貧乏だけど幸せな夫婦
その世界では力が全てだった。
ある者は鬼をも殺す凄まじい腕力を持ち。
ある者は不思議で強力な魔力を持ち。
そんな様々な『力』を持つ者ほど社会的な階級の上位に所属し、ありとあらゆる場所で幅を利かせていた。だから誰もが力を欲した。その世界でまず子供が学ぶことの第一位は『強い男/強い女になりなさい』と言われているくらいだ。その世界では誰もが強くなろうと奮闘した。弱い者はみんな不幸な運命を辿るのだ。世界中でそう信じられていた。
※※※
「ただいまー」
今年で20歳になる青年、ヒロタが帰宅する。
両親はいない。彼が生まれてすぐに亡くなってしまったのだ。だから家には誰もいない……なんてことはなく。
「おかえりなさい、ヒロタさん……」
「ただいま、アンジュ。おや、いい匂いだね。今日の料理はなんだい?」
「はい、今日はカレーでございます……」
「カレーかぁ。いいねぇいいねぇ。さっそく食べようかな」
ヒロタが住んでいるボロ小屋には、彼の妻である異種族のアンジュが住んでいた。
黒髪ロングの髪型は背中を覆うほど長く、幸の薄そうな細目にスラットした長身が特徴的な女の子のアンジュは、ヒロタが家に帰って来るとパァっと花が開いたような笑顔になり、そしてモジモジと身体を擦らせる。
「アンジュ」
「ヒロタさん……」
「ん、おいで」
「は、はい……」
アンジュはヒロタの胸に頭を寄せ。
そのまま彼の背中に腕を回した。
ヒロタはアンジュの愛を受け入れ、アンジュを抱きしめた。
「アンジュは可愛いね」
「ふぁ、ヒロタさん」
「いつも美味しいご飯を作ってくれてありがとう。貧乏生活させてごめんね」
「こちらこそ、私のような未熟者と一緒にいてくださりありがとうございます……っ」
イチャイチャと抱き合ったあと。
アンジュが作ってくれたシチューを食べる。
貧乏なので具材は少ないし、お肉の代わりに激安ソーセージが入っているが、確かにアンジュの愛が込められていた。
「アンジュは料理が上手だね」
「いえいえ、まだまだ修行中ですから……」
「ホントに美味しいよ。いつもありがとう」
「っ、は、はい……」
アンジュはポッと頬を赤らめ。
ただひたすらにうつむくのだった。
ヒロタは腕力もないし魔法も使えない。
だからこの世界では最底辺の階級に所属する。普段は魔物討伐に行った戦士たちの防具や武器の消毒作業や、ギルド内のトイレ掃除、それから街の清掃などの仕事に就いており、一生懸命働いている。
特別な能力を持たないヒロタだが、今はとても幸せだった。だって彼にはアンジュという妻がいるし、とても自分に尽くしてくれるし、おっぱいは大きいし、顔も良いからだ。……だがこの世界では妻がいることはなんの意味もない。力こそが全ての世界だからだ。
「あのっ、ヒロタさん」
「ん、どうしたの」
「あっ、うぅ……」
アンジュは恥ずかしそうに唇を結び。
何か言いたげな顔をした。
ヒロタはアンジュのその顔の意味を知っていた。
だから彼女の手を取り、一言。
「アンジュ、今日も可愛いよ」
「〜〜〜っ♡ は、はい……っ」
愛を囁くヒロタ。
アンジュの幸せを願って筋トレや魔法の勉強をしたことがある。だけどなんのスキルも持たないヒロタがどれだけ努力しても、普通の人間レベルにしかならないのだ。その無力さに自分を恨んだこともある。だけれども、そんなヒロタにアンジュは見捨てることなく付いてきてくれた。
(貧乏だけど、一生懸命働いてアンジュを守らなきゃな……)
最底辺の階級でもいい。
自分が恥をかいても、愛する妻を守れればそれでいいのだ。ヒロタにとって一番最悪なのは自分を侮辱されることではなく、アンジュが不幸になることだ。
「ご馳走様でした。美味しかったよ」
「おなかいっぱいになったでしょうか」
「うん、アンジュの美味しい料理のおかげでね」
本当は汗水垂らして一生懸命働いたのでまだ食べ足りないのだが、アンジュの不安そうな顔を見たらそんなことはとても言えなかった。
「よぉし、お腹もいっぱいになったし……お風呂でも入りますか」
「お背中流します……」
「ん、ありがとう。じゃあアンジュの背中も流してあげるよ」
「有り難き幸せです……」
アンジュは細目をキュッと結び。
幸せそうに微笑んだ。
そのまま二人は一緒にお風呂に入る。
お互いの裸はもう見慣れた。アンジュの色白でむっちりした身体はいつ見ても綺麗だ。
「アンジュはすごく綺麗な身体をしているね」
「やっ、あまり見ないでくださいまし」
「こんなに綺麗なんだから、ついつい見ちゃうよ」
「もぉ、ヒロタさんはいじわるです……」
「ははっ、そうかもしれないね」
貧乏なのでシャワーはない。
井戸でくんできた水を沸かし、それで身体を洗う。
他愛ない話をしながら二人は一緒に湯船に浸かる。
「アンジュは今日、家で何してたの?」
「今日は内職の折り紙作りと、それから家事を……」
「確か魔物討伐で傷付いた冒険者のもとに送られるんだっけ、その折り紙」
「はい……少しでも私が作った折り紙が皆様を勇気づけられるように、祈りを込めて一枚一枚作っています……」
「きっとアンジュの折り紙なら届くよ。大丈夫」
「そう、でしょうか……」
アンジュは不安そうにそう言った。
ヒロタはアンジュが愛おしくなり、彼女を抱きしめる。
「アンジュ……」
「ヒロタさん」
「今度の週末、久しぶりに出掛けようか。ずっと家で家事や仕事をしていて疲れたよね」
「いえ、私はヒロタさんがいれば何もいりませんので……」
「アンジュ……なんていい子なんだ」
裸のまま二人や抱き合い。
その流れで身体を重ねた。
アンジュは異種族なのでニンゲンの子は産めないのだが、それでも愛する夫の一部を受け入れられて幸せだった。幸いにしてこの贅沢で肉付きのいい(特に胸)身体はニンゲン好みらしいし。
……と、そんな風にして二人は毎日ラブラブな生活を送っている。その間他の人達は力を求めて恋人も作らず毎日トレーニングや魔法の勉強に勤しんでいるのだが、彼らがヒロタとアンジュの生活を羨ましがるのはもう随分先の話になるだろう。だってその世界では力こそが全てなのだから……。
普段はノクターンノベルズで連載している者です。なろうでの連載は初めてなので、上手く書けるか心配ですが、宜しくお願いします。