18 王宮に現れた勇者と、二人の近衛隊隊士のこと
~ブリージア聖王国 国王バラン~
ブリージア聖王国の王城で、国王バランは勇者タケルの謁見を行い、終了後に国の重臣を集めた。
王の自室である。
情報をごく一部に限りたい時、バランは王としての執務室ではなく、自室に集めることが多かった。
王の弟でもある宰相カバル、大元帥ムンデル、主席宮廷魔術師サホカン、枢機卿ドリアドといったいつもの面々が集まっていた。
「勇者のことだ」
国王バランが口火を切った。
「でしょうな」
宰相カバルが頷き、先を促した。王は応じた。
「先程、タケルという名の勇者と謁見を行った」
「勇者トラとは別の勇者ですな?」
主席宮廷魔術師サホカンに頷く。
「謁見の結果、これまでの勇者召喚の記録にもとづけば……タケルを異世界から召喚された勇者とみなして間違いはなさそうだ」
「過去の歴史において、女神が同時期に複数の勇者を使わしたことはなかったはずです。推測ですが、女神は勇者を遣わすことに、多くの力を割かれてしまい、続けて遣わすことができないのだと考えられています」
枢機卿ドリアドが分析する。大元帥ムンデルが反応した。
「可能性はいくつかあるが、勇者は必ずしも女神が使わした者とは限らない。これが一つですな。タケルという勇者は、別の何者かに召喚されたのでしょう」
「勇者召喚の儀式には、最低でも10人の魔術師が必要です。それほどの魔術師を集めて……国家以外の何者が勇者を召喚するというのですか? まさか、ブリージア聖王国で勇者召喚が行われ、私が知らなかったとでも?」
自ら魔術師であるサホカンが首を振る。
「まあ、待て。わしは、可能性の一つを言ったにすぎん。もう一つ……召喚された直後の勇者ではない……この可能性も高いのではないか?」
黙って聞いていた国王バランが頷いた。
「10年前……魔王領と接するジギリス帝国が、魔王軍の大攻勢に対抗するため、大量の勇者を召喚した。大量といっても10人程度しかいなかったらしいが、それだけの数の勇者を戦場に投入すれば、戦況は覆る。圧倒的に不利と思われていたジギリス帝国が、魔王軍を引かせたのも事実だ。だが、その結果勇者は全滅した。そう言われている。だが……勇者の死体を確認したと言っているのは、ジギリス帝国の者だけだ」
「ふむ……もし、10年前に召喚された勇者が生き残っていたとして、その勇者は、女神の恩恵も加護もないはずですな。強いのですか?」
宰相カバルが尋ねる。元帥ムンデルが笑った。
「わしはすでにタケルとやらに会った。能力はあるのだろう。だが……強いとは思えない」
「戦って見なければわかるまい。見た目では判断できないのは、勇者トラで思い知ったはずだ」
元帥ムンデルを、国王バランがいさめる。
「今、どうしています?」
「王城の一室を与えている。冒険者組合に勇者を探す依頼を出したところ、自分から名乗りをあげたそうだ。もともと、冒険者としてパーティーを組んでいたらしいな。そのパーティーと一緒に、冒険者として依頼をこなしている日数分、報酬を与えることになります」
「ふむ……冒険者組合の依頼には、勇者とだけ指定して、勇者トラとは指名しませんでしたからな」
宰相カバルが自分の額を叩いた。
「どうして、そんなことをしたのだ?」
「同時期に、勇者が二人いるとは考えませんでしたし、勇者トラが警戒すると厄介だと思ったのです。探しているのは勇者トラだけだとは、冒険者組合の組合長も知らないことです」
「我々が探しているのは、勇者トラではないだろう」
枢機卿ドリアドが言った。
「どういうことだ?」
「勇者トラが見つからなければ、軍隊を派遣しなければならない。それならば、デボネー卿を勇者だといつわって参加させればいい。そこまで検討していたはずです。しかも、デボネー卿と違って本物の勇者ならば……強くある必要もない」
「なるほどな。ドリアド枢機卿の言うことは正しいだろう。勇者トラである必要は、当面はない。だが、女神は魔王を倒せる人材として、勇者トラを遣わしたのだ。我々はそう判断していた。勇者トラの行方は探す。同時に、当面の戦争のために、勇者タケルを抱え込む。ムンデル大元帥、頼むぞ」
バラン王はまとめると、戦事についての全権を持つ大元帥ムンデルに託した。
~ブリージア聖王国 近衛隊隊長デボネー~
近衛隊の隊長であるデボネーは、王城の中庭で勇者タケルと打ち合っていた。
デボネーが打ちおろす大剣が振り下ろされ、勇者タケルの剣がへし折れる。
「……参った」
タケルが荒く息を吐いた。
「ふむ……まあ、こんなものでござるか。それなりには鍛えられているが、まだまだでござるな」
デボネーは言うと、振り下ろして地面に突き刺さった大剣を、片手で担ぎ上げる。
「あんた……勇者じゃないのか?」
