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13 勇者トラ、脱獄する。ブリージア聖王国の評価

 晩餐会が行われた時間であり、すでに陽は落ちている。昼でも暗い地下牢は、真っ暗になっていた。

 ミランダは松明を持っていた。

 ごくわずかでも光があれば、勇者トラは見ることができる。もともと夜行性動物である。眼球に光の増幅器官が備わっているのだ。


「ルフ」

「トラかニャ?」


 勇者トラは、晩餐会の途中から、ずっと一緒にいたケットシーのルフがいないことに気づいていた。ルフは、地下牢に閉じ込められていたのだ。

 罪状は、勇者を行方不明にしたこと、加えて魔物であったことである。

 勇者トラが牢の鉄格子に近づくと、ケットシーのルフが張り付くように全身を寄せた。


「キャッ、魔物」

「心配ないさ。囚われている」


 ミランダは勇者トラを地下牢に入れるために来たのだ。侍女メイはただの付き添いである。

 ミランダは、ルフのとなりの牢の鍵を開けようとしていた。


「トラ、助けにきてくれたのかニャ?」

「いや……君たちは従魔と主人なのだろう? 隣の房にしてあげるよ。でも、トラも罪人だ。君を助けることはできないだろうね」


 ミランダは牢獄の扉を開け、勇者トラを手招きする。


「トラ……もう、ここは嫌だニャ。私は、この世界の生き物には手出しできないし、物を壊すことも禁じられているニャ。でも……助けて欲しいニャ」

「はい」

「ニャははっ。返事はいつもいいニャ」


 ルフは、本当に勇者トラが助けられるとは思っていないのだろう。乾いた笑いをあげた。

 勇者トラは、片手を鉄格子に当て、横に力を入れた。

 流石に鉄格子はビクともしない。


「トラ、もういいだろう。しばらく大人しくしてくれれば、処刑されたりはしない」


 ミランダが勇者トラの肩に手を置いた。

 勇者トラは、鉄格子を両手で掴んだ。

 体を捻る。全身の力を両手に乗せた。


 ぐるりと、勇者トラの体が回る。

 鉄格子がぐにゃりと曲がった。

 ルフの目の前に、大きな空間が空いた。


「勇者トラ、まさか……これほどとは……」

「トラちゃん、駄目よ」


 ミランダが警戒し、侍女メイが止めた。だが、地下牢に閉じ込められていたケットシーのルフは、勇者トラの首筋にしがみついていた。

 つまり、牢屋から脱出していた。


「勇者トラ、君はこれ以上、逆らわないでいてくれるね」


 ミランダが松明を持ち替え、利き手に剣を抜いた。

 勇者トラは、すでに決めていた。

 ケットシーのルフが勇者トラのために色々としてくれたことは理解していた。

 ミランダは、勇者トラから自由を奪おうとしていることも理解していた。

 勇者トラはしがみついているルフを床におろし、振り向いた。


「トラ、君……目が光っている。どうしたんだ? いつもと違うようだが……」


 夜行性動物の特徴でもある。目が光り、瞳孔が真円に近くなっている。

 勇者トラが踏み出した。

 ミランダが剣を振る。

 勇者トラの頭上を剣が薙いだ。屈んだ勇者トラの目の前に、ミランダの体があった。

 右手を出し、手首を曲げる。猫パンチがミランダの胴体を捉える。

 ミランダが吹き飛んだ。


「ひっ、トラちゃん」


 侍女メイがへたり込んだ。勇者トラは、侍女メイの肩に両手を置いた。


「お、お願い、食べないで……」

「はい」


 一言返事をすると、勇者トラは侍女メイの額を舐めた。ざらりとしたネコ特有の舌で舐められ、侍女メイは短い悲鳴をあげた。

 勇者トラが振り向くと、ルフは床に座っていた。


「いいのかニャ?」

「はい」

「そりゃ、トラはいい……」


 ルフは、途中で話せなくなった。突然、首の裏の皮を引っ張られて、持ち上げられたのだ。

 勇者トラは、ルフをまるで親猫が子猫を運ぶかのように口にくわえ、持ち上げた。

 近衛隊隊士ミランダを行動不能にし、勇者トラは召喚されたその日のうちに、王城を逃げ出し闇夜にまぎれた。


 ~ブリージア聖王国の人々 国王バラン~


 ブリージア聖王国の国王バランは、困り果てていた。


