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22 勇者トラ、魔石の充填依頼を受けること

 勇者トラは、一回分に相当する薬草だけを冒険者組合に納品した。

 まとめて納品しても、報酬は変わらないのだ。

 大量に薬草を持ち込んでいくらでも報酬が出るとなると、手慣れた冒険者が独占してしまうためだという。


 ランクを上げるためには依頼の数をこなさなければならず、勇者トラはケットシーのルフに言われた通り、一日に一回、薬草採取の依頼達成を報告することにした。


「トラ、薬草採取だけだと退屈だニャ。こっちに、面白い依頼があるニャ」

「はい」


 身長が足りずにぴょんぴょんと跳ねていたルフの頭上にあった依頼伝票を、勇者トラが手にする。


「魔石……充填? 魔力持ち限定」

「トラ、報酬がいいニャ。50カラットの魔石を一つ充填するごとに、金貨一枚だニャ」

「はい」


 勇者トラは金貨の価値をまだ理解していなかったが、ルフが推したものを断ることは少ない。

 依頼伝票を受付に持ち込んだ。


「……ああ、チューチューバスターさんね。薬草採取も上手みたいだし、有望な冒険者さんみたいね。でも、この依頼は時間の無駄かもよ。魔力持ち限定って書いてあるけど……魔力持ちって、意外と少ないのよ」

「トラは大丈夫だニャ」

「はい」


 ルフが言い、勇者トラが頷く。受付の女は首を振った。


「いい? 依頼伝票をよく読んで。魔石50カラットごとに金貨一枚って書いてあるでしょ。魔力が充填された魔石で50カラットなら、金貨10枚で売れるわ。それに……50カラットを充填させられずに魔力が尽きた場合、依頼は失敗になるわ。金貨一枚の報酬に釣られて集まった冒険者から、少しずつただで魔力を集めて、魔石を高額で転売する悪質な依頼よ。この依頼者、盗品も扱う古物商だもの」


「ニャア……50カラットの魔石を充填するって、そんなに大量の魔力が必要なのかニャ?」

「宮廷魔術師並みの魔力があっても難しいでしょうね。それに、一度空になった魔力が回復するまで、魔力量が少ない人でも3日はかかるわ」


「うニャア……詐欺だニャ。トラ、どうするニャ?」

「魔石って何?」

「そこからなの? まあ……例えば、これね」


 受付の女は、カウンターの置いてある羽根ペンを見せた。

 ペン先の横に、小さな紫色の石がある。


「これが魔石かニャ?」

「そう。これは魔法の羽根ペンでね。インクを注がなくても書けるのよ」

「それは凄いニャ。人間の魔術も進歩しているニャ」

「魔物が生意気よ」


 受付の女は、ルフの耳をつまんで横に引っ張った。


「痛いニャ」


 以前なら激昂していたかもしれない。何度も来ているうちに、互いに慣れたのだ。


「……綺麗」


 二人のやりとりを無視して、勇者トラは魔石をじっと見つめていた。


「トラ、気に入ったのかニャ?」

「はい」


 勇者トラは、ペンに張り付いた魔石をじっと見つめたままだった。


「これで、何カラットニャ?」

「0.2カラットだったかしら」

「ふうむ……トラ、依頼を受ければ、とりあえず魔石がいっぱいあるところに行けるニャ」

「はい」


「受けるニャ。生活費には困っていないニャ。少なくとも、トラは魔力があるはずだニャ」

「そう。まあ、騙されないように気をつけてね」


 言いながら、受付の女は依頼伝票に受領の印を押した。


 ※


 勇者トラは、冒険者組合で受け取った依頼伝票にしたがって、古物商を訪問していた。

 古物商は目つきの鋭い痩せた壮年の男で、勇者トラよりも、連れているケットシーを睨みつけた。

 ただ、ルフは魔物として嫌われるのには慣れているため、睨まれても構わずに店内に入り込んだ。


「冒険者組合から依頼を受けました」


 勇者トラは、依頼を受けた後の第一声として、決まって同じ言葉を発する。同時に依頼伝票を差し出した。

 男は伝票を受け取った。


「そうかい。50カラットの魔石を一つ充填するたびに、金貨一枚だ。まあ、挑戦してみるんだな」

「はい」

「ところで……そっちのは魔物かい?」


「失礼な! 私をなんだと……魔物だニャ」

「ほう。生意気に喋るか。どうだい? そっちのネコも売る気はないかい?」

「売らない」

「トラとは、従魔契約をしているニャ。別れることはできないニャ」


「そうか。まあ、見た目はネコだから、ケットシーと従魔契約をする奴は珍しくないが……従魔契約は、どちらかが死ぬまで解除できないし、従魔にできる魔物の数は、主人の力量に比例する。途中で邪魔になると、弱い従魔は主人に殺されるってことだ。おまえも、気をつけるんだな」


