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30 勇者トラ、巨獣キマイメラと対決する

 勇者トラは異次元ポケットというスキルを持っており、異次元ポケットに好きなものを収納できる。取り出しも自由で、ブリージア聖王国の王都で食料を大量に買い込み、収納していた。

 勇者トラは渡された食料を異次元ポケットに入れただけで、渡したのは従魔であるケットシーのルフである。


 勇者トラ自身は、王都を出てから東の山脈を目指して歩く道中、薬草を収穫しながら適当に食事を済ませていた。

 虫や小動物を捕獲しては、生で食べていたのである。

 だから、空腹も感じなかった。


「トラ、お腹が空いたニャ。ご飯にしないかニャ?」


 平原の街道から山脈に向かう場所を物色している時、ルフが尋ねた。


「はい」

「い、芋虫はいらないニャ。異次元ポケットに色々入れたニャ」

「これ?」


 勇者トラは、ルフに渡された肉とパンを、皿に盛られた状態で取り出した。


「そうだニャ」

「はい」

「トラは食べないニャ?」


 勇者トラは地面に座り、ルフのための食事を渡すと、道中で食べきれなかった蛇の死体を取り出した。

 異次元ポケット内は時間が停止するため、とても新鮮である。


「……そっちの方がいいニャ?」

「美味しい」


 勇者トラは、まだ痙攣している蛇の胴体に噛みつき、噛みちぎった。


「ト、トラがいいなら、いいニャ。私は……こっちをもらうニャ」


 ルフが肉盛りを食べ始める。

 勇者トラは蛇を皮ごと噛みちぎり、滴る血と肉汁を味わっていると、勇者トラの耳がピクピクと動いた。

 体の構造は人間なので、耳が激しく動くことはない。だが、耳を動かす感覚に慣れているためか、この世界に来てからずっと耳を動かす感覚のままいるためか、勇者トラの耳は、人間にしてはありえないほど激しく動いた。


