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強すぎる膝蹴り

 屋敷の主人であり、今回の依頼者でもあるご主人は、ほとんど栄養が足りていないかのように痩せこけていた。

 屋敷の主人が食糧難ということはなかろう。ということは、何かしらの原因で拒食になってしまっているということだ。


「いやいやよく来てくれたね。頼りにしているよ、ゼル君にエノ君」


 正直痛々しく感じてしまう笑顔を浮かべるご主人。恐らくこうなってしまった原因である呪いを早く解かなければ、命の危機だ。


 俺は早速呪いの原因を探るべく、屋敷に入れてもらうよう尋ねようと1歩前に出た。

 するとその時、執事さんの背後から突如現れた小さな影に俺は押され、バランスを崩しながら数歩後方へとよろめいた。


「おっとっ、なんだ? ……って、誰きみ?」


 ぶつかってきたのは小さな子供。見かけ上ではおおよそ7歳かそこらで、2つに結ばれた黒い髪を携えた女の子だ。肌はあまり外に出ていないのか、とても白かった。

 少女はその小さな体で俺の体を何度も何度も突進してくる。痛くはないがどう対処していいのかわからない。


「おいおいミシェル、この子らは冒険者として私にかけられた呪いを時に来てくれたんだよ」


 どうやらこの子はミシェルという名前で、ご主人の対応から察するに孫なのだろう。

 少女はご主人の言葉に振り返りつつも、なおも俺に突進を続ける。そしてそのまま背後に話しかけた。


()()! どうせこの人だってダメだよ! 今まで何人きた? 全員ダメだったじゃない! この人たちだってどうせダメだよお金がもったいない!」


 この発言は俺にいくつもの驚きを与える。

 この依頼が既に何人もの冒険者が失敗済みということ。そしてミシェルちゃんが意外と財布の紐がきついこと。そして何より、孫ではなく子供だという事実に若干震えた。


「ワタシ、お孫さんだと思ってました。驚愕です」

「俺もそうだよ。あの白髪だからさ、流石にお孫さんだと思ってたんだが……」


 小声で耳元に囁くエノに俺も正直な感想を返答した。まさかエノまで同じ勘違いをしていたとは。

 しかしこれはある種しょうがない。なぜならご主人の髪は真っ白で、顔は痩せこけていたからだ。失礼だが。とても小さな子供を授かっているとは思えない風体だ。


「ミシェル、そんなことを言ってはいけないよ。せっかく遠路はるばる来てくれたのだから。それに解呪師も呪いの原因がわからないと解呪できないと言っているだろ? 時間やお金がかかったとしても、僅かな望みにかけ続けるしかないんだよ」


「それは……そうだけど……そうだけど!! うぅ〜」


 ミシェルちゃんは俺への突進が止んだ代わりに、小さく震え目に涙を浮かべ始めた。これはまずい。一番近くにいる俺が宥めないと。


「ミ、ミシェルちゃん? 大丈夫お兄ちゃんたちが必ず解決してみせるからねぇ!」

「はんっ! 今までの人もそう言ってたわよ! それで最後には約束みたいに『お役に立てず申し訳ない』とか言うのよ。もう聞き飽きたわっ! それとミシェルちゃんだなんて子供っぽい呼び方しないで!」


 腰に手を当てながら鋭い目つきを頭上の俺に向けるミシェルちゃん。凄んでいるのだろうが申し訳ない、怖くない。というかそろそろどこかへ行ってくれないだろうか? 時間がなくなる。


 目的であった泣き止ませるってことに関しては成功したところで、俺はミシェルちゃんを持ち上げエノの元までゆっくりと運んだ。

 その間も『子供扱いすんなぁ!』と喚いていたが。


「えっとぉ、早速調査始めたいので、屋敷の中に入っても?」

「あぁミシェルがすまないね。早速案内しよう」


 苦笑いを浮かべながら屋敷を指すご主人。痩せこけた体と相まって、相当疲れているように見えた。

 屋敷に向かい歩き出した俺たちに、苛立ち満載の視線を向けながら、ミシェルちゃんは追随するのだった。


 ✳︎


 屋敷に入った俺たちを最初に出迎えたのは、長い茶色い髪を携え、おでこを見せるように後ろで髪を束ねている女性。若干きつい眼差しと、白い肌は、この女性が誰なのかをすぐさま察知させる。


「どうも。冒険者ギルドから参りました、ゼル、そしてエノと申します。本日はよろしくお願いいたします」

「えぇよろしくね。ロイスの妻、カルネと申します。()()の呪いのせいで不用意にお外に出かけることもできないもので。とても不便なの」


 女性にしては低めの声をした奥様は、ほおに手を添えながら小さくため息をついた。

 それにしてもほとんど外に出られないとは……肌が白いのも納得だ。


「確認なのですが、呪いの詳細としては、身体能力が上がる代わりに、家族の誰かが負った怪我は全てご主人にも反映される。こう言う認識で大丈夫ですよね?」

「あぁ、間違っていないよ。そのおかげで私の体は傷だらけでねぇ。食欲も落ち、妻や娘には家でおとなしくしてもらうという苦労をかけてしまっている」


 ご主人の捲り上げた左腕にはたくさんの小さな切り傷ができており、ミシェルの方を確認すると、彼女にもおなじような傷が確認できた。

 つまりその呪いは実際に存在していると言うことである。あとはそれが呪いのアイテムによるものなのかどうかと言う話だ。


「(家中のものを鑑定させてほしいけど、しっかり探すにはご主人方の協力が必要になる。であれば信頼させる何かが必要だよな……)そうだ」


 俺はミシェルちゃんに睨み続けられているエノに近づき、予定通りのことを耳打ちする。

 そして2人の信頼を勝ち取るため、彼らにとある相談を持ちかけた。


「ご主人、奥様、失礼ですがスキルを見せてもらってもよろしいですか?」

「教えるなら理解できますが見る、とはどう言うことですかな? 腕をまくれば良いので? それにそれがこの呪いとなんの関係が」


 当然疑問の表情を浮かべる2人。呪いのアイテムもエノの鑑定も知らない人からすれば当然の反応である。


「一連の呪い事件ですが、私たちはこれを呪いのアイテムの影響であると思っています。呪いのアイテムというのは簡単にいうと、1つ特別な力がある代わり、代償として使用者に呪いをかけるというものです」

