結んだ糸
近く、と言っても坂を下って10分の場所にある川まで水を汲みに走り、その道中で摘んだ花を片手に俺は家族の墓へと向かう。
墓前に着くとまずは雑草を根っこから抜き、穴だらけになった地面を埋めた後、墓石に汲んできた水をゆっくりとかけた。そしてその墓石の前に摘んだ花を丁寧に植えると、俺はしゃがみ込んで目を閉じ手を合わせた。
「父さん、母さん、リュウ、ミナ、ただいま。期間開いちゃってごめんね。来よう来ようとは思ってたんだけどさ、冒険者仕事が忙しくって。勇者に選ばれたパーティーと一緒に戦ってたんだよ。……まぁ、クビになっちゃったけどね。これからの戦いにはついてこれないだろうからって優しさからさ」
誰も聞いてもいない言い訳を並び立てるごとに俺の心は音を立てて傷ついていく。相手は死人、本音を口にしようと嘲り笑うことも、引かれることもない。だからどれだけでも弱くなってもいいのだが、この墓前に座ると途端に強がってしまうのだ。
「まだ受け入れられてないのか俺は……?」
誰にも聞こえないようなごく小さな声で呟いた言葉。嘲笑気味に鼻を鳴らした直後、ほんんとうにすぐ近く、肩に触れるかどうかの距離で足音が鳴った。
「……ッ! まさか魔物? こんな距離まで気づかないなんてバカか俺……は……」
咄嗟に体をその足音から離し、折れた剣を構えた。敵を真正面から捉え戦闘態勢を整えた時、俺の眼前に写っていたのは魔物ではなく1人の少女だった。
「──エノ、なんでこんなところに?」
目の前の少女は顔を俯かせ、青い目を震わせている。月明かりに照らされた銀髪は風に揺られ小さく靡いていた。
なんでこんなところに? と思わず言ってしまったが、家の近くに建ててある墓標。たまたま目を覚まして風にでもあたりに来た時に見てしまった可能性は十分すぎるほどあり得る。
それにしてもどうするか? 彼女が悲しそうな表情を浮かべている理由は概ね察しがつく。それは嘘をつかれたことによるものだろう。俺は彼女に家族は別のところに住んでいると嘘をついている。なんとか誤魔化せないものか。
「エ、エノ、目でも覚めて風でもあたりに来た? 確かに今日はいい具合に風が吹いて気持ちいいよなぁ! 俺もそろそろ寝るから一緒に家に帰ろうか! もう遅いよ」
なんとかベラベラと話題を逸らそうと喋り続ける。しかし、そんな小手先に意味はなかった。
「ゼルさん、ご家族はご存命って言ってましたよね?」
「い、言ったよ。あぁこの墓? これは先祖の墓でね、寝る前にはいつも手を合わせてるんだ」
我ながら良い言い訳を思いついたと思う。拝んでいた以上これが墓だということはすでに周知の事実だ。であれば墓であることを逆手に取ろう、そう思った。
しかし、エノは安易に逃げようとする俺を離してはくれなかった。
「父さん母さんという名前のご先祖さまがいらっしゃるのですか?」
「ぁっ……そこから聞かれてたのか」
じゃあだめだ。もう俺に逃げ場はない。この状況で逃げられるというのであれば是非ともその考えを聞きたいものだ。
エノは俺に1歩ずつゆっくりと近づき、手を伸ばせば触れられるほどの距離まで近づくと、悲しそうな、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「家族の話、しましたよね? ワタシの家族の話。その話をしていた時、ゼルさんどんな気持ちだったんですか? ワタシがお互いの兄弟を合わせたいって言った時、ゼルさんどれだけ苦しかったんですか?」
「……大丈夫! 普通の雑談くらいにしか思ってなかったよ! 確かに俺の家族は死んでる……けど、もう10年近くも昔の話だし、嘘ついたのも余計な思いを感じさせたくなかったからで、エノが気にすることなんて1個もないよ!」
もう家族が死んでいることは誤魔化せない。であればそこをさらに言い訳して取り繕えばいい。
