8話
「なあ、シャル。俺、ナディーネ様がどうして魔法とか本領発揮できないか、何となくだけど分かった気がする」
レオポルトは王城の中央階段を降りながら、頭頂部に座り込むシャルファーに言った。ただし、見つからないように声を極限まで抑えて、更に階段も足音を立てないように、ゆっくりと下っている。
「略すな。——でもそうね。アタシも、それは何となく分かるわ」
ナディーネは戦闘系魔法、加えて補助系魔法を全て扱えるにも関わらず、魔法の威力は低いと記されていた。それに詳細は不明だが、英雄らしい素質すらも眠ったままだった。ただこれは、王女自身も言っていた通り、自分が成長するたびに、兄が遠くに行ってしまう気がする。
「無意識のうちに、自分に枷をつけてるんだよな」
これ以上、ナディーネは自分が成長しないように、そうすれば兄であるセオティスだって、遠くに行かない。まだセオティスが、次期国王であるようにするため、ナディーネは自身でも知らぬうちに、これ以上の成長をしないよう、自分が無能であろうとしていたのだと、レオポルトは思う。まあ、レオポルトからして言えば、今でも十二分に凄い。
「でも、レオ。アンタはその枷を外そうとしてるの?」
シャルファーも、ナディーネの胸中を察している。だからこそ、レオポルトが国王に何を物申すのか、不思議でしかなかった。
王女の枷を外してしまえばきっと、いや確実に、彼女は次王としての相応しさを、皆から認められるだろう。そうなってしまえば、セオティスが遠くに行ってしまうと考えるナディーネを、真っ向から否定することになる。
一つ分、階層を降ったレオポルトは、差し掛かった廊下を左に折れた。最奥の部屋を目指しながら、質問に答える。
「いや。それはナディーネ様が、望んでることじゃない」
「じゃあ、何を言うのよ?」
「俺はただ……ただ、国王が父親として……王女としてじゃない。一人の娘の父親として、強く当たり過ぎてると思うんだ」
月明かりが照らしているとは言え、歩みを進めている廊下は暗い。壁に掛かったランタンは、全て灯されている。それにも関わらず、先の方がうっすらとしか視えない。城の広さを窺い知る。
「だって、ナディーネ様を家出させるくらいだぜ。セオティス様が遠くに行くほど感じているナディーネ様が、家出した事実は——何て言うか、国王は国のことしか考えてないんじゃないかなって、思ったんだ」
「アタシ、人間の社会のことなんて分からないし、今まで考えたこともなかったけど、王様ってそう言うもんじゃないの?」
「まあ、俺も高貴な方々の何たるかを知ってるわけじゃない。けど、平民の俺からしたら、家族より王族の義務を優先するのは不思議で仕方ない」
もう何個目かも分からない、部屋の扉の前を、レオポルトは通り過ぎる。一歩一歩、着実に国王の許へ近づいているのだろうが、扉を通り過ぎるために緊張感が増す。
「ふーん。でもレオ、へいみん?のアンタが何か言ったくらいで、おうぞく?の考えを変えることができるの?」
レオポルトは黙した。返答に悩んでいるわけではない。たかだが一介の民に過ぎないレオポルトが、ナディーネのことをとやかく言っても、絶対に変わらない。国の内情に、民の不平に耳を傾けることがあっても、どうして王家の事情にまで民の声を取り入れなければならないのだろう。
そもそも、民が王侯貴族の生活に物申すこと自体が、異質と言えば異質だ。そのことは本人が一番、理解している。だから、シャルファーの問いにはこう答えるしかない。
「絶対に、無理だ」
でも、とレオポルトは言って、
「ナディーネ様の味方では居られる筈だ。——最初は、本当に宿屋としての職務を全うしてただけだった。でも今は、ナディーネ様のために動く。涙見ちゃったしな。それに、王女がうちの宿屋を訪れたのも何かの縁だ」