「それがこの屋敷にあるということですか?」


 不安げな表情を浮かべながら俺に問う奥様。その問いかけに俺は無言で頷いた。

 その不安げな表情を浮かべたまま当たりを見渡す奥様に、ご主人は背中に手を当て、落ち着かせた。


「ここにいるエノは見た人のスキルを視認することができます。そしてそれは呪いのアイテムにも有効です。そこで、お二方に信頼していただくという意味でも、スキルを見せてはいただけませんか?」

「なるほど。そういうことでしたら構いません。では早速──」


 協力的なご主人方はエノに1歩近づく。全く物おじしていないことから、それなりに信頼してもらっていることは確認できた。

 とその時、エノの背後からミシェルちゃんが飛び出し、腕を前方で組みながら自身の両親を睨みつけた。


「パパもママもばかなの!? こんなのどうせ嘘に決まってるじゃない! どうせ『呪いのアイテムです。危険です』って言って高そうなものでも盗むつもりなのよ! そうよそうに違いないわ!」


 自信満々に言い切ったミシェルちゃん。確かにそういう考えもできなくはないか。とはいえ鑑定の力が本物だって教えるために今から鑑定させてもらうんだけどなぁ。

 俺はそれをどう伝えれば理解してもらえるのか思案していた時、ご主人と奥様はミシェルちゃんの目線に高さを合わせるようにしゃがみ込んだ。


「ミシェル、そんなに他人を疑うんじゃないよ。それに、本当にわかるのかどうか確認するために、パパとママは今から見てもらうんだから」

「そうよミシェル、大丈夫だから。ママとパパを信じて。ね?」


 2人に宥められたミシェルちゃんは、ほおを膨らませ目に涙を浮かべ始めた。これはまた泣き出す兆候か?

 そう思っていたら、ミシェルちゃんはなぜか俺の目の前まで駆け、立ち止まった。


「ん? あ、え〜っと……お兄ちゃんたちに任せ──」

「ん”ん”ぅッ!」

「任せ──痛っつあっ!」


 ミシェルちゃんは怒り任せの一蹴を俺の(すね)に直撃させる。そして舌を『ベェ〜』っと出しながら走り去っていった。

 子供とは思えない強烈な蹴りに、俺は思わず脛を押さえながらしゃがみ込んでしまう。


「大丈夫ですかゼルさん!?」

「も、申し訳ない! こらミシェル!」

「このままだと腫れてしまうかもしれません。誰か氷を持ってきてください」

「エ、エノ、……俺のことは気にせず鑑定をぉッ」


 これが呪いのアイテムの影響でなければ本当にやられ損だ。というか呪いのアイテムじゃないならなんなんだというレベルの蹴りに、俺はエノの鑑定が終わり、召使いさんが氷嚢(ひょうのう)を持ってきてくれるまでずっとうずくまることとなった。


 ✳︎


 エノの鑑定も無事に済み、足の痛みも引いたあと、俺たちはご主人方先導の元、屋敷のあらゆる場所を見て回ることになった。


 ちなみにご主人のスキルが、【伝令】。奥様の方が【千里眼】。

 それぞれ、屋敷中の人間にテレパシーを送ったり、指定した人物を遠くからでもまるでそばにいるかのように確認することができるスキルらしい。便利そうだ。


 屋敷を捜索している最中、俺はふととあることが疑問として浮かび上がる。それはこの立地だ。


「この屋敷、周りは森で囲まれてますけど魔物が襲ってきたりしないんですか?」

「あぁ大丈夫さ。森には魔物を寄せ付けない結界が張っているからね。ちょっとやそっとの力じゃ破ることのできない結界がね。だから安心なのさ」

「なるほど。便利ですね」


 確かにそんな便利なものがあるのなら安心だ。安心、なのだが……なんなのだろうかこの嫌な予感は?

 俺のそんな直感は、嫌な形で実現することになる。


 ✳︎


「はぁ。なんでパパもママもそんな簡単に信じられるの? 意味わかんない。はぁぁ、早くパパとママと一緒に遊びたいな」


 屋敷内から飛び出し、屋外でぶらぶらと1人歩いている少女ミシェル。少女は退屈そうに小石を蹴った。


「ほんと嫌な呪い! お外で遊べなくするだけじゃ足りないの? あたしからパパとママとの時間奪わないでよ。……ほんと、早く帰ってよ──あっ」


 不満を漏らしながら地面に埋まった石を蹴りつけると、ミシェルはその石に負け躓き飛んだ。そして転んでたどり着くであろう先には、魔物を寄せ付けないための結界、それをつなげる紐があった。

 このままいくとちぎれてしまう、とは思わなかった。なぜなら以前同じようなことでちぎれなかったからだ。


「(転んじゃってパパに怪我させちゃうなぁ。ごめんなさい)」


 転ぶ瞬間思ったのはそれだけ。結界に関することなど微塵も気にしていなかった。

 しかし、今の彼女は以前とは違うのだということを、彼女が一番理解していなかった。


 右手が紐に触れた瞬間、以前とは違い少女の手を中心に崩れていく結界たち。

 完全に転び切った時、そこにあったのはちぎれた結界と、かすかに聞こえる獣の声であった。


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