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11 勇者トラ、晩餐会に出るための準備をさせられる

 ブリージア聖王国の国王バランは、食卓を叩いて立ち上がった。


「カーチェスを泣かせおって! 勇者トラをなんとしてでも捕まえるのだ! 勇者であれば、手荒くしても死にはせん。首に綱をつけても構わん。近衛隊と宮廷魔術師は全員取りかかれ!」


 晩餐会を台無しにされ、国王バランは激怒していた。晩餐会に出席するため、大広間に来たところだった。まだ広間にいる。勇者トラが来ないと、報告を受けたのだ。

 それだけであれば、水に流しただろう。勇者はこの世界に来たばかりなのだ。


 問題は、一人娘のカーチェスが泣きながら大広間に飛び込んできたことだ。

 勇者が召喚されるのを、掛け値無しに楽しみにしていたはまさにカーチェス姫であり、男性の肌など見たこともなかった少女が、勇者トラの面倒を見るのだと、勇んで出かけていった後のことである。


「おお。カーチェスや……可哀想に。勇者トラがお前から逃げたわけではない。そんなに落ち込むことはないよ」


 バラン国王は、泣き続けるカーチェス姫の頭を撫でた。


「でも……でも……侍女メイは勇者トラに着替えをさせたのです。デボネー卿だって、鎧を着させたと聞きました。どうして、カーチェスだけ……」

「ふむ……デボネーは強い。勇者トラでも、逃げる事はできなかったのだろう。侍女メイは首にする。それでいいね?」


 強引に侍女メイの運命を決めてから、バランはカーチェス姫に笑いかけた。


「でもあなた。侍女メイは子爵家の四女ですわ。里に返すときは、良い人をみつけた時にして欲しいと、子爵から言付かっておりますのに」


 バランの妻、王妃ガーネットが口を挟む。ガーネットは、真っすぐな姿勢を崩さず、娘の様子を見つめていた。


「侍女メイは、もう成人しているのだろう? なら、簡単だ。近衛隊から誰か見繕い、婚約を結ばせよう。それでお払い箱だ」

「……本当ですの?」


 カーチェスが泣き止んだ。顔をあげ、父である王を見る。

 王が頷いた時、晩餐会の会場に兵士が飛び込んできた。


「陛下、勇者トラが発見されました」

「まあっ! どこにいらしたの?」


 カーチェスの声が跳ね上がる。大広間の椅子を蹴飛ばすほどの勢いで立ち上がった。


「厨房のようです」

「ほほっ。お腹が減って、我慢ができなかったのではないですか?」


 ガーネット王妃が笑った。バランは頷いた。


「貴族の振る舞いというものを、勇者殿はまだ学んでおらん。だが、すでに公認の勇者であれば、公爵以上の権力を得ているのだ。勇者殿の教育に、剣と魔術だけでなく、貴族としてのマナーも追加しなくてはならないな。今、どちらに?」

「侍女メイが着替えをさせています」

「着替えはいいから、すぐに来るようにさせて」


 侍女メイの名が出たからだろう。カーチェス姫が鋭い声を出した。

 国王バランが隣で頷いたので、近衛隊に属する兵士は慌てて出ていった。


「カーチェス、安心なさい。侍女メイはすぐにいなくなりますからね」


 ガーネット王妃は、静かに笑った。


 ※


 勇者トラは、侍女メイに連れられて、厨房から与えられた自室に戻った。

 部屋には誰もいなかった。

 従魔になったはずのケットシーのルフの匂いがしたが、姿はない。

 首を傾げていると、侍女メイがクローゼットから大量の服を引っ張り出してきた。


「さっきまで、この部屋には一着もなかったのに……トラちゃんが公認の勇者になったから、陛下が気を利かせたんだわ。でも、どうしよう……晩餐会用の服がどれか、私にはわからないわ。あんまり派手な正装はダメよね」

