第13地下迷宮生物兵器研究所 ~お金はないけど有り余る愛で最強のダンジョンモンスターを創りたい~
ダンジョン。
それは魔物の跋扈する死の魔窟。
奥底に眠る宝を求め、冒険者たちは命をかけてそこへ潜る。
一方、魔族はより強力で凶悪な魔物をダンジョンに配置し攻略を阻む。
もちろん魔物は土から湧いて出てくる訳ではない。
魔族たちにより、日夜研究開発製造されているのだ。
その一つがここ。第13地下迷宮生物兵器研究所。
職員はたったの3人。
――いや。ついさっき2人になった。
「“もうついていけない”、だそうです」
本人に代わり、退職届を差し出すのは第13地下迷宮生物兵器研究所営業担当グレース。
薄暗い研究室に浮かび上がるような金髪を持つ吸血鬼だ。
彼女の言葉に、白衣の男が静かに答える。
「そうか。残念だよ」
「……本当に思っていますか?」
グレースが赤い目を細める。
その視線の先にいるのが第13地下迷宮生物兵器研究所所長ロイド。
彼は悲しげにうつむき、頷く。
その腕から滴り落ちた血が白衣にシミを作っていた。周囲には6本足の魔獣を侍らせている。というよりは、襲われている。
「思っているよ。彼は本当に立派な助手だっ――よーしよしよし」
ロイドは血に濡れた手で魔獣の頭をワシワシとする。
魔獣にその愛は伝わらない。低い声で唸りながら、創造主の腕をますます強く噛みしめるばかりだ。
しかしロイドは心底幸せそうに微笑んでいる。
それをグレースはゴミでも見るような目で睨んでいた。
「しっし! あっちいけ犬っころ」
「ああっ、なにするんだ」
ロイドは抗議の声を上げながら立ち上がるが、彼にその力は残っていない。
血を失いすぎたのだ。その顔には血の気がなく、数歩も歩かないうちにへなへなと座り込んでしまった。
「すまないが輸血パックを持っていないか?」
「持ってますけど私のお昼なのであげません」
冷徹に言いながら、グレースは仁王立ちでロイドを見下ろす。
「なんてザマですか……そんなだから助手が辞めちゃうんですよ」
「そんなってどんなだよ。俺は愛情を込めて魔物を作り、育ててる。それのなにが悪いんだ」
「良いですよ別に。勝手に魔物に食われて喜んでろって感じですけど、ところでこの魔獣たちいつ売るんですか」
「ジョセフィーヌとオーギュスティーヌとアレクサンドリーヌとクリスティーヌを売れって!? 君に魔族の心はないのか!?」
「そういう場所でしょうがここは!」
グレースが帳簿を取り出し、突きつける。
ノートには細かい赤字でびっちりと数字が書かれていた。
「ただでさえ莫大な開発費に加え、餌代に光熱費……正直もう限界です」
「ううっ……それでもジョセフィーヌとオーギュスティーヌとアレクサンドリーヌとクリスティーヌだけは……」
「そんななんの変哲もない魔獣を少し売っただけで立て直せる財政状況ではないんですよ」
口をへの字に曲げるロイドに、グレースはずいっと顔を寄せる。
「このままでは研究所は閉鎖。魔物たちはみな処分。あなたは職を失います」
「うっ……」
「この仕事やめてなにするんですか? 暗くてジメジメした場所で魔物を作るしか能のない社会不適合者のくせに」
「言い過ぎじゃない? さすがにちょっと傷つくよ。ちょっとだけね」
悲しげな目をするロイドの顔面に、グレースは封筒を叩きつけた。
「そこで起死回生の大チャンスです、所長」
それは注文書であった。
名のしれた中規模老舗ダンジョンからのものだ。
しかしロイドの顔色は依然として悪い。むしろ書類 を読みすすめるたび、顔が引きつっていく。
「既製品ではなくオーダーメイド……しかも詳細な注文が全然ないじゃないか」
「ええ。しかも報酬は歩合制」
ダンジョンに合わせてイチから魔物を設計・制作する“オーダーメイド”は手間とコストが大きくかかる。
しっかりと戦果を上げる魔物を作らなければ赤字もあり得るということ。
「今の状況で赤字になんかになったら……」
「終わりですね」
