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39 転移の魔法陣で帝国に飛ぶ

 転移魔法陣は、床の上に刻まれた魔法陣をまたぐように設置されたアーチ状のゲートだった。

 アーチにまで魔法陣が刻まれ、床の魔法陣と一体となって効果を発するものであることを、勇者トラは見て取った。

 勇者トラの知識にあるわけではない。鑑定スキルをほぼ四六時中使い続けられるよう、賢者カミュの元で鍛えられたのだ。


「古代の魔法技術だニャ?」

「へぇ、そうなんだ」

「んっ? まさか、トラ……読めるニャ?」


 勇者トラの足元で目を見開いたケットシーのルフの頭を撫で、勇者トラはまっすぐに進んだ。

 五人組の人間たちの中から、剣に手をかけながら、洗練された動きで戦士が身を乗り出した。


「勇者トラだな。今更、何をしに来た?」

「魔族と戦う」

「おお……トラ、ついにその気になったのか。おいら、感激だ」


 勇者トラの頭上を、小妖精が飛び回った。


「オーロラ、トラが真面目に話しているし、トラはもともとそのつもりだニャ。邪魔しちゃダメニャ」

「これが、興奮しないでいられようか。いままで、鍛えてはいても、目的を言ったことはなかっただろう。ずっと心配だったんだ。女神様が悪夢でうなされるんじゃないかって」


 勇者トラが頭上に手を伸ばし、小妖精の羽をつまんだ。小妖精とはいえ、オーロラは女神から直接産まれた特殊な存在だ。

 その羽を摘めるものなど、そういるわけではない。

 驚いて黙るオーロラをルフに渡し、勇者トラは戦士に近づいた。戦士が口を開く。


「魔族と戦うのは、この勇者タケルと仲間たちだ。勇者は一人で十分だ」

「協力しろよ」

「協力は……したくない」


 オーロラが口を挟み、勇者トラが否定した。

 小妖精の口を、ルフが塞ぐ。


「ほう。俺たちと同じ意見か。ならば、どうする? ここで、片をつけるか?」


 勇者タケルが腰の剣を握る手に力をこめ、腰だめに態勢を下げた。


「戦う相手は、人間じゃない」

「魔王軍には、人間もいるぞ」

「その人間は、仕方がない」

「ふん。ではどうする? 俺たちは、国王の名で送り出された。別の勇者に花を持たせました、というわけにはいかない」

「うん。それでいい。君たちは行くといい。僕もいく」


 勇者タケルは仲間たちを振り返った。魔法使いと思われる女は、嘲るように口元を歪めていた。勇者タケルが言った。


「知らないのか? 転移魔法の魔法陣は、魔石でしか起動しない。魔石を魔法陣の中に埋め込むことで起動し、そっちの操作盤で、転移先を指定する。転移魔法陣が起動したら、このゲートを潜るだけだ。魔法陣にある穴に全て魔石を埋め込んでも、5人を転移させれば魔力は尽きる。だが、全ての魔石に魔力を充填させないと、魔法陣は起動しない。わかるか? 俺たちが先に転移魔法陣を使用し、ゲートをくぐれば、次に転移するのがあんた1人であっても、全ての魔石に魔力を充填しなければならない。こっちにいるスレンは、冒険者で随一の、宮廷魔術師にも劣らない魔術の大家だが、一度で満タンにできる魔石は一つと半分ぐらいだ。回復には3日かかる。転移魔法陣には、500個の魔石がある。転移魔法陣を使えるのは、一度だけだ」


「わかった。先に行っていい」

「トラがこう言っているニャ。遠慮しなくていいニャ。もうすぐ、戦争が始まるんじゃないかニャ?」


 勇者タケルは、ルフを睨んでから再び背後を振り返った。

 仲間だと紹介した魔法使い風の女性が頷いた。


「会戦は、予定通りなら3日後だ。俺たちが転移するのは、ジギリス帝国と魔王領を分ける山脈の峰だ。転移してから戦場に行くまで3日ぐらいはかかるものと思っている。勇者トラ……それほど自信があるなら、追ってくるといい。戦争が始まるのは3日後だが、1日や2日で決着がつくものではないだろう。女神が遣わした勇者とやらの力、見せてもらうぞ」

