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35 ブリージア聖王国から旅立つ者たち

 ~ブリージア聖王国~


 勇者トラがブリージア聖王国の王都で依頼を受けてから、二ヶ月が経過した。

 近衛隊士ミランダの報告では、前日にミランダから剣の手ほどきを受け、翌日から新米冒険者として戦闘訓練全般を受講することになっていたはずだった。


 勇者トラは、ミランダの指示通り冒険者組合を訪れ、ミランダが手配したものとは別の依頼を受けて旅立った。

 その手違いに誰も気づく事なく、発覚したのは、勇者トラに指導をするために山のような魔法教材を用意していた宮廷魔術師からの報告によるものだった。


 それから二ヶ月間、勇者トラの消息を聞く事は無く、ブリージア聖王国国王バランは、魔王軍との戦争に、王国を代表して勇者タケルとその仲間たちを送り出す決定をくだした。

 魔王軍との戦端が開かれるまで、一月を切っている。転移魔法を使用するために移動時間は計算しなくてよいといっても、他に選択肢がないことは、廷臣の一同が認めていた。


 この日、近衛隊隊長であるデボネーが、勇者タケルと御前試合を行い、接戦の末打ち負かされた。

 王の御前を退出し、デボネーが特注の全身鎧を脱ぎかけた時、個室の戸口に勇者タケルが姿を見せた。


「なんの用でござる? 敗者に情けは無用にござる」

「そもそも、着替え中の女性の部屋に入ってくる奴がおるか」


 デボネーの着替えを手伝うために部屋にいたミランダが一喝する。

 勇者タケルは目を覆ったものの、その場からは動かなかった。


「今日、俺は初めて、全ての能力を使い……あんたに勝った」

「まるで、いつでも勝てたと言いたげでござるな」


 デボネーは、見られたところで構わないのだろう。上半身の鎧を外す。鍛えられた胸は、ほとんどが胸筋である。


「その通りだ。いや……あんたを見下しているわけでも、自慢しにきたんでもない。俺は、前回の戦争の時に召喚され、満足に訓練もしないまま、戦場に放り出された」

「知っておるでござる。異世界からの転生者を勇者と呼ぶなら、その条件は満たしているでござろう。だから、我が国を代表して戦争に挑んでもらうでござる」


「俺はたまたま生き残った。10年間、冒険者として鍛えてきた。でも、あんたはこの世界の人間だろう? そのあんたに、全ての能力を動員しなければ、勝つことはできなかった。王都に勇者として逗留してから二ヶ月とちょっとだ。その間に、俺が強くなったわけじゃない。あんたは……10年前の戦争に参加していたと聞いた。あんたは前に言った。俺では……世界を救えない。つまり、俺は死ぬんだろう?」


 デボネーは、ミランダに渡された手拭いで体を拭いた。

 目を隠していたはずの勇者タケルが、デボネーを見ている。真面目な顔付きをしている。デボネーも気にしなかった。


「10年前……召喚されたばかりで戦地に駆り出された勇者たちを、拙者は覚えてござる。あれでは死ぬだろうと思っておったが、タケル殿は行き残られた。ならば、今度は高い確率で生き残るでござろうよ」

「魔王軍が、10年前から変わっていないと思うのかい?」


「極端に強くなるはずもないでござる。拙者は、勇者タケル殿が死ぬとは思ってはござらん。ただ……戦況を変えるほどの活躍を期待したところで、それは叶わぬことと承知してござる。気負わなくてもよかろう。ブリージア聖王国の国王は、最低限の役目を果たすことさえできれば、満足なのでござろう。もし女神が遣わした勇者がいたなら、と言っても、仕方のないことでござる」

「……あいつが、それほど強いのか?」


 デボネーは服を着た。ミランダと共に、部屋を出ながら答えた。


「対魔族でも、転生者である勇者の力を借りねば戦いにならん。では、対魔王はどうするでござる? 拙者は、ただの余興で、女神があの勇者を遣わしたとは思わんよ。それより、飯でもどうでござる? これから、王家主催の晩餐会でも入っているのでなければ、拙者もミランダも、非番にしておるのでな」


