呪われた漆黒の短剣
目を覚まし、宿屋の主人であるロジャの元に向かった。
「おはようロジャ。昨日はありがとう」
「よっす! 昨日は眠れた?」
はつらつとした笑顔で寝起きの俺を向かい入れた金髪の女性ロジャ。年は俺と同じ17だが、間違いなくここの主人である。幼い頃に両親を亡くした彼女は、代々受け継いできたこの宿を現在1人で切り盛りしている。
「あぁ、おかげさまで。ロジャのおかげだよ。もう外も真っ暗の中いきなり来た俺を止めさせてくれたんだから」
「びっくりはしたけどね。死んだような顔つきでいきなりやって来て、話を聞けばパーティーを追放されただなんて。までも、あたしとあんたの仲さ。これくらいならいつでも力貸してやんよ」
親指をたて満面の笑みを浮かべる彼女に、俺は思わず笑みをこぼした。
「ありがとな、ほんとに」
「そんなんいいって。両親が死んで、この店と土地を狙う奴らから守ってもらった恩、まだ返せてないんだからさ」
ロジャはこのまちに来た時に最初に出会い話した女性だ。しかも家族がいない天涯孤独ということを聞き、彼女の宿を奪おうとする奴らを見逃すことができなかった。こっちの勝手な感情で動いたことだが、それから彼女は俺に良くしてくれているのだ。ありがたい以外ない。
「そういえば、この後どうすんの? 目標っつってた勇者パーティーになるってのはもう厳しいんでしょ?」
「まぁね。魔王は倒したい、これは今でも変わらないし、変えるつもりもない。だけど、聖剣が無いと魔王を倒せないっていうし、今は修行を続けつつ一旦家に帰ってみようかなって思ってる」
「そっか。うん、その方がいいと思うよ。あんたは頑張りすぎた。ちょっと実家で休みなよ。ここに戻ってくることがあったらまた泊めてあげるからさ」
「絶対に戻ってくるし、その時はロジャのところに泊まらせてもらうよ」
こうして俺は一時の別れをロジャに告げ、宿屋を後にした。そしてその後、実家へと帰るために知り合いの御者の元へと向かった。
小一時間ほど歩き、件の御者の元へとやってきた。ちなみにこの間、俺が追放されたと知った街の人たちから、憐れみの目と励ましの言葉をもらった。なぜみんなが知っているのかと思ったが、式典があるのは国民周知のことなので、今俺がここにいること自体がつまりそう言う事というわけだ。 へこんだ。
「エキューズさん、こんにちは」
「ん? その声は」
振り返ったエキューズさんは、俺を見るや否や悲しそうな表情を浮かべながら肩に手を置いた。
「どこに行きたい? 今ならエキューズおじさんが好きなところへ連れて行ってあげよう。安心しろ、今日はタダで乗せてやる。遠慮すんな」
エキューズさんはだんごっぱなで大きく息を吐き、頭で日光を反射させながらそう言った。
「(余計な気遣いが余計に痛い)……一回故郷に帰ろうと思って」
「そうか。まっ、それも1ついい選択だ。少し距離を置くことも大切なことだな。んじゃ、早速行くかい?」
「えぇ、お願いします」
馬車に揺られながら外を眺める。暫くぶりに見る外からの王都は、ものすごく遠く感じた。
そうやってぼーっと眺めていると、エキューズさんがまるで慰めるかのような声色で話しかけてきた。
「そういえば、ゼルと初めて会ったのはこの辺だったか?」
「そう……でしたかね」
「あぁこの辺さ。忘れもしねぇ、あれは俺が乗客を乗せて運んでる時だ。魔物に襲われ殺されかけた俺たちを、お前は気づかれることもなく一瞬で倒しちまった。その時に確信したよ、お前はすげぇやつになるってな」
