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44 ブリージア聖王国 王城の戦い

~ブリージア聖王国の人々~


 近衛隊隊長デボネーは、城ごと戦場に移動した事実を報告するために王城内を急ぎながら、見かけた人々に戸締りをするよう呼びかけた。

 王が普段謁見に使う広間を通り抜け、王城に勤める側近たちしか入れない玉座の間に、王はいた。


「デボネー卿、戻ったか。何が起きた? 先程から、我が城に魔物が入り込んだという報告が相次いでおる。急ぎ城門を閉めさせたが……もはや、さっそくジギリス帝国が滅びたわけではあるまいな」


 デボネーは、玉座の間に集まった人々を見回した。

 国王バランに宰相カバル、大元帥ムンデル、主席宮廷魔術師サホカン、ドリアド枢機卿に、何人かの近衛隊隊士が青い顔をして警備に勤めている。


「現在……時刻は深夜、空の月が隠れ、帝国軍が我が城のある場所に向かっています」

「待て。月食はまだ先のはずだ。それに、どうして帝国軍が我らに向かってくる?」


 ムンデル元帥が、王の発言を待たずに口から泡を飛ばした。


「王城の時間が、三日間止まっていたようでござる。その間に、この城はジギリス帝国と魔王軍の戦場の、魔王軍側に移動したようでござる」

「そんなことがあるはずがない!」


 叫んだのは主席宮廷魔術師のサホカンだ。国内の魔術師を束ねる立場として、ありえないことだと感じたのだろう。


「確かか?」


 国王バランが尋ねた。顔色が悪い。拳を握っている。


「間違いござらん」


 デボネーが応じた。宰相カバルが口を開く。


「ならば、原因は勇者トラか?」

「御意」

「どこいる?」


 国王バランの口調は硬い。デボネーが認めたことで、全員が浮き足立った。

 ブリージア聖王国では、女神が直接使わした勇者トラを、ふさわしい待遇でもてなしたとは言い難い。勇者による報復ではないかと考えたのだ。


「拙者が見たとき、ワイバーンを空から叩き落としたところでござった。その後、ワイバーンの群に向かっていったので、詳細はわかりかねるでござる」

「ワイバーンだと? ムンデル、わかるか?」

「ドラゴンの下等種ですな。一頭でも出れば、手練れの冒険者か騎士隊、あるいは軍で対応する必要があるでしょう」


「……群では?」

「玉砕するか、逃げるかしかないでしょうな」

「では、勇者トラは、城を移動させた理由はわからんが、勤めを果たしているということか」

「城を移動させた方法まではわからんでござるが」


 デボネーが言うと、宰相カバルが制した。


「理由はいい。勇者トラが移動させたというのも、推測でしかないのだ。戦場に移動し、ジギリス帝国軍が向かってくるというのであれば、魔物の群も押し返せるだろう。それまで、城内の守りを固めねばなりませんな」


「カバル、それは……帝国軍が魔王軍を押し返せるという前提が必要だ。前回の戦争では、戦場となったこの地で決着した。全軍の9割が死に、一月戦闘が続いた。デボネー、そうだったな?」