「や、やっぱりやめようよ。俺、ギャンブルやらない主義だし。もっと小さくて堅い注文をコツコツとさ」
「無理です。もう契約してきちゃったんで」
「は!? そんな勝手に!?」
「大丈夫です。もしダメでも転職すれば良いだけなんで」
「それは君だけだろ! あー、もうどうすんだよ」
「冗談です」
グレースはそう言って微笑んだ。
血塗れのロイドにハンカチを差し出す。
「所長ならやれると思ったからこの仕事を受けました。きっと優秀な営業の仕事ぶりに感謝することになりますよ」
*****
しかし開発は早々に暗礁に乗り上げた。
研究所の財政は厳しく、冒険者を次々なぎ倒すような強力で巨大な魔物を作るような開発費を捻出できなかったのである。
とはいえ半端な魔物を作っては開発費の回収すらできない。
「仕方ありませんね……所長、腎臓を一つ売ってもらっても良いですか?」
などとグレースが言い出したので、ロイドは慌てて行動を起こした。
つまり、注文を受けたダンジョンへ見学に行ったのだ。
「地下3階、材質は土、洞窟タイプの極めてスタンダードなダンジョンですね」
「君はついてこなくて良かったのに」
「そういうわけにはいきません。サボらないよう見張らないと」
「失業がかかってるこの状況でサボるわけないだろ、さすがに――あっ!」
ロイドが突如として駆け出した。
飛びついたのは、青銅色の鱗に覆われた巨大なドラゴンである。
長い尾を抱え込むように丸くなって寝ているが、その体は見上げるほどに大きい。
「青竜! こんなクラシックなドラゴンは今日びお目にかかれないよ。この大きさだと500歳は超えてるんじゃないかな。でも年齢の割に鱗の艶が良い。大事にされてるんだな。あぁ、動いているところが見たいなぁ。ちょっとくらいなら起こしても……」
「ほら、言ってるそばから!」
「い、いや。既存の魔物を見るのも大事なことだろう」
「それなら私がいくらでもご説明して差し上げますよ。資料あるので」
そう言って、グレースは手元の書類をペラペラとめくり始めた。
「この青竜がダンジョンの看板であるようですが……あら、実際の冒険者撃破率は決して高くありませんね」
「なに? そんなはずない。確かに老体だがこの巨躯であればまだまだ戦えるだろう」
「そんなことを言われても資料にはそう――」
実際、グレースの魔物に関する知識はそれほど多くない。
とはいえ、それはあまりに軽率な行動だった。
眠っているドラゴンの首をテーブル代わりに資料を広げだしたのである。
そこにいわゆる“竜の逆鱗”があるとも知らず。
「あっ……」
「おお!」
逆鱗を触れられ、むくりと起き上がったドラゴンを二人はそれぞれ別の感情を持って見上げた。
しかし次に取った行動は同じ。
二人して脱兎のごとく逃げ出した。
しかしドラゴンは地面を揺らしながらその後を追う。巨体からは考えられないような速度だ。
「ははは! ほら見ろ、素晴らしい動きだ。人間なんて簡単に踏み潰せる」
「私たちも踏み潰されちゃいますよ。ああもう、ダンジョン運営はなにしてるの? 本当に適当なんだから」
今回第13地下迷宮生物兵器研究所の面々が見学をするにあたり、ダンジョンは封鎖、魔物たちは眠らされ、問題が起これば運営が駆けつける手はずになっている。
が、運営がこのトラブルに気付いた様子はない。
助けは来ないと悟ったグレースは足を止め、振り返った。
「こうなったら仕方がありません。戦います」
その手にはペン型の注射器が握られている。
ダンジョンへ足を踏み入れる前、運営に渡されていたもの。
中の鎮静剤を打ち込めばドラゴンでも3秒で昏倒するという。
しかしロイドはその腕を掴んだ。
「そんな針じゃドラゴンの鱗を貫けない。可能性があるとすれば比較的柔らかい首だが」
「あの巨体を駆け上がって首に注射を刺すなんて無理です。やっぱりあなたを囮にして逃げるしか」
「やっぱりってなに? とにかく俺に任せろ」
そう言って、ロイドはグレースの手を引き再び駆け出す。
しかし大口を叩いた割にロイドの行動はシンプルだった。
