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23 勇者トラ、魔石の充填で金持ちになる

 日が落ちようとしていた。

 小さな明かり取りの窓しかないため、時間の経過による影響はよくわかる。

 ただし、勇者トラの瞳孔が丸に近づき、ルフもケットシーの体になってから、暗がりを苦にしなくなった。


「おい、ずっと閉じこもっていても仕方ないだろう。休憩して飯でも食ってくるか、諦めたらどうだ?」


 魔石の部屋の扉が開いた。古物商の男が顔を出した。

 勇者トラが振り返る。

 勇者トラも、透明の魔石をじっと見つめ続けていたわけではない。


 ひとしきり眺めると、前世特有のいたずら心が湧いたのか、ちょいちょいと手を伸ばし、転がし、追いかけた。

 手の中に捕まえたとたん、また黒色に曇った。


 透明の魔石を知らない時には、黒い魔石を綺麗だと思って惹かれた。だが、透明な魔石を知った今、黒い魔石には興味を惹かれなかった。

 古物商の男が扉を開けた時には、すでに透明の魔石は一つもなかった。


「トラ、どうするニャ? これ入れ以上続けても、意味がないニャ」

「はい」


 勇者トラは、最後に黒くした魔石を手に握っていた。

 古物商の男は、勇者トラの背後の棚に、あるはずの透明の魔石がひとつもないことに、暗がりでは気がつかなかった。

 勇者トラは手の中の魔石を見つめ、名残惜しそうに口にくわえた。少し吸った。

 勇者トラの手のひらにあった魔石から魔力が抜け、透明の魔石に戻った。


「もう終わりにするのか。成果はどうだ?」

「はい」


 勇者トラは、ご機嫌で透明に戻した魔石を見せた。


「ああ……嬉しそうに見せてくれたが、これじゃ完全に空だな」

「トラ……どうやったニャ? 魔石の魔力を吸い出したニャ……」

「吸った」


「そんな……花の蜜を吸い出すみたいにはいかないニャ。トラの特殊能力かニャ?」

「お前さんたち、何を言っているんだ? 魔石に魔力を入れたり出したりなんか、できるはずはないだろう。俺の依頼は失敗ってことでいいのかい?」


 勇者トラは、依頼をやめることに同意した。透明の魔石だけでは、依頼失敗となる。


「トラ……とりあえず、そこの魔石から吸った魔力を戻すニャ」

「はい」


 勇者トラの手の中にある魔石が、たちまち黒色に変わる。


「なっ……どうやった?」

「汚した」


 勇者トラは、黒色の魔石を古物商に渡す。

 古物商は、目にレンズのような道具をはめて魔石を覗き込んだ。

 しばらくして、顔をあげた。


「間違いない。魔力が充填されている。一つでも充填できれば、依頼は完了だ。驚いたな。じゃあ……今まで何をしていたんだ?」

「なんでもいいニャ。報酬をくれニャ」

「ああ、これで……」


 古物商の男は、金貨を一枚取り出した。


「違うニャ。こっちの分もあわせるニャ」


 ルフが暗がりの棚を指す。


「な、なに? ちよっと待て。えっ? ど、どうして……なんだ、これは……」

「依頼したニャ」

「あ、明かりを取ってくる」


 古物商の男が、ランプを灯して持ってきた。

 炎の光を浴び、黒色の魔石が反射した。


「まさか、全部充填済みだと……」

「金をくれニャ」


 勇者トラは、退屈して床の上に座り込んでいた。ルフが肉球を見せる。


「か、確認する時間をくれ」

「ごまかさないかニャ?」

「ああ。冒険者組合に依頼を出した身だ。そんなことは……というより、これを売れば大儲けできるのに、そんなことはしない」

「それもそうだニャ」


 ルフは納得した。古物商の男は、呆然と尋ねる。


「一体……何者なんだ? どんな魔法が使える?」

「『魔法』ってなに?」

「トラは、魔法は使えないニャ」


「そんなはずがあるか」

「というより、魔法の使い方を知らないニャ」

「……宝の持ち腐れだな」


 古物商の男は、暗くなった天井を仰いだ。


「俺は、古物商のシャラクだ。魔術師のところに紹介状を書いてやる。冒険者組合でも学べるだろうが、初歩の魔術しか学べないはずだ。この街で一番の魔術師を紹介してやる」