「違うでござる。拙者は、この世界で生まれ育った人間でござるよ。勇者のように、恵まれた素質を持ってはいないでござる」
「そうは思えないが」
「勇者タケル……お主には魔法も、スキルと呼ばれる不思議な力もあるのでござろう? 剣だけの勝負なら、拙者の方が強い。それだけでござる」
「ああ……感謝する」
勇者タケルが頭を下げる。
デボネーは、大剣を肩に訓練場を後にした。
行く先に、同じ近衛隊の隊士ミランダが立っていた。
「おお。久しぶりでござるな。怪我はもうよいでござるか?」
「デボネー卿、あなたの方がひどくやられたはずだがな。随分治りが早い。鍛えた体は違うのか? いくら回復が早くても、デボネー卿ほど鍛えたいとは思わないがね」
ミランダは、ほっそりとした体つきをしている。女性の隊士である。
王族の覚えがめでたく、直接の警護につくことが多く、実戦で戦うことは少ない。
「そういうことではないでござる。拙者のところに、トラ殿が来たでござるよ。不思議な力で癒してくれたでござる。そうでなければ……この鼻はもげていたでござろうな」
デボネーが自分の鼻を摘む。
「私のところには来なかったよ。やはり、嫌われているのか……」
「ミランダは、トラ殿と戦ったわけではないでござろう。ミランダに怪我を負わせ、すぐに出奔してしまったでござる。怪我をさせたと知っていれば、ミランダのところにも行ったはずでござる」
「怪我を癒す不思議な力か……召喚されたばかりの勇者は、魔力の素質はあっても魔法は使用できないと言われている。ならば……トラ殿特有のスキルかな?」
「そうかもしれないでござるが……拙者には、なにかもっと別の力に感じられたでござる」
話しながら、二人は王城の通路を歩いていた。
通りかかった近衛隊士たちに、デボネーが剣を預ける。
四人がかりで運んでいった。
「ふむ。やはり、勇者トラこそが、女神が遣わした本物の勇者ということか……タケルはどうだった?」
ミランダが考えながら言った。デボネーも真剣に答える。
「勇者の強さは、異世界から来た者特有の体の強さ、魔力の適性、不思議なスキルでござる。拙者が試したのは、剣を使用した戦い方だけでござるが……弱くはないでござろう。条件が互角で戦えば、スキルや魔法を使われれば、拙者が負けるでござろう。ただ……冒険者としての戦い方が身についているでござる。魔物に対しては強くとも、人型の相手は慣れていないように感じたでござるな」
「では……」
「うむ。ジギリス帝国が10年前に召喚した勇者の一人と考えて、間違いはないでござろう。冒険者として仲間もできたようでござるが、苦労したのでござろうな。勇者にしては腰が低いでござる」
「では……帝国と魔王軍の戦争に送り出すのは……」
「勇者トラである必要はないと、王たちは考えているでござろう。もっとも……王が冒険者組合に出した依頼には、勇者を保護した後、魔王軍との戦いに向かわせるとは書かれていなかったでござる。悲惨な戦争だったと聞いてござる。勇者タケルが、大人しく戦争に参加するかどうかは、まだわからないでござろう」
「勇者トラ、どこに行ったのか……」
二人は、歩きながら王城を出ていた。街中を歩く。近衛隊の隊士としての役目からは、解放された時間だった。
二人は親友だった。休日には、決まって飲みに出かけるほど仲はよかった。近衛隊の中で、女性なのは二人だけだということもあっただろう。
「怪我をさせられ、恨んでいるのでござるか?」
「まさか。そんなことで恨んでいたら、デボネー卿とは口も利けないじゃないか」
「そこまで卑屈になることもないでござろう。カーチェス姫はご立腹だったがのう」
「あの姫にも困ったものだ。新しい勇者が見つかったのだから、それで満足すればいいものを。『おじさんじゃない』って言って、顔も合わせようとしなかったらしい。聞いたところでは、勇者はまだ、20代だというじゃないか」
「カーチェス様とは、10歳以上離れているでござる」
「王族の姫が、相手の年齢を気にする立場でもあるまい」
「ミランダが言うでござるか」
ミランダは、普段は近衛隊の制服に身を包んでいるが、ドレスを着れば万人が振り返る美貌の持ち主である。紹介される貴族の子息は数多いが、今ままでに特定の男に定めたことはない。
二人は話ながら、レストランに入った。勤務時間外だからと言って、安い居酒屋などに入らないのが近衛隊の隊士であり、貴族のご令嬢の端くれとしての矜持でもある。
「もう勇者の話はいいだろう。私たちが探しに出かけられるわけではないしな。おい……給仕を頼む」
「はい。お待たせしました」
デボネーとミランダがテーブルに着くと、すぐにウエイターの格好をした少年が駆けつけた。
茶色い髪に、澄んだ青い目をしている。
「「トラ!」」
ご令嬢たちの言葉が重なる。
二人の前に、メニュー表を抱えた勇者トラが立っていたのだ。