俺は今エキューズさんに慰められている。それは嬉しくもあり、同時に辛くもあった。
その時の魔物は俺よりも弱かったから気づかなかっただけ。そこには何の技術も関係ない。すごいやつになるというエキューズさんの確信を、俺は現在進行形で裏切っているのだ。どんな顔をすればいいのかわからない。
「ゼルよぉ。あの街でお前と関わったやつはみんな、お前はすげぇやつだって分かってる。俺には大したことは言えねぇけどよ、ほんの少しでも諦めたくねぇって思ってんなら、絶対諦めんなよ! お前の倍以上生きてるやつからの忠告だ」
「エキューズさん……」
そうだ、エキューズさんの言う通りだ。俺はまだ諦めれてないし、みんな守りたいと言う気持ちに変わりはない。この世界はもうすでにそう決断してしまうほどに大切が出来すぎた。
「もっと、強くならなきゃな」
改めてそう決意しながら、俺は微笑を浮かべた。
その時──
「きゃーー!!」
そう遠くもない距離から女性の悲鳴が聞こえる。その声はどうやら左手の森から放たれたようだ。
「今の……間に合うか?」
俺は少し多めの代金を座席に置き、勢いよく馬車を飛び降りた。
「お、おいゼル!」
「ごめんエキューズさん! 俺行くよ! お金はそこに置いといたからさ。もう故郷も近いし、戻っててください!」
そう言い残し姿勢を落とした時、エキューズさんの言葉が俺の背中を押した。
「ゼル……頑張ってこいよ!」
「──ッ! ……うん。行ってきます! あ、3日後に迎えお願いします!」
別れの挨拶を告げ、全速力で声の方向へと走る。声の大きさから察するに、その女性は今相当危険な状態にあるのだろう。早くしないと。
「頼む、間に合ってくれよ!」
森に入り視界を何度も移動させ、耳を澄ませる。声の主がこの森にいるのは間違いないが、どこにいるのかまではわからない。無風でほとんど音が掻き消えないのが唯一の救いだ。
「くそ、どこにいるんだ?」
時間は残酷に刻々と進んでいく。どんな状況かはわからないが、時間が経つほど危なくなるのは変わらない。焦りからなのか、額には汗が大量に吹き出し始めた。
そんな時、目の前から2匹の魔物がこちらに向かって走ってくる。全身に毛がなく、瞳孔が横長の魔物。その魔物達の様子に、俺は少し違和感を覚えた。
「何だあいつら? 普段はあんな走る魔物じゃないのに。まるで何かから逃げてるような……」
どうやら俺の姿は見えていないようだ。と言うことは格下である。
「悪いが、このまま通したらエキューズさんが危ないかもしれないんだ」
全速力のまま、もらった短剣ではなく元々持っていた剣に手をかけ、すれ違いざまに首、もう一体は胴体を切り裂いた。
直後、切り裂いた魔物達は徐々に霧散していき、最後は土に吸い込まれるように消滅した。なぜだか、魔物は死ぬとああして土に還る。
「もしかしたら、あいつらが逃げてきた先に女性がいるのかもしれないな」
俺はそこに一縷の望みをかけて走る。木々で体を何度か切ったが、そんなことお構いなしに走り抜いた。
そしてようやく、俺は巨大な魔物に襲われている髪が薄紫色の少女を発見する。その魔物は額に半円のような紋様がついた茶色い毛皮の魔物。俺は遭遇したことはなかったが、鋭い爪のついた腕で殴られればひとたまりもなさそうだ。少女は魔物の攻撃を間一髪でかわし続けているが、時間の問題だろう。
「だけど、あいつは今あの子に気を取られてる。やるなら今だ!」
俺は素早く相手の背後に回り、木々を蹴り付けて上空を取った。奴は完全に少女に気を取られ油断している。終わりだ!
