初依頼
「荷物ちゃんと持った? 武器ちゃんと手入れ終わってる? トイレ行った?」
「やったし行ったよ! なんだそれ母親か!?」
俺とエノは、ロジャに宿の前で出発の挨拶をするためたむろしている。
「今日からゼルさんとワタシの2人パーティーの旅が始まるんですね! ワクワクします!」
「旅といっても、ほんの数日だけどね。しかもクエストだし」
俺達は生活のための資金調達、そしてもう一つ、とある人物を探すための資金を手に入れるため、今日からクエストを受けることとした。
エノの行った通り2人で行う初めてのクエスト。緊張はもちろんあるが楽しみでもある。
「そういえば今回受けるクエスとってなんなの? 採取とか?」
「採取じゃいつまで経ってもお金はたまらないからな。今回はとある事件を解決しに行く」
「事件とな?」
そう事件だ。依頼主はとある屋敷の主人で、とある時から原因不明の怪我を負うようになってしまったのだとか。しかもその怪我というのが、子供や奥さんなどの負った怪我が、なぜか連帯責任と言わんばかりに主人も負ってしまうのだそう。
「え〜っと、つまりどういうこと? もっとわかるように説明してくれない?」
「そうだな……例えるなら、子供が転んで膝を擦りむくと、転んでもいない主人の膝にも擦り傷ができるってことだ。どうだ、わかりやすいだろ?」
「はい! 完璧だと思います! ワタシもようやく理解できました!」
両手をグッと握るエノ。それすなわち、今までクエストの内容を理解していなかったということだ。これが駆け出しクオリティーということだろうか? いや、多分違うな。
急激に不安に襲われつつも、とはいえ今回はエノが頼りになる。
「俺の予想なんだが、もしかしたらその傷が連鎖するっていう謎の現象は『呪いのアイテム』なんじゃないかって思ってるんだ」
「呪いのアイテム? それってゼルが持ってる黒の短剣みたいなやつ?」
「そう、その呪いのアイテムだ」
ロジャは首を傾げながら俺の懐を指さす。同時に隣のエノも前屈みで覗き込み始めた。
「根拠として、ちょうどその頃から体の軽さを感じたり、子供達は運動能力が著しく上がったらしいんだ。呪いのアイテムはマイナスがある代わりに結構大きなプラスもある。他人の怪我がうつるなんて不思議なことが起こってるんだ。呪いのアイテムって可能性は全く否定できるものじゃないだろ?」
「まぁ確かにね。本当に呪いのアイテムだったらエノちゃんの鑑定眼が役に立つってことか」
「おぉ! ワタシ出番あるんですね!」
青い両眼をキラキラと輝かせながらガッツポーズをとるエノからは、今までのクエストはろくに活躍できてなかったんだろうなぁ、と想像するには非常に容易なものだった。
「そういうわけで、頼むぞエノ! 今回はおそらくエノが鍵になるからさ」
「はいっ! ワタシ頑張ります!!」
隣だから聞こえるくらいの声量で「頑張るぞぉ〜」と呟くエノを微笑ましく見つめつつ、そろそろ出発しなくてはいけないこともあり、ロジャに一旦の別れを告げる。
「ロジャ、帰ったらお金返すよ。だから安心して待ってて」
「返さなかったら一生恨むわよぉ。是が非でもお金持って帰ってきなさいよね」
いたずらっ子のようなロジャらしい表情で笑う彼女に、俺は安心感を覚える。そしてその返しとして軽い冗談を呟いた。
「安心しろ。仮に何かあったとしても、化けてお金を返しにくるさ」
この冗談に対し「当たり前よ」とか「お金だけもらって除霊する」などを言われると思っていたのだが、ロジャの反応は思っていたのとは全く違った。
頬を少し赤らめ、顔を逸らしながら微小な声で呟いた。
「何かあるくらいなら諦めて帰ってきなさいよバカ……」
何をいっているのかは聞き取れなかったが、表情やら何やらで心配されていることは理解できた。
一瞬面食らった俺は、気づいた時にはロジャの頭に手を乗せていた。
「安心しろよ、ちゃんと帰ってくるから」
「……ッ! ……当たり前でしょ! ってか10歳からの付き合いだからっていつまで子供扱いしてくんのよ。大体私とあんた1歳しか違わないじゃない」
相変わらず顔は赤らめながら頭に乗った手を振り払うロジャ。今年で6年の付き合いだが、いまだに昔の抱いていた『妹みたい』という感覚は消えていないのかもしれない。
「じゃあロジャ、いってくるな」
「行ってらっしゃいゼル、エノちゃん。気をつけてねエノちゃん!」