 古物商のシャラクからとりあえず報酬の一部として金貨一枚を受け取り、依頼伝票にサインを貰って、魔石の鑑定と魔術師への紹介状を約束して、勇者トラは古物商を後にした。


 ※


 勇者トラがとりあえず古物商からもらった金貨は一枚だったが、これまでに得た金から比べると大金である。


「トラ、今日はごちそうだニャ」


 古物商から出ると、ケットシーのルフがご機嫌で話しかけてきた。


「はい」


 答えた勇者トラは、異次元ポケットから取り出したネズミの死骸をルフに渡そうとした。


「ち、違うニャ。さっき古物商のシャラクから、鑑定が終わった魔石分の報酬として金貨をもらったニャ」

「はい」


 小さな物質だったので、異次元ポケットには入れずに、勇者トラは服の間に挟んでいた。

 金貨を取り出す。


「トラ、不用心だニャ。私が預かるニャ」

「はい」


 言われるままに、勇者トラは金貨をケットシーに渡した。


「トラ、これ一枚でごちそう食べ放題だニャ」

「はい」


 勇者トラは、再びネズミの死骸を渡そうとする。


「違うニャ。もうこんなもの、食べなくてもいいニャ」


 ルフは、差し出されたネズミの死骸を押し戻した。


「どうするの?」


 ルフから金貨を返してもらい、勇者トラは金貨を振った。


「……なにをしているニャ?」

「ご馳走が出てくるのかと思って……」

「トラ、金貨はお金だニャ。ご馳走を作ってもらって、その代金として支払うニャ。トラもお金は使ったことがあるはずだニャ……なかったかニャ? 今まで報酬でもらった分は……どうしているニャ?」

「はい」


 勇者トラは、異次元ポケットの中から銅貨と銀貨をつかみ出した。


「……ああ、宿泊は冒険者組合の宿泊所か野宿で……食べ物はレストランの賄いかネズミの死骸だったから、お金が必要なかったニャ。トラに、一番肝心なことを教え忘れていたニャ。いいニャ。お金の使い方をトラに教えるニャ」

「はい」

「じゃあ、レストランに行くニャ」


 ルフが高々と右前足を掲げ、その意味を理解できない勇者トラは、ケットシーの肉球を握った。


 ※


 勇者トラは、ケットシーのルフに先導されてレストランに向かった。

 ルフは、試してみたいレストランに目星をつけていたらしい。

 迷わず街の中を進んでいく。


 街中で迷わないのは、最高天使としての力か、ケットシーの能力かはわからない。

 立派な店構えの店舗の前で止まった。


「ここ……知っている」

「ずっと、トラが働いていたレストランだニャ。一度、客としてきてみたかったニャ」

「魔物はお断りでござろう」


 勇者トラではない、誰かが言った。


「それは酷いニャ」

「いや、従魔なら、よほど巨大でないかぎり首輪をつければ入れるはずだ」


 別の声が教えてくれる。


「うう……仕方ないニャ。我慢だニャ。ところで……さっきから誰だニャ?」


 ルフがきょろきょろと見回すと、二人の人間がルフを持ち上げた。


「勇者トラ、待っていたでござるぞ」

「私たちの顔にいたずら書きをして逃げ出したかと思ったが……ずっと待っていたかいがあった」


 ルフに答えていたのは、王族近衛隊の隊士、デボネー隊長とミランダの二人だった。

 二人が勇者トラを訪ねてきた時、非番だった二人は、仕事中の勇者トラが仕事を終わるのを待てずに酔いつぶれ、勇者トラに近衛隊の治療室に運ばれたのだ。


「……明日って書いてなかった?」

「いや。場所は書いてあったが、日時はなかったぞ」

「書いたのに……」


 勇者トラは首を傾げるが、ルフは肉球を打ち合わせた。音は出ない。


「日時は描ききれずに舌に書いたから、見る前にきっと消えたニャ」

「……まあいい。今日は付き合ってもらうぞ」


 筋肉の塊であるデボネー卿が凄む。


「了解だニャ。今日は、トラの奢りだニャ」


 ルフは、上機嫌のままレストランの扉を前脚で指した。

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