20 勇者トラ、冒険者組合で天職を見つける。ネズミを退治すること
レストランの仕事を完遂した翌日、勇者トラは冒険者組合で仕事の斡旋を受けていた。
「えっ? この依頼でいいんですか? 簡単に見えますけど、意外と難しいですから、何人も失敗していますよ。まあ、最低ランクの依頼ですので、ベテランさんはそもそも受けませんけどね」
受付の女性はそう言いながらも、仕事を受けたいという勇者トラの申し出を受理した。
「討伐依頼」
勇者トラは、少し誇らしげに従魔のケットシー、ルフに依頼票を見せた。
「『討伐依頼』ニャ? 勇者トラはまだ1ランクだから、討伐依頼なんか受けられないはず……これ、討伐じゃなくて駆除だニャ」
勇者トラは、依頼が書かれた伝票を確認する。
「……討伐じゃない?」
不安そうにつぶやいた勇者トラの背後から、冒険者組合の受付嬢が声をかけた。
「はいはい。ちゃんとした討伐依頼ですよ。街の下水道局から常時出されている依頼で、ネズミ一匹につき銅貨10枚、証拠に尻尾を提出すること。ねっ? そっちの魔物さん、討伐依頼でしょう? せっかく、こっちのぼくが受ける気でいるのに、余計なこと言わないの。定期的に冒険者を送り込んでくれって言われているんだから。この依頼は……下水道局からの謝礼がいいから、冒険者組合には貢献できるわよ」
「討伐依頼」
再び勇者トラが胸を張る。
「わかったニャ……トラが得意そうな依頼だニャ」
「はい」
勇者トラは、はりきってルフの首をぶら下げた。
※
地図で指定されたのは、王都の公衆衛生を担う下水道局だった。
依頼を出した下水道局の職員に聞くと、王都の主要拠点を結ぶ地下下水道に入り、ネズミの種類は問わないので、出来るだけ多く捕殺してもらいたいと告げられた。
「はい」
「良い返事だ。まあ……一匹も殺せなかったら依頼失敗にするけど、そうでなければ失敗扱いにはしないよ。ただ……新人さんには、何もできずに逃げ帰ってくる奴もいる。お兄ちゃんも気をつけなよ」
「はい」
勇者トラは再びしっかりと返事をした。
地下下水道への扉が開けられる。
勇者トラは、ネズミ退治に挑むため、地下下水道に踏み込んだ。
※
勇者トラが下水道へ降りると、上から職員が声をかけた。
「おーい……灯りを持って行きなよ」
「いらないニャ」
「あんたは猫目だろうけど、ご主人は違うだろう? 暗くちゃ、見えないぜ」
「心配ないニャ」
下水道は、ところどころに地上から漏れ入る光があり、完全な暗闇ではなかった。
通常ならそれでもほとんど見えなくなる程度には暗い。だが、勇者トラの目は、瞳孔がしっかりと開き、通常の人間には存在していない光の反射板が網膜にあることで、不都合なく見えていた。
かけられた声に反応する暇もなかった。
地下下水道に降りた瞬間から、水の溜まった石畳を埋め尽くすかのように、ネズミがひしめいていたのだ。
地上から降って来た勇者トラに、小さな生物が赤く光る目を一斉に向けたのだ。
次の瞬間、チューチューと鳴きながら、勇者トラに襲いかかった。
「ひっ、トラ……」
その様に、ケットシーのルフが怯えた。ルフは、汚れを知らない最高位天使である。具体的な汚れそのもののネズミたちに、恐れをなしたのだ。
「ニャー……」
「トラ、ダメだニャ……」
勇者トラの本能が、人間を忘れさせた。
ただ、本能の赴くままに、鳴き声を発した。口角が上がり、まるで笑っているかのようだ。
勇者トラに襲いかかろうとしていたネズミたちが、恐怖に固まった。
「ニャー」
さらに高く声をあげ、勇者トラが爪を伸ばす。隠れる肉球はないはずなのに、勇者トラの意思によって、鋭い爪が飛び出した。
一瞬で先頭のネズミを殺す。
再び腕を振るい、さらに数匹を殺す。顔に飛びかかってきたネズミを、咬み殺す。
肉汁と血を滴らせ、腕を振るい、牙で息の根を止める。
何度目かの鳴き声が上がるときには、むしろネズミたちがパニックに陥り、逃げ惑っていた。
「トラ、追わなくてもいいんじゃないかと思うニャ」
ルフの忠告に従わず、逃げ惑うネズミたちを、勇者トラは追いかけた。
ただ、楽しかったからである。
死屍累々たるネズミの死骸が道を成す。
約半日地下下水道に篭り、勇者トラが殺したネズミの数は、実に30000匹に及んだ。
※
勇者トラのネズミ退治が終わったのは、ネズミを退治しきったからではない。
単に、勇者トラが飽きたのだ。気が済んだ、と言うこともできる。
いずれにしろ、死屍累々たるネズミの死骸を積み上げ、勇者トラは満足した。
「グロいニャー……尻尾をちぎって持って行かないと、報酬を貰えないニャ。尻尾でなくても、ネズミをまるごと提出してもいいらしいニャ」
「尻尾を提出する」
「尻尾以外はどうするニャ?」
「おやつ」
勇者トラは、異次元ポケットと呼ばれる収納スペースを所持している。
女神から授かった、スキルと呼ばれる特殊能力だ。
最上位天使であり現在はケットシーとなっているルフの分析によると、ほぼ無限に収納できるらしい。
勇者トラは知らず、その価値を全く理解できていなかった。
ただ、勇者トラは捕まえたネズミを『おやつ』として保存する場所として、利用していた。
ルフが嫌そうに、どこで拾ったのか木の枝を使ってネズミの死骸を勇者トラに渡す。
勇者トラはネズミの死骸を受け取り、尻尾を引き抜いてネズミ本体を異次元保ポケットに放り込む。
依頼主から預かった革袋に尻尾を詰め込む。
しばらく手作業を続けていた。
終わった頃、ルフが嘆いた。
「もう、こんな仕事は嫌だニャー……町の外に出られれば、薬草の採取依頼も受けられるのにニャ」
「薬草って?」
「人間の体に、ちょっと変わった作用をする草を集める依頼だニャ。興味あるかニャ?」
「はい」
「トラのいい返事は、信用できないニャー。まあいいニャ。これだけネズミをとれば、しばらくは働かなくてもいいニャ」
ルフは、トラが30000匹のネズミの尻尾を詰め込んだ、革袋を突いた。
※
ネズミの死骸一匹で、前世のトラのいた世界で100円で買い取ってくれることになっていた。
30000匹を捉えたので、同じ基準なら300万円になる。
贅沢をするという思考が存在しない勇者トラにはとっては、ほぼ一生遊んで暮らせる金額である。
ぱんぱんに膨らんだ革袋を見て、依頼主の下水道局職員が目を丸くした。
「……随分長く潜っていると思ったけど……凄いな。ネズミを皆殺しにしたのかい?」
「まだ、一杯いる」
「トラ、嬉しそうに言わないニャー」
「まあ……あの依頼は出しっ放しにしておくから、気が向いたら受けてくれ。久しぶりに、まともに予算を使えそうで安心した」
「また明日……」
「トラ、しばらく待った方が、もっとネズミが増えるニャー」
「……また、来る」
「ああ。頼むぜ」
下水道局の職員に感謝され、勇者トラは冒険者として二つ目の依頼も成功で終えた。