気づけば正面に壁が現れ、廊下は行き止まりになっていた。これ以上は進めない。レオポルトは身体ごと左を向く。
——ここが、最奥の部屋。
唾を、いや息を飲む。そして一歩、前へと踏み出したレオポルトの真正面には、扉が立ち塞がるように閉まっている。
レオポルトは3回、扉をノックした。入れ、と中から聞こえてくる重低音の声は、間もなく返ってきた。全身の震えを抑えながら、ドアノブに手を掛ける。ここからは、もう戻れない。平常心だ。
そう自分に言い聞かせたレオポルトは、扉を開ける。室内は簡素ながらも、国王が働く場所なだけあって格が高い。書棚などの必要最低限の物だけを壁際に置いてある部屋は、瞬時に仕事場だと言うことが分かるだろう。ただレオポルトには、机に向かって黙々と書類を片づける男の姿しか目に入らなかった。
窓から差し込む星明りを背にし、燭台を天板の端に置いて書類を睨んでいる男に、自然と視線が寄る。
名前:エーゲル・ジユ・ブルファーナ
性別:男
年齢:49歳
種族:人間
職業:ブルファーナ王国国王
生命力:1026
魔力:5008
継続して使用している眼を通さなくても分かる。彼が、この国の王だと言うことは。レオポルトはいまだに顔を上げない男に、掛ける言葉もなく見つめることしかできなかった。沈黙が、王城の一室を包み込む。
国王——エーゲルは手にしていた書類を机上の端にやり、レオポルトに視線を向けた。その表情は当惑と言ったところだろう。それもその筈、本来なら国王の執務室を訪ねて来る者には似つかわしくない服装だったからだ。レオポルトが臣下ではないことにエーゲルが気付くのは、遅くなかった。
レオポルトも、ついに目を合わせた国王陛下を前にして、頭の中は真っ白になっていた。ここまで来た理由、思い出すまでに掛かった時間はどれほど長く感じたことか分からない。
更に静寂が場を飲み込もうとしたとき、
「ナディーネ様に優しくしろ!」
「お主は……誰だ?」
発せられた声は同時だった。加えてレオポルトは、混乱していることもあり、ついため口になってしまう。事の重大さに気付いたときには、もう遅い。いくらレオポルトが口を両手で覆い隠したところで、言ってしまった、それも相手の耳に届いた言葉を取り消すことはできない。
エーゲルは眉根を寄せた。彼は正面で狼狽する民とは違い、至って冷静だ。ただ、娘の名が出たのは納得できない。
椅子から立ち上がったエーゲルは、机を回ってレオポルトの正面に立つ。体躯はレオポルトよりも大きい。丁度、国王の胸元が目線の位置にある。レオポルトはそこからゆっくりと、視線を上げた。エーゲルの威圧感が、レオポルトを襲う。
「ナディーネが、どうかしたのか?」
重低音な声音が、襲い掛かるようにレオポルトへと降り注ぐ。一歩後ろに退いたが、踏み止まった。レオポルトは一度、唇を強く結び、そして口を開く。
「ナディーネ様は……辛そうでした。とても、辛そうでした。教育を受けるたびにセオティス様が……」
エーゲルは右手をすっと前に差し出し、レオポルトの言を遮った。
「待て。そもそも、お主とナディーネの関連性は何だ? 少なくとも私は、城の者の中にお主の顔を知らぬ」
言われてレオポルトは、少しずつ頭が冷えてきた。自分が何しに来たのか、落ち着いた頭で整理する。その間、エーゲルは何も言わずに目の前の民をじっと見つめていた。
ややあってレオポルトは、ナディーネが宿屋に訪れてからの出来事、それで聞いたナディーネの心境を、国王陛下に包み隠さず話した。すると、エーゲルは渋面を作って言葉を返す。
「ああ、お主が先程、ナディーネが言っていた……。話は聞いておる。第二王女が迷惑を掛けてしまったな」
