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3 勇者として召喚されたネコ、御前試合の準備をするために侍女を戸惑わせる

 ~ブリージア聖王国の王たち 続き~


 1時間後の御前試合は、謁見の場で行われる予定だった。

 元々、カーチェス姫が言い出さなくとも、勇者の力量を測るために戦闘させるのは予定されていたことだ。

 姫も当然聞かされていたが、召喚された勇者の状況によっては試合どころではない可能性もあった。


 カーチェス姫が勇者は戦っても大丈夫だと判断したわけではない。姫がいきり立った挙句、用意されていることを懲罰の名目で利用したに過ぎない。

 試合が行われない場合とは、召喚された勇者があまりにも物怖じする性質だと判断された場合や、幼女だった場合である。


 過去に勇者の召喚を行ったのは、ブリージア聖王国だけではない。過去に召喚された勇者の事例からは、むしろ失敗だったと判断されることの方が多いのだ。

 御前試合が行われることは想定していたため、召喚の準備と同時に、謁見の間で試合が行えるよう、様々な調度品は片付けられていた。

 聖王国の中枢を司る面々が、勇者に期待するのは戦闘力のみであると認めた上で、バラン国王は尋ねた。


「まるで、獣人の子どもが初めて立ったような立ち方でしたな」

「そもそも、どうして裸なのです? 勇者の召喚に、身の回りのものが一切ないなど、初めて聞いたのですが」


 大元帥ムンデルが感想を言った後、カーチェス姫が口を開いて誰にともなく尋ねた。誰も答えは持ち合せなかった。


「あるいは……獣人なのでしょうか? 見た目は人間にしか見えませんでしたが……」


 宰相カバルが難しい顔をする。


「いや……伝承ではそれはない。勇者が召喚される元の世界というのは、実は決まっているのだ。様々な異世界と相性がいいらしい。その世界には……獣人どころか、亜人というものがいないらしい」


 サホカン主席宮廷魔術師が知識を披露した。


「それは素晴らしい。その世界からきたということだけでも、勇者の資質を認めてもいいほどです」


 ずっと黙っていた王妃ガーネットが頷く。ブリージア聖王国は、純粋な人間種のみの国である。

 亜人の類は奴隷としてしか存在を認めていない。最も女神信仰が厚く、魔王の軍勢から離れた位置にある国だ。


「話が逸れているぞ。問題は、勇者が戦力になるかどうかだ。余の問いかけに対し、素直に立った。立ち方はおぼつかなかったが、裸であるというのに、急所を隠そうともしなかった」

「羞恥心がないのでは。いや……よい方向に評価すれば、肝が座っている上に、なにが大事か心得ているとも言えますな」


 王の評価に、宰相が同意した。


「元帥はどう見る? 戦闘には最も詳しかろう」

「そうですな……筋肉のしなやかさを感じる体つきではありましたが、後は戦わせてみないとわかりません。かの世界の勇者は、実戦経験がないことが多いとも、サホカン殿から聞いたことがあります」