ダンジョンの岩場の陰にその身を隠す。それだけだ。
「こ、こんなところすぐに見つかる。子供のかくれんぼ以下ですよ」
「いいや、大丈夫」
妙に自信のある言葉。
もちろんグレースはロイドの言葉を信じたわけではない。
いざとなれば戦う準備と作戦を立てていたが、結論から言えばその必要はなかった。
獲物を見失ったドラゴンは、ほんの少しその場をうろうろした挙げ句もといた場所に戻っていったのである。
「どうして? 所長があんまりマズそうだから探す気が失せたのかしら」
「違うよ。……多分、アレが冒険者撃破率の低さの秘密だ」
昔ながらのクラシックなドラゴンは知能がそれほど高くない。
それでも以前は視覚、嗅覚、聴覚などを巧みに使って獲物を追跡していたのだろうが、高齢のためそういった感覚も鈍くなってしまったのだろう。
ロイドはドラゴンの目の濁りや視線の運びでそのことに気付いたのだ。
「あのドラゴンは身を隠せば戦わずに済む……そういう攻略法が出回っているんだろう」
「……なるほど」
グレースがハッとして手を叩く。
「では、あのドラゴンの代わりになる魔物を創れば良いってことですね」
が、その一言にロイドの表情が凍り付いた。
「は?」
「いや、だって古い魔物を買い換えたくて運営は私たちに依頼を出したんでしょう?」
「なんてこと言うんだ! そうなったらあのドラゴンは!? 処分されたらどうするんだ!」
「どうするって言われても」
「そんなの耐えられない。あんな美しいドラゴンが処分だなんて……!」
「はいはい、すみませんすみません。ほら、もう行きましょう」
そもそもドラゴンに代わる大型の魔物など予算的にも無理だ。それに気付いたグレースは怒るロイドを適当に宥めながら岩場を出る。
二人はダンジョンをさらに奥へと進んでいく。
迷宮を抜け、次に出たのは辺りを良く見回せる開けたフロアだった。
「あっ、宝箱だ!」
暗い洞窟タイプのダンジョンにおいて、赤く煌びやかな宝箱は非常によく目立つ。
グレースもまた、人間の冒険者と同じく目を輝かせながらそれに飛びついた。
が、宝箱はなかなか口を開かない。
「あれ、鍵付きでしょうか。このっ! このっ!」
「野蛮人か君は! どきなさい」
「所長に解錠ができるんですか?」
渋々場所を譲ったグレースだが、彼女の予想に反してロイドの手際は見事なものであった。しかしこんな解錠方法、少なくともグレースは見たことがない。
鍵も使わず、かといってピッキングをしたわけでもなく、魔法を使った様子もない。
ただ箱の表面をゴシゴシ擦ったり、指先で掻いたりしただけだ。それで宝箱がほんのわずかだがひとりでに開いた。
あとはその隙間に腕をねじ込み、無事に宝箱オープン。
ただし、なんと宝箱はミミックだった。
「ひっ! なにやってるんですか! 早く離れてください」
「大丈夫だよ眠っているから。それにミミックの中身を見学できる機会なんて滅多にないからねぇ」
宝箱の縁に並ぶ鋭い歯をものともせず、ロイドはミミックの中へ頭を突っ込む。
いつ目を覚まして首をバクリといかれるか分からない。
しかしグレースはもう彼を止める気力がなかった。
「……まぁ、ミミックを創るのは悪くないのでは? 低コストでできますし、中途半端なパワー型よりは」
「いや、そう上手くはいかないよ」
ロイドは深刻な声色でそう呟いた。
事実、グレースの手元の資料を見てもミミックの冒険者撃破率はやはりそれほど高くない。
「ミミックは有名になりすぎた。冒険者に警戒されているし、見破る方法も確立されている」
「なるほど。罠だとバレればただの置物ですものね。なら置き場か外見を工夫するとか……冒険者たちが思わず飛び込みたくなるような、なにか……」
難しい顔で唸るグレースを尻目に、ロイドはミミックの中へ飛び込んだ。
ミミックの生態は貝のそれに似ている。宝箱型の殻の中には柔らかい本体が入っている。
それと添い寝をするようにして、ロイドは宝箱の中に身を収めた。
「どうして冒険者はミミックに飛び込まずにいられるんだろうね」