「迷惑だなんて、そんな」
「いや、第二王女は王族としての自覚が足りていない。こうして、たった一人の民を不安にさせ、王城に忍び込ませるくらいなのだ」
「あのそれは、俺が勝手に……」
いや、と言ったエーゲルは、再びレオポルトの話を途中で遮った。
「とにかく。第二王女が迷惑を掛けてしまったのは詫びよう。——さあ、行け」
一切を冷淡に言ったエーゲルは、開いたままになっている執務室の扉を指差す。振り返らずとも、彼がどこを指したか分かった。それがどんな意味を持つのかも、レオポルトは一瞬で理解した。
「私は今日、お主と会っていない。そしてお主は、城に潜行もしていない。——ここまで辿り着いたのなら、見つからずに帰ることくらい造作もないだろう?」
口に出されずとも、扉を指し示された時点で確かな想像はしていた。しかし、レオポルトは頑として動かない。
——ここまで何をしに来た。ナディーネ様の苦境を、国王陛下に物申すんじゃなかったのか。
レオポルト自身、そんなことは理解している。それでも、いざ国王陛下を前にすれば、この具申が到底、通るものじゃないと感じてしまう。ナディーネに偉そうなこと言っておいて、現状の自分が情けない。
いまだ帰ろうとしないレオポルトを、エーゲルが訝しんでいたときだった。シャルファーが叫んだのは。
「もう! さっきから黙って見てれば何てザマなの⁉」
頭部に座っていたシャルファーは羽ばたき、レオポルトの正面に陣取った。小さな身体が、国王の顔を少しでも覆ってくれただけでも安心感がある。レオポルトの焦点は、すでにシャルファーだけを捉えていた。妖精もまた、土壇場で何もできないでいる男の目を見据える。
「アンタはここに何しに来たの?」
突き刺さんとする言葉は、妖精の鋭い眼光と相まってレオポルトの胸に深く刺さった。
「ここに来たのは、エーゲルとか言う国王に言いくるめられに来たの? 諭されに来たの?」
違うでしょ、とシャルファーは続ける。
「アンタはあの娘の苦悩を、この場に代弁しようと来たんでしょ! だったら——」
「だったら、しっかりと物申せ」
レオポルトは呟き、自分に言い聞かせた。それにシャルファーは、満足が言った笑顔で頷き返す。そしてまた、レオポルトの頭上に座って羽を休める。シャルファーがどいたことにより、エーゲルの訝しんだ様子の顔が、再び現れた。しかし、もうたじろがない。レオポルトは眼光鋭く、国王を見据える。シャルファーも、同じく国王を睨みつけた。
「さあレオ、言ってやりなさい!」
ああそうだな、と返事をするレオポルト。
先程の呟きが、妖精の鼓舞に呼応したことを知らないエーゲルは、眉根を一層と険しく寄せて言う。
「さっきから、何をぶつくさと言っておるのだ?」
「いいえ、何も。……ただ、情けない自分を、情けなく非難していただけです」
レオポルトは、両拳をぐっと握り締める。
「奏上します、国王陛下」
大きく息を吸ったレオポルトは、
「ナディーネ様に、もっと父親らしく接しろ!」
全てを吐き出すが如く言い放った。もうその姿に、怖気づいていた気配は一切なく。若干たじろぐエーゲルを余所に、言葉を、ナディーネの思いを紡いでいく。
「ナディーネ様は、王族としての責務とやらを果たすために、どれだけ苦悶してきたとあんたは思う? 彼女は兄を思っているからこそ頑張ったが、その結果がセオティス様を遠くに行かせてしまう、と悶えていた」
確かに俺は、とレオオルトは言って。
「王族の在り方とやらは、微塵も分かっていない。知りもしない。それでも、俺は思うよ。——あんたは国王として優秀でも、父親としては愚の骨頂だ! だって娘を、家出させるまで追い込んでるんだからな!」
