帰省
ずっとハズレだと思ってきたスキル『無視』に新たな可能性を提示された後、俺たちはまずエノの仲間を埋葬し、手を合わせた。そして暫しの間黙祷したのち、俺は立ち上がりエノに言葉をかける。
「俺今から故郷に帰るところなんだけどさ、よかったら来ない? 新米の女の子1人残していくわけにもいかないしさ」
「い、いいんですか? ご家族にご迷惑とか……」
「あぁ、いいんだよ。家族は──」
──家族は死んでいる、と言いそうのなったが、そんなことを言えば彼女は申し訳なさからついて来なくなるだろう。そう思った俺は咄嗟に別の言葉に言い換える。
「家族は王都で暮らしていてね。故郷に帰るのは実家の管理のためだよ」
「そうなんですね。ではその、ゼルさんのご迷惑にならないと言うことでしたら、よろしくお願いします!」
笑顔で頭を下げるエノ。どうやら誤魔化しはうまく行ったらしい。
しかし面倒な嘘をついてしまったなぁ。これじゃあ昼間に墓前に手を合わせるってのはできない。まぁ夜でも罰当たりではないだろうし良いか。
「よし、それじゃあ早速行こうか。目的地はすぐそこだから」
俺は故郷の方角を指さし、ゆっくりと歩き出した。エノはそんな俺の足取りに合わせて歩き出す。
それにしても、後ろに誰かがついてくるなんてとても久しぶりだ。ギルドでは基本ソロだったし、せっかく入ったパーティーでも基本は後ろからついていくと言った感じだった。
「なんか、弟と妹を思い出すよ──あっ」
「弟さんと妹さんがいらっしゃるのですか?」
いつの間にか隣に立っていたエノは覗き込むような体勢で俺に尋ねる。俺を見つめる青い瞳は疑問以外を孕まない純粋なものだ。
「あーうん、いるよ。とても可愛かっ……可愛いんだ」
「そうなんですね。ワタシにも兄弟がいるのですが、いつかお互いの兄弟合わせてみたいですね!」
家族の話題になる度胸が痛む。もういない家族をあたかも存命しているかのように話さなくてはいけない苦痛。そして純粋なこの子に嘘をついているという苦痛が俺の胸を何度も突き刺した。
「(そろそろ話題を変えないとな)そういえばエノはなんで冒険者になったんだ?」
「そうですね、あまり聞いても面白くない話だとは思いますけど、家が冒険者一家なんですよ。特に父は結構な実力者だったらしく、『実戦からしか学べないものもある!』と言う考えから子供にも冒険者を経験させたいらしくて」
子供を冒険者にねぇ。冒険者やっといてなんだがこんな仕事子供にはさせたくないけどな。エノなんて本当に死にかけたわけだし。
そういえば俺の両親も冒険者をやっていたらしいが、俺が生まれる前に辞めてしまったらしい。だからか、冒険者になれとは言われなかった。
まぁとにかく、そこは各家の考え方だ。口を挟むことじゃない。
その後も他愛のない話で場を凌ぎつつ、数十分後ようやく家へと続く長い坂の前についた。
見上げても頂点が見えないほどに長い坂。幼い頃から見てきたせいでもはや何も感じないが、若干苦笑いを浮かべているエノの様子を見るに、他者から見れば相当な坂らしい。
「家はこの先だよ。じゃあ行こうか」
「え″っ、あ、はい」
一瞬声が割れた気がするが気にせずに行こう。気にしていたら1歩も進まない。
俺は普段平坦な道を歩くようなスピードでどんどんと進んでいく。エノも最初は気合でなんとかついてきていたが、半分を過ぎたあたりから足取りがあからさまに重くなっていた。
「そっか、最初はこれもきついか。だけどこのままのペースだと日が暮れるからなぁ……仕方ない。ごめんね」
失礼かとは思ったが、時間もないので仕方がないと、エノの腰付近と足に手を入れそのまま持ち上げた。
「へっ? ゼルさん一体何を──キャッ!」
「ごめんね。でもこのペースじゃ坂のど真ん中で野宿する羽目になるからさ」
顔を真っ赤にしながらバタバタと体を動かすエノ。たまに拳が顔に当たって痛い。
「エノ、恥ずかしいのと嫌なのはわかるけどさ、ちょっと我慢してくれ。急ぐからさ」
「あ、いやっ、別にそう言うわけじゃないのですが……あの、えっ、あっ……早くお願いします」
「了解」
俺は体勢を落とし、そして思いっきり──走り出した。
坂ダッシュは強くなると決めた日からずっとやってきていたが、そこそこの重さが加わることでマンネリ気味だったものも結構な特訓になる。抱っこしてよかった。
「ゼルさん、なんか失礼なこと考えてません?」
小刻みに揺れるエノは薄紫の髪を揺らしながら青い瞳を少しだけ覗かせて俺を見つめていた。なんだか不振がられているような目だ。なぜだろう。
「失礼なことなぁ。それも鑑定眼?」
「いいえ、女の勘です」
そうか、女の勘か。だとすれば当たっているかもしれない。母さんも的中率はすごかった。……何に対して引っかかったんだ?
