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27 勇者タケルのこと

 タケルは勇者である。10年前に10人もの同僚と同時に召喚され、満足な訓練も受けずに戦場に駆り出され、魔王軍の将たる魔族たちと命がけの戦闘を行い、辛くも生き延びた一人である。

 同時に召喚された勇者たちのうち、魔王軍との最初の戦闘で5人が死亡した。いずれも、タケル同様接近戦向きのスキルを取得し、最前線に送り込まれた6人のうち5人である。


 魔王軍をなんとか押し返し、10年の不戦条約を締結するまでに、さらに2人が死亡した。

 タケルは生き残った2人の勇者と、召喚したジギリス帝国を裏切って逃亡することに決めた。

 それ以来、他の2人には会っていない。1人は後衛として魔術に特化したスキルを持ち、もう1人は後方支援に適したスキルを持っていた。


 あるいは、ジギリス帝国に捕まって、報復されているかもしれない。

 タケルは他国に紛れ込み、冒険者として各国を移動することで逃れてきた。現在でも冒険者パーティーを組み、もっとも古い仲間は四年来の付き合いである。


 ブリージア聖王国で勇者であることを明かしたのは、魔王軍との戦争の火蓋が再び切られようとしていることと、ブリージア聖王国が勇者を保護しようとしているという建前にかけたからである。


「それで、女神が遣わしたという勇者はどうだった?」


 タケルが王宮の自室に戻ると、最近冒険者として同行し、タケルの力もあり最高位のランク10の称号を受けている仲間たちが待っていた。

 4人の仲間はいずれも人間である。それが、タケルがブリージア聖王国で勇者であることを明かした理由の一つでもある。

 ブリージア聖王国は、人間種以外に一切の人権を認めないことで知られている。


「強かったよ。とても……同じ世界から同じように召喚されたとは思えない。強さだけじゃなく……」


 人間としても。その言葉を、タケルは飲み込んだ。勇者トラと呼ばれた若者は、見た目は人間だ。だが、本当に人間なのか、タケルには断言できなかった。

 だが、口に出すべきではない。魔王軍を知るタケルには、デボネーが語ったことも理解できる。勇者トラは、人間にとって必要な存在だ。


「今のタケルよりもかい?」


 魔術師である仲間のスレンが尋ねた。タケルと同年代で、すらりとした背の高い女性である。魔術師という職業柄か、タケルのスキルに興味を持っていた。


「本気で戦えば、どうなるかはわからない」


 タケルの本心だった。勇者トラは強い。その強さは、まだタケルの体に刻まれている。

 だが、タケルはまだ戦闘用のスキルを使い切っていない。魔術も使用できる。勇者トラがどれほど女神から力を与えられていようとも、同じ世界の人間ならば、全く敵わないはずがない。


「そうか……タケルが言うのなら、そうなのだろう。それで、タケルはどうする? この国のために、再び魔王軍との戦場に立つのか?」


 尋ねたのは、タケルがいなければこのパーティーで主力となるはずのダニエルだった。騎士である。騎士がどうして冒険者になったのかといえば、生家が取り潰しになったらしい。

 騎士らしく、厳格で隙のない態度を崩さない男だ。


「聴いているか? ジギリス帝国では、各国から提供させた財宝を使用して、限界を超えた数の勇者を召喚したらしい。魔王軍の侵攻まで3ヶ月ある。俺の時とは違う。俺の時は、戦争の5日前に召喚され、無理やり戦場に送り込まれた」