確実に切り裂けるよう思い切り振りかぶり、首もとに剣を直撃させた。俺の予想では、これで首が落ちて万事解決のはずだった。しかし──
──バキンッ
何かが折れた音がした。とても至近距離で。その正体は見るまでもなく分かったが、わかりたくなかった。
「剣……折れた……!?」
なんと魔物の硬さで剣が砕けてしまったのだ。しかも最悪なことに、今ので攻撃の対象は少女から上空の俺へと移動する。
「やばいっ!」
魔物はその巨体をぐるりと回転させ、まるで裏拳のように拳をこちらに放った。咄嗟に使い物にならない剣を盾にするが、体に加わる衝撃はそんなものではどうしようもない。
勢いよく吹き飛ばされ、近くの木に直撃する。その衝撃は直撃したその木を砕くほどだ。
「がはっ! ぅ……まずいなこれは……爪が当たらなかったのが不幸中の幸いだが……」
あの勢いで爪に当たっていたら、絶対に俺の体は裂けていただろう。そう確信するほどの衝撃。
そして当然のように魔物は俺を無視してくれない。徐に俺に向かい歩いてくる。
「ってことは格上……ははっ、嫌になる」
せめて攻撃系スキルがあればこの状況でも悪あがきができたかもしれないが、それすら出来ない。
もうだめかもしれないと思いながら、ふと少女に目をやった。すると少女は何か小声で呟いている。
「だめ……あの人のスキルじゃどうしようも……ワタシのせいで……くっ! ワタシにきなさい! ほらっ! ほらっ!」
少女は魔物に向かい石を何度も投擲する。魔物もそれを鬱陶しそうにしてはいたが、まずは俺を殺したいらしい。その歩みは止まることはなかった。
「あの子だって怖いだろうに、必死に魔物を引きつけようとしてくれている。なのに、俺が諦めるわけにはいかないだろ!!」
魔物は大きく腕を振り上げる。振り下ろされれば一巻の終わりだ。今避けたところで第二陣で結局やられる。だったら、今ここで倒すしかないんだ。
俺はマルクが渡した短剣を懐から取り出す。
あいつがよこした剣だ。何があるかわからないと、ほとんど触ってこなかった。だが、今はそんなことを言っている場合じゃない。
「この後はどうでもいいから! 今切り抜けさせてくれーー!!」
魔物の爪が勢いよく振り下ろされると同時に、俺は短剣を真横に走らせる。しかし、その瞬間わかった。
「(──あ、これ当たらない)」
使ったことのない武器、間合いを正確に測れていない弊害が出てしまった。しかも最悪なタイミングで。
さらに追い討ちをかけるように、少女の声が耳に響いた。
「──ッ! その剣使っちゃだめーーーーっ!!!!」
だめって言ったってもう止まれない。脳がどれだけ拒絶しようと体はその進むことをやめてくれない。
「(もういいヤケだ! こうなったら振り抜いてやる!)──うおおぉぉぉぉおおおお!!!!」
もはや考えることすら馬鹿らしくなり、俺は思いっきり短剣を振り抜いた。爪は既に目と鼻の先。どう足掻こうが生還はない。
俺は咄嗟に目を瞑った。
──直後
突然発生した大風に俺は吹き飛ばされる。何度も地面を転がり、頭を打った。
「痛っつぁ〜……頭痛い……あっ、でもそのおかげで魔物の攻撃は避けれたってことか」
意識をすぐに魔物に戻し、正面を向く。その時、俺は思わず抜けた声を漏らす光景を目にした。
「へっ? …………魔物が……裂けてる?」
思い切り刃を叩きつけても傷1つつかなかったあの魔物が、俺の付けた剣の軌跡に沿って空間が無くなったかのように消滅し、そしてすぐさま霧散していった。
「えっと…………何これ?」
突然のことに目を丸くするしか出来なかった俺のそばでは、少女が何度も目をパチクリとさせながら首を捻った。
「えっ……なんで──死んでないの?」
その少女の呟きに、俺はただただ苦笑いを浮かべるしか出来なかった。