その後先程までの何倍もの速度でたどり着いた俺は、久々に実家帰ってきた。そよ風が吹き、木々が揺れる音だけが響く。昔の喧騒などこの場所にはもうどこにもありはしない。
「古びた家だけどさ、入って入って」
「はい! 失礼します!」
エノを家へと招き入れ、俺はそれを外から少し眺めた。この家に俺以外が入るなんて9年ぶりだ。
物珍しそうに家の中をぐるぐると見渡す彼女。「へぇ〜」やら「ほぉ〜」やらと何がそんなに気になるのかわからないがボソボソと呟いていた。
そして一通り見渡した後、何かを思い出したようにエノはこちらを振り返った。
「あっ、そうだゼルさん!」
「どうしたの?」
少しだけ顔を紅葉させながら彼女は少し黙り、そして勢いよく頭を下げ始めた。
「その、ずっと言おう言おうとは思ってたんですが! この度は、ワタシの命を助けてくださり、仲間の埋葬を手伝い、さらには家にまで泊めてくださると言うことで、感謝しかありません! 本当に、ありがとうございます!」
突然頭を下げられ、突然謝辞を述べられたことで一瞬言葉を詰まらせてしまったが、すぐに気を取り直し家の中にいる彼女の頭に手を置いた。
「気にしないで。全部俺の自分勝手だからさ」
「……ゼルさん」
また臭い台詞と態度をとってしまった。
恥ずかしさで顔に熱が帯び始めたのは分かったが、外は丁度日が落ちている。相手からはバレていないはずだ。
「さぁ、今日は疲れてるだろ? 早く寝な。寝具は結構ボロボロだけど我慢してね」
「お気遣いありがとうございます。ではその、お布団お借りしますね」
そう言ってエノは家の中へと入っていく。どんどんと影の中に入っていく彼女に対し、俺は月明かりの方へと進んでいった。
「あれ? ゼルさんはお眠りにならないのですか?」
「日課の特訓をまだ済ませてないからさ。それ終わってから寝るよ。エノは気にせず寝てて」
「そう、ですか……では、おやすみなさい」
微笑みながら一礼をするエノ。そんな彼女に、俺は久しぶりにこの言葉を使った。
「──おやすみ」
家の扉がゆっくり小さく音を立てて閉められた。
おやすみなんてこれも9年ぶりだろうか? とにかく変な感じだ。
「……よし、特訓するか」
それから俺は久しぶりの言葉に浸ることも無く日課の特訓を開始した。
腕、腹、足の特訓をこれら300回ずつ。先ほど登った長い坂を走って3往復。その後は剣の特訓だ。素振りから始まり、仮想の敵との対峙。
それが終わると徐に落ち葉を数枚拾い、上空に乱雑に投げ捨てた。ひらひらと風に舞う落ち葉。剣を構え、1枚1枚不規則に落ちていく葉の主脈を狙い澄まし、折れた剣で素早く切り裂いた。
「……くそ、1枚上手く切れなかった。まだダメだな俺」
主脈とは全く違う位置を切り裂いてしまった落ち葉を拾いあげ、俺はため息をついた。
自分で言うのもなんだが結構な努力をしている自負はある。そのおかげでほとんどギフトの力なくここまでやってこれた。だがそれでも、強ギフト持ちには敵わないのだ。本当に虚しくなる。
「はぁ、今日は終わりにするか。墓前にも行かなきゃいけないし」
その時、物陰からガサっ、と言う物音が聞こえたが、視線を向けても何もいない。
「気のせいか?」
そう思ったが、万が一ということもある。俺は物音のした方向に歩を進めた。
「確かあそこの木のあたりだったと思うんだが」
念のため剣を携帯し、恐る恐る近づくと、そこには案の定何もいなかった。
「異常なし。やっぱ気のせいか」
安堵のため息をついた俺は、墓参りのための花と水を持ってくるため、その場を離れていった。
この時、吹き付ける風と俺のため息が同時に混ざり合い、近くでついた少女のため息に気がつかなかった。