「はい、いってきます!」
片手を小さく2・3度振りながら送ってくれるロジャに、俺たちは大きく手を振ってそれを返した。
そして俺たちは、依頼主の待つ屋敷まで向かうため、御者さんの元へと向かうのだった。
✳︎
ゼル達が去った後、店に戻り受付に腰掛けたロジャは、大きくため息を吐くと頭を抱え──
「ああああああああぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!!! 何口走ってんの私!? 何が──バカ……よ! バカなのは私だバカ!! 頭ポンって……あれって聞こえてたってことだよね? 払わなかったらもっとやってくれてたかな……」
ロジャはゼルの触った頭を徐に触り、髪を撫でた。
「って、何やってんだ私は? 滑稽すぎるぞおい。仕事でもして忘れよう!」
ロジャは誤魔化すように自分の仕事を始める。そして誰にも聞こえないほどの声で小さく呟いた。
「約束……守りなさいよ」
✳︎
ロジャと別れ馬車に乗り込んだ俺達は、揺れる景色を眺めながらこの旅についての話をしていた。
「今回のクエスト、本当に呪いのアイテムだったらラッキーですね! ワタシのスキルを使うだけで解決しそうです!」
「だといいんだけどな。楽なら楽なほど最良だし。楽で稼げるクエストを幾つかやれれば目的の人物ともより早く会えるしね」
資金を稼ぎ合いに行きたい人物、それは、今回のクエストにも関係している可能性が高いあの人物だ。
「ゼルさんが持っている短剣の製作者── TKさん、ですよね。確かドワーフ族だとか」
「そうそのTKさん。最終的な目標としては、その人に直接会って俺専用の呪いの武器を作ってもらうことだ。もしかすると魔王にすら届きうる武器を手に入れることができるかもしれない」
おそらくだがTKさんの作るアイテムは呪いが強ければ強いほど付与される能力が強くなるのだろう。しかし俺のスキル無視はその呪いを文字通り無視することができる。であれば、バカみたいな呪いが付与される武器を作ってもらい、それを俺が使えば魔王にだってもしかするかもしれない。
「1個作ってもらうのにいくらくらいかかるんでしょうね? 値段まで鑑定できたらよかったんですけど」
「そこまで高望みはしないさ。武器の能力や呪いを見てくれるだけで十分すぎるほどだよ。それがなかったらこのクエストだって受けようと思えなかったんだしさ」
若干後ろ向きな俺の姿勢を、エノは言葉で叩き直してくれる。
「そんなことないですよ。ゼルさんならきっと1人でもなんとかやっていたと思いますし、1人じゃなくても周りの皆さんがゼルさんのことを助けて、なんとかなっていたと思いますよ。ゼルさんにはそれくらい皆さんから愛されてるんですから」
「エノ……ありがとうな」
こうして俺たちは馬車に揺られ、夜がふける。出発から2日後、長い旅路を抜けようやく俺達は目的地である依頼人の屋敷へとやってきた。
真っ白の壁にたくさんのガラスがうかがえる。それだけ部屋があると言うことだろう。そのガラスの数に相当するような大きさの屋敷、俺からすれば城とも言えるほどのその屋敷に、2人して感嘆を漏らす。
「はぇ〜……なんというか住む世界が違うな」
「そうですね、こんなでかい家に住む必要あるんでしょうか?」
それ禁句だろ、と言うことを平然と言って退けたエノに苦笑いを浮かべていると、屋敷から依頼人と思わしき1人の男性が現れる。
その男性の長い口髭は先端がぐるりと巻かれており、真白い髪に似合う細身の体で片方しかないメガネをしていた。その男性の後ろには執事やメイドだろうか? 複数人の男女がこちらを見つめながら待機している。
「俺たち、いや、私たちはギルドからやってきた冒険者、ゼル、そしてエノでございます。無事依頼を完遂できるよう努めますのでどうぞよろしくお願いいたします」
自己紹介を済ませると俺たちは頭を下げる。身分の高い人物と会ったことがないため礼節がこれであっているのか確証がないが、上目遣いでちらりと様子を伺う分には誰も俺たちに不快感を感じてはなさそうだ。どころか、依頼人の男性は俺たちに優しい声色で話しかけてくれる。
「頭を上げてくれて構わんよ。私が依頼人でありこの屋敷の主人である『ロイス』だ。この呪いを解いてくれることを信じているよ」
そういうと依頼人の男性は痩せこけた顔に微笑を浮かべた。