修羅場の予感
エノを連れ実家に帰ってきてから早くも3日目。今日はエキューズさんが迎えにやってくる日だ。
迎えにくるのは大体昼ごろ。それまではとにかく最後まで特訓と、墓の手入れに充てることにした。
「ゼルさん、お水入ります?」
「うん、ありがとう」
休憩の最中、地面に座り込んだ俺にエノは容器いっぱいの水を俺に差し出した。ちなみにこの水は先程エノが汲んで来てくれたもの。というのも、一緒にパーティーを組むにあたり、流石に体力がなさすぎるのは困るということから、俺と同じメニューを回数を減らしてやってもらっている。
その甲斐あってか、昨日の朝のように坂を登っただけで倒れるということは無くなった。
「ゼルさん、今日なんですよね迎えの方が来るのって」
「そうだよ。知り合いの御者さんでね、よくしてもらってるんだ」
エノが持ってきてくれた水を飲み、一呼吸おく。そして徐に立ち上がり追放時に手渡された呪いの短剣を懐から取り出した。
「こいつの扱いも慣れていかないとな。未だに使い方よく分かってないし」
「激しい突風を起こし斬撃を飛ばす、シンプルそうですけど使い方も何もあるんですか?」
エノは右手人差し指を顎に当てながら首を傾げる。
「確かにエノの言った通り能力はわかりやすいよ。だけど色々試さなきゃわからないこともある。例えば斬撃と風の強さは振り下ろした勢いに比例するのか、とかね。あと突きはどうなのかとか。武器の性能を熟知しておくことが今後の先頭には役に立つ」
「な、なるほど……さすが先輩冒険者って感じです」
彼女は感心したような眼差しで俺を見つめる。キラキラとした青い瞳はより一層の輝きを放っていた。
「ってことで、これから森に入ってこの剣の練習をしてくるよ。エノは坂でも走ってて」
「え″っ、あ、はい……頑張ってくださいね……」
一瞬ものすごい引き攣った声を出したな。俺が戻ってきた時また泡を吹いている光景が目に浮かんだ。
エノは若干顔を引き攣らせながら俺を見送る。その俺はというと、突風によって自宅に被害が及ばないよう、足元に光があまり差し込まないほどに木々が大量に生い茂る森の最奥へと足を運んだ。ここならば存分に使用感を確かめることができる。
「よし、やるか! まずは普通に目の前の木をぶった斬る!!」
初めてこの剣を振るった時、つまりムーリングベアーを倒した時のように、目の前の木を勢いよく横一線に薙ぎ払った。
刹那、青白い斬撃が目の前の木を2つに分ち、同時に斬り離れた断片は発生した突風によって斬撃と同じ方向に吹き飛んでいった。
「改めて思うがすごいなこの短剣。ノーリスクでこれほどの威力を出せるなんて普通に剣じゃ信じられないぞ。いや普通はリスクあるのか」
簡単に斬れ、あっさりと吹き飛んだ大木を見て感傷に浸る俺だが、時間が限られていることを思い出し、気を取り直した。
「いかんいかん、もっと色々試さないと」
それから俺は短剣の性能を知るため、色々な検証を重ねた。
弱く斬る、体ごと一周させて斬る、突き、対象を直接斬る、果ては投擲もしてみた。その結果普通に使っているだけじゃわからなかったであろうことが色々と分かった。
「斬撃や風は剣を振った強さに左右され、突きは斬撃が直線上に飛んでいく。直接斬ったら飛ぶ斬撃の威力が加算され、風だけ起こる。投擲はなんの意味もない……と。それと風は斬撃と同じ方向に飛んでいくみたいだな。なるほどなるほど」
検証してみて正解だった。検証前は投擲をしても風は起こるだろうと踏んでいたから、もし検証なしで実践挑んでいたら、投げてた可能性は十分すぎるほどにある。
「危機的状況で諸刃の剣として投擲したのに何にも起こらないとか間抜けすぎるしな」
しかし俺ならやりそうだとはっきりイメージできてしまうことが自分で想像しといてなんだが腹が立つ。
「にしても、結構やったんだな。周囲の木は全部斬ってしまった。日差しが眩しいな」
木漏れ日など一切なかったこの周辺。それが今では大木が倒れ、落葉し、鬱陶しいほど日光が差し込んでくる。