「さすがに、帝国も学んでいるということだろう。今度は、勝てそうだということか?」


 タケルは頷いた。


「新しく召喚されたという、同郷の連中にも興味がある。前回よりも、有利に戦えるだろう」

「タケルが加われば、余計にそうだよな」


 盗賊と呼ばれる役目を持つ、短髪の少女フールが笑った。


「ああ。問題は……俺が快く戦場に行くと言えば、女神の加護を受けた聖なる勇者を、無理に戦場にいかせる理由がなくなるということだろう。それと……みんなはどうする?」


 勇者タケルは、冒険者の仲間たちを見回した。


「タケルが行くなら、俺たちも行く……と言いたいところだが、戦争の最前線だろう。正直言って、危険すぎるな」


 騎士の出で立ちをしたまま装備を外さず、鋼鉄の塊のように見えるダニエルが仲間たちを見回した。


「私たちは、戦場でもタケルと一緒に行動するのかな?」

「俺はそうしたいが、難しいだろうな」


 魔術師スレンの言葉に、タケルが顎を掻いた。召喚されたばかりのころは産毛しか生えていなかったが、現在では立派な無精髭に育っている。


「今のわしらでは歯が立たないのだろう? 魔族とは、それほどの強者なのか?」


 一人年老いて見えるが、髪が無いだけでそれほど年老いているわけでもない、武闘僧侶が尋ねた。眉間に皺が寄っているのは、留守番をしているのが嫌なのだ。


「……魔族は強者だな。それは間違いない。魔族とは、俺たち勇者と同じように、異世界から召喚された者たちだ。だから……勇者と同じように残酷で、容赦がない。魔王軍の中で、魔族は100人ぐらいだと思う。それ以外は、魔族に従えられている亜人や魔物だ」

「タケルみたいなのが100人かい? そりゃ、暴力じゃないか」


 小柄な盗賊のも娘フールが舌を出した。


「前回の戦争では、それでも押し返したのだろう? よく勝てたな」

「魔王軍全軍で100人だというだけだ。今回の戦場に出てくるのは、数人じゃないかな。前回も10人はいなかったはずだ。それでも、帝国軍の9割が死んだ。魔王軍の被害は3割ぐらいだろう。魔王軍が戦闘を辞めて軍を引いたのは……犠牲を嫌ったからだと言われている。帝国軍が引かなかったのは、撤退すれば帝国が滅びることを知っていたからだ。どちらが正しいとも思わない。たしかに魔王軍を退けた。だが……ジギリス帝国が勝ったわけじゃない」

「同じような結果になると思うか?」


 騎士ダニエルが改めて尋ねる。タケルは頷いた。


「10年前の戦争で生き延びた勇者は、俺を入れても数人だ。その中から今回も参加するのは、俺だけかもしれない。魔王軍にする魔族の殆どが10年前の経験者だとすれば……結果は目に見えているだろう」

「話を聴いていると、前回よりも酷い事態になりそうだな。タケルも死ぬんじゃないか?」


 魔術師が疑問を口にする。タケルは笑った。


「ああ。だが、俺は行く。果たさなければいけない約束がある」

「それは……言えないんだろうな」


 ダニエルが尋ねると、タケルは小さく首を振った。


「わかった。俺たちも一緒に行く。だが、あくまでも俺たちはタケルのフォローだ。タケルのために、出発までの間に俺たちにできることはあるか」


 ダニエルの言葉に、タケルは言葉を選んだ。


「昼間……デボネー卿に言われたよ。ブリージア聖王国としては、俺が戦争に参加することで義務を果たせる。だが、魔王軍に勝つつもりなら、女神の遣わした勇者トラが必要だとね。正直言って……同意見だな。あれは、普通の勇者じゃない。何か、異質なものだ。言うことを聞かせるのも難しい。だから……現在は野放しになっているらしいが、勇者トラが戦争に参加するように仕向けられたら、俺の生還率はぐっと上がるだろうな」

「面白いな。冒険者の依頼ランクにすると、どれぐらいだ?」


 武闘僧侶のガジャが拳を打ち鳴らした。


「ランク10……つまり、最高難度だ」

「それを、タダ働きしろってのか?」

「フール、仲間の命がかかっているのよ」

「わかっているよぅ」


 頭を叩いた魔術師スレンに、フールが舌を出した。


「では……一度尋ねてみよう。場所はどこだ? 勇者トラは、どこに住んでいる?」

「デボネー卿が知っている」

「承知した」


 ダニエルは、行動を起こすときの癖になっているらしく、剣を鳴らした。

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