「動きやすい」


 勇者トラは、自分の服を気に入っていた。服といっても、鎧を脱いで動きやすくなってから、上からは何も着ていない。


「駄目よ。下着同然じゃない。これから公爵様より上になるのだから、ちゃんとした格好をしないと……」


 侍女メイが再び悩み出した時、扉が強引に開けられた。


「誰? もう、トラちゃんは勇者様として公認されたのよ。ノックもせずに入るなんて、失礼じゃない!」


 侍女メイは当然の文句を言った。だが、顔を出した兵士は怯まなかった。


「カーチェス姫がご立腹だ。どんな格好でもいいから、勇者トラ殿を連れてこいとおっしゃっている」

「……えっ? でも……この状態よ」


 侍女メイは、横に退いて勇者トラを兵士に見せた。兵士は顔をしかめる。


「……下着じゃないか。それはまずいな」

「でしょ? ミランダ、どの服がいいわかる?」

「どれでもいいだろう」

「そうはいかないじゃない。変な服を着させたら、私のセンスが疑われるもの。今後の仕事に関わるわ」


 侍女メイにとっては、深刻な問題だった。国王夫妻と姫が、侍女メイを首にしようとしていることなど、知る由もない。


「仕方ない。私の服を着ていけ。公爵様であればおかしな格好だが、勇者殿は戦うのが仕事だ。間違ってはおるまい」


 兵士は自分の服を提供すると言い出した。兵士と言っても近衛隊である。戦時ではないので鎧ではない。

 きらびやかに飾られた、動きやすさを重視した服なのだ。


「でも……ミランダさん、いいの?」

「私が下着姿になっても、この部屋にある大量の服の中から、気前の良い勇者様は好きなだけを貸してくれるのだろう?」

「はい」


 勇者トラは良い返事をした。


「でも……ミランダさん、女なのに……」


 近衛隊に、女は2人いる。1人はブリージア聖王国最強のデボネーである。もう1人は、王族の一家に気に入られ、側近として扱われているミランダだった。

 ミランダは愉快そうに笑った。


「ははははっ。この私を女として扱ってくれるのは、デボネー卿ぐらいだと思っていたが、侍女メイもかい? そんな心配はいらないよ。私はこの通り、鍛えすぎて性別がわからないほどさ。それに勇者トラは、私みたいのは好みではないだろう?」


 ミランダは素早く、近衛隊の制服を脱いだ。下着も男ものに見える。体の線は引き締まって細く、女性らしい丸みは持ち合わせていない。


「そんなことありません。トラちゃんは……どんな子が好き?」

「美味しいものをくれる人」


 勇者トラは素直に答えた。ミランダが再び笑う。


「男は胃袋をつかめとは、私もよく聞かされたよ。その点では、私は駄目だな。なにしろ、料理などしたら、宮廷を家事にしかねない。侍女メイ、君なら資格ありだ。カーチェス姫はどうかな……自分で料理をしなければ駄目だというのなら、資格なしだろう」

「笑っている場合じゃありませんよ。トラちゃん、カーチェス様を怒らせたら大変だから、カーチェス様とは仲良くね」


 侍女メイは、ミランダが脱いだ制服を勇者トラに素早く着せる。


「子爵令嬢の手習いにしておくには、実に惜しい手際だね」

「ミランダさん、そのことは忘れて下さい。子爵家の四女なんて、下女も同然なのですから」

「そうか。すまなかった。では勇者トラ、参りましょうか」


 ミランダは、勇者トラのクローゼットから飛び出していたきらびやかな服を、実に見事に着こなした。

人形さらがらに服を着させられていた勇者トラに、エスコートするために手を差し出した。


 ※


 勇者トラは、近衛隊士ミランダに手を引かれて王城内を移動する。

 珍しいものがあれば追いかけたくなる勇者トラの習性を知っているかのように、ミランダはトラの手を離さなかった。


「侍女メイのことだけどね」


 途中で、ミランダが語りかける。勇者トラは頷いた。


「君のせいで、カーチェス姫の不興を買ってしまっているようなのだ。このままだと、気に染まない相手と強引に結婚させられ、形だけ円満な退職として城から追い出されかねないのさ。侍女メイは優秀なメイドだし、城で働くのに慣れている。私としては、侍女メイに長く城にいてもらいたいと思うのだよ。勇者トラはどうだい?」

「侍女メイは……温かくしてくれる」


 勇者トラは、自分の腹を撫でた。腹というより、侍女メイが着させてくれた服を撫でたのだ。

 元はミランダの服だが、着させてくれたのは侍女メイだ。


「なるほど……勇者トラも侍女メイが気に入ったのだね。ならば、するべきことはわかるだろう? カーチェス姫に気に入られるんだ。そうすれば、カーチェス姫はご機嫌になり、侍女メイを追い出そうなどとは考えなくなるだろう。侍女メイの将来は、勇者トラにかかっている。頼んだよ」


 広い扉の前についた。近衛隊隊士ミランダが、勇者トラの背を叩いた。

 勇者トラが頷いた。

 扉が開く。

 勇者トラは、その重要さも理解できないまま、晩餐会に臨んだ。


 王宮の晩餐会である。王家の者たちが勢ぞろいし、王と王妃と、唯一の娘が揃って出席している。

 ただの食事会であるはずがない。

 王位をかけた駆け引きの場となってもおかしくはない。そんなメンバーが集まっていた。


 カバル王の家族だけでなく、王族は無数にいる。特に独立し、領地を持つ者は、公爵の地位を授けられる。

 勇者トラは、その公爵と同格に扱われているのだ。

 王とカーチェス姫の間に席が設けられ、きらびやかな格好をしたミランダに、強引に席につかされた。


「予定より時間が経ってしまったな。料理を温め直す時間が必要かね?」


 王が尋ねると、給仕長は遠く離れたテーブルの先で、腕を丸型に整えた。


「問題ないようだ。では、始めよう」


 王が軽く手を叩き、最初の料理が運ばれてくる。


 いよいよ、晩餐会の始まりである。

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