強まった語気でまくしたてたレオポルトの言葉は、国王の執務室は勿論のこと、開けっ放しにされている扉からも出、廊下にも響き渡る。それは城内、二階の節々にまで至った。
エーゲルは反論の代わりに落胆めいたため息を吐く。同時に、廊下にはいくつもの足音が鳴り響いた。複数の足音は確実に、この執務室を目指して来ている。熱くなったレオポルトには、そんなことを気にしている余裕はない。逆にエーゲルは、目の前の民を見放すかのように再び机を回って椅子に座った。そして足音は止み、開け放たれた扉からは城の使用人たち、先頭に執事が一人、しかし背後を振り返らないレオポルトは、このことを知らない。
だからこそ、レオポルトは続けて言う。
「何か言ったらどうだ、国王様?」
喋ったレオポルトに対して、駆け寄った城の者らは慌てふためく。
「まさか陛下が狙われて⁉」「門番は何をして‼」「取り敢えず兵士を、衛兵を!」「城の警備は間抜けか!」
背中越しの喧騒が耳に届いたレオポルトにも、この場に幾人かが詰め寄っているのを、ようやく気がついた。それでも、誰が居ようと構わない。誰かがいるだけであって、今はナディーネのことが優先だ。レオポルトは振り返らず、座った国王の対面に立つと、机をバンッ! と両手で叩いた。
「ナディーネ様は大層、お辛いようだ」
悲鳴を上げる背後の者達は、レオポルトのことを暗殺者か何かだと思っている。普通なら、王とて真っ先に思い浮かべることだが、この民に殺意がないことを知っているエーゲルは、至って冷静だった。迫って来ようとする執事を、片手を前に出して制止させる。
「それで、お主は何が言いたい?」
「もう、ナディーネ様に王族の義務を強要するな」
互いに見つめ合い、いや睨み合い、やはりエーゲルから出たのはため息だった。
「そもそもだ。お主がセオティスの何を知っているのか……いや、論点はナディーネことか。要するにお主は、ナディーネが王族の義務を捨てようとも構わぬと言うのだな?」
「彼女がそれを望むのなら、俺は良いと考える」
それを聞いたエーゲルは、レオポルトを嘲笑した。
「お主がセオティスのことをどの程度知っているかは知らんが、仮にセオティスが何らかの事情で国を継げなくなったとしよう。そうなれば、次王はナディーネになる。もし、ここにナディーネが居なかったら誰が国を治めるのだ? お主が言っているのは、この国に、全国民に『死ね』と言っているのと同義なのだぞ?」
シャルファーは眉をぴくぴくさせながら「こいつ頑固ね」と呟く。だが、妖精の囁きなど聞こえないエーゲルは更に続けて喋る。
「王族として生まれたからには、必ず義務がついて回る。理由は単純。王族だからだ。先程、父親として愚の骨頂だと申していたが、私が国王として子を育てないことの方が余程、愚かだとは思わぬか!」
レオポルトは返答に窮した。押し黙り、何も言い返せない自分が憎い。レオポルト自身、転生前も含めて一度も身分の高い暮らしをしたことがない。だからこそ、当の国王自身に王族の在り方を問われれば、レオポルトが何を言おうとも正論で返される。
ただナディーネのためにだけに来たレオポルトは、エーゲルからしたら駄々をこねている赤子にしか見えないのだろう。一人の娘のことをどうにかしてやりたい、そう思って勢いでここまで来たレオポルトは、無計画な野郎に他ならない。それでもレオポルトは、最後まで足掻こうと、口を開きかけたとき、
「何事だ!」
と声が響いてきた。どこか聞き覚えのある声に振り向いたシャルファーは、レオポルトの頭頂部を叩きながら叫ぶ。
「ちょ、レオ! 後ろ向きなさい後ろ!」
レオポルトは咄嗟に振り返った。執務室の出入り口、そこには見覚えのある顔が、執事や使用人たちを押しのけて佇んでいる。
「あんたは、昼間の……」