これで問題は解決──
「やめてくださいそういうの」
解決した、そう思っていたのは俺の1人よがりだったらしい。エノは俺の目をまっすぐ見つめ、若干怒りが混じったような瞳で俺を逃してくれない。
「やめてって、一体何を?」
「そういう、他人にだけ優しくすることですよ! もっと、もっと自分を大切にしてあげてくださいよ!」
他人にだけ優しい? そんなことはないはずだ……
エノは強い声色でさらに話を続ける。
「もっと自分の声に耳を傾けてあげてくださいよ。……スキルはその人の性格や心理状態によって決定されるという話がありますが、その話は多分本当なんでしょうね。ゼルさんは昔からそうやって自分の心の声を『無視』し続けてきたんですよね? 多分それは、いつか聖剣を手に取り魔王を討伐するその日まで続くんでしょう」
軽く鼻をすするエノ。まさか泣いてくれているのだろうか? こんな奴のために。
エノはさらに俺との距離を詰め、服の裾を強く握る。そして月明かりに照らされ反射しているのではと疑うほどに潤んだ瞳を向け、言葉を紡いだ。
「自分の心を無視しないでください……あなたが傷つくのが嫌な人だっていることを忘れないでください……あなたが頑張っていることを知っている人がいることを知ってください……ワタシはあなたと出会って全然時間がたっていないですけど、あなたが優しい人だってことは知ってます! 傷ついてるのはわかります! 頑張ってるのも見ちゃいました! たった少しのワタシでそうなんです。たった少しのワタシでもこう思うんです! じゃああなたともっと長く関わってきた人はどう思うと? 嫌に決まってるじゃないですか! 辛い時に辛いと言ってもらえないのは……嫌です……」
拙く、辿々しい言葉。しかも出会ってまだ1日もたっていないような相手の言葉。それなのに、俺の頬には自然と涙が通っていた。
「え、あっ、やばいな、泣くつもりなかったのに……ははっ」
いきなり流れ出した涙に困惑すると同時に、何がおかしいのか勝手に掠れ笑いを漏らした。
これは不快や悲しみの涙かと言われればそうではない。不思議と俺の心は嬉しさで満ちていた。
「ゼルさん、あなたの辛いという気持ちを聞いてなんとかしたいとか思う人、ワタシ以外にもたくさんいると思いますよ。だってゼルさん優しいですもん。そんな人がいるってこと、それだけでいいので覚えててくださいね」
裾を強く握る手が離され、代わりに俺の両手を優しく握るその手で俺は王都の人たちを思い出す。
ロジャにエキューズさん、その他色々と関わってきた街の人たち。彼らの優しい言葉が本当の意味に俺の心に今更染み渡った。
「……あぁ。絶対忘れないよ。うん、忘れない……」
多分俺はこれから弱みをたくさん見せてしまうかもしれない。だが、たまにはその弱きを吐き出してもいいのかもしれない。それを受け入れてくれる人がいるのだから。
「エノ、今日はちょっと愚痴を吐きたいんだが……いいかい?」
「はい! どんとこいですよ!」
こうして俺はエノに、追放されたことを伝えた。情けない姿を見られたのに、不思議と嫌な気持ちはしない。
その後どれだけの時間が経ったのだろうか? 俺たちはいつの間にか目を閉じ、眠りについていた。
そして翌日。目を覚ました俺の隣には、ボサボサの髪をなんとか戻そうとするエノの姿があった。
「夢じゃなかったんだな。なんか翌日経つと急に昨日の話が恥ずかしくなってきた」
「恥ずかしくなんかないですよ。誰かに辛さを打ち明けることが恥ずかしいわけないです」
その言葉を受けた瞬間、俺の上半身は体を起こし、手はエノへと伸び、口は言葉を紡いでいた。
「──なぁエノ、俺と、パーティーを組んでくれないか?」
「──はい! こちらこそ、お願いします……!」
伸ばした手に柔らかな白い手が重なる。
俺はこの日、初めて冒険者仲間というものを出来たのだ。