「なるほど……まずは、戦わせるだけの価値はあるか」

「御意」


 王の言葉に、一同が平伏する。ただ一人を除いて。


「あの勇者に資質がないようでしたら、侍女メイをこのままお世話がかりにつけましょう。もし、見込みがあるようだったら、カーチェス、あなたがお世話なさい」


 王妃のガーネットだった。場を閉めた王の後で発言するような人間は、他にはいない。

 言われたカーチェス姫も、空気を読んだのか、声を出さずに頷いて返した。

 その時だ。

 人払いをしてあったのに、兵士が駆け込んできた。


「何用か? 会議中であるぞ」


 自分の部下である。ムンデル元帥が恫喝した。


「はっ。王宮に侵入者が現れました」

「わざわざ報告することかね?」


 カバル宰相が眉間に皺を寄せる。

 だが、兵士は続けた。


「ネコ型獣人……あるいはケットシーかと思われます」

「確かに一大事だな……我が国の王宮まで、ネコ型の魔物が入り込んだというのは……」


 バラン王が頭を抱えた。亜人をそれほど嫌っているのである。


「捉えたのかね?」


 サホカン主席宮廷魔法使いが尋ねた。


「かなりすばしこく、確保に手こずっております」

「捉えたという報告ではないのか。聖王国の名において、ケットシーの侵入を許して逃げられたとあっては一大事ですぞ」


 トリアド枢機卿も同意見だったようだ。


「1時間以内に捕まえるのだ」


 1時間後には、御前試合があるからである。兵士は一礼して退出し、宰相と主席宮廷魔術師、大元帥が指揮をとるために退出した。


 ※


 ~勇者トラ~


 勇者トラは、1時間後に御前試合を行うと宣言されたことは理解していた。

 だが、その言葉が何を意味するのかは理解していなかった。

 侍女メイに手を引かれて移動した。手を引かれなければ、見知らぬ建物内を移動することはできなかった。


 ネコは警戒心が強い。初めて訪れた場所は、匂いを嗅ぎ、耳をそばだて、地面を叩きながらでなければ移動しないのだ。

 勇者トラが大人しく手を引かれていたのは、あまりにも未経験の場所すぎて、警戒しきれなかったのにすぎない。


 結果的に、勇者トラは居心地が良さそうな、こじんまりした部屋に案内された。

 勇者が召喚されると女神が託宣を下し、その段階から用意されていた部屋で、要は勇者トラの部屋なのだ。

 侍女メイは、勇者トラを部屋に案内し、大きなベッドに座らせた。

 沈み込むベッドを気に入って上下にバウンドしている勇者トラに、侍女メイが向き合った。


「勇者トラ様……お着替えはクローゼットに入っていますから……ご自分でできますよね?」


 部屋まで連れてきてくれた侍女は、顔を真っ赤にし、目を逸らしていた。


「……着替え?」

「いつまでも布だけってわけにはいかないでしょう。服は着られますよね?」


 侍女メイの問いかけは、本来ならありえないものだ。服を着られない人間など、幼子ぐらいのものだろう。

 だが、勇者トラは首を倒した。


「着なきゃ、ダメ?」


 それでも、トラが服とは何かを尋ねなかったのは、色々察したのである。


「ダメです! 着てください。私が怒られます」


 言うと、侍女メイはクローゼットに飛びついた。観音開きの扉の下部にある引き出しから布の塊を取り出した。


「はい。下着」


 侍女メイが広げて、パンツと覚しい布を突きつける。

 勇者トラは、白い布をじっと見た。

 しばらく時間を起き、侍女メイが半泣きの状態で尋ねた。


「私のこと、いじめて楽しいですか?」

「……いじめてないよ」

「じゃあ……これぐらい、自分で履いて……履いたこと、ありますよね?」


 侍女メイが泣くので、勇者トラは白い布を受け取った。

 似たような形状のものを見たことがあった。

 触り心地はいい。

 両手で掴んでみた。

 顔を押し付ける。匂いを嗅いだ。


「履いたこと……ないんですか?」


 勇者トラは、触り心地のいい布を頬にこすりつけた。


「私がやります。足をあげてください」


 侍女メイがパンツを奪い取った。

 勇者トラが足をあげる。両足をあげた。

 侍女メイがますます赤面する。


「私……お嫁にいけないかも……」


 差し出された勇者トラの足に、パンツを通した。

 足を通したパンツを、侍女メイがずりずりと引き上げる。

 勇者トラの股間に、侍女メイの顔が近づいていく。


「次からは、ご自分でやってくださいね。王様だって、自分で履いていますよ。王妃様とお姫様は私たちにやらせますけど……」

「……履かなきゃダメ?」

「ダメです」


 そもそも履かないのであれば、自分でやる必要はない。勇者トラはそう判断したが、侍女メイは即座に否定した。


「腰を上げてください」

「はい」


 勇者トラが腰をあげる。足を降ろさなかったため、背後に転がった。大きなベッドの中なので、転がっても痛くはない。

 ただ、太ももの裏側からお尻まで、丸見えになる。


「キャ……足は下げてください」

「はい」


 女神アルトに、返事は『はい』と言うように命じられた勇者トラは、忠実に守っていた。


「見ちゃった。男性のお尻……あっ……さ、触っちゃった……」


 侍女メイの声が震えている。

 勇者トラはパンツを履かせてもらい、座り直した。


「温かい」


 勇者トラは、パンツが気に入った。


「そこですか? まあ……いいです。気に入ったなら、今度は自分で履いてくださいよ」

「はい」

「返事はいいんだから……ではその他の……着たことあります?」


 侍女メイがまだ山積みになっている下着類を指差す。

 勇者トラは靴下やシャツを見た。この後、御前試合なので、上に鎧の類を着る。下着がなければ肌が痛くなるはずだ。

 勇者トラは考慮していなかったが、侍女メイは考慮して下着を選んでいる。

 結局、トラはただ下着を見つめていた。


「……着方、覚えてくださいね」

「着なきゃダメ?」

「ダメです」


 侍女メイは、ぴしゃりと言い切った。

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