壮年の兵士だった。昼間、ナディーネを追って来た壮年の兵士だ。
「お前は……。王女だけでなく、国王にまで何を——やはり昼間、捕まえておくべきだったようだ」
言って壮年の騎士は、レオポルトに近づこうと歩み寄る。国王が働く執務室なだけあって逃げ回る空間はあるが、出入り口は城の者らで塞がれていて逃げ道はない。加えて「もう、庇いきれんぞ」と背中から掛かった言葉に、レオポルトは動くことができなかった。いや、動かないで良いのかもしれない。確かに不法侵入をしたのは事実だ。しかしレオポルトは、この場に来たことがやましいとは思っていないのだから。
壮年の兵士はレオポルトに一瞥をやる。
「貴様を、王城への不法侵入で拘束する」
よろしいですね国王陛下、と流れる視線で壮年の兵士はエーゲルを見やった。応じるエーゲルは、目を瞑ってから静かに頷く。
国王陛下からの許可は下りた。壮年の兵士はレオポルトを捕まえようと手を伸ばす。その手を、レオポルトは振り払った。勢いそのまま、身体を反転させて国王に向き直る。
「まだ話は終わってないぞ、陛下!」
噛み付こうと言わんばかりに、レオポルトは国王に怒号を飛ばす。すかさず壮年の兵士は、レオポルトの背中から全体重を掛けて覆い被さる。同時に、頭部に座っていたシャルファーが咄嗟に飛び立った。床に組み伏せられたレオポルトは当然、一国の兵士を振り払えるほどの力を持ち合わせていない。それでもレオポルトは、顔だけでも国王に向けて言い放つ。
「王族として育てるにもしても、もっとやり方があったんじゃないのか! 俺だって宿屋の息子だが、何も相続を強制されたわけじゃない」
怒号を飛ばすレオポルトの頭を、「黙れ!」と言って押さえ付けたのは壮年の兵士だ。バンッ! と床に頭を押し付ける。
「ちょ、アンタ! レオの邪魔をするんじゃないわよ!」
飛んでいるシャルファーは、壮年の兵士の後頭部をぽこぽこと叩く。しかし、所詮は手の平サイズの妖精だ。攻撃性は皆無であり、壮年の兵士が動じることは勿論、叩かれていることすら感じていないだろう。
地面に顔面を組み伏せられたレオポルトは、いくら身体を捩ろうと拘束を振りほどくことは叶わない。依然と壮年の兵士の後頭部を叩き続けるシャルファーも、また無念だ。
壮年の兵士が力任せにレオポルトを立たせる。後ろ手に拘束され、レオポルトはそれでも眼前の国王を見据える。いや、睨む。
「さっきも、俺にナディーネ様のことを謝ったときも……自分の娘としてではなくて、王女が迷惑を掛けた、と言っていたけど……本当にあんたは、父親としての立場よりも、王としての立場を優先させるのかよ……」
「黙れ‼ それ以上、陛下の御前で口を開くな‼」
レオポルトは押し黙った。それにより、場内に静寂が訪れる。エーゲルは城に忍び込んだ民を憐憫の眼差しで見つめ、壮年の兵士は件の不法侵入者を牢に連行しようとする。シャルファーは停空して室内を見下ろす。
執事を筆頭にドア付近を固める使用人達は——レオポルトへと視線は注いでいなかった。代わりに、レオポルトが歩いてきた廊下を全員が見ている。誰かがここに向かっているのか、とエーゲルは思った。扉を背にして立っているレオポルトと壮年の兵士は、当然この変化に気がつかない。しかし、
「何事ですか!」
廊下に響く声色。誰もがよく知っているものだった。
後ろ手に拘束されていたレオポルトも、声を聞くなり全力で壮年の兵士を振りほどく。兵士が呆気に取られていたこともあってか、簡単に拘束を解く。そしてレオポルトは、執務室の扉に身体を向ける。
少し遅れて壮年の兵士も、扉の方を向く。
使用人たちが脇に逸れて、代わりに扉を潜った場所に堂々と佇むのは——。
「……ナディーネ」
エーゲルは静かに呟いた。