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43 勇者トラ、魔族と出くわす

 ワイバーンの焼けた肉を喰らいながら、勇者トラはケットシーのルフ、小妖精のオーロラと共に敵陣に舞い戻った。

 人間を殺したくてたまらない魔物の大軍の中に、単身で降り立ったのである。


 少し離れた場所で、ブリージア聖王国が城の防衛をしているのが見て取れる。

 勇者トラは、城のことは特に考えていなかった。

 食事をしながら、目の前の動く者を仕留めていく。


 巨大なオーガの振り下ろす金棒をネコパンチで遠ざけ、鋭く伸びた爪で首を狩る。

 巨大な土塊であるゴーレムの腹に、穴を空けて蹴り飛ばす。

 リザードマンの軍勢をまとめて弾き飛ばす。


 巨大な魔物も魔物の軍勢も、勇者トラの敵ではなかった。

 ブリージア聖王国の城を助けようとしていたのではない。結果的に、勇者トラが近くで戦ったため、魔物たちが勇者トラに蹴散らされ、王城の守りは破られずに済んでいた。

 月食はまだ終わらない。あたりは暗い。人間の目では、見透かせない闇だ。


 だが、体が人間となっていても、勇者トラの体には、一部前世の名残がある。

 勇者トラの目は、ごく弱い光を網膜で増幅させる反射層が備わっている。

 勇者トラ自身は、全く暗闇を苦にしなかった。


「トラ殿、巨大な魔物が固まっている場所があったら、魔族がいるでござる!」


 城の中から顔を突き出し、大声でデボネーが叫んでいた。


「トラ、あっちだニャ」


 ケットシーのルフが前脚を伸ばし、オーロラが舞った。

 勇者トラは、立ち並ぶオベリスクのように巨大な魔物が林立している一画を目にした。


「……何かいるの?」


 魔物が巨大だからといって、今の勇者トラには脅威にはならない。本来、自分より大きな相手を怖がるネコ族だが、勝てるとわかっている相手を恐れるほど愚かではない。

 ワイバーンは、美味しそうだと思って焼き殺した。立ち並ぶ巨大な魔物たちは、勇者トラの目には、食欲がそそられなかったのだ。


「トラ、魔族を倒すんだ。魔族を殺さないと、この戦争は終わらない。ずっと続くと、飽きちゃうだろ」

「はい」


 オーロラが呼びかけた。勇者トラは納得した。戦い続けていると、いずれ飽きるだろう。

 勇者トラは、遊び飽きるのを恐れた。飽きたからといって止めることができるのは、ネコだった時だけだ。


 現在では、自分が人間であることを知っている。飽きたからと言って、この場を放りだすことをしてはいけないことはわかっている。

 勇者トラは、巨大な者たちが立ち並ぶ場所に向かって地面を蹴った。


 ※


 賢者カミュの元で、膨大な魔力を使いこなす方法は叩きこまれた。

 人間が使用する一般的な魔法はほとんど使えないが、体の動きに魔力を乗せる方法、その性質を変えるイメージ、より複雑な結界を編み上げる知恵を学んだ。


 魔力をネコパンチに載せ、体長にして10メートルを優に超える魔物たちをねじ伏せる。

 魔物たちの群れが切れる。

 平らな地面に、椅子だけを置いた奇妙な場所があった。

 その椅子は、玉座のように立派に設えられ、淡く光を放っていた。

 荒野の玉座にいたのは、全身を銀色の鎧に覆われ、背中に翼を持った人の形をした何かだった。


「トラ、魔族だニャ」

「……貴様、誰の配下だ?」


 銀色の鎧に覆われた人型の存在は、大きな椅子に腰かけたまま、鷹揚に尋ねた。まるで、勇者トラが迷い込んだ雑兵であるかのようだ。


「女神」

「はっ。女神が遣わした勇者だとでもいうつもりか? 勇者のほとんどは、人間の魔術師により召喚された有象無象だ。それに、勇者では魔物の群れを突破することもできまい」