「その通りでござる」


 国王バランの言葉に、デボネーが頷く。全て、デボネーが10年前に報告した内容だ。


「では、城門だけでは足りないでしょう。全ての窓と扉を閉め、兵站を確保しなければ」


 大元帥ムンデルが言うと、国王は頷いた。


「状況はわかった。我々は、生き延びなければならん。生き延びて、勇者トラに問いただすのだ。余はここにいる。皆、それぞれの判断で、役目を果たせ」


 あまりにも突然の事態に、国王バランは臣下の裁量に任せることにしたのだ。

 デボネーは頷き、告げた。


「すでに、城内は戸締りをしてござる。すでに入り込んだ魔物は、拙者にお任せくだされ」

「頼む。デボネー卿」

「はっ」


 本来は王と親族を守るための部隊である近衛隊隊長デボネーだが、ブリージア聖王国最強であることも間違いない。

 すでに近衛隊の各隊士には、王周辺の警護に当たるよう支持を出してある。


 デボネーは、城内を自由に戦う許可を得たのだ。

 玉座の間から退出すると、デボネーの武器運搬係の兵士たちが、巨大な鉄球付きの鎖鎌を用意していた。


「入り込んだ魔物がいるでござるか?」

「厨房に、ゴブリンキングが」

「承知」


 デボネーは鎖鎌を受け取り、床を蹴った。

 王城内は、階を下るほど、城門に近くなるほど、死体の数が増えていった。

 兵士たちの屍と、その3倍以上の魔物の死体がある。

 ゴブリンやコボルトと行った非力な魔物は、人間の兵士よりも弱い。


 だが、人間では敵わない力を持つ者が、突然出現するのが魔物だ。

 デボネーは、入り組んだ王城内を迷わず厨房に進み、閉じられていた扉を蹴り開けた。

 甲高い悲鳴に、か細いすすり泣きが聞こえる。


 厨房の先に、緑色の体を獣の皮で隠した、逞しい魔物がいた。

 ほとんど毛髪のない頭部から、3本の角が突き立っている。


「デボネー様!」


 すすり泣いていたか細い声の持ち主が叫んだ。


「侍女メイ、そこにおれ!」


 駆け寄ろうとした少女を怒鳴りつけ、デボネーは担いでいた鎖付きの鉄球を投げつける。

 振り向いたゴブリンキングは、豪速で飛んできた巨大な鉄球を片手で受け止めた。

 デボネーは、怯まず鎖のもう一方、巨大な鎌を掲げて床を蹴った。


 ゴブリンキングの口から、血塗れの肉体が落ちた。

 厨房を切り回していた料理長だ。その向こうには、肉厚の体をした賄い人たちが固まって震えている。

 いかに度胸のいい女たちでも、食い殺そうとしてくる巨大な魔物に立ち向かうだけの気力はないのだ。

 料理長の体が落ちるのと同時に、デボネーの振り下ろした鎌の先端が、ゴブリンキングの首に突き刺さった。


 ゴブリンキングは、厨房で戦闘をしていたわけではない。ただ餌場だと思って捕食していたのだ。

 ゴブリンキングの武器である巨大な錆びた曲刀は、調理台の上に置いたままだ。

 突然攻撃されて、戸惑っているようですらある。

 デボネーは構わずゴブリンキングを蹴り飛ばした。巨大なゴブリンの王は、体格ではデボネーとほぼ変わらない。


「剣!」

「はっ」


 デボネーが背後に手を伸ばすと、巨大な剣の柄が手のひらに載せられる。

 壁に叩きつけられたゴブリンキングが、頭を振りながら体を起こす。


 その体に、デボネーは分厚い剣を突き刺した。

 そのまま剣を押し込み、壁に叩きつける。

 昆虫採集された虫のように、ゴブリンキングが壁に縫い付けられた。


「どうしてだ……味方だろう……」

「拙者は、人間でござる!」


 礼を失したゴブリンキングを怒鳴りつけ、デボネーはちょうど調理台の上にあった手頃な武器を振るった。

 ゴブリンキングは、自らの武器で頭部を落とされた。


「マイヤーさん! 死なないで!」


 ゴブリンキングに噛み付かれていた料理長は、マイヤーというようだ。

 傷ついたマイヤーに侍女メイが飛びついたが、デボネーは侍女メイの華奢な肩を叩いた。


「拙者が来た時には、事切れていたでござる。ゴブリンキング相手に、犠牲が一名であればむしろ重畳。ここは危険でござれば、侍女メイ、賄いの諸君らも、王城の奥に避難するでござるよ」

「でも、あたしたちの職場なんだ」


 震えていた賄いの女が、デボネーに抗議する。デボネーは首を振った。


「まずは、生き延びることでござる。戦争が終わった後、厨房だけが残っても、誰も料理を作れんでは、拙者も餓死するしかござらん。心配せずとも、すぐに戦いは終わるでござろう」

「……本当?」


 侍女メイが、震えながらマイヤーから離れた。デボネーは笑う。


「勇者トラがいるでござる」

「トラちゃんが? どこなの?」

「外で魔物どもを蹴散らしているでござる。さあ、拙者も行かねばならぬ。早く、安全な場所まで行くでござるよ」


 デボネーは告げると、侍女メイと賄いの女たちの背中を押して厨房を出た。


「状況は、どうなっているでござる?」


 目の前を通り過ぎようとした兵士を捕まえた。


「あっ、デボネー卿。報告します。南の正門と東の通用門は死守しましたが、西門が破られました。また、北の水路からアンデッドたちの侵入を許しました」

「うむ。では、戦力を西門に集中するよう、指揮官どのに告げるでござる」


「はっ。しかし、アンデッドはどうします? 呼吸が必要ないからか、水路を這って侵入して来ましたが」

「拙者が引き受けるでござる。すぐに蹴散らして、合流すると伝えてくだされ」

「わかりました」


 兵士は敬礼して走り去る。

 すでに侍女メイたちも移動していた。


「北の水路でござる」


 デボネーは、デボネーのあまりに巨大な武器を運ぶための兵士たちに声をかけ、走り出した。

 水路から入り込んだアンデッドの群れは、数こそ多いがデボネーの敵ではなく、デボネーはアンデッド兵をただの骸に戻してから、西門に向かった。


 西門周辺では、頑丈なはずの分厚い扉が破壊され、王城を守る兵士たちと魔物たちの乱戦となっていた。

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