「そんなことするのは所長だけです」
「はぁ~……ミミックの中あったかいナリィ……」
瞬間、ミミックの口が凄まじい速さで閉じられた。
グレースが宝箱の蓋を踏みつけたのだ。
「うわぁ、冗談冗談! ちゃんと調査するから――」
しかしロイドもすぐに気付いた。
グレースが怒ったりふざけたりしてミミックの口を閉めた訳ではないことに。
一定の間隔で地面が揺れ、微かに咆哮が響いてくる。
「ドラゴン……? どうしてここへ」
「考えている暇はありません。所長はそこにいてください」
「君はどうするんだ」
このフロアは広く見渡しが良い。他に身を隠せる場所などロイドには思い当たらなかった。
しかしグレースは気丈に答える。
「私は大丈夫ですから」
「大丈夫なものか! そうだ、君も中へ入れ。少々狭いが、つめればなんとか」
「あ、普通に嫌です。私は逃げるので精々時間を稼いでください」
「えっ、俺囮?」
閉ざされたミミックの体内で、外の様子を知る手段は「音」しかない。
遠ざかっていく軽やかな足音はグレースのものだろう。
そして徐々に大きくなっていく地鳴り。ドラゴンがこちらへ向かっているのだ。ロイドは思わず生唾を飲み込んだ。瞳孔の開きは恐怖からくるものではない。
すぐそこにドラゴンがいるという興奮。
猛る美しいドラゴンをもう一度その目で見たいと思った。
しかしここでミミックの蓋を開ければ、ロイドの命はない。
(……いや、本当にそうかな? ちょっとだけなら気付かないんじゃないか?)
ロイドがそっと手を伸ばす。ほんの隙間で良い。目を少し出すだけ。
そう自分に言い聞かせながら少しずつ腕に力を込めた。そのはずだった。
ミミックの蓋が開く。バネ仕掛けのように勢いよく、全開。
力加減を間違えたか。あるいはとうとうミミックが目を覚ましたか。
死への恐怖とドラゴンと触れ合える興奮で目がチカチカするようだ。
しかしそこにいたのはドラゴンではない。血相を変えた冒険者であった。
「え?」
「……ひゅわっ」
冒険者は酷く驚いた様子だった。宝箱を開けたと思ったらミミックで、しかも中に人が入っていたのだから。
しかし驚いてもいられない。
すぐそこからドラゴンの咆哮が響く。
「どけ!」
「ええ!?」
冒険者はロイドの胸倉を掴み、彼を強引に引きずり出した。
そしてミミックの中へと飛び込む。
あっと言う間の出来事にロイドは少しの間放心していたが、すぐに我に返った。
閉ざされたミミックにすがるようにしながら声を上げる。
「待て、分かった。俺も入れてくれ。二人で入ろう。狭いけど、つめればなんとか――」
しかしミミックの口が開くことは無かった。
ロイドと違い、冒険者にはミミックと添い寝する技術も知識もない。
強引に飛び込んだ衝撃でミミックが眠りから覚めてしまったのだ。
中に飛び込んできた餌を消化しきるまで口は開かないだろう。
そしてドラゴンがフロアへ足を踏み入れる。
見れば見るほど良いドラゴンだ、とロイドは思った。
思わず逃げ出したくなるような迫力を持っている。冒険者がミミックに飛び込んだのも無理はない。
当然、ロイドが勝てる相手じゃない。
彼にはドラゴンを倒す特殊な能力も武器も持ってはいない。
しかし彼には今やただ一人となった部下がいた。
それは突如として天井から降ってきた。少なくともロイドにはそう見えた。
「言ったでしょう? 優秀な営業の仕事ぶりに感謝することになるって」
グレースは長い金髪を靡かせて胸を張る。
彼女の足元には砂煙を上げながら倒れ伏したドラゴンがぐっすり眠っていた。
「本当に俺を囮にしたな……一体どこにいたんだよ」
「天井に張り付いていたんです。鎮静剤もちゃんと効いて良かった」
グレースはドラゴンの首に刺さった注射器を引き抜く。
そして冒険者を食ったばかりのミミックに呆れたような顔を向けた。
「見学中はダンジョンを封鎖するって約束だったのに、運営はなにをしてるんでしょう。文句言わなきゃ」
「……いや、良いんだ」
