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16 勇者トラ、贋物に間違われ、パーティーを追われる

 食事を取ると、すでに時刻は遅い。『山嵐の尾』と名乗る冒険者たちと、明日一緒に冒険者組合に行く約束をした。

 冒険者組合という組織がどんなものか、勇者トラは知らず、ケットシーのルフにも知識はなかった。世界の理そのものには詳しくても、人間の細かな習俗にまで精通しているわけではないのだ。


 冒険者たちはまず、勇者トラを見つけたことに対する報酬を受け取る予定だった。その後で一緒に活動するという登録をしないと、勇者トラを保護していることに対する報酬が受け取れないのだと、神官シモシスと名乗る女が説明した。

 説明を受けた勇者トラに、異論はなかった。お腹が一杯だったのである。


 冒険者たちが使用している安宿に案内された。

 山嵐の尾は中級冒険者だと名乗ったが、泊まっていたのは粗末な宿だった。冒険者はよほど実力がある一部を除いて質素な生活をしているものだと、グルーと呼ばれた軽装の男が言い訳をするかのように語った。


 勇者トラは金銭を持ち合わせていなかった。

 戦士アルロがトラとルフの分を出してくれた。

 勇者トラを別の宿に止めさせて、別の冒険者たちに報酬を横取りされてはいけないという配慮らしい。

 勇者トラは、ブリージア聖王国の国定勇者である。その地位は公爵と同等、国王に継ぐ立場である。

 安宿に泊まるような立場ではない。


 だが、勇者トラは王都で最も安い宿のうち、案内された一番狭く一番安い部屋に、何の文句もなかった。

 ケットシーのルフに至っては、大いに喜んだ。


「トラ、今日はいい日だったニャ」


 部屋に入り、一つしかないベッドに一緒に横になると、昼間、食堂の裏手で残飯を漁っていた時とは別人のように、ルフは上機嫌で言った。


「はい」


 勇者トラも嬉しかった。

 昨日まで、路地裏の壁と壁の隙間で眠っていたのだ。

 満足に眠れず、ずっと警戒していた。

 勇者トラは、寝ている間もずっと、耳をひくひくと動かしていた。

 以前の世界ほど、勇者トラは自分の耳が動かないことに気づいていた。


「トラ……あの冒険者たち、信用できると思うニャ?」


 ベッドに飛び込んで横になっていたルフが顔を上げ、真面目に尋ねた。勇者トラは、自分の腹をさすった。


「美味しかった」

「……うん。そうだニャ」

「温かい」


 勇者トラは、自分が腰掛けたベッドを叩いた。温かいのは、勇者トラが上に座っているからだ。

 柔らかくはない。固いベッドだ。


「……その通りだニャ」

「幸せ」


 勇者トラがごろりと横になる。

 残念ながら、勇者トラが好きなひだまりは、安宿の一番狭い部屋にはなかった。

 だが、安心して眠れる。何より、広い部屋より適度に狭い部屋の方が安心できる。


「うん、うん。その通りだニャ」


 勇者トラは横になり、目を瞑った。


「トラ……女神は、魔王を倒せるのはトラだけだったから、トラを人間たちの求めで転生させたニャ。でも……無理に魔王を倒そうとする必要はないニャ。魔王の討伐は、トラの使命ではないニャ。ただの女神の願望だニャ。せっかく……ネコだったのが人間に転生したニャ。好きに生きて、幸せになってほしいニャ」