「熱中すると周りが見えなくなる癖直そうか俺」
1人ぶつぶつと呟きながら短剣を懐にしまい、エノのいる自宅の方へと帰り歩いた。
9歳で家族を亡くし、冒険者を始めてからも、誰1人パーティーを組んでくれなかったことから、俺は1人言が多くなってしまった。たまに聞かれて恥ずかしいことがあるので直したいとは思っているのだが……
そんな解決できるのかどうかわからない悩みを抱えながら歩き、森を抜け自宅前についた俺がみた光景は、予想通りのものだった。
「エノ、生きてる?」
「あ、あい……いひてまふ……」
坂登りを終えたのであろう彼女は、案の定というか当然のようにというか、とにかく目を剥きながらうつ伏せで地面に顔をベッタリとつけていた。
市場に売っている魚の方が元気があるんじゃないか? と思うほどピクリとも動かないエノ。正直ちょっと面白いが、もうすぐエキューズさんが来てしまう。あの人は歳だから流石にこの坂を登らせるわけにはいかないのだ。
「エノ〜、立てる〜?」
「む、むひです……転がしてってくらさい」
転がす、この坂をか。1回ここから突き飛んだことがあるからわかるが結構痛いぞこれ。微妙に段差があるからそこで軽くはずんで頭打つし。
「仕方ないなぁ。最後に挨拶してくるからちょっと待っててね」
「……あいさつ……」
小さく何か言っているエノはとりあえず放置し、俺は家族の墓に挨拶に向かった。
墓石の前でしゃがみこみ、手を合わせながら静かに語りかけた。
「みんな、またしばらく家を開けるよ。今度は嫌な話じゃなくてさ、自慢できる話持ってくるから。そうだ、魔王討伐したって話でも持ってくるよ! そしたら天国で自慢してくれよ!」
少し無理して笑みを浮かべ、暫しの別れを惜しみながら立ち上がった時、すぐ足元で両手を打つ音が聞こえる。
もしかしてと思い背後を振り返ると、そこには先ほどまで死にそうだった少女はいない。代わりにほふく前進でにじり寄ってきたであろうエノの姿が足元にあった。
「エノ……! 動いて大丈夫なのか……?」
「だ、大丈び……大丈夫です。それよりワタシにも、挨拶させてください」
そう言って腕の力で無理やり体を起こしたエノは、フラつく体をなんとか支えながら手を合わせる。
「ゼルさんのご両親、弟さん妹さん……ゼルさんの仲間に加えていただいた、エノです。ゼルさんが困ってる時、ワタシが支えますから……任せてください」
墓石に向かいにこりと微笑んみ、言いたいことを言い切ったエノは、真上にある俺の顔をそのニコニコとした笑顔のまま見上げーー仰向けに気絶した。
「エ、エノ!? ここまでなるまで頑張んなくていいのに……支える、か」
いつになるのやら。そんなことを思いながら気づけば俺の口角は少し緩んでいる。
少し目を閉じ気を落ち着かせた俺はエノの肩を取り、おぶって下山することとした。起きるのを待っていては日が暮れる。
「ヨイショっ! やっぱり適度に重くていい特訓にはなりそうだ。……それじゃ、行ってきます」
先ほど自分1人で挨拶をした時よりも少し軽い気分で別れを告げた後、うっかり転倒し2人揃って落ちて行かないように少しゆっくりと下山した。
すでに下にはエキューズさんが待機しており、こちらに手を振っている。俺も振り返したいが、あいにく今てが離せない。なので声で返答することにした。
「こんにちはエキューズさん! 迎えありがとうございます!」
「おうゼル! 羽は伸ばせた……もしかしてその子行きでゼルが助けに行った子か?」
エキューズさんはエノの顔を覗き込みながら俺に尋ねた。
「はい。エノって言うんですけど、俺の仲間になってくれました」
「しらねぇうちに急展開だなおい。ま、そういう話は帰りながらでも聞かせてくれよ」
後ろの客用座席にエノを寝かせ、俺はエキューズさんの隣に乗せてもらった。
馬車は早速出発し故郷の景色は段々と遠ざかっていく。この瞬間は何回体験しても感傷的になってしまう。
「気を紛らわせるため、エノの話でもしましょうか」
