表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/47

20 勇者トラ、冒険者組合で天職を見つける。ネズミを退治すること

 レストランの仕事を完遂した翌日、勇者トラは冒険者組合で仕事の斡旋を受けていた。


「えっ? この依頼でいいんですか? 簡単に見えますけど、意外と難しいですから、何人も失敗していますよ。まあ、最低ランクの依頼ですので、ベテランさんはそもそも受けませんけどね」


 受付の女性はそう言いながらも、仕事を受けたいという勇者トラの申し出を受理した。


「討伐依頼」


 勇者トラは、少し誇らしげに従魔のケットシー、ルフに依頼票を見せた。


「『討伐依頼』ニャ? 勇者トラはまだ1ランクだから、討伐依頼なんか受けられないはず……これ、討伐じゃなくて駆除だニャ」


 勇者トラは、依頼が書かれた伝票を確認する。


「……討伐じゃない?」


 不安そうにつぶやいた勇者トラの背後から、冒険者組合の受付嬢が声をかけた。


「はいはい。ちゃんとした討伐依頼ですよ。街の下水道局から常時出されている依頼で、ネズミ一匹につき銅貨10枚、証拠に尻尾を提出すること。ねっ? そっちの魔物さん、討伐依頼でしょう? せっかく、こっちのぼくが受ける気でいるのに、余計なこと言わないの。定期的に冒険者を送り込んでくれって言われているんだから。この依頼は……下水道局からの謝礼がいいから、冒険者組合には貢献できるわよ」

「討伐依頼」


 再び勇者トラが胸を張る。


「わかったニャ……トラが得意そうな依頼だニャ」

「はい」


 勇者トラは、はりきってルフの首をぶら下げた。


 ※


 地図で指定されたのは、王都の公衆衛生を担う下水道局だった。

 依頼を出した下水道局の職員に聞くと、王都の主要拠点を結ぶ地下下水道に入り、ネズミの種類は問わないので、出来るだけ多く捕殺してもらいたいと告げられた。


「はい」

「良い返事だ。まあ……一匹も殺せなかったら依頼失敗にするけど、そうでなければ失敗扱いにはしないよ。ただ……新人さんには、何もできずに逃げ帰ってくる奴もいる。お兄ちゃんも気をつけなよ」

「はい」


 勇者トラは再びしっかりと返事をした。

 地下下水道への扉が開けられる。

 勇者トラは、ネズミ退治に挑むため、地下下水道に踏み込んだ。


 ※


 勇者トラが下水道へ降りると、上から職員が声をかけた。


「おーい……灯りを持って行きなよ」

「いらないニャ」

「あんたは猫目だろうけど、ご主人は違うだろう? 暗くちゃ、見えないぜ」

「心配ないニャ」


 下水道は、ところどころに地上から漏れ入る光があり、完全な暗闇ではなかった。

 通常ならそれでもほとんど見えなくなる程度には暗い。だが、勇者トラの目は、瞳孔がしっかりと開き、通常の人間には存在していない光の反射板が網膜にあることで、不都合なく見えていた。


 かけられた声に反応する暇もなかった。

 地下下水道に降りた瞬間から、水の溜まった石畳を埋め尽くすかのように、ネズミがひしめいていたのだ。

 地上から降って来た勇者トラに、小さな生物が赤く光る目を一斉に向けたのだ。

 次の瞬間、チューチューと鳴きながら、勇者トラに襲いかかった。


「ひっ、トラ……」


 その様に、ケットシーのルフが怯えた。ルフは、汚れを知らない最高位天使である。具体的な汚れそのもののネズミたちに、恐れをなしたのだ。


「ニャー……」

「トラ、ダメだニャ……」


 勇者トラの本能が、人間を忘れさせた。

 ただ、本能の赴くままに、鳴き声を発した。口角が上がり、まるで笑っているかのようだ。

 勇者トラに襲いかかろうとしていたネズミたちが、恐怖に固まった。


「ニャー」


 さらに高く声をあげ、勇者トラが爪を伸ばす。隠れる肉球はないはずなのに、勇者トラの意思によって、鋭い爪が飛び出した。

 一瞬で先頭のネズミを殺す。


 再び腕を振るい、さらに数匹を殺す。顔に飛びかかってきたネズミを、咬み殺す。

 肉汁と血を滴らせ、腕を振るい、牙で息の根を止める。

 何度目かの鳴き声が上がるときには、むしろネズミたちがパニックに陥り、逃げ惑っていた。


「トラ、追わなくてもいいんじゃないかと思うニャ」


 ルフの忠告に従わず、逃げ惑うネズミたちを、勇者トラは追いかけた。

 ただ、楽しかったからである。

 死屍累々たるネズミの死骸が道を成す。

 約半日地下下水道に篭り、勇者トラが殺したネズミの数は、実に30000匹に及んだ。


 ※


 勇者トラのネズミ退治が終わったのは、ネズミを退治しきったからではない。

 単に、勇者トラが飽きたのだ。気が済んだ、と言うこともできる。

 いずれにしろ、死屍累々たるネズミの死骸を積み上げ、勇者トラは満足した。


「グロいニャー……尻尾をちぎって持って行かないと、報酬を貰えないニャ。尻尾でなくても、ネズミをまるごと提出してもいいらしいニャ」

「尻尾を提出する」

「尻尾以外はどうするニャ?」

「おやつ」


 勇者トラは、異次元ポケットと呼ばれる収納スペースを所持している。

 女神から授かった、スキルと呼ばれる特殊能力だ。

 最上位天使であり現在はケットシーとなっているルフの分析によると、ほぼ無限に収納できるらしい。

 勇者トラは知らず、その価値を全く理解できていなかった。


 ただ、勇者トラは捕まえたネズミを『おやつ』として保存する場所として、利用していた。

 ルフが嫌そうに、どこで拾ったのか木の枝を使ってネズミの死骸を勇者トラに渡す。

 勇者トラはネズミの死骸を受け取り、尻尾を引き抜いてネズミ本体を異次元保ポケットに放り込む。


 依頼主から預かった革袋に尻尾を詰め込む。

 しばらく手作業を続けていた。

 終わった頃、ルフが嘆いた。


「もう、こんな仕事は嫌だニャー……町の外に出られれば、薬草の採取依頼も受けられるのにニャ」

「薬草って?」

「人間の体に、ちょっと変わった作用をする草を集める依頼だニャ。興味あるかニャ?」

「はい」

「トラのいい返事は、信用できないニャー。まあいいニャ。これだけネズミをとれば、しばらくは働かなくてもいいニャ」


 ルフは、トラが30000匹のネズミの尻尾を詰め込んだ、革袋を突いた。


 ※


 ネズミの死骸一匹で、前世のトラのいた世界で100円で買い取ってくれることになっていた。

 30000匹を捉えたので、同じ基準なら300万円になる。

 贅沢をするという思考が存在しない勇者トラにはとっては、ほぼ一生遊んで暮らせる金額である。

ぱんぱんに膨らんだ革袋を見て、依頼主の下水道局職員が目を丸くした。


「……随分長く潜っていると思ったけど……凄いな。ネズミを皆殺しにしたのかい?」

「まだ、一杯いる」

「トラ、嬉しそうに言わないニャー」


「まあ……あの依頼は出しっ放しにしておくから、気が向いたら受けてくれ。久しぶりに、まともに予算を使えそうで安心した」

「また明日……」

「トラ、しばらく待った方が、もっとネズミが増えるニャー」

「……また、来る」

「ああ。頼むぜ」


 下水道局の職員に感謝され、勇者トラは冒険者として二つ目の依頼も成功で終えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