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2 勇者として異世界に送られたネコ、人間を惑わす

 別の世界で飼い主から逸れ、最後には野良猫として死亡したトラは、新しい世界で人間たちに囲まれていた。


「国王よ、ご覧ください。召喚は成功です」

「お、おお……ま、まごうことなき……勇者……なのか?」

「女神様の託宣により、予言された方法で、予言された通りの時間に召喚されたのです。疑ってはなりません」


 国王と呼ばれた男が大きな椅子に座り、周囲を人間たちに取り囲まれていた。

 トラには本来、人間の発する言葉は言語としては理解できない。

 だが、それは元の世界での話である。

 この世界に送られる前に、トラは人間を管理する女神によって、異世界言語理解という特殊スキルと、人間としての知恵が与えられていた。


 人間たちの言葉はわかった。だが、何を意味しているのかまでの深い理解はできていなかった。

 自分を囲むように、人間たちが立っている。自分が人間の姿になっていることは理解していた。女神にょって強引に理解させられたのだ。

 ただし、人間の姿になったということが何を意味するのか、理解していなかった。


 自分のいる場所を中心に、幾何学模様と文字が描かれている。トラにはその文字を読むこともできたが、意味するところは理解していない。

 円の外側に、ローブをまとった人間たちが等間隔に立ち、王と取り巻きの人間たちは、さらにその外側にいた。


「しかし……なぜ勇者は裸なのだ?」

「勇者が裸で召喚されるとは、託宣にはございませんでした。前例もありませんが、この世界に死ぬまで居住する意識を示しているのではないでしょうか」


 裸一貫でこの世界に来たことを、帰るつもりがないと解釈されたらしい。王は頷いた。


「ふむ。ならば重畳である。しかし……あの座り方はなんだ? 異世界の人間はああいう座り方をするのか?」


 女神は、トラを人の姿にした。だが、人間の肉体の扱い方を教える時間はなかった。前足だったものが手に変化したことと、後脚だけで歩行することを教えなかった。

 立ち上がることを教える時間もなかった。

 だからトラは、召喚される前と後で座り方を変えていない。


 人間から見れば、全裸のまま、カエルのような座り方をしているように見えることなど、知るはずもなかった。

 大勢の人間に囲まれている。不幸にして元の世界では死亡したが、人間にとり入る方法は心得ている。

 トラは品良く座るように心がけた。


 長い尻尾を自分の前足に巻きつけるようにするのは、優雅な振る舞いだと知っていた。

 尻尾をくるんと巻き付けようとし、トラは、自分の尻に尾が生えていないことに気がついた。


「……どうやら、勇者は自分の尻を見ているな」

「尻が冷えるのでしょう。風邪を引かせてしまうのは、得策ではありません」

「うむ……余も、目の前で勇者が召喚されたのを見るのは初めてだ。カーチェス姫、どうだ?」


 一番大きな椅子に座っていた王と呼ばれる人間の隣に、やや小さな椅子が置かれており、椅子にあわせたような小さな人間が腰かけている。王に話しかけられたのは、小さな椅子に座る小さな姫だった。