「ああ、そうですね。今は見学に集中しないと。では先を急ぎましょう」
カツカツとヒールを鳴らしながら歩いて行くグレース。しかし少し行ったところで足を止めて振り返った。
ロイドが棒立ちのまま動こうとしないからだ。
「所長?」
「もう見学は十分だよ」
「……まさか今ので怖じ気づいたなんで言うんじゃないですよね?」
グレースは怪訝な顔でロイドの顔を覗き込む。
しかしその顔はドラゴンへの恐怖で凍り付いたものなどでは決して無い。
むしろ逆だ。
「すぐにでも研究所にもどって製作を始めたいんだ」
グレースは口を開きかけて、しかし途中でやめた。
いつものように憎まれ口を叩くでもなく、ただ静かに頷く。
「しょうがないですね。帰りましょう、研究所へ」
*****
それから数ヶ月後。
グレースは研究所の薄暗い廊下を駆けている。
「所長室」と書かれた札の下げられた扉を勢いよく開け、中へと転がり込んだ。
「所長! しょちょ……」
しかしその光景に、グレースは絶句した。
唸りを上げる6本足の魔獣。その中心にある血だまりの中には白衣の男がボロ雑巾のように転がっていた。
「しっし! あっち行きなさい。大丈夫ですか所長」
魔獣を追い払い、ロイドを起こす。
あちこち噛み傷だらけにもかかわらず、彼の顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。
「ふふ……みんな元気いっぱいでなによりだよ。ところでグレース、輸血パック持ってる?」
「はい、O型」
グレースはあっさりと輸血パックを差し出す。
ロイドはギョッとした。こんなことは初めてだったからだ。
パックを受け取りながらも、なかなか手をつける気になれない。
「えっ……なに? 毒でも入ってる?」
「ふふ。仕事の結果が届きましたよ」
不敵な笑みを浮かべるグレース。
輸血パックの次に取り出したのは封筒だ。差出人はこの前取引をしたダンジョン。
一応受け取るが、結果はグレースの顔に書いてある。
「所長の創った魔物、素晴らしい撃破率だそうですよ!」
「まぁ当然だな」
「でも、私には分かりません。どうしてあんな魔物が活躍しているのか」
「あんなって言うなよ!」
しかし、確かにロイドの創った魔物は決して特別なスペックを持っているわけではない。
ベースになったのはミミック。
それも人の目を引く煌びやかな宝箱のデザインではなく、何の変哲も無い地味な木箱の形をしている。
しかし設置場所を工夫した。
「あのドラゴンのいるフロアの少し先に置いたんだ」
「はぁ。それが?」
「考えてもみろ。後ろから恐ろしいドラゴンが迫ってるんだ。隠れれば良いっていう攻略法を知っていても、怖いものは怖いよ。そんなときに手頃な箱があったら?」
「ああ、身を隠すために自分から飛び込む……」
「その状況で木箱がミミックかどうかを冷静に調べられるヤツは多くない。万一仕留められなくてもドラゴンが追いつくまでの時間稼ぎになる」
「ボスモンスターの座を奪う魔物じゃなく、ボスモンスターを生かす魔物を創ったということですか」
「ああ」
ロイドは慣れた手つきで腕に針を刺す。
まくった白衣から見える肌には噛み傷や縫い跡、包帯と血の染みだらけ。
全身がこんな調子だし、慢性的な出血のせいで吸血鬼のグレースよりも顔色が悪い。
しかし彼はこの生活が好きだった。
輸血パックを吊しながら彼は満足げに頷く。
「あんな綺麗なドラゴンを無駄にするなんて許せない。せめて俺が彼を引き取れる状況になるまでは現役でいてもらわないと」
「なにバカなこと言ってるんですか!」
ハイヒールを景気良く鳴らしてグレースは仁王立ちをする。
「冒険者たちはすぐに新たな攻略法を見つけてしまいます。これで研究所が安泰だなんて思ったら大間違いですよ」
「なんだよもう。ちょっとは余韻に浸らせてくれよ」
「あなたを忙しくさせるのが私の仕事ですから」
グレースは不敵に笑った。
気の抜けた顔をするロイドに、彼女は注文書を叩きつける。
「さぁ次の仕事ですよ!」