「はい」

「いや……俺が言ったのは、こっちのネコにだよ」

「そんなことにはならないニャー」


 魔物であるルフに直接話しかける人間は珍しかった。貧相な壮年の男だが、魔物に対する偏見は少ないのだろう。

 ルフは目の下をめくりながら、舌を伸ばして抗議した。


「仕事」

「ああ……やる気だな。魔力には自信ありってところか? 魔術師に見えないが、多少は使えるのかい?」


 尋ねられ、勇者トラは首を倒した。理解できなかったのだ。


「トラは、魔法を使ったことはないニャ」

「おいおい、それでよくこの依頼を受けたな」

「トラに魔力があることは保証するニャ」


 ルフは小声で、『女神が』と付け足したが、古物商の男には聞こえていなかったようだ。


「まあいい。一つも充填できなかった場合は、依頼未達成だ。期限は24時間だぞ」

「はい」

「それでよければこっちに来な。今なら、まだ依頼を撤回できるぞ」


「割と親切だニャ」

「そりゃな。若い世間知らずを、潰したいってわけじゃない」

「はい」


 勇者トラは早く魔石を見たかったので、迷わず奥に進んだ。


「知っていると思うが、魔石は、発見されるとき魔力は十分に満たされている。魔物の体内で、余った魔力が結晶化すると言われているから、当然魔物の体内にある時は満たされているってわけだ。50カラットっていうのは、魔石の最大サイズだな。これ以上の魔石は存在しない。魔物が強力になれば、魔石の数が増える。十分に充填された魔石は、市場で結構な価格で取引される。魔石は魔道具に取り付けて、魔力がなくなるまで魔道具に魔力を供給する。発見された時は満タンで黒色をしているが、使っているうちに色が薄くなり、空になると透明になる。そうなると、銅貨一枚の値打ちもない。まあ……そんなものを銅貨一枚で買う奴がいるってことだ」


「それがあんただニャ?」

「そういうことだ」


 古物商の男は、奥の扉を開けた。その先は小さな部屋になっており、壁を覆う棚に所せましと透明の石が並んでいた。

 いずれも、指でつまめるほどの大きさだ。


「期限は24時間……その間にいくつ充填してもいい。その数に応じた報酬を支払う。ただし、一つも充填できなかった時は依頼失敗だ。その間の出入りは自由だから、飯を食うのでも昼寝するのでも、好きにしていい」

「わかったニャ」


 勇者トラは、棚に並んだ空の魔石に目を吸い寄せられていたため、代わりにルフが返事をした。

 古物商の男が扉を閉める。


「ところで……魔力を充填するってどうやるニャ?」

「知らない……綺麗」


 部屋は小さな明かり取りの窓があるだけで薄暗かったが、勇者トラには十分な光源だった。

 空の魔石を取り上げ、透かし見た。


「よかったニャ。トラ……魔力充填の方法、鑑定スキルでわからないかニャ?」

「……濁った」


 勇者トラの声が落ち込む。勇者トラが光にかざしていた魔石が、黒色に染まっていた。


「えっ? トラ? 何をしたニャ?」

「別に、何も……」


 勇者トラは、別の透明な魔石を持ち上げる。紫色をした魔石も、冒険者組合で見たときは綺麗だと感じだが、今はむしろ透明になった魔石に勇者トラは魅了されていた。


「ちょ、ちょっと待つニャ……冒険者組合の受付嬢の話では、50カラットの魔石を充填するのは宮廷魔術師でも一つできるかどうかで……」

「……濁った」


 勇者トラは再び肩を落とした。別の魔石を持ち上げる。


「そんなに大量の魔力を使ったら……いくら女神の加護を受けた勇者でも、倒れてしまうニャ」

「……濁った」

「いい加減にするニャ」


 次の魔石を取り上げようとしていた勇者トラに、先回りしてルフが魔石を取り上げる。


「うっ……魔力が吸われるニャ。けど……大したことないニャ。さすが私、最高位天使だニャ。でも……空の魔石が勝手に魔力を吸うってことは、ちょっとした武器になるかニャ?」


 ルフが掴んだ魔石も、すぐに黒色に変わってしまった。


「……なんだ。大したことないニャ」

「でも、すぐに濁る」

「触らないで見ていればいいニャ」

「あっ……そうか。ルフ、頭いい」

「当然だニャ」


 ニャハハと笑うルフを置いて、勇者トラは透明な役立たずの魔石に顔を近づけて、飽きるまで見つめていた。

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