 ルフが勇者トラの頬を、肉球で叩く。

 勇者トラが薄目を開け、手を伸ばした。

 ルフを抱き寄せる。


「……トラ?」

「温かい」


 勇者トラは、ルフを抱きしめ、自分の顔に押し付けた。


「しばらく、あの冒険者たちと一緒にいるといいと思うニャ。嫌になったら、逃げ出せばいいニャ」

「……はい」

「トラ……寝たニャ」


 勇者トラの寝顔に、ケットシーのルフも抱きつくように丸くなった。


 ※


 翌朝、安宿でごろごろしていた勇者トラとケットシーを、冒険者グループ山嵐の尾の面々が迎えにきた。


「起きてこないから、てっきり逃げちまったかと思ったぜ。まだ寝ていたとはな」


 盗賊グルーが乱暴に扉を蹴飛ばして言った。


「飯はどうする?」


 戦士アルロが尋ねた。


「私たちは食べたんだし、冒険者組合に行ってからでいいんじゃない? 今まで寝ていたのが悪いのよ」


 勇者トラは、早起きして鍛錬をするようなこともなく、硬いベッドと狭い部屋で心地よく眠り付けていた。

 扉が開けられ起き上がるが、膝の上にケットシーを乗せ、冒険者たちの声をのんびりと聞いていた。


「お腹空いた」


 勇者トラが自分の腹を撫でる。胃に隙間ができているらしく、勇者トラの腹が鳴った。神官シモシスが言った。


「働かざるもの、食うべからずと申します。共に冒険者組合に参りましょう。報酬を受け取れたら、そのお金で好きなものをご馳走します」

「……はい」

「トラ、大丈夫かニャ?」

「はい」


 ケットシーを頭に乗せ、勇者トラは伸びをした。


 ※


 空きっ腹を抱え、勇者トラは食堂に向かったが、山嵐の尾の面々が全力で止めた。

 勇者トラは無一文である。

 持ち金がないのに食堂は使用できない。ルフから言われていたので、勇者トラは仕方なく山嵐の尾の四人に従って歩いた。


 建物に入る。

 冒険者組合の建物なのだろう。

 勇者トラは警戒したものの、空腹が勝った。

 中に入ると、武装した人間たちがたむろしていた。


 山嵐の尾の四人は、真っ直ぐにカウンターがある場所に向かった。

 受付にいた女性と話をしていたが、勇者トラは聞いていなかった。

 ケットシーのルフの毛づくろいをしていたところで、戦士アルロに呼ばれた。


「はい」

「なっ? 間違いない。尋ね人で広告が出ている勇者だよ」


 アルロに呼ばれたために返事をしたが、勇者トラは全く話の内容を聞いていなかった。

 アルロは、受付の女性と長い時間話していた。


「……しかし、国王の名前で尋ね人の依頼が出て以来、毎日のように勇者を連れて来ているではないですか。あなた達みたいな冒険者も、1組や2組ではないのです。そっちの若い子が、証拠もなく勇者とは認められません。現に昨日の夜、別の冒険者たちが連れてきた若者が、勇者として王城に招待されたところです。あの依頼は、すでに効力を失っています」


「そんなことがあるか。尋ね人の勇者はこっちが本物だ。昨日の奴は偽物だ」

「そう言われましてもねぇ」


 受付の女性は、困ったように首を傾げた。

 肉感的なローブの女が振り返る。魔術師のベチカというのだと、冒険者組合に入る前に紹介された。


「ちょっと、あんたもなんとか言いなよ。私たちは、あんたのためにもう大金を使っているんだからね」

「大金って……安宿の宿泊費と一食分の食事だけだニャ」


 ルフが文句を言う。


「私たちにとっては大金なのよ。なんとかしなさいよ」

「はい」

「トラ、今はその返事はダメだニャ。そうだ、デボネー卿を呼んで欲しいニャ。デボネー卿なら、見間違うはずがないニャ」


 ケットシーのルフを見て、露骨に嫌そうな顔を見せた受付の女性が答えた。


「無理ですね。デボネー卿は、近衛隊最強の武人です。あの人こそ勇者ではないかと言われていたほどですよ。近衛隊という立場の方が、冒険者組合まで来ることはありません」

「トラ……無理だニャ。勇者として人間たちに認められないなら、その方がいいニャ。おばさん、勇者じゃなくていいから、普通の冒険者になって、地道に働きたいニャ」


 受付の女は、魔物に『おばさん』と呼ばれたことに顔をしかめたが、事務的な口調は崩さなかった。


「……わかりました。こっちの子を、冒険者として登録する手続きをします。あなた達も、それでいいですね?」


 戦士アルロが舌打ちをした。


「わかったよ。でも……こいつは本物のはずなんだ。もし、こいつが本物の勇者だったら、連れてきたのは山嵐の尾だし、俺たちのパーティーで面倒を見てやる。それを忘れるなよ」

「忘れないでよ」


 魔術師ベチカも言い残し、山嵐の尾は受付に背を向けた。

 勇者トラとケットシーには見向きもしない。

 ルフは、勇者トラの手を引いて受付に向かった。


「あんな冒険者はもういいニャ。なんでもいいから、少しでも稼げる仕事を紹介してほしいニャ」

「まずは、登録してからね」


 山嵐の尾は勇者トラに見向きもせず出て行ってしまう。


 勇者トラは、受付の女性から冒険者として登録する説明を受けた。

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