感傷的な気分を紛らわせるため、俺は今回の帰郷で起きた出来事をエキューズさんに語った。
エノを助けた時のことや呪いの武器のこと、俺のスキルに価値を生んでくれたこと。そしてエノが仲間になったこと。思い出しながらテンションが上がったり再び感傷的になったりもした。
「なるほどね。まぁ色々言いたいことはあるが、とりあえず言いたいのはーーよかったな、だな。ゼルが仲間ってのに出会えたことがまずは喜ばしいことさ。もちろんギフトのこともそうなんだが、それよりも俺はどこか死にそうになってたお前の目が元に戻ってることが嬉しいよ」
「エキューズさん……!」
本当に安心してくれているようなその横顔を見た時、一瞬泣きそうになったことはエキューズさんにはバレないように隠した。
「ロジャの嬢ちゃんにも伝えてやれよ。あの子、この3日間お前のこと心配してたんだからよ」
「ロジャが……はい、絶対に行きます!」
3日しか経っていないが久しぶりな感覚だ。今日はロジャの宿に泊まろう。そして色々な話をしたい。そう思った。
王都に到着し、ここでエキューズさんとはお別れだ。後ろのエノを引っ張り出し再びおんぶする。
「あ、そういえばお金……」
お金を払うには一度エノを下ろさなくてはいけない。申し訳ないとは思いつつ、エノを地面に下ろそうとした時、それをエキューズさんは制止する。
「待ちなゼル。代金ならもうもらってるよ」
「へ? 俺払ってないですけど……」
記憶を必死に思い起こしたが絶対に払っていない。もしかしてエキューズさん、ボケが始まってしまったのだろうか。
と思ったが違うらしい。
「前に言ったろ、金はいらねぇって。だが降りる時律儀に金置いてったからよ。それをエノの嬢ちゃんの分としていただくことにするさ」
なんだこの聖人っぷり。さっきボケなのかと疑ったことを今本気で後悔している。申し訳なさで今の提案を断ろうかと思ってしまう。
しかしここで断るのは厚意に反することだ。ありがたく受け取らせてもらうことにした。
「ありがとうございます。どこか出かける時には贔屓にさせてもらいますね」
「おう! 宣伝も頼むよ!」
互いに笑い合い、手を振りながら俺たちは別れた。
ロジャの宿へと向かう最中、町の色々な人に話しかけられた。主に背中の少女についてだ。
「おいおいゼル、お前ついに彼女ができたのか?」
「ふざけんな! なんでお前にできて俺には……くぅ〜……」
「あらあら可愛らしい子ねぇ。大事にしてあげなさいなゼル君」
とにかく共通していたのは、全員エノが彼女だと思っているということ。誰1人としてパーティーメンバーだとは思ってくれなかった。
弁明した時に聞いたが、やはり俺はソロのイメージがすごいらしい。
「みんな悪意はないからしょうがないが……なんだかなぁ」
なんだか微妙な心境になたところで、背中のエノはようやく目を覚ました。
「すいませんゼルさん。運ばせちゃって」
「おはようエノ。気にしないで、仲間なんだから」
まだぼーっとしているエノは、ふわふわとした声で背中越しに小声で漏らした。
「ゼルさんって、町の皆さんにとても愛されてるんですね。すごいです」
「聞いてたんだ。あれは愛されてるというか揶揄われてるって感じかと……」
「ふふっ、好意的に思ってなかったら揶揄いませんよ」
小さく微笑んだエノのの言葉に、「確かに」と心の中で呟きながら、俺たちはロジャの屋敷へと到着した。
「ロジャ〜、いる〜?」
店の中に入り辺りを見渡す。するとの部屋から徐にロジャが現れた。
「いらっしゃ──ゼル! おかえり! 部屋は開けてるから早く休み……なぁ?」
視線が俺の背中に注がれた瞬間、さっきまで歓迎オーラが漂っていたロジャから不穏な空気が流れたような気がする。これは早く部屋に入って早く寝よ──服を掴まれ叶わない。
「ゼル……説明はよ」
「……了解」
変な緊張感の中、俺はエノのことをロジャに説明するのだった。
ちなみになんでこんな緊張しなきゃいけないのかは考えないことにしたのだった。