑丈そうな鎧を身につけている。

 兵士は黙って勇者トラの前に立ち、玉座に向かって片膝を着いた。

 まだ、玉座には誰も座っていなかった。


「勇者トラ、そっちの人間の真似をするニャ」


 ルフが声を張り上げる。居並んでいた人間たちの、主に女性が悲鳴をあげる。

 ケットシーの背丈は人間の腰ほどまでしかない。デボネーにくっついてきたこともあり、目立ちはしなかった。ただし、喋らなければである。

 喋り出したケットシーに、主に貴婦人方が騒ぎ出す。

 そばにいたデボネーが屈んで口を塞いだ。


「勇者トラ、隣りに居る人の真似をして!」


 ケットシーと同じ内容で甲高い声を張り上げたのは、同じような衣装の一団に紛れた侍女メイだった。

 侍女の仕事着なのか、スカート付きの黒い服に、エプロンが縫い付けてある。

 勇者トラでなくても、見分けるのは難しそうだ。

 だが、勇者トラであれば、侍女メイだけであれば、はっきりと見分けることができた。


 見分けるとは言わないかもしれない。声の特徴、匂い、背格好など、全ての情報が、勇者トラの世話を焼いてくれた侍女メイであることを教えてくれる。

 勇者トラは、兵士と同じように玉座に向かって片膝をついた。


「キャア! 勇者が、メイの言う通りにしたわ」

「メイ! あなた、勇者とどんな仲なの?」

「静まりなさい。陛下がお出になられます」


 黄色い声が、落ち着いた静かな声にたしなめられた。

 その声の通りのことが起こる。おそらくは、勇者トラが膝をつくのを待っていたのだ。

 奥の扉が開き、ブリージア聖王国の国王バランが、王妃ガーネットと王女カーチェスを伴って現れた。


 ひしめくように円の外側にいた人々は、すし詰めの状態であり膝をつきはしなかったが、いずれも胸に片手を当て、恭しく首を垂れた。

 誰も動かない。

 王が玉座に座る。


「苦しうない。面をあげよ」


 人々が顔をあげる。

 例外は、これから王の御前で試合を行うため、極度の緊張状態にあった兵士と、王の言葉の意味はわかっても、どうすればいいのかわからなかった勇者トラだけである。


 勇者トラに至っては、たとえどうすればいいのかを理解できても、動かなかったに違いない。

 ずっと、隣りに居る人間の真似をしていたのだから。

 王が続ける。


「此度は我が聖なるブリージアに、勇者が降臨した記念すべき日である。勇者は存分にその力量を示すがよい。兵士ガルフレッドよ、勇者トラに一泡吹かせ、聖ブリージアの兵士がかくあらんと見せつけるのだ」

「はっ」


 鼓舞された兵士が立ち上がる。

 勇者トラも立ち上がる。ガルフレッドという名前の兵士の真似をしたからである。

正確に真似をした挙句、兵士ガルフレッドを勇者トラが見失った。兵士ガルフレッドと同じ方向を向き、つまりこれから戦う相手に背中を向けたのだ。


「勇者トラ! 逆よ! 逆を向いて!」


 勇者トラが侍女メイの声に従う。180度回転し、兵士ガルフレッドと向き合う。居並んだ人々の間から、失笑が上がった。


「お父様、勇者が嫌いなの?」


 空気を読まず、話したいときに発言するのは、王族の特権らしい。カーチェス姫が尋ねた。丁度、勇者トラの行動に人々が笑い声をあげたところだった。

 カーチェス姫には、先ほどの王の宣言が、まるで勇者が負けることを望んでいるかのように聞こえたのだろう。


「姫や、そうではない。余も、勇者トラが強く、魔王を討伐することを期待している。だが、我が国の兵士たちも日夜努力を惜しまず鍛錬してきたのだ。その兵士たちが簡単に負けるところも、見たくはないのだよ」

「ふーん……」

「姫は、勇者が大好きですものね」

「うん。私、勇者好き」


 王妃ガーネットの言葉に、躊躇も遠慮もなく、誰に聞かれても構わない音量でカーチェス姫が答える。

 試合開始を前に引き締まりつつあった御前試合の場が、再び少しだけ和んだ。

 その一瞬を見過ごすまいとしていたかのように、バラン国王が宣言した。


「では、始めよ」

「はっ」


 兵士ガルフレッドが、腰の剣を抜き放った。

 勇者トラは、言われるまま、ガルフレッドの真似をした。

 腰の剣の柄に手を掛け、腕を前に伸ばした。

 違うのは、兵士が剣を抜いたのに対して、勇者トラはただ腕を伸ばしただけであることだ。


 その手に剣はない。剣は腰に収まっている。

 兵士は剣の柄を掴んだが、勇者トラには、指の動きまでは見えていなかったのだ。

 勇者トラはずっと、前世そのままに、前足から変じた両手は軽く握っていた。まるで、力を込めれば爪が出ると信じているかのように、手のひらには肉球がまだあると信じているかのように、指を曲げていた。

 これまで指をきちんと伸ばしたのは唯一、デボネーによって手甲を嵌められた一瞬だけだった。


「勇者トラ、手を開いて!」


 ケットシーのルフは口を塞がれている。口を開けたところで、人々の恐慌を知った後では、声を出す気にもならないだろう。

 侍女メイの的確な声が響いた。

 勇者トラは、自分の手を見た。


 対峙する兵士を見る。

 兵士の手に剣がある。どうやら指というのは、曲げっぱなしにしておかなくてもいいらしい。

 女神によって知恵を与えられた賢い勇者は理解した。


 だが、すでに試合は始まっている。

 兵士ガルフレッドも、勇者トラが剣を抜かなかったことに気づいていたはずだが、負けるわけにはいかないのだろう。

 丸い盾で体を隠し、剣で切りかかってきた。


「トラ殿! 剣を掴むでござる!」


 侍女メイよりも低く、迫力ある声が響いた。これも、勇者トラの知った声だった。デボネーだ。温かい服をくれた人の声だ。

 勇者トラは、切りかかってくる兵士ガルフレッドをじっと見た。


 人間が飼い猫の頭を叩くのは容易である。猫が油断しているからだ。飼い主に頭を叩かれるなど、想像もしていないからだ。

 だが、猫は野生を宿している。

 その動体視力も反射神経も、人間とは比べ物にならない。


 勇者トラは、自分の頭上に振り下ろされる剣を見た。

 デボネーの言葉が頭をよぎる。

 手を開く。

 剣を掴む。


 結果として勇者トラは、自分の額に振り下ろされた剣を、いともたやすく掴み取った。

ようやく試合が始まりました。

勇者トラは、最強です。

最強主人公が嫌いでない方は、是非ブクマや評価していただけると、頑張れます。

主人公が最強でも、異世界の人たちを見下したりはしません。ネコですから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