 銀色の鎧の魔族が手にしていたのは、武器ではなくグラスである。グラスを持つ手を横に移動させる。魔族が持っている半透明のグラスに、赤い液体が注がれた。


「トラ、人間ニャ」


 魔族の持つグラスに液体を注いだのは、首に輪をつながれ、ぼろ布を着せられた若い女だった。

 若くはあるのだろう。顔立ちも整っている。だが、妙にくたびれ、背中が歪んでいた。

 銀色の鎧の存在感で目がいかなかったが、魔族の周りにはつながれた人間たちが何人も控えていた。いずれも、命令を待つかのように地面に膝をついて座っている。


「あれも、魔族なの?」

「違うニャ。魔族通しはあまり仲が良くないはずだし、そんなに大勢はいないニャ。あれは……人間をさらって、侍らせているニャ。なぜか魔族は、人間をペットとして飼いたがるニャ」

「おいおい。ペットにペット呼ばわり……ということは、本当に勇者か?」


 魔族の男が、グラスを口に運んでから半透明の器を握りつぶした。

 人間たちが恐れたようにひれ伏す。

 魔族が立ち上がった。

 大きい。勇者トラの倍は身長があるだろう。しかも、銀色の背中には爬虫類のような翼がある。


「トラ、戦う準備だ」


 オーロラが、勇者トラの肩から、ケットシーのルフの頭部に移動する。


「トラ、本気で行くニャ」

「俺の使い魔たちを倒したのは、本気じゃなかったってことか? 冗談が過ぎるぞ」


 銀色の鎧は、どことも解らない空間から、自分の半身が隠れるような斧を取り出した。


「異次元ポケットだニャ!」

「どこの誰かわからんが、俺の使い魔を壊したんだ。命はもらう」


 言いながら、銀色の魔族は地面を蹴るでもなく、宙を移動した。

 背中の翼で飛んだのだろう。鳥類や昆虫のように羽ばたくことなく、翼が自ら浮力を放っているかのようだった。

 勇者トラの目前に迫る。


 勇者トラは、戦場に臨むのに何の装備も身に着けていなかった。これまで、ただの旅装と持ち前の爪で戦ってきた。

 勇者トラが、本気にならないと身に着けられない装備がある。異次元ポケットに入っているが、勇者トラの意思で取り出すことはできない。賢者カミュの仕業だ。


 目の前に迫った銀色の存在を、勇者トラは警戒するべき敵だと認識した。

 咄嗟に、勇者トラは両肩をいからせた。


「フーーーーッ!」


 自分の体を大きく見せるため、肩をいからせ、喉から警告音を発した。

 同時に、勇者トラの全身が、亜麻色の鎧で包まれた。

 勇者トラが警告音を発した時のみ、異次元ポケットから転移し、勇者トラの全身を覆う。茶トラの鎧だ。


「死ね!」


 銀色の魔族が巨大な斧を振り下ろす。

 勇者トラは、振り下ろされた巨大な斧を、ヘルムの額で受けた。


「シャーーーーー!」


 威嚇した。同時に、勇者トラの両手に、細身でいびつな剣が生じた。

 勇者トラが本気で敵を攻撃しようとする時のみ、つまり威嚇を発するときのみ、異次元ポケットから手の中に転移する武器だ。

 賢者カミュは、茶トラの牙と名付けた。


 頭で巨大な斧を受けたまま、勇者トラはさらに踏み込んだ。

 踏み込み様、両手に生じた茶トラの牙を振るう。

 勇者トラの膂力は、剣の長さを越えた斬撃を放ち、銀色の魔族は巨大な斧を振り下ろした姿勢のまま、胸から上が地面に落ちた。

 綺麗な断面を見せ、今だ踏みとどまっていた胸から下の体が、ゆっくりと崩れる。


「トラ、首を切り落とすニャ。首を持ち帰り心臓をえぐり出さないと、魔族は復活するニャ」

「はい」


 勇者トラに、死体に対する禁忌などはない。ルフに言われるまま、銀色のヘルムを切り落とし、輪切りにした肉体に手を突っ込んで心臓をえぐり出した。

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