「勇者はまだ見つからんのか? 逃走からまる2日だぞ」


 王の自室である。宰相カバルに主席宮廷魔術師サホカン、トリアド枢機卿に大元帥ムンデルと、錚々たる顔ぶれが集まっているのは、王が命じて集めたのである。


「晩餐会で何があれば、途中で解散し、主賓が地下牢送りになるのです?」


 事情を知らないサホカンが尋ねた。晩餐会は王の血縁だけで行われるはずだったため、主席宮廷魔術師とはいえ、呼ばれていなかったのだ。


「その話はいいだろう。王が少しばかり、カーチェス姫に甘かったというだけのことだ」


 王の弟であり、同じテーブルで勇者トラの行いを見ていた宰相カバルが話題を変えた。


「うむ。カーチェスはしばらく泣いていた。だが……勇者トラが地下牢で暴れ、近衛隊士のミランダに大怪我を負わせたことで、もはや半狂乱だ。ミランダも、カーチェスのお気に入りだったのでな。『見つけ次第処刑して』くれと言い出しておる」

「それは困りますな。死なれては困ります」


 大元帥ムンデルが自慢の口髭を撫でた。


「テーブルマナーが悪かったぐらいで、地下牢に入れようとするからでしょう。女神が使わした勇者だというのに……」


 トリアド枢機卿が口を挟む。トリアド枢機卿も、実際の状況は見ていない。


「晩餐会での出来事には目を瞑るとしても、近衛隊隊士に大怪我を負わせたのなら、犯罪者には違いありません。すでに王城にはいないでしょう。指名手配してはいかがですか?」


 宰相カバルの言葉だが、王は首を振った。


「あの勇者……我が国に恩義を感じてはいないだろう。召喚された初日に出奔したのだ。これ以上刺激すれば、国を出てしまう。国境を封鎖したところで、人間1人を確実に捕捉できるとは限らない。我が国としては……カーチェスの意向がどうであれ……三ヶ月後の魔族との戦争に、我が国の誠意として勇者を戦場に送り出せればいいのだ。強さについては疑いがないのだ。勇者が弱ければ、かわりにデボネーを送り出すつもりだったぐらいなのでな」

「ふむ……勇者は強ければいい。そういうことですな」


 大元帥ムンデルが頷いた。王は続けた。


「余の目の届くところにいたのなら、公爵と同等の地位にいる者として教育も施さねばならん。ブリージア流の戦い方というものも覚えさせなくてはならないが……その手間が省けたと思えばよかろう」

「しかし……三ヶ月後、どうやって見つけます?」


 楽観視した王に、宰相バランが不安を口にする。バランは不満げに言った。


「さすがに、それまでには見付け出せ。もし駄目なら……デボネーの怪我はどうなっている?」

「すでに全快しています」


 ムンデルが答えた。近衛隊は大元帥の配下ではないが、有名な兵士の怪我の具合は確認しているのだろう。


「ほう……さすがに、大した回復力だな。それほど傷は深くなかったのだろう。ならば、問題は……転移魔法か。サホカン殿、魔族との戦場に送り出す転移魔法の準備はいかがですかな?」


 主席宮廷魔術師サホカンが答える。


「問題ございません。魔術の塔で準備を進めております。転移魔法は大魔術ですが、勇者個人であれば、無理なく準備できるでしょう」

「それは重畳……ならば、勇者トラは三ヶ月後まで放置でよい。居場所が確認できたら、把握しておくことだ」


「ならば、市井の冒険者組合に情報を流しておきましょう。勇者とて食わねばなりません。あの勇者でしたら……生きるために冒険者となることを選ぶでしょう」


 宰相カバルの言葉は、至極常識的だった。戦うしか能のない者にとって、冒険者ほど堅実に稼げる職業はない。だが、国王バランにはまだ不安が残った。


「あの勇者に、そんな常識が通じればいいが……」

「冒険者組合に登録しないのであれば、冒険者に探し人の依頼を出せばいいでしょう。指名手配では警戒されて逃げられるでしょうが、探し人であれば、いきなり戦闘にもなりますまい。それに、どうやって連れてくるかより、まずは見つけ出さなくてはなりません」

「そうだな。皆……頼んだぞ」


 王が締めくくり、王の自室に雁首を並べたブリージア聖王国の重臣たちが頭を下げた。

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