 姫は答えなかった。目を塞いでいるのだ。


「おお。姫にはまだ、目の毒のようだな。勇者よ。我がブリージア聖王国によく来てくれた。我々の言葉はわかるかな?」


 大きな椅子に座っている人間が、声を張り上げた。

 トラはその人間からやや視線を外した。ネコの習性として、相対する者とは視線を合わせない。視線を合わせる時は、戦う覚悟を決めた時だけだ。


 ネコは犬とは違い、群を基本的に作らない。大きな椅子に座った人間は王と呼ばれていたが、『王』という存在が何を意味するのか、全く理解できなかった。

 だが、女神に言われたことを思い出した。

 鳴いてはいけない。語尾に『ニャ』とつけてはいけない。

 しばらく考え、女神に言われた通りの返事をした。


「……はい」

「おお。ならば話は早い。さあ、立ち上がってくれ」


 大きな椅子に座った人間は、トラに立てと言った。命令ではなさそうだ。

 命令ではないが、言葉を理解できることを示すためにも、従った方がいいだろう。

 何しろ、人間は機嫌がいいと餌をくれるのだ。


 トラは立ち上がった。

 両手を床の上に付いたまま、脚を伸ばした。

 手よりも足が長いらしく、前傾姿勢になった。


「勇者よ……どうした? 勇者の世界では、人間は四足なのか?」


 王は腰をあげた。中腰になった。驚いて立ち上がりかけたようだ。

 トラは理解した。王の所作を見て、『立つ』とはどういうことを意味するのか理解した。

 トラの背後にいた人間たちが囁いた。


「わ、わたし……ゆ、勇者の肛門を見てしまったわ」

「結構、立派なのをぶら下げているな」

「しっ。見ていないことにしろ」


 背後からの声も聞き取れる。言葉として理解できていない時は、ただの雑音だった。だが、今は意味をもった言葉だとわかる。

 トラは、両手で床を押した。


 重心を後ろに移動させ、徐々に体を起こした。

 後ろ足で立ったことはある。だが、その時とは足の構造が違う。体の構造も違う。

 少しふらついた。

 だが、トラは前世からの通算でも始めて、人間と同じ立ち方をした。


「勇者に着るものを」


 大きな椅子に座っていた人間が、再び椅子に腰かけながら言った。

 トラを囲むように描かれた円の内側には、これまで誰もいなかった。円を踏まないように人間たちが遠巻きにしていたのだ。

 その円を踏みつけ、エプロン付きの黒い服を来た若い娘が、白い布を掲げて近づいて来た。


 トラは、メイドもメイド服も知らなかった。若い娘が、トラを見ないようにしているかのように顔を背けている理由もわからなかった。

 人間が差し出すものだ。警戒はしても、拒絶するのは得策ではない。

 トラは、差し出された白い布に噛み付いた。


「えっ? 勇者様?」


 味がしない。噛みきれない。どうやら、食べ物ではない。

 トラは口に含んだ白い布を口から外し、舌を手の甲で擦った。

 手の甲が痛い。

 トラは、手の甲を覆う柔らかい毛も厚い皮も失ったことを知った。


 トラは、人間の姿になったことを知った。形だけ人間になっても、ネコであることは変わらないのだと知った。

 つまり、舌がざらざらだったのだ。

 驚いたトラは、バランスを崩した。

 使ったことのない肉体である。微妙なバランスで、ようやく立ち上がったところだった。


 トラは、尻餅をついた。

 トラの上に、白い布を持ってきたメイド服の娘が倒れて来た。

 トラに布をかぶせる形で、トラの上にのしかかってきたのだ。


「は、破廉恥です! 侍女メイ、なにをしているの!」


 声を張り上げたのは、少し小さな椅子に座っていた、カーチェス姫だった。

 椅子から立ち上がり、トラともつれ合うように倒れた若い娘を指差している。


「も、もうしわけありません」


 侍女メイと呼ばれた若い女が慌てて立ち上がり、布に足を取られて再びトラの上に落ちた。わざとトラにのしかかったわけではないのだ。白い布が大きすぎて、足をとられたようだ。

 トラ自身は、単に尻餅をついて倒れていただけで、何もしていない。


「まあまあ、カーチェス姫、二人にも悪気があったわけではないだろう」

「でも、お父様……」

「カーチェス姫は、勇者の召喚を楽しみにしていたのだものな。どうかな姫、姫のお眼鏡に叶う勇者だったかな?」

「も、もう……意地悪なのですから」


 カーチェス姫がそっぽを向くと、大きな椅子に座った人間も、その左右にいた人間たちも、同じような笑い声をあげた。

 トラは、人間たちのやりとりを聴きながら、内容は理解せず、白い布にからまった侍女メイと呼ばれた若い娘を解き放した。

 白い布は、すべすべして気持ちがいい。トラは、先程噛み付いた布に、頬ずりをした。


「私の前で不埒な行いをした罰です。お父様、勇者にも試練を」

「おお。姫は厳しいな。だが、それでこそ姫だ。承知しておる。勇者よ、まだ名を聞いていなかったな」


 トラは、白い布に頬ずりし続けていた。侍女メイは、布の端を掴んでトラの体に巻きつけようとしていたが、なかなかうまく行かないようだ。

 何より、トラが布に顔を押しつけ続けたからである。

 呼ばれたと思ったトラが顔をあげる。


 トラは考えた。人間たちが、自分をなんと呼んでいたか。自分を最も大切に扱い、居ごこちのいい場所と美味しい餌をくれた、トラの中で主人だと思っていた人間がいた。

 それは、自分の名前なのだろう。何よりの証拠に、女神が同じ名前で自分のことを呼んでいた。


「トラ」

「トラか……短いが、雄々しく勇ましい名だ。では、勇者トラよ。我がブリージア聖王国は勇者トラを歓迎する。だが、まずは勇者の力を示して貰いたい。1時間後に、御前試合を執り行う。侍女メイ、勇者はそなたが気に入られたようだ。しっかりと準備を手伝ってあげなさい」

「えっ? あ、はい」


 大きな椅子に座った人間には、命令するだけの力があるのだろう。侍女メイは、はいつくばように返事をした。

 ようやく、トラの最もデリケートな部分を布で隠したところだった。


 ※


~ブリージア聖王国の王たち~


 布だけをまとった格好で、勇者トラは侍女メイが連れて行った。

 玉座に座ったブリージア聖王国の国王バランは、勇者召喚のために呼び集めた魔術師たちに解散を告げ、深く椅子に沈み込んだ。

 腹を割って話せる者たちしか居ない場所以外では、決してしない座り方である。


 となりの玉座には王妃、少し小さい椅子に長女のカーチェス姫、正面に膝をついた主席宮廷魔術師サホカンと、女神からの信託を受けられる数少ない神官たちを束ねるトリアド枢機卿、軍部のトップである大元帥ムンデル、行政部門を取りまとめる宰相カバルが居た。ブリージア聖王国の首脳部を上げるとすれば、必ず名前が上がる面々である。


 定例の御前会議でも、全員はめったに集まることのない。ブリージア聖王国の全てが集まっていると言っても同じことだ。

 勇者召喚を見届けるために、全員が予定を繰り上げて集まったのだ。


「まずは……成ったな」


 国王であるバランが嘆息するように言った。


「我らが女神の託宣による勇者召喚です。違うはずがありません」


 トリアド枢機卿が頷いた。


「では……能力と人物も、女神のお墨付きということでいいのか? 過去の歴史では、召喚された勇者によって、国を乱されたこともあるらしいが」


 国王バラン自身は、勇者の召喚に決して前向きではなかった。


「過去の召喚は、国益のための召喚でした。その意味では今回も同様ですが、魔王軍という具体的な脅威があります。魔王軍との戦いに役立つかどうか。今回はその一点のみの評価でよいでしょう」


 大元帥ムンデルの言葉に、宰相カバルが同調する。


「魔王の支配地と接するジギリス帝国からの盟約により、勇者を派遣する国は、兵士も物資も送らなくてよいこととされています。全く戦力にならないようでは困りますが、ジギリス帝国が勇者と認める程度、つまり……通常の人間ではありえない程度の力を示してくれれば、我が国の国益に叶うと計算していいでしょう」

「そうだな。それで……召喚された勇者トラをどう見る?」


 王の問いに、ブリージア聖王国の中枢を司る者たちが、顔を見交わした。

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