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15 勇者トラ、冒険者たちにもてなされる

 勇者トラの前に、温かい料理が湯気を上げていた。

 勇者トラはじっと料理を見つめる。

 大きな深皿にスライスした肉が乗り、野菜と香辛料を添えられた料理で、とろみを持った汁がかかっていた。


「美味いニャ、美味いニャ。生き返るニャー」


 ケットシーのルフは、一回り小さな器に乗せられた同じ料理に舌鼓を打っていた。


「どうしたんだ? 勇者様の口には合わないのかい?」


 勇者トラと従魔のケットシーは、王都を出ようとして衛兵に止められた。

 押し問答となるところで、四人の不揃いな装備を着た人間たちに呼び止められ、近くの定食屋に案内されたのだ。衛兵たちは、勇者トラを王都から出さないように命じられていただけのようで、勇者トラが街に戻るならと、追及はしてこなかった。

 勇者トラを招いた人間たちは、同じテーブルを囲んでいる。


「俺たちは冒険者だ。こう言えば、わかるだろう?」


 正面に座った男が自己紹介のつもりか口を開いた。言いながら、自分の皿にフォークを刺した。部分的に金属に覆われた装備を身につけている。腰には長い剣が下がっていた。


「……トラ、食べないなら、私がもらうニャ」


 ルフが自分の皿を空にしてから、勇者トラの皿に手を伸ばした。


「こら、自分の分は食べたでしょ。勇者様のお食事に手を出しちゃダメよ」


 ケットシーの頭をがっしりと掴んだのは、長い髪とゆったりとしたローブが印象的な、肉付きのいい女だった。

 勇者トラは、鼻腔をひくつかせた。恐々と手を伸ばす。


「毒でも入っていないか心配なのかい? 用心深いねえ」


 勇者トラを挟んでルフの反対側には、軽装の男がパンを千切って噛んでいた。

 結果として勇者トラは、自分の皿をルフの前に押し出した。ネコは警戒心が強い。見たことのない食べ物は、勇者トラの警戒心を解けなかったのだ。


「わあ……やっぱりトラは優しいニャ。ありがとうニャー」


 勇者トラが自分で差し出したのだ。流石に今度は止められない。ルフは勇者トラの皿に手を伸ばした。

 勇者トラは、なにもない空間から、以前捕まえて殺して収納した、ネズミの死骸を取り出して口にした。


「今……どこから出したのです? いえ、その前に……それはなんなのです?」


 勇者トラの斜め前に座る、白い清楚な衣装で細い体を包んだ女が尋ねた。


「欲しい?」


 ネズミの死骸が半分口から飛び出した状態で、勇者トラが尋ね返す。


「い、いらない」

「あんた……国が召喚した勇者なんだろう?」

「はい」


 鎧を着た男の問いに、ネズミの尻尾を口から出したまま、勇者トラが答える。


「勇者には2種類のタイプがあります。女神様の託宣により、異世界より遣わされた勇者と、人間たちの独自魔術により異世界から召喚された勇者です。その違いは、主に能力に現れます。魔術により召喚された勇者は、強い肉体と魔術に対する高い適正を持ちますが、それだけです。それに比べ、女神の託宣により遣わされた勇者は……通常持ち得ない得意な能力を持ち、その代わりに使命を帯びます。あなたは、どちらです?」


「その話はいいだろう。国は、勇者を見つけて報告した者に謝礼を出すと冒険者に依頼した。ついでに、自分のパーティーに入れれば、1日あたり銀貨30枚の日当を出すっていうんだ。俺たちに重要なのは、そっちだろう」


 白い女の問いに、鎧の男が口を挟む。勇者トラがネズミの尻尾をすすっていたので、ルフが代わりに答えた。


「トラは、女神様から、魔王を倒せって言われているニャ」

「なっ!」

「本当か?」

「どうして魔物が知っているの?」

「どこで聞いたの?」


 人間たちが騒めく。ローブを着た女に問われ、ルフは答えた。


「本人からニャ」


 ルフの言う本人とは、女神のことだ。だが、人間たちは勇者トラのことだと理解したようだ。


「本当なら、大変なことだな。魔王は、女神と同等の力を持っているって言われている。魔王の配下は異世界からの転生者ばかりで、全員魔族と呼ばれているってことだ」


 軽装の男が唸った。軽装の男の前にも、同じ肉料理が置かれている。


「……そうなのニャ?」


 男の語った内容に、最高位天使であるルフが驚くが、現在の姿はケットシーである。ルフが驚いたという事実に、誰も重要なことだと思わなかった。

 勇者トラは、そもそも話など聞いていなかった。軽装の男の前にあった料理の乗った皿を、じっと見ていたのだ。


「魔族に対抗できるのは勇者だけでしょ。でも、勇者だって魔王には届かない。それが常識だもの。女神から魔王を倒すために送り出された勇者が本当にいるなんてね。ただの伝説じゃなかったってわけね。シモシス、女神に仕える神官様はどう思う?」


 ローブを纏った肉感的な女が、細い女に尋ねる。


「本人の言葉だけでは、なんとも言えませんね。神殿に問い合わせてみます。女神様が直接送り出した勇者であれば……王国としても最上級の礼儀を尽くすはずよ。今回の冒険者組合への依頼はおかしいわ」


「……そうだな。3ヶ月後には、ジギリス帝国が魔王軍との戦端を開く。そのために、勇者を召喚するという噂はあった。召喚したばかりの勇者は、能力はあっても経験が足りないから、そろそろ召喚しておかなければ、無駄に勇者を死なせることになるって、組合でも話題になっていたな」


 勇者トラの正面に座った鎧の男が言った。

 勇者トラは、まだ半分ほど残っている軽装の男の皿に、そろりと手を伸ばした。

 勇者トラの皿は、隣のルフが全て平らげていた。


「おい」


 勇者トラの手首が、軽装の男に掴まれた。

 勇者トラはびくりと震え、軽装の男を上目遣いで見た。


「何だ? 口に合わないんじゃなかったのか?」

「……冷めた」

「トラは、熱いのが苦手ニャ」

「なんだ。勇者様は猫舌か?」


 鎧の男が笑った。


「猫じゃないニャ」

「猫だなんて言っていないわよ」


 ローブの女が、ルフの頭を撫でた。


「ああ。いいよ。やる」


 軽装の男が、勇者トラの前に自分の皿を押した。掴んでいた手首を離す。


「ありがとう」

「よかったな。で、どうするんだ? 勇者様、あんた、俺たちのパーティーに入るかい?」


 勇者トラは、皿に顔を近づけた。隣のルフが、慌ててフォークを持たせる。


「トラ、いい話だニャ。ご飯が美味しいニャ。もう、野宿しなくて済むニャ」


 勇者トラは、肉を口に入れた。もぐもぐと咀嚼している。

 とても美味しい。


「勇者様から直接聴きたいな。一緒に来るかい?」


 勇者トラは、口いっぱいの肉を飲み込んだ。


「はい」

「よし、決まりだ。俺たちは、『山嵐の尾』ってパーティーだ。俺はリーダーのアルロ、よろしくな、勇者トラ」


 アルロと名乗った鎧の男は、勇者トラに手を差し伸べた。

 握手を求められたのだとは、勇者トラは気づかなかった。

 美味しい食事をとり、勇者トラは気分がよかった。

 差し出された手を舐め上げる。


「おい。まるで……」

「猫じゃないニャ」


 ケットシーのルフが、すかさずフォローした。

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