「わかった」


 勇者トラは頷く。勇者タケルの背後から、軽装の女性が魔石を渡した。


「転移先の設定は?」

「済んでいるわ」

「ああ。そうだったな」


 勇者タケルが、魔石を魔法陣に空いた小さな穴に埋め込む。

 同時に、魔法陣全体に魔力が流れる。

 アーチ型のゲートが輝き、ゲートの内側が白く濁った。


「行くぞ」

「おう」


 勇者タケルの声に答え、5人の人間がゲートに進む。

 強い輝きが放たれ、5人が消えた。


「転移したかニャ?」

「間違いない」


 勇者トラの目には、転移済みのゲートという鑑定結果がはっきりと見えていた。


「で、トラはどうするのかニャ? 魔石に魔力を充填するにしても、数が多すぎるニャ」

「でも、トラが全力で走れば、転移の魔法陣に頼るより速いかもしれないぜ」


 ルフとオーロラが心配したが、勇者トラには取るべき手段が見えていた。


「魔力の充填用の仕掛けがある」


 勇者トラは、部屋の一番奥に手のひらの形をした窪みがあるのを見つけた。

 鑑定スキルで、『魔力補充装置』と表示されていたのだ。


「そんなものがあったのかニャ?」

「お前、最高位天使だろう。この世界のはじまりから女神に仕えていたはずなのに、どうして知らないんだよ」


「この遺跡ができた時代に生きていたからって、この時代の出来事を全部知っているはずがないニャ。それを言うなら、女神様の夢から生まれたなら、知識を女神様と共有しているんじゃないニャ?」


「女神様が夢で見たことしかわからないんだ。でも、女神様が夢を見れば、全部内容はわかるぜ」

「プライバシーの侵害だニャ」

「女神様にそんなものあるもんか」


 従魔の2人の会話に耳を貸さず、勇者トラは手の形にをした窪みに自分の手を押し当てた。


「どうして、使われなくなったんだニャ?」

「忘れられたんだろう。500個の魔石全てを充填するなんて、一人の人間にできるはずがない。宮廷魔術師クラスの魔力がまっても、何年もかかる。それなら、一つずつ魔力を充填していったほうが、達成感がある」


「そんなものかニャ」

「で、トラはどうするんだ? ……っておい。もう魔力を注いでいるじゃないか。トラ、こんな遺跡に魔力を全部持ってかれたら、魔族と戦う力なんて……」

「終わった」


 勇者トラが窪みから手を放す。転移ゲートの起動そのものは、レバーで操作する形状のものだ。


「行こう」

「トラ、休憩は?」

「要らない」

「ま、魔力は……」


 オーロラが、小さな口をあんぐりと開けた。ルフが小妖精の肩を叩く。


「勇者トラを、常識で考えないほうがいいニャ。女神がありったけの力で加護を与えたニャ」

「……そりゃ、異常だな」


 勇者トラが起動レバーを倒した。

 アーチ形のゲートに光の幕が生じ、ルフとオーロラを連れて、勇者トラはゲートを潜った。


 ※


 翌日、勇者トラはジギリス帝国皇帝との謁見に臨んだ。

 ジギリス帝国は魔王領と山脈を隔てて隣接しているため、協定中とはいえ野良の魔物の数が他国の比ではない。

 魔物相手に兵士も冒険者も鍛えられており、ジギリス帝国で名を上げれば他国では国賓で迎えられるという。


 勇者タケル一行は、まさにジギリス帝国の冒険者組合で名を上げて、比較的平和なブリージア聖王国に流れて来たのだ。

 勇者を探しているという情報を得たのはたまたまであり、好条件にジギリス帝国に戻り、魔王軍との戦争に協力することにしたようだ。


 勇者トラは、勇者タケルの一行を安々と追い越してジギリス帝国本陣に辿りついた。

 ジギリス帝国皇帝は、戦時に直接指揮を執ることで知られており、勇者トラがブリージア聖王国の名前を出すと、皇帝のいる本陣に連れてこられたのだ。


 ジギリス帝国皇帝は、腰かけている椅子がきしむほどの大男だった。

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