「デボネー隊長は、休み過ぎだ」

「それが、拙者が近衛隊に入る条件だったのでござるよ」


 デボネーはミランダに笑いかけた。勇者タケルは応じた。


「晩餐会を開きすぎて、カーチェス姫はカバル宰相に叱られたようだ。しばらくは控えるはずだ」

「ああ。知っておる」


 デボネーは近衛隊隊長だ。王族の事情には通じている。


「では、奢れ。こういうものは、勝者が敗者をねぎらうものじゃ」

「勝っていたら、逆のことを言うんじゃないのか?」

「おかしなことを。拙者が、このタイミングで勇者殿を負かすような不粋な真似をするはずがなかろう」


 デボネーの言葉に、勇者タケルは非常に複雑な顔をした。


 ※


 勇者タケルは、デボネーに誘われてミランダと共に下町の高級レストランにいた。


「近衛隊隊士が、高級店とはいえ、こんなところに来るんだな」


 デボネーの顔を見たウエイターが、3人を個室に通した後、勇者タケルが尋ねた。

 勇者タケルは初めて来た客だ。デボネーの行きつけの店なのだと考えるのは当然だ。

 個室のテーブルに付き、デボネーが口を開く。


「ああ。拙者とミランダはこの店で酔いつぶれ、ある人物に介抱されたことがあるでござる。それ以来、事あるごとに利用しているでござるよ」

「へぇ。ミランダさんはともかく、デボネー卿が酔潰れるとか、想像できないな」


「ふむ。色々と失礼な物言いでござるな。拙者とて、期待して待ちくたびれ、店の閉店時間まで粘れば潰れもする」

「デボネー卿はともかく、ミランダさんをそんなに待たせた奴ってのは、誰なんです?」


「さらに失礼でござるな。まあいい。勇者トラじゃよ。拙者とミランダは、王城を抜け出した勇者トラがこの店で働いていたのを見つけ、連れ戻そうとして……話をするために来たのでござる。トラの仕事時間が終わるまで待とうとな。じゃが……トラは優秀だったらしく、閉店の時間まで体が空くことはなかった。よくよく調べてみれば、トラは王城を抜け出して、早い段階で冒険者登録をしておったというわけじゃ。それを把握しておれば、他に手の打ち用もあったでござる。まあ……宰相殿が後手に回ったお陰で、別の勇者を従えることができたがのう」


 ウエイターが料理の注文を取りに来た。黙って料理を選んでいたミランダが手早く注文する。

 ミランダもデボネーも、注文を取りに来たウエイターを真剣に見つめていた。

 出て行く足取りまで、視線を離さないほどだ。


「まだ、ただの若造ですよ。お二人はああいうのが好みですか?」


 勇者タケルは面白くなかった。

 女神から多大な祝福を受けた勇者トラのことを聞かされるだけでも、気分はよくない。その上、二人の女性が別の男に熱い視線を送っているのでは、面白いはずもない。


「ああ……つい、癖でな。この店で若い男を観ると、ついトラなのではないかと思ってしまうでござる。店長は、トラはこの店の従業員になりに戻って来ると信じておるらしいし……本当にそうなりかねんから、あの勇者は困るでござるよ」

「……勇者としては、異質な迷惑の掛け方ですね」


 異世界転生した勇者といえば、横柄な態度やわがままを言って、異世界の人々の悩みの種になるものだ。勇者タケルはそう思っている。

 放置するとレストランの従業員になりかねないから困るというのは、勇者のあり方とは思えない。


「じゃあお二人は、まだトラって奴を待っているんですか?」

「うむ。ブリージア聖王国としての役目は、勇者を送り込めば完了するでござる。しかし……勇者を一人しか送ってはならんという法もないし、出来るだけ多くの戦力が必要なはずでござろう」


「ああ。だから、タケルには勇者として参戦してもらう。そのことは動かないのだ。ただ、勇者トラが見つかれば、なんとしてでも参加させたい。勇者トラには、それだけの力があると、デボネーは思っている」

「なんでござる? ミランダはそう思っていないでござるか?」


 デボネーが口を曲げた時、ウエイターが料理を運んで来た。食べ物と酒を受け取りながら、ミランダは答えた。


「人の記憶は薄れるものだ。私にとっても、勇者トラの戦いは衝撃的だった。だが、私は10年前の魔王軍との戦を知らない。本当にそこまでの力があるのかと問われれば……正直、わからない」


「それに、転移の魔法陣には人数制限があるらしいじゃないですか。俺のパーティーは全員俺に同行して、戦争に参加します。それ以上の人間は行けないはずだ」

「本当に勇者トラが戻ったなら、タケルの仲間から、一人留守番に回すべきでござろう」

「冗談じゃない」


 タケルは、口につけたグラスをテーブルに叩きつけた。


「ああ。冗談ではない。ただ……現在勇者トラがどこで何をしているのか、皆目検討がつかんでござる。ミランダ、冒険者組合からの報告はないでござるか?」

 巨大な骨つき肉に食らいつきながら、デボネーが尋ねる。ミランダは、こめかみを抑えながら言った。

「二ヶ月以上前から消息不明だ。街道沿いで全滅しかけた商隊を救助したらしいが……その件については詳しい報告すら上がっていない」


「では、もはやブリージア聖王国にいないかもしれないということでござるか」

「可能性としては、あるだろうな」

「女神が遣わした勇者なのだから、女神が導いてくれることを祈るしかないでござろうか」


 当の女神が、勇者に能力を与えすぎて昏睡状態だとは、誰も知る由がなかった。

 この日、宴は日付が変わるまで続いたが、デボネーもミランダも、足取りはしっかりしたままだった。


 ただ待たせるだけで潰してしまうという勇者トラに、勇者タケルは激しく敵意を燃やした。

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