「……人間の悲鳴かニャ?」


 勇者トラとは逆に、体が猫仕様になってから日が浅いルフは、耳を動かすよりも先に顔の向きを変えて声の場所を探った。


「大きな動物」

「襲われているニャ?」

「狩り」

「人間が動物を狩りしているなら、邪魔しちゃ悪いニャ」


「動物の狩り。邪魔しちゃ悪い」

「えっ? 大きな動物が、人間を狩ろうとしているニャ?」

「はい」


 勇者トラは蛇の尾をすすり、こっくりと頷いた。ルフは、食べかけの肉盛りを勇者トラに返す。


「トラ、助けにいくニャ」

「邪魔しちゃ悪いよ」

「勇者は人間の味方だニャ。人間を助けるニャ」


 ルフは力説したが、勇者トラは首を傾げた。


「魔王を倒すんだよね?」

「も、もちろんだニャ」

「魔族を倒すの?」

「ま、まあ、そうなるニャ」

「それ以外は倒さない」

「いや……それは違うニャ。違わないかもしれないけど、人間は助けるニャ。女神が言わなかったのは、勇者は人間の味方のはずだからだニャ」


 勇者トラは首を傾げた。魔王と魔族は人間と敵対する存在で、戦う相手なのだろうと理解していた。

 だが、それ以外にも、人間にとって脅威となるものは多い。

 街の外には魔獣がいるし、知恵のある魔物も巣食っている。

 弱い人間であれば、野生の動物も脅威となり得る。

 人間の脅威を全て取り除いているほど、勇者トラは人間という種族そのものに思い入れがないのだ。


「そうなの?」

「と、とりあえず、近くに行ってみるニャ」

「はい」


 勇者トラはルフの食べかけの肉盛りを異次元ポケットに収納し、立ち上がった。

 勇者トラの聴覚では、街道の先500メートルほどの先にいる。人間なら、完全に気づきもしない距離である。


「走る?」

「頼むニャ」


 ルフが手を伸ばし、勇者トラが抱き上げる。ただ結局は、勇者トラはルフの首の裏の皮を口にくわえた。


 ※


 ほんの数歩で、勇者トラは500メートルの距離を走破した。

 自分の能力に驚くことはない。できることはできるのだ。自分の肉体能力をすぐに受け入れ、使うことができるのは、もともとがネコである故の感覚である。


 街道の脇で大きな馬車が3台転がっており、馬は逃げていた。

 武装した人間たちが、獅子のような巨大な猛獣に剣を振り上げている。

 逃げ出さないのは、巨大な獅子の眷属だと思われる、どう猛な獅子たちが取り巻いているためだ。


「トラ、魔獣キマイメラだニャ。キメラに進化する前で、知恵が低い魔獣だニャ」

「狩りの邪魔は……」


 くわられたルフがぶら下がったまま魔獣について教えてくれるが、勇者トラはまだこだわっていた。


「キマイメラも獅子も、主食は人間じゃないニャ。後で謝ればいいニャ。人間を助けるニャ」

「はい」


 魔獣キマイメラが横にふるった前脚に吹き飛ばされ、武装した兵士が横飛びに投げ出された。

 獅子がかぶりつき、装備の間から肉を食らう。

 勇者トラは、途中で口からルフを解放し、倒れた馬車に隠れている人間たちに放り投げ、自らはキマイメラの前に降り立った。

 自分より大きな相手は苦手だ。それは、ネコにとって体の大きさが強さを測るもっとも信頼できる基準であるからだ。


「フシュグルルルル……」


 キマイメラの唸り声に、勇者トラは視線をあげた。

 どう猛な魔獣の視線を、真正面から受け止める。

 目を合わせてしまった。戦いの合図だ。


「フーッ!」


 勇者トラが威嚇の声を発した。髪が逆立つ。人間の髪は、逆立ちはしない。そのはずだ。人間の毛根に、そんな機能はない。

 そのはずなのに、勇者トラの全身の毛が逆立った。

 キマイメラは動じない。だが、取り囲む獅子たちは、怯えたように後ずさった。

 キマイメラと勇者トラ、二人の声が止んだ。


 ほんのわずかの静寂の後、二人は動いた。

 キマイメラが首を突き出し、勇者トラを捕食にかかる。

 勇者トラは、必殺の猫パンチを繰り出した。

 キマイメラの鼻面を捉え、吹き飛ばす。


 魔獣の巨体が宙を舞った。

 キマイメラが、背中から地面に落ちる。

 轟音とともに土煙が上がり、取り囲む獅子たちに、勇者トラは告げた。


「ごめんなさい。これ、お詫び」


 勇者トラは、近くにいた獅子に、異次元ポケットから取り出したネズミの死骸を与えた。

 獅子は大型の獣であるが、大型の獲物が見つからなければ、ネズミのような小動物も立派な獲物である。

 勇者トラの異次元ポケットには、数千のネズミの死骸が、新鮮なまま保管されているのだ。


「グルル……」


 勇者トラは、獅子たちにネズミの死骸を与えていった。

 遠くで遠吠えが響く。


「呼んでいる」


 勇者トラにワンパンチで吹き飛ばされたキマイメラの遠吠えだ。

 吹き飛ばされ、落下した位置からは消えていた。

 自ら率先して逃げ、、眷属たちを呼び集めようとしているのだ。

 獅子たちが声の方向に首を向ける。


「うん。行ってあげて」


 勇者トラが言うと、ネズミの死骸をもらった獅子たちは、まだ咀嚼を続けながら、勇者トラに小さく頭を下げてから走り出した。


「た、助かった、のか?」


 背後で、人間の声が聞こえた。勇者トラが振り返ると、武装した人間たちが、互いに抱き合って震えていた。


「トラ、あいつらはどこに行ったニャ?」

「帰った」


 人間たちをかき分けて、投げ出されたルフが顔を出した。


「殺さなくてよかったニャ?」

「狩りをしていただけ」

「人間を食らう魔獣を、野放しにするのか?」


 ルフの背後から、勇者トラに厳しい声がかかる。勇者トラは、小さく頷いた。


「美味しいから、仕方ない」

「なっ……」

「じょ、冗談だニャ。勇者トラは、人間全体のために戦うニャ。個別の魔獣まで殺しにいくほど余裕はないニャ」


 ルフが慌てて飛び出した。

 勇者トラは、ルフを掴み上げた。


「追いかける?」

「そうだニャ。このまま野放しにはできないニャ」

「はい」

「人間たち、聞いたニャ。あのキマイメラは、勇者トラが討伐に行くニャ。うっかりすれ違いになって、またここに戻ってくるかもしれないニャ。お前たちはすぐに逃げるニャ」

「しかし、馬車を直さないと……」

「そんなことまで、私が知らないニャ」


 ルフが最後まで言う前に、勇者トラはルフを抱えて地面を蹴っていた。

 勇者トラには、人間たちがどうしてキマイメラを殺させたがっているのか、皆目見当もつかなかった。

 ただ、キマイメラが森の奥であげた咆哮に引かれたのだ。


 キマイメラの咆哮は『集まれ。飯だ』と聞こえたのだ。

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